第百三十二話「覚醒と激怒」
医療室に戻ったマリアは、迷いなく制御パネルに向かった。
「薬品濃度を倍にする」
「ちょ、ちょっと待て!」
アスカが慌てて止めようとする。
「こうしないと竹彦に弟か妹が大量にできることになる」
アスカはそれを聞いて嫌な顔をした。確かに、それは色々と不本意すぎる。
「体が爆発せんやろうな……」
「このまま起こさないと、竹彦に私たちが殺される」
マリアの無表情な顔に、珍しく焦りの色が浮かんでいた。
「……間違いないな」
アスカが深く頷いた。ニーナを攫われたと知ったら、竹彦は確実に暴走する。それなら、今すぐ起こして追いかけさせた方がいい。
「何の騒ぎだ!」
医師が駆けつけてきた。
「その濃度は危険すぎる! 患者が……」
マリアは医師を完全無視して、濃度調整ダイヤルを回した。
瞬間、けたたましいアラームが鳴り響いた。
『警告! 薬品濃度が危険域に到達! 直ちに中止してください!』
ポットの中で、竹彦がボコボコと泡を吐き始めた。体が痙攣し、苦しそうに身をよじる。
「やばい、やばい、やばい……」
アスカが息を呑んで見守る。医師は青ざめて後ずさった。
突然、竹彦の目がカッと見開かれた。
「があああああ!」
叫び声と共に、拳がポットのガラスを粉砕した。破片が飛び散り、治療液が床に溢れ出す。
「いてててて!?」
裸のまま床を転げ回る竹彦。全身についたセンサーを、めちゃくちゃに引き剥がしていく。
「全身が痒い! なんだこれ!」
身体中を掻きむしりながら、のたうち回る。
「成功!」
マリアがガッツポーズをした。
竹彦はようやく落ち着いて、周囲を見回した。そして、凍りついた。
床には、メジャイの戦士たちの死体が転がっている。血の海、壁の焦げ跡、銃痕。明らかに激しい戦闘があった跡だ。
「一体何があったんですか!」
「オカンが攫われたんや!」
アスカが叫んだ。腕の傷を押さえながら、必死の形相で。
「オカン?」
竹彦には意味がわからなかった。自分に母親などいないはずだ。
マリアが前に出た。
「臓器培養の組織は、ニーナのもの!」
「は?」
「ニーナが母親と知って、あのポルポテーンがニーナを攫って行った!」
竹彦の頭が真っ白になった。
「ちょっと待って、ちょっと待って!」
パニックになりながら叫ぶ。
「ゼロから臓器を作れる新技術とかは!?」
「そんなものあるわけない」
マリアがバッサリと切り捨てた。
「バカを言いくるめるための嘘」
「嘘!?」
竹彦の世界が音を立てて崩れていく。ニーナが、母親? あの金髪の女帝が? それで臓器を?
「いいから追いかけて!」
マリアが竹彦の肩を掴んで揺さぶった。
アスカが服を投げてよこす。
「早く着ろ!」
竹彦は反射的に服を着始めた。頭はまだ混乱しているが、体は動く。
「これも持ってけ!」
床に転がっているビームサーベルを拾い上げる。メジャイの戦士たちが落としたものだ。
「遅れたら、あのカスが『弟か妹増やしてやる』とか抜かしよった!」
アスカの怒りが爆発した。
「今度こそぶち殺したらんかい!」
その言葉で、竹彦の中で何かが切れた。
「なんだと……」
低い、地の底から響くような声。今まで聞いたことのない、恐ろしい声だった。
「飛空挺かっぱらってくる! マリア、ついてこい!」
アスカが叫びながら走り出す。マリアも後に続いた。
竹彦も走り始めた。その瞬間、異変に気づいた。
(なんだ、これは)
全身に、かつてないほどの力が漲っている。血液が沸騰しているような、全身が炎になったような感覚。
廊下を走りながら、メジャイの残党と遭遇した。
「竹彦だ!」
「マスターの邪魔をするな!」
ビームサーベルを構える戦士たち。だが、竹彦は止まらなかった。
「だりゃあああ!」
気合いと共に放った拳が、戦士の胸を貫通した。そのまま振り抜いて、壁に叩きつける。骨が砕ける音が響いた。
「ひっ!」
他の戦士たちが怯む。しかし、竹彦は容赦しなかった。
壁を蹴って天井へ跳躍。そのまま天井を蹴って、矢のように突進する。通行人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、竹彦は一直線に走った。
(母親……ニーナが母親……)
まだ信じられない。でも、今はそれどころじゃない。
(あの粘土野郎が……)
怒りが、体の奥底から湧き上がってくる。今まで感じたことのない、奇妙な熱い感覚だった。
「ポルポテーン!」
咆哮が、施設中に響き渡った。
格納庫では、アスカとマリアが既に飛空挺を確保していた。
「竹彦! 早く乗れ!」
エンジンを始動させながら、アスカが叫ぶ。
竹彦が飛び乗った瞬間、飛空挺が急発進した。
「奴の居場所は?」
「メジャイの本部」
マリアが端末を操作しながら答える。
「転移の痕跡を追跡した。間違いない」
竹彦は拳を握りしめた。新しい肝臓、新しい内臓、そして漲る力。全ては母親から貰ったものだった。
(ニーナ……お母さん……)
まだ実感は湧かない。でも、一つだけはっきりしていることがある。
あのボケ老人ポルポテーンの、下卑た笑顔が脳裏に浮かんだ。
竹彦の額に、青筋が浮き上がる。
「今度という今度は、絶対にぶっ殺す」
拳を握りしめる。骨がミシミシと音を立てた。
「早よ行かんと、弟か妹が仰山生まれてまうぞ!」
アスカが操縦桿を限界まで倒して、全力飛行に入った。機体が軋む音を立てる。
「今度こそ殺してやる!」
竹彦がギリギリと歯を食いしばる。奥歯が砕けそうなほどの力だった。
飛空挺は、限界速度でメジャイ評議会本部へと突き進んでいく。




