第百二十六話「母の電撃」
食堂への廊下で、マリアが淡々と説明を始めた。
「あいつは敵」
単刀直入な物言いに、ニーナの表情が険しくなる。
「過去に法力の強い地球人を大量にさらって、メジャイ騎士の奥さんにしてる」
(ああ、こいつは完全に敵だ)
ニーナの中で、何かが冷たく凍りついた。銀河は想像以上に敵が多い。いや、味方の方が少ないのかもしれない。
「発言権があるから厄介」
マリアは続ける。
「竹彦が人身売買を止めると、色々な嫌疑をかけて懸賞金を釣り上げてる。ゲス野郎」
「メジャイ評議委員は、基本的に竹彦の敵」
その言葉で、ニーナは全てを理解した。息子が地球を守るために、どれほどの敵と戦い、どれほどの苦労を重ねてきたか。一人で、たった一人で、こんな化け物たちと渡り合ってきたのだ。
目の前の老人を見る。皺だらけの顔に浮かぶ下卑た笑み。三百年も生きて、やっていることは人身売買と性的搾取。
(ぶち殺したい)
母親としての怒りが、静かに、しかし確実に燃え上がっていく。
竹彦が前に出た。その小さな背中が、今はとても頼もしく見える。
「言っておきますが」
静かだが、殺気を孕んだ声。
「連盟入りした以上は、今までのようなことをしたら、ただでは済ましません」
鋭い視線が、ポルポテーンを射抜く。
「必ず報復します」
しかし老人は、まるで聞いていないかのように、ニーナの方を向いた。
「今おいくつかな?」
粘着質な視線が、ニーナの全身を舐め回す。
「いや待て、当ててみよう! 二十五歳!」
「……」
完全無視。息子の警告も、周囲の空気も、何もかも無視して自分のペースで話を進める。
アスカが溜め息をついた。
「こいつ強いから、本当に始末におえないんよな……」
疲れきった声で呟く。
「竹彦がおらんかったらと思うと、ゾッとするわ」
マリアが竹彦の袖を引いた。
「食事は別の場所でとった方がいい」
しかしポルポテーンは、今度はマリアに狙いを定めた。
「君、お嫁さんにならない?」
にじり寄ってくる。マリアは無表情のまま一歩下がる。
「孫の嫁になってみない? ひ孫でもいいよ?」
「断る」
「玄孫はどうかな?」
「しつこい」
延々と続く下品な勧誘に、竹彦の堪忍袋の緒が切れた。
「いい加減にしろ!」
拳が、老人の顔面に叩き込まれた。
だが、次の瞬間、異様な光景が展開された。顔が、ぐにゃりと変形する。顔だった場所が、腕になった。その腕が、竹彦の拳を掴んでいる。
「おお? やるか?」
変形の影響で、服が破れて全裸になった老人が、にやりと笑う。腰のビームサーベルを抜こうとする。
その瞬間だった。
「見苦しいぞ、下郎」
氷のように冷たい声が響いた。
ニーナが立ち上がっていた。金髪が逆立ち、赤い瞳が怒りに燃えている。法力が、電撃となって迸った。
バチバチと青白い稲妻が、全裸の老人を直撃する。
「ぎゃああああ!」
今まで聞いたことのない、情けない悲鳴が響き渡った。ポルポテーンが、焦げ臭い煙を上げながら転げ回る。
「ひぃぃぃ! 電撃は勘弁! 電撃はダメ!」
慌てて逃げ出そうとするが、ニーナは容赦しない。
「失せろ」
もう一発、より強力な電撃が放たれた。
「うわあああああ!」
全裸の老人が、尻を押さえながら廊下の向こうへ逃げていく。その情けない後ろ姿を、食堂周辺にいた議員たちが呆然と見送った。
竹彦が目を丸くして、ニーナを見上げた。
「おぉ! すごい!」
素直な感嘆の声。アスカも口を開けたまま固まっている。
「あいつにも弱点があったんやな……」
遠くで「ひーひー」と泣き声を上げながら逃げていく全裸の老人を見て、唸るように言った。
マリアが珍しく拍手をした。
「すごい。0級を追い払った」
パチパチパチ。その音につられて、周囲の議員たちも拍手を始める。
「おぉー……」
「地球代表、やるじゃないか」
「ポルポテーンを撃退するとは」
口々に感心の声が上がる。中には「ありがとう」と涙ぐんでいる女性議員もいた。きっと、過去に嫌な思いをしたのだろう。
ニーナは何事もなかったかのように、優雅に席についた。
「さあ、食事にしましょう」
涼しい顔をしているが、内心では息子の前で活躍できたことに、最高にドヤ顔を決めていた。
(見た? メル? お母さん、強いでしょう?)
心の中で、小躍りしそうなほど得意げだった。
竹彦はまだ興奮冷めやらぬ様子で、席につきながら呟いた。
「あいつ、法力の電撃が苦手だったとは……」
「どうやら、体を変形させる能力と相性が悪いようですね」
ニーナが冷静に分析する。
「聖火を宿した巫女ならば、さらに効果的だったかもしれません」
「なるほど……覚えておきます」
竹彦が真剣な顔で頷く。その素直な反応に、ニーナの心がきゅんとなった。
表面上は平静を装いながら、内心では歓喜の舞を踊っていた。
マリアがメニューを広げながら、ぼそりと呟いた。
「全裸で逃げる0級。新しい」
アスカが噴き出した。
「あはは! 確かに! 銀河最強の一人が、ケツ丸出しで逃げてったで!」
食堂中に、笑い声が響いた。




