第百六十話「予想外の結末」
瓦礫の中で、アスカは竹彦を真っ直ぐ見上げた。ウェディングドレスは土埃で汚れ、化粧も崩れていたが、その目は真剣そのものだった。
「一度だけ! 一度見逃したってくれ!」
デストロイヤーが苦しそうに顔を上げた。血まみれの顔に、驚きと困惑が浮かんでいる。なぜ、この女は自分を庇うのか。
竹彦は信じられないという顔でアスカを見下ろした。
「何言ってるんですか! あなたは本当の奥さんじゃないんですから!」
飛空挺の中から、サヤカの声が通信機を通して聞こえてきた。
「まあ、一年も一緒にいたらねえ……」
萌も船内から覗き込みながら呟いた。
「うわー、嘘から出た真ってやつ?」
マリアは相変わらず冷静だった。
「ストックホルム症候群。アスカはバカ」
通信機からマリアの冷たい声が響いた。
「想定外。竹彦、一緒に殺して」
「いや、それはちょっと……」
竹彦が嫌そうな顔をした。いくらなんでも、アスカを殺すなんてできない。
「冗談」
マリアはあっさりと前言を撤回したが、すぐに続けた。
「でもアスカ、それはできない。デストロイヤーは癌。殺すしかない」
アスカは地面に手をついた。論理的な部分はすべて忘れて、自分の気持ちに正直に深々と頭を下げる。
「一回でええ! この通り!」
豪華なドレスが地面につき、白い布地が汚れていく。それでもアスカは頭を上げなかった。
「頼む! 見逃したって!」
その瞬間、デストロイヤーの目に何かが光った。
涙だった。
数百年生きてきて、初めての涙が、頬を伝って落ちた。
(誰かが……俺のために……)
生まれてこのかた、破壊と殺戮しか知らなかった男の心に、初めて別の感情が芽生えた。
アスカは顔を上げ、必死に訴えた。
「こいつが今度暴れたら、うちが責任を持つ! だから、見逃したってくれ!」
マリアの声が再び響いた。
「アスカ、あなたに何ができる」
数値は残酷だった。
「エネルギー値2000ちょっとのあなたに、できることはない」
確かにその通りだった。もしデストロイヤーが再び暴れたら、アスカには止める術などない。
竹彦は深いため息をついた。そして、黒い法力を纏った腕をアスカに向けた。
「どいてください、アスカさん」
殺気が漂う。本気だった。
次の瞬間、デストロイヤーが動いた。
残った力を振り絞り、アスカを腕の中に抱え込んだ。竹彦の攻撃から隠すように、自分の体を盾にして。
「!」
竹彦が驚いて動きを止めた。
デストロイヤーは死を覚悟した表情で、ただ黙ってアスカを見つめていた。その目には、もう怒りも憎しみもなかった。ただ、静かな諦めと、そして……
(この女が死んだら…)
それは理屈ではなかった。ただ、本能的にそう思った。初めて自分を庇ってくれた存在を、失いたくなかった。
アスカはデストロイヤーの腕の中で、その顔を見上げた。
(こいつ、何考えてんねん……)
しかし、その目を見て、なんとなく理解した。この男は、自分を守ろうとしている、彼自身の命よりも自分の命を優先したのだ。
長い沈黙が流れた。
竹彦は二人の姿をじっと見つめていた。倒れた巨人が、小さな女性を必死に抱きしめている。まるで、宝物を守るように。
やがて、竹彦は腕を下ろした。
「デストロイヤー」
低い声で名前を呼んだ。
「次に暴れたら、その人を殺す」
アスカを指差した。
「それでいいな?」
デストロイヤーは黙って頷いた。深く、確かに。
通信機からマリアの不満そうな声が聞こえた。
「竹彦、プランと違う」
「いつも見ているぞ」
竹彦はそう言い残すと、空中に飛び上がった。アーティカルアームの推進力で、飛空挺へと戻っていく。
「待てや!」
アスカが叫んだが、竹彦は振り返らなかった。
飛空挺が上昇を始める。窓から見下ろすと、アスカとデストロイヤーの姿が小さくなっていく。瓦礫の中に、白いドレスと巨体が寄り添うように座っていた。
船内では、サヤカが複雑な表情で呟いた。
「いやー、予想外だったわねー……」
マリアは相変わらず無表情だった。
「二人は幸せなキスをして終了」
「適当なこと言わないでよ」
萌が苦笑いを浮かべた。
竹彦は窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「今回、僕なんか本当に悪役みたいだったなあ……」
萌が爆笑した。
「まじ言えてる! 結婚式荒らしたクソ野郎だったわね!」
「ひどい……」
竹彦が肩を落とした。
「でも」
萌が優しく付け加えた。
「かっこよかったよ」
飛空挺は静かに上昇を続ける。
下界では、アスカとデストロイヤーがうずくまったまま、飛空挺が遠ざかっていくのを見上げていた。瓦礫の中で、二人はただ静かに空を見つめている。




