第十五話「ポポロッカ星の歓迎」
列車のドアが開いた瞬間、キヨシの目に飛び込んできたのは、地球の常識を完全に覆す光景だった。
空中を縦横無尽に飛び交う流線形の車両。その合間を縫うように浮遊する、透明なチューブで繋がれた超高層建築群。建物の表面は生き物のように脈動し、虹色の光を放ちながら呼吸するかのように膨張と収縮を繰り返している。
「うわ……」
キヨシは思わず息を呑んだ。東京の夜景を初めて見た田舎者のような気分だった。いや、それ以上だ。まるで原始人が突然未来都市に放り込まれたような衝撃。
「すっげぇな、これ……」
道を歩く人々——いや、生命体たちの姿も多種多様だった。触手を這わせながら移動する透明な塊、四本腕で優雅に歩く昆虫型の紳士、空中を漂う光の集合体。その中でも特に目立つのは、青い肌を持つ美しい人型の生命体たちだった。
身長は優に2メートルを超え、まるでファッションショーから抜け出してきたようなプロポーション。顔立ちは彫刻のように整い、青い肌は内側から発光しているかのような神秘的な輝きを放っている。
「グゥゥ……コロロ……ムゥゥ……」
近くを通り過ぎた青い美女が、仲間と楽しそうに会話している。その声は——
「コアラだ」
キヨシは呟いた。
「完全にコアラの鳴き声じゃん」
「ポポロッカ人」
マリアが端的に答えた。
「え、でも俺、もっとこう……毛むくじゃらで、木にしがみついてる感じを想像してたんだけど」
「偏見」
マリアの返答は相変わらず短い。
*
すると、こちらに気づいたポポロッカ人たちが、わらわらと集まってきた。特に女性——メスと言うべきか——たちの視線が、マリアに集中している。
「コロロ〜♪」
「ムゥムゥ!」
青い美女たちが、まるで可愛いペットを見つけたような表情で、マリアの周りに群がり始めた。身長差は約60センチ。マリアの銀髪を優しく撫でようとする手が、いくつも伸びてくる。
「ちょ、ちょっと待て」
キヨシが慌てた。
「これってもしかして……」
「お持ち帰りされないように、気をつけて」
マリアの声には、かすかに不機嫌さが滲んでいた。頬がわずかに膨らんでいるのは、怒っているのか、それとも恥ずかしいのか。
「小さくて可愛いってことか……俺たち」
「グルル〜♪」
近くにいた青年——オスか——が、キヨシの頭を撫でようと手を伸ばしてきた。キヨシは反射的に後ずさる。
「うわっ、やめ……俺は観賞用じゃねぇ!」
その様子を見て、サヤカがクスクスと笑い始めた。
「あははっ、キヨシ、完全にハムスター扱いされてるじゃない!」
「笑い事じゃねぇだろ! お前だって狙われてるぞ!」
実際、サヤカの銀髪にも数人のポポロッカ人が興味を示していた。地球人、特に若い人間は、彼らにとって極めて珍しい存在らしい。
二宮が占い用のタロットカードを取り出しながら、にこにこと微笑んだ。
「今日の運勢は……あら、『逆位置の星』。期待とは違う形での出会いがあるって出てますね〜」
「それ、今更すぎるだろ」
*
キヨシは周囲を見回した。空中を行き交う車両、光る建物、そして自分たちを珍しがる2メートル超の美形宇宙人たち。
「なあ……」
キヨシが呟いた。
「東京って、めっちゃ田舎だったんだな」
「今更?」
サヤカが肩をすくめた。
「いや、だってさ……スカイツリーとか東京タワーとか、あんなので威張ってた俺たちって……」
キヨシは、そびえ立つ建造物を見上げた。東京タワーの10倍はあろうかという構造物が、重力を無視して逆さまに建っている。その先端から、別の惑星への転送ゲートらしきものが展開されていた。
「恥ずかしいな、なんか」
「でもね」
サヤカが歩きながら言った。
「案外そうでもないのよ」
「は?」
「地球人って、銀河連盟ではすごく恐れられてるの。『凶暴な原始人』って」
マリアが補足する。
「科学力は低い。でも、身体能力は異常。特に戦闘能力」
「戦闘能力?」
「ほら」
サヤカが指を立てた。
「地球には法力使いがいるでしょ? あれ、銀河規模で見ても超レアなのよ。大体の星の知的生命体は、科学に頼らないと何もできない」
「へぇ……」
「特に日本」
マリアが続ける。
「法力使いの密度、異常に高い」
キヨシは少し考えた。
「そういえば、うちの爺さん……」
記憶を辿る。子供の頃、よく聞かされた話。
「カーカラシカ国が独立する前は、サムライだったって言ってたな。刀一本で化け物を斬ってたとか何とか」
「遺伝」
マリアが即答した。
「エネルギー値の高さは血筋」
「なるほどね〜」
二宮が納得したように頷いた。
「だから山口さんも、こういうドサ回りをしてるんですよ」
「ドサ回り?」
「イメージ改善よ」
サヤカが説明した。
「『地球人は野蛮で危険』っていう偏見を、可愛くて歌の上手い萌ちゃんで払拭しようって作戦」
「ああ……」
キヨシは納得した。確かに、身長160センチそこそこの黒髪美少女が、コアラ語で歌う姿は、凶暴というイメージからは程遠い。
*
「グルルル〜♪」
突然、ポポロッカ人の群衆がざわめき始めた。どうやら山口萌のコンサートの告知が、街頭ビジョンに映し出されたらしい。
『地球の歌姫、本日公演!』
文字は読めないが、山口萌の映像が大きく映し出されている。コアラ語のナレーションが流れ、ポポロッカ人たちが興奮した様子で鳴き声を上げた。
「人気あるんだな、萌ちゃん」
「当然」
マリアが胸を張った。なぜか誇らしげだ。
「ところで」
キヨシが気になっていたことを聞いた。
「ポポロッカ人って、なんでこんなに平和そうなんだ?」
「蟻」
マリアの答えは短すぎた。
サヤカが補足する。
「社会構造が蟻に似てるのよ。女王を中心にした完全な協調社会。個体同士の争いがほとんど存在しない」
「へぇ……」
「というか」
サヤカが苦笑した。
「地球人が異常なの。同じ星の中で、何千年も殺し合いを続けるなんて、銀河標準から見たら完全に狂ってる」
「まあ……そう言われると……」
キヨシは反論できなかった。確かに地球の歴史は戦争の歴史だ。
「だから」
二宮が微笑んだ。
「私たち、宇宙的に見ると『戦闘民族サイヤ人』みたいな扱いなんですよ〜」
「マジか……」
「コロロロ〜!」
興奮したポポロッカ人の若い女性が、突然マリアを抱き上げた。
「ちょ……離せ」
マリアが珍しく慌てている。普段の無表情が崩れ、頬が赤くなっている。
「ムゥムゥ〜♪」
ポポロッカ人の女性は、マリアを赤ん坊のように抱きしめて、頬ずりし始めた。周りの仲間たちも、その様子を見て歓声を上げている。
「助けて」
マリアが小さな声で呟いた。
「あー……」
キヨシは頭を掻いた。
「どうすりゃいいんだ、これ」
「放っておけば?」
サヤカが意地悪く笑った。
「可愛いって褒められてるんだから」
「殺す」
マリアの目が本気だった。腰に隠した銃に手が伸びかける。
「おいおい、国際問題になるぞ!」
キヨシが慌てて止めに入った。
会場への道のりはまだ長い。果たして無事にたどり着けるのか、キヨシには全く自信がなかった。
空を見上げると、三つの太陽が異なる色で輝いていた。緑、紫、そしてオレンジ。その光が混ざり合い、街全体を不思議な色彩で包んでいる。
東京が恋しくなってきた。少なくともあそこでは、自分が愛玩動物扱いされることはない。
「グルル〜♪」
また別のポポロッカ人が近づいてくる。今度は自分に向かって。
「うわ、来るな! 俺はペットじゃねぇ!」
キヨシは逃げ出した。銀河の中心近くの文明星で、地球人が珍獣扱いされながら逃げ回る。
なんとも間抜けな光景だった。




