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第百四十三話「銀河分断」




 トロン星、最高評議会議事堂。


 鳥頭の議員たちが、巨大な円卓を囲んでいた。中央のホログラムには、銀河全体の勢力図が映し出されている。


「このままでは、我々は孤立する」


 議長が羽をバタつかせながら言った。


「地球が他の星系と結託すれば、我々に勝ち目はない」


「しかし」


 若い議員が発言した。


「我々は決して孤立していない。人材ビジネスに参加している星は、まだ相当数ある」


 ホログラムが切り替わり、前回の投票結果が表示された。


 賛成:6,847

 反対:2,156

 棄権:997


「反対票を投じた星々を見てください」


 軍事顧問が立ち上がった。


「彼らは我々と同じく、強硬路線を取ってきた。宇宙港の差し押さえ、武器販売、星の地上げ。ある意味で、最も活発に交流してきた仲間たちです」


「棄権票の星々も」


 別の議員が付け加えた。


「彼らは日和見主義者だ。風向き次第でどちらにでもつく。我々が強い姿勢を示せば、必ず味方になる」


 議長が大きく頷いた。


「そこで、提案がある」


 全員が注目した。


「銀河を二分する」


 ホログラムが新しい図を映し出す。銀河が赤と青、二つの色に塗り分けられていく。


「メジャイ評議会を中心とする自由主義連合」


 赤い領域が広がる。


「対して、パニッシャーを擁する帝国主義連合」


 青い領域が対抗するように広がった。


「イデオロギーで分断し、拮抗状態を作り出す」


 会場がざわめいた。


「メジャイ評議会は死んでいない」


 別室から、黒いローブを着た人物が入ってきた。顔は見えないが、声は若い。


「私の祖父、ポルポテーンは確かに死んだ。しかし、評議会には1級、2級の戦士が何十万人もいる」


「あなたは?」


「新しいマスターになる者だ」


 黒いローブの人物が続ける。


「我々の戦士たちは、パニッシャーの独善に苦しめられてきた。復讐を望む者は多い」


 軍事顧問が数字を提示した。


「反対票の星々を合わせれば、艦隊戦力で約四割。メジャイの戦士を加えれば、個人戦闘力でも拮抗できる」


「問題は」


 議長が指摘した。


「賛成票の星々だ。彼らはどう動く?」


「それが面白いところです」


 黒いローブが笑った。


「彼らは基本的に不干渉主義者。お互いの問題には首を突っ込まない。よほどの危機でなければ結託しない」


「だが、今は結託しつつある」


「表面上はね。しかし、地球への脅威が去れば? また元のバラバラに戻る」


 議長が深く考え込んだ。


「つまり、我々は地球を直接攻撃するのではなく……」


「イデオロギー戦争を仕掛ける」


 黒いローブが断言した。


「自由貿易を掲げ、規制に反対し、各星の自主性を尊重する。聞こえはいいでしょう?」


 確かに、魅力的なスローガンだった。


「対して、地球陣営は?」


「規制、管理、統制。カーカラシカを盟主とする帝国主義」


「なるほど……」


 議員たちが顔を見合わせた。


「これなら、中立の星々も我々につく可能性がある」


「その通り」


 黒いローブが頷いた。


「武力ではなく、思想で銀河を割る。これが我々の生存戦略だ」


 別の議員が懸念を示した。


「しかし、パニッシャーは……」


「彼一人では、銀河全体を統制できない」


 黒いローブが冷たく言った。


「彼が動けば、『帝国主義の暴力』として宣伝できる。彼が動かなければ、我々の勢力は拡大する」


 議長が立ち上がった。


「では、決を取る。銀河分断計画に賛成の者は?」


 次々と羽が上がった。全会一致だった。


「よろしい。では早速、各星への使者を送る」


 黒いローブが最後に付け加えた。


「覚えておいてください。これは戦争ではない。『自由』のための戦いだ」


 皮肉な笑みが、ローブの下から漏れた。


          ◇


 一方、地球では。


 竹彦はカーカラシカで、この動きを察知していた。


(やはり、単純な武力衝突では終わらないか)


 窓の外を見ながら思う。


(銀河を二分する気だな。冷戦構造を作り出すつもりか)


 電話が鳴った。銀河連盟からの報告だろう。


「はい」


 案の定、トロン星の動きを知らせる内容だった。


 竹彦は小さくため息をついた。


(トロン星との戦いなんて、序章に過ぎない)


 本当の脅威は、その先にある。でも今は、この分断工作にも対処しなければならない。


 面倒な時代になったものだ、と竹彦は思った。


          ◇


 カーカラシカ、皇宮の会議室。


 四大公爵家の当主たちが、円卓を囲んでいた。


 上座には女帝ニーナ。その隣に竹彦、そしてラムザが座っている。


 向かいには、イシュタル家のエレシュキガル。ベオルブ家のイナンナ。ナブ家のウトゥ。そして、キモン家の当主ユキヒメ。


 エレシュキガル、イナンナ、ウトゥの三人は、難しい顔をしていた。


 一方、ユキヒメだけは落ち着いた様子で、時折竹彦の方に視線を向けている。


「銀河を二分する、か」


 エレシュキガルが、扇子で口元を隠しながら言った。


「トロン星もなかなか大胆なことを考える」


「自由貿易、規制反対、各星の自主性尊重……確かに聞こえはいい」


 イナンナが腕を組んだ。


「だが、実態は何なのだ」


「あの……」


 竹彦が、控えめに手を挙げた。


「少し、僕から説明させていただいてもよろしいでしょうか」


 全員の視線が、竹彦に集まった。


 ニーナが静かに頷く。


「この子は銀河連盟の議長を務めた経験があります。銀河の事情については、この場の誰よりも詳しいでしょう」


 ラムザも補足した。


「メルの情報収集能力は、私が保証する。聞いて損はないはずだ」


 エレシュキガル、イナンナ、ウトゥは、顔を見合わせた。


 ユキヒメだけは、穏やかに微笑んだ。


「ぜひ、お聞かせください」


 竹彦は、ゆっくりと口を開いた。


「まず、現状を整理させてください」


 その声は、穏やかだった。だが、不思議な説得力があった。


「銀河連盟には、約一万の星が加盟しています。そのうち、僕たちのように君主を頂く国……専制的な統治体制をとる星は、実は少数派なんです」


「少数派?」


 エレシュキガルが眉をひそめた。


「どの程度の?」


「二割弱、でしょうか。大半の星は、選挙で代表者を選ぶ共和制や、自由主義的な体制をとっています」


 竹彦は、円卓の中央に投影されたホログラムを操作した。


 銀河の勢力図が表示される。


「銀河全体では、自由主義の流れが強いんです。共和制を掲げる星が多数派で、僕たちのような……女帝を頂く国は、どうしても孤立しやすい」


「それは……」


 ユキヒメが、低い声で言った。


「我々が、すでに劣勢だということですね」


「率直に言えば、そうです」


 竹彦は頷いた。


「トロン星の狙いは、この構図を利用することにあります。『自由と民主主義の連合』対『専制国家の残党』という対立軸を作り出せば、多数派を味方につけられる」


 会議室が、静まり返った。


「そして……」


 竹彦は続けた。


「このまま何もしなければ、僕たちは袋叩きに遭います。地球も、カーカラシカも」


 イナンナが、険しい顔で言った。


「袋叩き、とは穏やかではないな」


「でも、事実です」


 竹彦の声は、静かだが確信に満ちていた。


「今回の投票結果を見てください。反対票を投じた星は約二千。棄権が約千。この三千の星々が、潜在的な敵になり得るんです」


「三千……」


 ウトゥが顔をしかめた。


「賛成票の六千八百と比べれば、まだ少ないが」


「ええ。でも、賛成票を投じた星々の結束は弱い。彼らは基本的に不干渉主義者で、危機が去れば自然とバラバラになります。一方、反対票の星々は……」


 竹彦は、ホログラムを切り替えた。


「これを見てください」


 複数の星系が、赤く点滅している。


「僕が議長を務めていた時に、各星の内情を調べました。反対票の星々には、共通点があります」


「共通点?」


「宇宙港の差し押さえ、武器の闇取引、小国への圧力……要するに、銀河連盟の規制を嫌う星々です。彼らは『自由』という言葉を、規制逃れの口実に使おうとしている」


 エレシュキガルが、扇子を閉じた。


「つまり、単なるイデオロギーの対立ではない、と」


「そうです。根底にあるのは利権です。でも、利権では人は動かせない。だから『自由』という大義名分を掲げる。聞こえのいいスローガンで、中立の星々を取り込もうとしている」


 竹彦は、静かに続けた。


「問題は、僕たちがそのスローガンに対抗できる旗印を持っていないことです。『女帝陛下万歳』では、他の星はついてこない」


 会議室に、重い沈黙が流れた。


 ニーナが口を開いた。


「メル。対抗策はあるの?」


「あります」


 竹彦は頷いた。


「地球は新参者です。盟主なんて大それた立場にはなれません。でも、同じように孤立している星と手を組めば、少なくとも袋叩きは避けられます」


「孤立している星?」


「はい。銀河には、僕たちと同じように君主制をとる星がいくつかあります。マザータイプの生態をもつ種族の星も含めれば、二百ほど」


 竹彦は、ホログラムに新しいデータを表示した。


「彼らも、今の状況に不安を感じているはずです。多数派の『自由主義連合』に飲み込まれることを恐れている」


「なるほど」


 ユキヒメが、ゆっくりと頷いた。


「孤立した者同士で連携する、ということですね。理にかなっています」


「ええ。これは拡大じゃありません。生き残りです」


 竹彦は、淡々と続けた。


「具体的には、まずオルテガ星系とモルディア連合に打診することを提案します。両国とも立憲君主制で、現在の銀河連盟の方針に不満を持っています。特にオルテガは、先月の貿易規制で大きな損害を受けました」


 エレシュキガル、イナンナ、ウトゥが、顔を見合わせた。


 竹彦の説明は、あまりにも具体的だった。


「あとはカルバドス連邦。ここは女王を頂く国で、宗教的にも僕たちに近い。それから……」


 竹彦は、次々と星の名前を挙げていった。


 各星の政治体制、経済状況、現在の不満、指導者の性格まで。


 まるで、銀河全体を掌の上で見ているかのような説明だった。


 ニーナは、息子の横顔を見つめていた。


(この子は……)


 改めて、驚いていた。


 力だけではない。


 頭脳も、情報収集能力も、桁違いだった。


 一万の星の内情を把握し、どの星が味方になりそうか、どの星が敵に回りそうか、全て見通している。


(これが、銀河連盟議長を務めた男の実力……)


 ラムザも同様だった。


 甥の能力は聞いていたが、実際に目の当たりにすると、圧倒される。


(姉上の息子は、化け物だな)


 ニーナは、深く頷いた。


「メル。私はあなたの案に賛成よ」


「私も賛成だ」


 ラムザが続いた。


「メルの分析は正確だ。今すぐ動くべきだろう」


 ユキヒメも手を挙げた。


「キモン家も賛成です。メル様の提案は、カーカラシカ全体の利益になります」


 竹彦は、穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 だが、その瞬間。


 エレシュキガルが、わずかに眉をひそめた。


「……少し、待っていただきたい」


 会議室の空気が、微妙に変わった。


「女帝陛下のお考えはわかりました。しかし、このような重大な決定を、この場で即決するのは……」


「私も同感だ」


 イナンナが続いた。


「まずは各家で検討する時間をいただきたい」


 ウトゥも頷いた。


「ナブ家としても、独自に情報を精査する必要がある」


 竹彦は、静かに三人を見た。


 何かが、おかしい。


 提案の内容に反対しているわけではない。


 だが、妙に慎重だ。


 まるで、何かを警戒しているような。


(……なぜだ?)


 竹彦は、考えた。


 自分の提案は、カーカラシカ全体の利益になるはずだ。


 公爵家にとっても、悪い話ではない。


 なのに、この反応。


 ユキヒメが口を開いた。


「エレシュキガル殿、イナンナ殿。時間は、我々の味方ではありません。トロン星は今この瞬間にも動いている。検討している間に、状況は悪化する一方です」


 エレシュキガルが、ユキヒメを見た。


「キモン家は随分と積極的だな」


「当然です。銀河の情勢を見れば、迷う余地などありません」


 ユキヒメは、淡々と答えた。


「キモン家は新参ですが、だからこそ、しがらみなく判断できます」


 イナンナが、低い声で言った。


「新参だからこそ、ボム家に取り入ろうとしているのでは?」


「取り入る?」


 ユキヒメは、微笑んだ。


「正しい判断をしているだけです。イナンナ殿こそ、何を躊躇しているのですか?」


 会議室の空気が、張り詰めた。


 竹彦は、表情を変えずに見ていた。


(キモン家は完全に僕の味方だ。問題は残り三家……)


 竹彦の脳裏に、嫌な考えが浮かんだ。


 銀河連盟議長として、彼は様々な裏工作を見てきた。


 買収。脅迫。情報操作。


 敵は、内部から切り崩すのが常套手段だ。


(まさか……もう、手が回っている?)


 竹彦は、三人の顔を見た。


 エレシュキガル。イナンナ。ウトゥ。


 三人とも、表情を読めない。


(トロン星は、すでに公爵家に接触している可能性がある)


 竹彦の中で、警戒心が高まった。


(だとすれば、僕の提案を遅らせようとするのは当然だ。時間を稼いで、向こうの準備が整うのを待っている)


 もちろん、単なる慎重さかもしれない。


 重大な決定を急がないのは、当然のことだ。


 だが、竹彦の経験は、最悪の可能性を想定するように告げていた。


(公爵家の誰かが、すでに敵のスパイになっている……?)


 竹彦は、表情を変えずに頷いた。


「わかりました。各家で検討していただければ。では、次回の会議は一週間後ということで……」


 穏やかな声。


 だが、その内心では、別の計算が始まっていた。


(一週間。その間に、僕も独自に動く必要がある)


 会議は終わった。


 当主たちが退出していく。


 ユキヒメだけは、去り際に竹彦に小さく頷いた。


 竹彦も、わずかに頷き返した。


 会議室には、ニーナ、ラムザ、そして竹彦が残った。


「メル」


 ニーナが、穏やかな声で言った。


「そんなに難しい顔をしないで」


「……母さん」


 竹彦は、眉をひそめた。


「あの反応、おかしくないですか? 僕の提案は、カーカラシカ全体の利益になるはずです。なのに、なぜ……」


「彼らは、ちょっと突然のことで戸惑っているのよ」


 ニーナは、静かに微笑んだ。


「急に現れた息子が、いきなり銀河の話を始めたんだもの。ついていけなくて当然でしょう」


「でも……」


「大丈夫。時間をかければ、きっとわかってくれるわ」


 ラムザが口を開いた。


「メル。お前の疑念はわかる。だが、姉上の言う通りだ。彼らはスパイではないと思う」


「では、なぜあんな態度を?」


 竹彦は、ラムザを見た。


 ラムザは、少し苦い顔をした。


「……ボム家への警戒だ」


「警戒?」


「お前の提案が通れば、ボム家の影響力が強まる。彼らはそれを恐れている」


 竹彦は、少し呆れた顔をした。


「くだらない。一丸とならなければいけない状況で、やることじゃない」


「そうだな。だが、それがカーカラシカの歴史だ」


 ラムザは、ため息をついた。


「我々四家は、常に争ってきた。本当の意味で一丸となった時代は、ほとんどない」


 竹彦は、黙って聞いていた。


「お前の父親……ガランのことは、聞いたか?」


 竹彦は、首を横に振った。


「名前くらいしか」


「いい男だった。姉上と本当に愛し合っていた」


 ラムザの声が、少し沈んだ。


「塩化爆弾の時、ガランは姉上を庇って死んだ。もし、我々がもっと一丸となっていたら……ニホンとの争いも、別の形になっていたかもしれない。ガランも、生きていたかもしれない」


 竹彦は、父親のことを想像しようとした。


 だが、まったくピンとこなかった。


 会ったことがない。


 写真は見たが、それだけだ。


「……そうですか」


 竹彦は、淡々と答えた。


 ラムザは、甥の顔を見た。


(この子には、父親の記憶がない。当然か……)


 ニーナが、静かに言った。


「メル。時間をかけましょう。彼らも、いずれわかってくれるわ」


 竹彦は、母の顔を見た。


 青白い。


 目の下には、うっすらと隈がある。


(母さんは……体を悪くしている)


 竹彦は、静かに息をついた。


「……母さん」


 竹彦は、穏やかに言った。


「僕、この前治療してもらった時に、お世話になった医師がいるんです」


「治療?」


「ええ。銀河標準の医療技術は、地球とは比べ物にならないくらい進んでいます。母さんの体も、きっと治せると思うんです」


 ニーナの目が、わずかに見開かれた。


「メル……」


「お礼、というわけではないんですけど……」


 竹彦は、少し照れたように言った。


「母さんが元気になってくれたら、僕も嬉しいですから。段取りをつけておきますね」


 ニーナは、しばらく息子の顔を見つめていた。


 そして、静かに微笑んだ。


「……ありがとう、メル」


「いえ」


 竹彦は、微笑み返した。


 だが、その内心では、別のことを考えていた。


(母さんが回復するまで、時間がかかる。その間に、僕が何とかしなければ)


(独自に調査する。公爵家の動きを洗い出して、本当にスパイがいないか確認する)


 竹彦は、静かに決意を固めた。


          ◇


 同じ頃。


 会議室を出たエレシュキガルは、イナンナと並んで廊下を歩いていた。


「……どう思う?」


 エレシュキガルが、小声で尋ねた。


「あの少年。メル君」


「正直に言えば……」


 イナンナは、眉をひそめた。


「騙された気分だ」


「同感」


 エレシュキガルは、扇子で口元を隠した。


「見た目は小柄で、少年のようだったから。もう少し御しやすい相手かと思っていた」


「まさか、あそこまで銀河の事情に精通しているとは」


 イナンナが、苦い顔をした。


「一万の星の内情を、あの若さで把握している。しかも、具体的な作戦まで立てている」


「末恐ろしい、というのが率直な感想だ」


 エレシュキガルは、足を止めた。


「あの体格を見た時は、正直なところ、甘く見ていた」


「私もだ」


 イナンナも立ち止まった。


「童顔で、声も柔らかい。とても銀河を相手に戦ってきた男には見えなかった」


「それが、蓋を開けてみれば……」


 エレシュキガルは、ため息をついた。


「オルテガ星系の貿易規制の損害額まで把握している。カルバドス連邦の女王の性格まで知っている。我々が名前すら聞いたことのない星の内情を、すらすらと……」


「完全に、外見に騙されたな」


 イナンナが、舌打ちした。


「あの少年のような見た目で、あの頭脳。たちが悪い」


「問題は、女帝陛下がメルを完全に信頼していることだ。ラムザ殿も、完全に味方についている」


「ボム家は一枚岩だな」


「そして、キモン家も早々にボム家についた。新参だからこそ、風を読むのが早い」


 二人は、顔を見合わせた。


「このまま行けば、あの男がカーカラシカの実権を握ることになる」


「女帝陛下は、息子を皇帝にする気だろう。女系の伝統を破ってでも」


「そうなれば、我々の立場は……」


 敵のスパイでも何でもない。


 単純な、権力闘争。


 ボム家が力をつけすぎることへの警戒。


 それが、彼女たちの本音だった。


「見くびっていた」


 エレシュキガルが、低い声で言った。


「あの体格、あの顔。どう見ても子供だ。会議の前は、適当にあしらえると思っていた」


「私もだ。まさか、あれほどの切れ者だとは」


 イナンナが、首を振った。


「油断した。完全に、外見に騙されたな」


「あの男の提案を全面的に受け入れれば、ますますボム家の影響力が強まる。慎重に対応すべきだ」


「同感だ。どうにか我々の意見を通せるタイミングを探ろう」


「しかし……」


 エレシュキガルは、扇子を開いた。


「厄介な相手が現れたものだ」


「ああ、全く」


 イナンナも頷いた。


「しかも、数か月前に皇居で暴れた男だ。あの時の力を思い出すと……」


「そうだな。正面から逆らうのは、得策ではない」


「かといって、黙って従うわけにもいかない」


「難しいところだ」




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