第十二話「闇バイトと家族の笑顔」
キヨシの家のリビングで、姉の茜がソファに寝転がっていた。医学書が顔に乗っていて、完全に昼寝モードだ。
「ねぇ、キヨシくん」
茜が本を顔から落とさないまま、もごもごと話しかけてくる。
「アイスが食べたいんだがね」
「自分で買いに行けよ」
「でもコンビニがすごく遠いんだ……」
「徒歩3分だろ」
「医学生は忙しいんだよ。解剖学のテスト勉強で疲れてるの」
本が顔から落ちた。よだれの跡がページについている。勉強の形跡は全くない。
「お兄ちゃん!」
妹の桜が部屋から飛び出してきた。中学の制服姿で、数学の教科書を抱えている。
「この問題教えて! 明日テストなの!」
「どれ?」
「全部!」
「全部って……」
キヨシは財布を開いた。中には千円札が3枚と小銭。今月の食費を計算すると、あと一週間で破産する。光熱費の請求書が机の上に積まれている。
両親は海外出張。学費だけは振り込まれるが、生活費は「お前たちでなんとかしろ」という無責任な方針だった。
姉は医学生で忙しい(という建前)。妹は中学生。結果、高校生のキヨシが家計を支えることになっていた。
「今月の電気代、2万か……」
キヨシはアマガワ事務所のバイト代を計算した。時給換算すると異常に高い。1時間の弁当詰めで5000円、20分の猫探しで5000円。でも、それでも足りない。
もっと稼げる仕事はないのか。
宇宙人たちが報酬として持ってくる貴金属や宝石を見たことがある。あの事務所でコズミック規模の仕事をすれば……
*
翌日の部活、キヨシは部室で竹彦と二人きりになった。
「なあ、竹彦」
「なんですか?」
「お前、普段どんな仕事してるんだ?」
竹彦の笑顔が一瞬固まった。
「あー、大したことないですよ。困った人の道案内とか、迷子の捜索とか……」
嘘だ。あのアスカが持っていた巨大な銃。あれは道案内には使わない。
「実は、家の光熱費がやばくて」
キヨシは正直に切り出した。
「何かいいバイトないかな?」
「コンビニはどうですか?」
竹彦が真面目に提案する。
「時給1100円で、深夜なら1375円ですよ!」
まともすぎる提案だった。竹彦は明らかに、キヨシを危険な仕事から遠ざけようとしている。
*
放課後、竹彦がいない隙を狙って、キヨシは事務所を訪れた。
マリアが一人で、奇妙な機械をいじっていた。画面には理解できない文字が流れている。
「マリア、相談があるんだけど」
「何」
「稼ぎたいんだ」
マリアが顔を上げた。無表情だが、目が光った。
「ほう。稼ぎたい?」
「あ、ああ」
マリアは手にしていた機器を置き、立ち上がった。小さな体なのに、妙な迫力がある。
「男は、そうでないと」
意味深な言葉と共に、マリアは棚から小さな箱を取り出した。手のひらサイズで、表面には見たことのない模様が刻まれている。
「これを、東京湾の第3コンテナ倉庫に」
「は?」
「緑の帽子をかぶった相手に、渡して」
まさか麻薬の運び屋? いや、宇宙的な何かかもしれない。どっちにしろヤバそうだ。
「前金」
マリアが封筒を差し出した。中を見ると、万札が50枚。
「ご、50万!?」
「竹彦には、内緒」
キヨシは震える手で封筒を受け取った。これで光熱費も食費も、全部払える。
*
部員たちが事務所に入ってきた。
「あ、キヨシ君も来てたの?」
山口が微笑む。
「じゃあ今日は、パンフレットの封入れをお願いしようかな」
部長が健全な仕事を提案する。
みんなで和気あいあいとパンフレットを封筒に入れる。時給1200円の普通のバイトだ。
作業を終えた後、キヨシは東京湾へ向かった。
夜の倉庫街は不気味だった。コンテナが積み上げられ、クレーンが不気味な影を作っている。
第3倉庫の前で、キヨシは立ち止まった。
そこにいたのは、人間ではなかった。
骨格が透けて見えるような顔。目の位置がおかしい。でも確かに緑の帽子をかぶっている。
キヨシは震えながら近づき、すれ違いざまに箱を渡した。相手は無言で受け取り、闇に消えた。
事務所に戻ると、マリアが待っていた。
「お疲れ様」
新しい封筒。また50万。
「次は、もっといい仕事。アスカと組んで」
キヨシは震える手で封筒を受け取った。100万円。高校生が1日で稼ぐ金額じゃない。
*
その夜、キヨシはスーパーで奮発した。和牛、新鮮な野菜、姉の好きなアイス、妹の好きなお菓子。
「今日は焼肉だ!」
「わー! お兄ちゃん、どうしたの!?」
桜が目を輝かせる。
「バイト代が入ったんだ」
「へー、いいバイト見つけたんだ」
茜がめずらしく起き上がった。
「これ、A5ランクじゃない? 高いでしょ」
「まあね」
肉を焼く音、ジュージューという音が幸せを演出する。
「美味しい!」
桜が頬を膨らませる。
「お兄ちゃん、これ本当に美味しいよ!」
「キヨシ君も大人になったねぇ」
茜がビール(ノンアルコール)を飲みながら言う。
「家族を養うなんて」
キヨシは笑顔を作りながら、内ポケットの封筒の重さを感じていた。
何を運んだんだろう。誰に渡したんだろう。次はどんな仕事なんだろう。
でも、姉と妹の笑顔を見ていると、そんなことはどうでもよくなる。
「お兄ちゃん、明日も焼肉?」
「さすがに毎日は無理だよ」
「えー」
桜が膨れる。茜が笑う。普通の家族の風景。
キヨシは思った。これを守るためなら、宇宙マフィアの運び屋でも何でもやってやる。
ただ、竹彦にバレたら確実に殴られるだろうな、とも思った。
「了解! 更生させます!」って言いながら、笑顔で殴られる姿が容易に想像できた。
明日も学校か。普通の顔して、授業を受けて、部活に行って、そして……
キヨシは肉を頬張りながら、自分が闇に片足を突っ込んだことを、まだ完全には理解していなかった。




