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第百三十一話「母の拉致」



 メジャイ評議会の宿舎で、ポルポテーンは情報端末を凝視していた。


「あの電撃女か!」


 粘土のような指が、データを何度も確認する。DNA適合率、培養記録、全てが一つの結論を示していた。


「地球代表が母体とは……」


 老人は深く唸った。これは想定外だった。竹彦の母親が、まさか目の前にいたとは。


(竹彦め……あの怪力と残虐性、そしてわずかな協調性で戦士連盟の重役、議長にまで上り詰めた厄介な奴だ)


 彼は立ち上がり、部屋を歩き回り始めた。


(色々な嫌疑をかけて、なんとか議長の座から引きずり下ろしたが……)


 竹彦の弱点は明確だった。後ろ盾がないこと。出身星が未開の星だから、連盟としての基本的な権利が認められていなかった。それが無茶な嫌疑をかけられた理由だ。


「ところが……」


 ポルポテーンの顔が歪む。


「出身の星が連盟入りした上に、代表が母親となると……」


 かけていた嫌疑の多くが霧散する。法的な後ろ盾を得た竹彦を、もう誰も止められない。


「しかも、あの化け物の状態が、今まで絶不調だったというのか」


 信じ難い話だが、医療記録は嘘をつかない。


「あと数時間で、かなり回復してしまう……」


 時間がない。彼は決断した。


(竹彦に首輪をかけておかなければ、メジャイ評議会は追い詰められる)


 地球での人身売買活動は御破産。バンディットたちも、鳥の連中も、トロン星も大変なことになる。


「電撃は厄介だが……」


 老人は装備庫へ向かった。


「対策はある」


 法力を抑制する腕輪、絶縁性のラバースーツ。それらを身に着ければ、電撃は通用しない。


(竹彦が恐ろしいのは、小手先が通用しないからだ。デストロイヤーと違って頭も使ってくる)


 しかし、電撃女一人なら話は別だ。


「女を攫って人質にすれば、奴の行動を制限できる」


 通信機を手に取る。


「緊急招集だ。全員集まれ」


(奴が本調子になったら、もう手出しできない。今が最後のチャンスだ)


           *


 医療施設の廊下で、ニーナは休憩室へ向かっていた。


「コーヒーでも飲んで、落ち着かないと」


 あと四十分で息子が目覚める。その時のために、心を整えておく必要があった。

 突然、廊下の明かりが消えた。


「え?」


 非常灯だけが、薄暗く廊下を照らす。不穏な気配を感じて、ニーナは振り返った。

 そこに、ラバースーツで全身を覆った異形の集団がいた。


「お久しぶりですね、地球代表」


 粘着質な声。ポルポテーンだ。


「下郎が!」


 ニーナは即座に電撃を放った。青白い稲妻が、老人を直撃する。しかし、ラバースーツが電撃を完全に遮断した。


「残念でした」


 ポルポテーンが不気味に笑う。その背後から、数十人の男たちが現れた。全員がメジャイ評議会の戦士、つまり彼の息子や孫たちだ。


「汚い手を離せ!」


 ニーナは必死に抵抗した。電撃が効かないなら、と格闘術に切り替える。だが、相手の数が多すぎた。


「がっ!」


 背後から羽交い締めにされる。粘土のような腕が、ニーナの体を締め上げた。


「アスカ! マリア!」


 叫び声を聞いて、二人が駆けつけた。


「ニーナさん!」


 アスカが銃を抜いて、乱射した。数人の戦士が倒れるが、次から次へと新手が現れる。


「この気色悪い粘土野郎!」


 マリアも二挺拳銃で応戦するが、相手の数が多すぎる。


「くっ……」


 アスカの腕に、ビームサーベルの切っ先が掠めた。血が飛び散る。


「まじ最悪」


 マリアが舌打ちする。


「議会に報告すれば、あなたは終わり」


「ははは!」


 ポルポテーンが高笑いした。


「私には金がある。議長を抱き込めば問題ない」


 彼は、ニーナの首に法力抑制の首輪をはめた。


「要は、あの化け物が大人しくしていれば、我々も安泰なのだ」


「卑怯者!」


 ニーナが叫ぶが、首輪のせいで法力が使えない。


「竹彦くんに伝えてくれたまえ」


 ポルポテーンは、アスカとマリアを見下ろしながら言った。


「母親に弟か妹を産んでほしくなければ……」


 その下品な笑みに、アスカの顔が怒りで真っ赤になった。


「あと、私を義理の父親にしたくないのなら、大人しくしておけ、とね」


「てめぇ!」


 アスカが立ち上がろうとするが、傷が深くて動けない。

 ニーナは最後まで抵抗した。


「離せ! メルの前で真実を……」


「メル? ほう、本名はメルというのか」


 ポルポテーンが興味深そうに呟く。


「メル君のお母さん、一緒に来てもらいますよ」


 粘土の腕が、ニーナを抱え上げる。彼女は必死に暴れたが、法力なしでは普通の女性に過ぎない。


「放して! あと少しで息子が……」


「息子さんには、私からよろしく」


 転移装置が起動する。青い光に包まれて、ポルポテーンたちが消えていく。


「待て!」


 マリアが手を伸ばすが、間に合わなかった。

 廊下には、血を流すアスカと、呆然と立ち尽くすマリアだけが残された。


「くそ……」


 アスカが拳を床に叩きつけた。


「竹彦が起きたら、なんて説明すれば……」


 マリアは無表情のまま、しかし拳を強く握りしめていた。


「最悪のタイミング」


 あと三十分で、竹彦が目覚める。母親がいないことを知ったら、彼はどうなるだろうか。


「急いで、対策を考えないと」


 二人は、重い足取りで医療室へ向かった。

 竹彦の幸せな目覚めは、最悪の形で迎えることになってしまった。

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