第百五十六話「世紀の結婚式」
メジャイ評議会本部のある星は、かつてないほどの熱狂に包まれていた。60キロメートルもの高さを誇る超高層ビルの屋上に設営された特設会場には、銀河中から集まった要人たちがひしめいている。
「なにこれ……これ全部ケーキ?」
山口萌が息を呑んだ。会場の中央には、高さ50メートルはあろうかという巨大なウェディングケーキがそびえ立っている。その周りでは戦闘機の編隊が華麗なアクロバット飛行を披露し、別の一角ではラップバトルが繰り広げられていた。
「うっわあ……まじ別人……」
萌は隣に立つ人物を見上げた。かつて150センチそこそこだった竹彦は、今や188センチの巨漢に成長している。筋肉質な体は白いタキシードに包まれ、黒いマントがその肩を覆っていた。
竹彦は萌の視線に気づいて、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「あの、萌さん、そんなに見つめないでください」
「だって、すごい変わりようなんだもん」
萌の頬がほんのり赤く染まっている。その熱っぽい視線に、竹彦は戸惑いを隠せなかった。
「萌さん! 必ず勝ってきます!」
竹彦が拳を握りしめて力説した。その真剣な表情に、萌は思わずドキッとする。
会場の一角で、前座の芸人が必死にジョークを飛ばしていた。しかし、観客の反応は冷ややかだ。
「つまらん!」
デストロイヤーの怒声が響いた。次の瞬間、巨大なエネルギー弾が芸人を吹き飛ばす。芸人は悲鳴を上げながら、遥か彼方へと消えていった。
「まじでこの仕事はありえないわ……」
萌の顔が真っ青になった。自分も歌を失敗したら、同じ運命が待っているのだろうか。
竹彦が慌てて萌の肩に手を置いた。
「大丈夫です! もし萌さんが下手くそで攻撃されても、必ず守ります!」
「こ、こいつぅ……」
萌の額に青筋が浮かんだ。励ましているのか、けなしているのか分からない。
マリアが冷静に作戦を説明していた。
「一番いいタイミングは、誓いのキスの直後。警戒が最も緩む瞬間」
「キスする前に助けてあげるって選択肢はないのかしら……」
萌が微妙な表情で尋ねた。アスカがデストロイヤーとキスするなんて、想像しただけで気の毒だ。
「敵が安心した方が、緊急態勢に入るのに時間がかかる」
マリアが論理的に説明する。
「絶対に面白がってるだけでしょ」
萌が疑いの目を向けた。
「そんなことはない」
マリアは真顔で否定したが、マリアは首から下げたでかいビデオカメラをしきりに確認していた。
会場の喧騒は最高潮に達していた。コロシアムでは格闘技大会が開催され、勝者には賞金が贈られる。空には牽引されてきた小惑星が浮かんでおり、式のクライマックスで爆破される予定だった。
「よーし」
竹彦は深呼吸して、会場スタッフの群れに紛れ込んだ。黒と金の意匠が施された新型アーティカルアームは、マントの下に隠されている。
祝砲が鳴り響き、いよいよ式が始まった。
デストロイヤーが登場すると、会場は歓声に包まれた。3メートルの巨体に純白のタキシードを着込んだ姿は、まさに圧巻だった。
そして、花嫁の登場。
アスカは豪華なウェディングドレスに身を包んでいたが、その表情は完全に諦めきっていた。引きつった笑顔で、ゆっくりとバージンロードを歩いていく。
(なんでこんなことに……)
アスカの心の叫びは、誰にも届かない。
司会者が荘厳な声で誓いの言葉を読み上げる。
「病める時も、健やかなる時も……」
デストロイヤーは上機嫌で「誓います!」と即答した。
アスカは小声で「……誓います」と呟いた。
「それでは、誓いのキスを」
デストロイヤーがニヤリと笑い、アスカの顔を両手で包み込んだ。
「待ってました!」
「ちょ、ちょっと!」
アスカの抵抗も虚しく、デストロイヤーの唇が迫る。
「ぶっちゅうううう」
濃厚なキスが交わされた。アスカがジタバタと暴れるが、デストロイヤーの腕から逃れることはできない。
ようやく唇を離したデストロイヤーが、満足そうに爆笑した。
「うわははははは! 最高だ! 俺は今、銀河一の幸せ者だ!」
その瞬間だった。
「今だ!」
天井から黒い影が降ってきた。竹彦の渾身のドロップキックが、デストロイヤーの頭部に直撃する。
「ぐはっ!」
完全に油断していたデストロイヤーは、そのまま巨大ケーキに顔面からめり込んだ。クリームが飛び散り、会場が悲鳴に包まれる。
「な、何事だ!?」
騎士たちが慌てて武器を構えた。
「この結婚に異議あり!」
竹彦はマントを翻し、堂々と立ち上がった。188センチの体から、黒いゆらめきのような法力が立ち上る。
「デストロイヤー! アスカさんを返してもらう!」
会場が静まり返った。銀河中に中継されている映像に、かつての小さな英雄とは別人のような巨漢が映し出される。
ケーキの山から、クリームまみれのデストロイヤーが立ち上がった。その顔は怒りに歪んでいる。
「パニッシャー……よくも俺の結婚式を……」
「悪いが、この結婚は認められない」
竹彦がアーティカルアームを起動させた。黒と金の装甲が腕を包み込む。
アスカは呆然と立ち尽くしていた。
(竹彦……? あのチビが……?)
まるで別人のような姿に、言葉を失っている。
萌が舞台袖から叫んだ。
「竹彦くん! がんばって!」
マリアが冷静に呟いた。
「計画通り。あとは勝つだけ」
60キロメートルの高さにある会場で、運命の対決が始まろうとしていた。銀河中が見守る中、花嫁を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。




