第百五十七話「花嫁奪還」
ケーキから立ち上がったデストロイヤーの顔面から、クリームがボタボタと落ちていく。しかし竹彦は、自分の拳に残る確かな手応えに驚いていた。
(当たった…しかも、効いている)
かつて、不意打ちですらびくともしなかったあの鉄壁の防御が、今回は明らかに破られた。188センチまで成長した体から溢れる力は、以前とは比較にならない。
「花嫁泥棒め!」
デストロイヤーの怒声が会場に響き渡った。クリームまみれの顔が怒りで真っ赤に染まっている。
竹彦は白いタキシードの襟を正し、黒いマントを翻した。マリアとサヤカが用意してくれた衣装は、確かに花嫁泥棒にふさわしい洒落た装いだった。
舞台袖でモニターを見ていたマリアが、珍しく感情を露わにした。
「決まった!」
小さくガッツポーズまで取っている。その横でサヤカも満足そうに頷いていた。
「やっぱり見た目は大事よね」
会場中のカメラが一斉に竹彦に向けられた。銀河中継の視聴率表示が急上昇していく。
『緊急速報!パニッシャー、デストロイヤーの結婚式に乱入!』
『視聴率85%突破!史上最高値更新中!』
アナウンサーの興奮した声が響く中、アスカは呆然と立ち尽くしていた。目の前の巨漢が誰なのか、まったく理解できない。
「だ、誰!?」
ウェディングドレスを引きずりながら後ずさりする。この男は味方なのか、それとも新たな脅威なのか。
竹彦はアスカに向き直り、にっこりと笑った。
「さあ、逃げますよ!」
有無を言わさず、竹彦はアスカを小脇に抱え上げた。まるで子供を扱うような手つきだった。
「ちょっと、何を…」
次の瞬間、竹彦は屋上の縁に向かって全力で走り出した。
「待って、まさか…」
アスカの予感は的中した。竹彦は躊躇なく、60キロメートルの高さから飛び降りた。
「ああああああああ!?」
アスカの絶叫が空に響いた。重力に引かれて急速に落下していく。風圧でウェディングドレスが激しくはためき、視界が真っ白になる。
「死ぬ!絶対死ぬ!」
しかし竹彦は落ち着いていた。アーティカルアームを展開し、黒と金の装甲が輝く。そして虚空を蹴るようにして、空中で方向を変えた。
「なっ!?」
物理法則を無視したような動きに、アスカは目を丸くした。まるで見えない足場があるかのように、竹彦は空中を移動していく。
その異常な身のこなしと、聞き覚えのある声。そして何より、この無謀な行動パターン。アスカの脳裏に一人の人物が浮かんだ。
「た、竹彦か!?」
「はい、お久しぶりです」
竹彦が穏やかに答えた。その声は確かに竹彦のものだったが、姿はまるで別人だった。
「デカくなったなあ!」
アスカは驚きを隠せない。あの150センチそこそこのチビが、今や自分より遥かに大きい。
しかし、感動の再会もつかの間、アスカの怒りが爆発した。
「お前、もうちょっと早く来いや!」
豪華なドレスを着たまま、竹彦の胸を叩く。
「おもっくそキス吸われたやんけ!唇がヒリヒリするわ!」
「す、すみません…でも、作戦上…」
「作戦もクソもあるか!」
上空から飛空挺が降りてきた。操縦席にはマリアが座っている。
「回収する」
マリアが冷静に告げ、アスカを機内に引き上げた。
「マリア!おまえも共犯やな!」
「作戦は成功。問題ない」
「問題大ありや!」
二人のやり取りを横目に、竹彦は振り返った。
後方から、凄まじい殺気が迫っていた。
「俺の花嫁をおおおお!」
デストロイヤーが屋上から飛び降りてきた。その巨体にエネルギーをまとわせ、竹彦と同じように空中を移動している。いや、速度は明らかにデストロイヤーの方が上だった。
「返せええええ!」
怒り狂ったデストロイヤーが、エネルギー弾を連射してきた。竹彦は身をひねって回避するが、その威力は以前より格段に上がっている。
「返して欲しかったら、僕を倒してみろ!」
竹彦が挑発的に叫んだ。黒いゆらめきの法力を全身に纏い、戦闘態勢を取る。
「多少かっこよくなったからって、調子に乗るなあああ!」
デストロイヤーの拳が空を切り裂いた。衝撃波だけで、周囲のビルの窓ガラスが粉々に砕け散る。
竹彦はアーティカルアームで受け止めたが、その衝撃で数百メートルも吹き飛ばされた。
(やはり強い…でも)
竹彦は空中で体勢を立て直した。確実に、以前より戦えている。成長した体と、新型アーティカルアーム。そして何より、黒いゆらめきとなった法力が、デストロイヤーの攻撃を相殺している。
「行くぞ、デストロイヤー!」
竹彦が反撃に転じた。黒い炎を纏った拳が、デストロイヤーの顔面を狙う。
「来い、パニッシャー!」
二人の激突で、空気が爆発した。
飛空挺の中で、アスカが心配そうに戦いを見守っていた。
「竹彦、大きくなったけど…大丈夫なんかな」
マリアが計器を確認しながら答えた。
「エネルギー値、竹彦25万、デストロイヤー28万。ほぼ互角」
「え、そんなに上がったん!?」
「成長とアーティカルアームの増幅効果。今回は勝機がある」
マリアがモニターを指差した。そこには、必死に戦う竹彦の姿が映っている。
「あの黒い炎、破壊力がすごい」
銀河中が見守る中、二人の0級戦士は空中から急速に落下しながら激しく殴り合っていた。
「死ねええ!」
「倒れろおおお!」
拳と拳がぶつかり合い、衝撃波が周囲のビルを揺らす。地面まであと数百メートル。このままでは両者とも激突する。
最後の瞬間、二人は同時に相手の顔面にパンチを叩き込んだ。
「ぐはっ!」
お互いの拳が炸裂し、反動で正反対の方向へ吹き飛んでいく。竹彦は公園に、デストロイヤーは商業地区に、それぞれ激突した。




