第百二十五話「メジャイの誘い」
百二十七もの退屈な議題を、ようやく半分まで消化した議会が休憩に入った。
「やっと終わったか……」
竹彦は大きく伸びをしながら、浮遊する議席から降り立った。コオロギの次は、宇宙ゴミの芸術的価値について三時間も議論していた。正直、頭が痛くなってきている。
「じゃあ、飯でも食いに行こか」
アスカが腰を叩きながら立ち上がった。議会場の巨大なボウル状の空間には、まだ半分以上の種族が残って何やら激論を交わしているが、地球代表団は早々に退散することにした。
「私も腹が減った」
マリアが無表情のまま、しかし腹部を押さえて主張する。ニーナは息子と一緒に食事ができることに、内心で小躍りしそうになりながら頷いた。
「この階の食堂は、なかなか評判がいいんですよ」
竹彦が先導して歩き始めた時、廊下の角から二人組が現れた。
茶系の、僧侶のような緩やかな服装。しかし足元は動きやすそうな靴で、腰には懐中電灯のような筒をぶら下げている。どこかで見たような既視感があるが、面識はないはずだ。
年配の方が、皺だらけの顔にニヤリと笑みを浮かべて近づいてきた。
「おやおや、これは元議長殿」
低い、粘着質な声が響く。
「いや、今は指名手配犯とお呼びすべきかな?」
竹彦の表情が一瞬で険しくなった。アスカは「あー、めんどくさいのが来たな」と、うんざりした顔で呟く。
ニーナが小声でマリアに尋ねた。
「彼らは誰?」
「メジャイ評議会」
マリアが淡々と答える。
「銀河の法力使いを集めて訓練している連中。腰の筒はビームサーベル」
ニーナの脳裏に、地球で見た古い映画の記憶が蘇った。小さな緑色の生き物がリーダーで、念動力を使う騎士たちが活躍する、あの有名な作品だ。
(あれって、モチーフがあったのね……)
「確か、結婚ができない人たちでしょう?」
映画の設定を思い出しながら聞くと、マリアは首を横に振った。
「いや? 逆」
「逆?」
「バンバンする。法力使いをバンバン増やそうとするから、倫理委員会から怒られてる。下半身が緩い」
ニーナの顔が引きつった。映画のイメージが音を立てて崩れていく。
年配の男が、ニーナの方を見てニタリと笑った。その視線には、明らかに下心が滲んでいる。生理的な嫌悪感が背筋を這い上がった。
「マスター・ポルポテーン」
マリアが無感情に紹介する。
「この人は地球代表。汚い目で見ないで」
背の高い若い男が、顔を真っ赤にして前に出た。
「マスターを侮辱するな!」
竹彦は溜め息をついた。
「食堂に行きたいんですけど、どいてくれません?」
めんどくさそうに、しかし明確な拒絶の意思を込めて言う。だがポルポテーンは全く意に介さない。
「竹彦くん! 君の評議会委員の席は、いつでも空けてあるからね!」
親しげに、馴れ馴れしく肩を叩こうとする手を、竹彦はさりげなく避けた。
「しつこいねん、色ボケジジイ」
アスカが吐き捨てるように言う。ポルポテーンはそれすら聞こえないふりをして、今度はニーナの方を見た。
「竹彦くんは羨ましいなあ。そんなに美しい奥さん、いつもらったんだい?」
「違います!」
竹彦が即座に否定する。頬が少し赤くなっているのは、怒りのせいだろう。
「この人、話が通じないんだよな……」
舌打ちまでして、露骨に嫌悪感を示す。しかし相手は全く懲りない。
「今から我々も食事なんだが、一緒にどうかな?」
もはや諦めの境地に達した竹彦が、渋々頷いた。
「……いいですけど」
そして、鋭い視線でポルポテーンを睨みつける。
「この人に何かおかしなことを言ったら、許しませんよ」
その殺気に、若い方の男が一歩後退した。しかしポルポテーンは涼しい顔で笑っている。
アスカがニーナの耳元で囁いた。
「あいつが0級の一人やねん」
ニーナの目が丸くなる。
「女が百人おって、子供が一万人くらいおる」
「一万!?」
「まじで困ったやつでな……自分の子供とその孫で、メジャイ評議会作った。下半身お化けや」
呆れ果てたような口調で続ける。
「もう三百歳くらいなんやけど、隣にいるのはひ孫や」
ニーナは改めてポルポテーンを見た。皺だらけの顔に、若い女性を値踏みするような目。三百年も生きて、この有様か。
(メルを、こんな人の近くには置きたくない……)
母親としての警戒心が、本能的に湧き上がった。
「地球代表殿も、なかなかお美しい」
ポルポテーンがねっとりとした視線を向けてくる。
「法力も強い。素晴らしい資質だ。我がメジャイ評議会で、その才能を開花させてみませんか?」
「遠慮します」
ニーナは即答した。氷のような冷たい声で。
竹彦が少し驚いたような顔でニーナを見た。普段の彼女からは想像できない、峻厳な拒絶だった。
「まあまあ、そう言わずに」
ポルポテーンは全く懲りない。むしろ、拒絶されることを楽しんでいるようにすら見える。
「食事をしながら、ゆっくり話しましょう」
マリアが小声で呟いた。
「めんどくさい」
全員の総意だった。
食堂への道を歩きながら、竹彦は舌打ちを繰り返していた。銀河で最も鬱陶しい男の一人と、これから食事をしなければならない。
(なんで僕がこんな目に……)
ニーナは息子の不機嫌そうな横顔を見ながら、複雑な気持ちになっていた。
(これからは、こんな人たちとも付き合わなければならないのね)
銀河の現実は、想像以上に面倒で、下品で、そして避けようがないものだった。




