第百三十話「真実への準備」
二週間後、アンドロメダの医療施設。
透明な医療ポットの中で、竹彦が静かに浮かんでいた。青緑色の治療液が、穏やかに揺れている。今回は小さい臓器を一気に入れ替える大手術だった。膵臓、脾臓、副腎、そして細かな内分泌器官。麻酔で深い眠りについている竹彦の表情は、不思議なほど安らかだった。
「生体反応、全て正常です」
医師がモニターを確認しながら報告する。
「移植した臓器は完璧に機能しています。事前の検査でも、かなりの改善が見られました」
ニーナは、ポットのガラスに手を当てて、息子の寝顔を見つめていた。
「あとは肺と腸ですね」
医師が説明を続ける。
「これを入れ替えれば、ほとんど健康な体になります。欲を言えば心臓も……」
「心臓も?」
「はい。ただ、これは最後に慎重に行いたい。最もリスクの高い臓器ですから」
ニーナは頷いた。息子の命に関わることだ。慎重になるのは当然だった。
ポットの中で、竹彦がわずかに身じろぎした。治療液が小さな泡を作って、上へと昇っていく。その光景を見つめながら、ニーナの胸が熱くなった。
(銀河連盟に到達したのも、全てはこのためだったのね)
十六年前、全てを失ったと思った。夫は死に、息子も消えた。カーカラシカ帝国は崩壊し、月面で細々と生き延びるしかなかった。
(でも、私は全てを失ったわけじゃなかった!)
メルは生きていた。そして今、母親として息子を救うことができている。これ以上の幸せがあるだろうか。
アスカが、そんなニーナの横顔を見て、そっと声をかけた。
「ニーナさん」
「はい?」
「竹彦が起きたら、本当のこと言ってええと思います」
ニーナの体が、びくりと震えた。
「培養した組織が誰のか話せば、竹彦も喜ぶと思う」
アスカの優しい関西弁が、心に染みた。でも、不安は消えない。
「でも……信じてもらえるでしょうか」
「信じるも何も、証拠があるやん」
アスカは医療データを指差した。
「DNA適合率99.9999%。これ以上の証拠はないで」
マリアも頷いた。
「ドラマチック」
両手を合わせて、珍しく感情を込めて言う。
「息子を救った母親。最高の展開」
そして、いつもの無表情に戻って付け加えた。
「それに、実利的なメリットも大きい」
「メリット?」
「連盟に参加して、竹彦が地球出身ということも広まった。他の星の出方もわかってきた」
マリアはデータパッドを操作しながら説明する。
「親子ということを打ち明ければ、地球の立場が強化される。竹彦の戦士連盟重役という立場を利用して、色々な星系との交渉に使える」
「竹彦の仕事も楽になる」
確かに、息子は一人で銀河中の厄介事を背負い込んでいた。母親として、それを助けることができるなら。
アスカが身を乗り出した。
「それにな、ニーナさん!」
興奮した様子で続ける。
「竹彦が健康になった上に、カーカラシカさんの使ってる、あのアーティカルアームを竹彦に持たせれば!」
「アーティカルアーム?」
「最強の個人兵装や! あれがあれば、他の0級にも勝てますよ!」
アスカの目が輝いている。
「一気に天下取れますよ! デストロイヤーにも勝てるかもしれへん!」
ニーナは苦笑した。
「そんな物騒な話は……」
「いやいや、大事なことですって! 竹彦が銀河最強になれば、誰も地球に手ぇ出せへんようになる」
確かに、それは魅力的な話だった。息子が苦労することなく、生きて行けるなら。
マリアが時計を見た。
「あと一時間で覚醒予定」
ニーナの心臓が跳ね上がった。あと一時間。十六年間の秘密を打ち明ける時が、迫っている。
「どうやって言えばいいでしょうか」
不安そうに呟くニーナに、アスカが笑った。
「そんなん、素直に言えばええやん。『私があなたのお母さんです』って」
「そんな単純に……」
「単純が一番や。回りくどいこと言うても、竹彦は混乱するだけやで」
マリアも頷く。
「事実を淡々と。証拠を見せて、理解してもらう」
ニーナは深呼吸をした。そうだ、もう逃げない。息子と向き合う時が来たのだ。
ポットの中で、竹彦のまぶたがぴくりと動いた。もうすぐ目覚める兆候だ。
ニーナは、ガラスに額を寄せて、愛おしそうに呟いた。
「メル……もうすぐよ」
最高の形で真実を打ち明けられる。息子を健康にして、その上で母親だと名乗れる。これ以上の幸せはない。
医師がモニターを確認した。
「脳波は安定しています。あと一時間ほどで覚醒予定です」
ニーナは、ポットの前から離れられなかった。息子の穏やかな寝顔を、一秒でも長く見ていたかった。
アスカが肩に手を置いた。
「ニーナさん、ちょっと休憩しません? コーヒーでも飲みに」
「いえ、私はここに……」
「一時間もあるんやから。ずっと立ってたら疲れるで」
マリアも頷いた。
「覚醒時には万全の状態で迎えた方がいい」
ニーナは渋々ポットから離れた。
(あと一時間……あと一時間で…あなたとの絆の証が…)
期待と不安が、胸の中で渦巻いていた。




