第二話「日常への帰還」
キヨシが目を覚ますと、見慣れた天井があった。いつものベッド、いつもの部屋。窓から差し込む朝日も、壁に貼ってあるアニメのポスターも、全て日常のものだった。
「キヨシくん、やっと目を覚ましたね!」
姉の茜が心配そうに顔を覗き込んでいた。その隣には妹の桜もいる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「え...ああ、うん」
キヨシは混乱していた。確か宇宙船から落下して、それから...
「君、家の前でパンイチで寝てたんだよ」
茜が呆れたような口調で言った。
「近所の人が見つけて、うちまで運んでくれたんだから。恥ずかしいったらないよ」
「パンイチで...」
記憶が曖昧だ。グレイ型の宇宙人、東京上空からの落下、銀髪の少女と褐色の肌の少年。全部夢だったのか。
頭がズキズキと痛む。まるで何かで殴られたような鈍い痛みだ。体中の節々も痛い。数時間、外でパンツ一丁で寝ていたかのような痛みと寒気。
「なんか、ひどい夢見たな...」
キヨシは頭を抱えた。インフルエンザか何かで熱に浮かされて、突発的に外に飛び出してしまったのだろうか。そういうこともあるらしい。高熱で意識が朦朧として、変な行動を取ってしまうという話は聞いたことがある。
「とりあえず、今日は学校休んだら?」
茜が提案したが、キヨシは首を振った。
「いや、大丈夫。もう熱もないし」
実際、体温を測ってみると平熱だった。ただの悪夢と、寝冷えによる体調不良。それだけのことだ。
翌日、キヨシは普通に登校した。坂の上高校への道のりも、校門の風景も、全ていつも通りだった。
教室に入ると、クラスメイトたちがそれぞれの席についていた。進学校ということもあり、朝から静かに自習している生徒が多い。だが、この教室の静けさには、もう一つ理由があった。
後ろの席に座る一人の生徒。七夕竹彦。
東京一のサイコパス野郎として有名な男子生徒だった。一見すると礼儀正しく、成績も優秀。だが、彼に無礼な口を聞いた不良は全員病院送り。教師でさえ、彼に逆らった者は「事故」に遭う。なぜか退学にはならない。学校側も手を出せない何かがあるらしい。
そんな竹彦が、今日も熱心に授業を聞いている。彼の勉強の邪魔をすれば、その場で殴り殺されかねない。だから教室は異常なほど静かだった。
キヨシは自分の席に座りながら、ちらりと竹彦を見た。褐色の肌、赤い瞳、整った顔立ち。
「あれ?こいつ、どこかで...」
一瞬、昨日の夢が蘇る。空中でキャッチしてくれた少年。いや、まさか。あれはただの悪夢だ。インフルエンザの熱に浮かされた幻覚に決まっている。
その時、竹彦と目が合った。
竹彦は朗らかに笑った。人懐っこい、無邪気な笑顔。だが、その笑顔の奥に、キヨシは何か薄寒いものを感じた。
慌てて黒板に目を向ける。
教師が入ってきて、授業が始まった。数学の時間。教師は気持ちよさそうに板書していく。静かすぎるほど静かな教室で、チョークの音だけが響いている。
キヨシは必死に黒板に集中しようとした。だが、背中に感じる視線が気になって仕方がない。振り返りたいが、振り返れない。もし竹彦と目が合ったら、何をされるか分からない。
「では、この問題を...キヨシくん」
教師に指名されて、キヨシは飛び上がりそうになった。
「は、はい!」
「黒板の問題を解いてください」
キヨシは震える足で黒板に向かった。問題を解きながら、後ろから視線を感じる。竹彦が見ている。間違いない。
問題を解き終えて席に戻る時、また竹彦と目が合った。竹彦は小さく手を振った。まるで友達に挨拶するように。
キヨシは急いで席に座った。心臓がバクバクしている。
あの夢は、本当に夢だったのだろうか。




