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第百十七話「偽りの歓迎」



 ニーナが空港の床を踏みしめた。

 歴史的な第一歩。カーカラシカ、いや地球の代表として、銀河連盟本部の地を踏む。

 空を見上げると、奇妙な浮遊施設が幾重にも重なっていた。重力に逆らって浮かぶ巨大な構造物。地球の技術では到底実現不可能な光景だった。

 周囲には、配慮からか他の宇宙船は遠くに停泊していた。


「なんだあれ……」


 キヨシが指差した。

 向こうから、妙にアンティークな地球の車が走ってくる。まるで20世紀の博物館から持ってきたような、古めかしいリムジンだった。


「彼らの中では、あれが地球の最新の車だと思っている」


 マリアが無表情で説明した。

 アスカが苦笑いした。


「真面目に考えてんのか、馬鹿にしてんのか、わからんな」


「本部は勉強はできるが、バカが多い」


 マリアの辛辣な評価に、技官たちが困惑した表情を見せた。

 車が停まり、中から様々な宇宙人たちが降りてきた。

 タコのような触手を持つ生物。頭が異常に大きく、銀色の細い手足を持つ者。カバのような頭部の巨体。昆虫を思わせる複眼と外骨格。そして、なぜかチワワが小さなスーツを着て歩いている。


「これは……」


 ラムザも言葉を失った。想像を超える多様性だった。

 その中から、比較的話が通じそうな二人が前に出てきた。青い肌にスーツを着た男性と、花の輪を持った美しい女性。


「到達おめでとうございます! カーカラシカ国の方ですね!」


 青い肌の男が宇宙公用語で陽気に言った。白い歯を見せた笑顔が、どこか作り物めいている。


「通信でお話ししました、担当のモルモノアです!」


 ラムザが前に出た。外交官としての訓練通り、礼儀正しく応対する。


「地球から来た、地球の盟主カーカラシカ国、ラムザ・ボム。こちらはカーカラシカの長、ニーナ・ボム」


 アスカは肩の力を抜いて、のんびりと辺りを見回していた。京介も剣の柄に手をかけることなく、観光客のような顔をしている。マリアは相変わらず無表情だが、特に警戒している様子はない。

 モルモノアが首を傾げた。


「えーっと、マザータイプの生態でしょうか? 多産の生態には見えませんけど……」


 何を言っているのか意味不明だった。


「アンドロメダのバカ」


 マリアが即座に切り捨てた。


「そんな話はどうでもいい。失礼」


「あ、すいません! では、まずはお祝いの花を!」


 女性が満面の笑みで前に出てきた。手には美しい花の輪。紫と金色の花弁が複雑に編み込まれている。甘い香りが漂ってきた。

 キヨシが「綺麗だな」と呟いた。技官たちも歴史的瞬間をカメラに収めようと、角度を調整している。

 女性がニーナに近づき、花の輪を首にかけようとした。

 その瞬間。

 パキッ!

 乾いた音が響いた。

 竹彦が女性の手首を掴み、遠慮なくへし折った。


「ぎゃあああ!」


 女性の悲鳴が響いた。

 その瞬間、まるで長年の訓練で体に染み込んだ反射のように、アスカと京介とマリアが動いた。

 疑問も躊躇もない。竹彦が攻撃したなら、そこには必ず理由がある。SS級指名手配犯の直感を、彼らは絶対的に信頼していた。

 アスカの手が流れるような動きで腰のホルスターから銃を抜き、モルモノアに突きつけた。親指で撃鉄を起こす音が、カチリと響く。


「動くなや」


 関西弁が冷たく響いた。さっきまでの緩んだ雰囲気は微塵もない。

 京介も一瞬で剣を抜いていた。刀身が空港の照明を反射してギラリと光る。他の宇宙人たちを牽制するように、ゆっくりと円を描くように構えた。

 マリアは無言で二挺拳銃を抜いた。表情一つ変えず、ただ冷徹に照準を合わせる。


「な、何をしているんだ!?」


 ラムザが叫んだ。歴史的な瞬間が、一瞬で血なまぐさい事態に変わったことに混乱している。


「さあ、竹彦どうした?」


 アスカが冷静に尋ねた。声に迷いはない。竹彦が動いたなら、必ず正当な理由がある。それが、長年の経験が教えてくれたことだった。

 竹彦は折れた手首の女性の頭を掴み上げた。女性は痛みで顔を歪めているが、なぜか血が出ていない。


「その植物、猛毒なんですけど」


 竹彦の声は静かだった。まるで、当たり前のことを指摘するような口調。


「シリウス第三惑星の神経毒でしょう? 触れただけで麻痺、三分で呼吸停止。なんで素手で触れても大丈夫なんですかね? お姉さん」


 女性は何か言おうとしたが、竹彦はその顔をジロジロと観察した。額の辺りに、妙な継ぎ目がある。


「あれ? これって……」


 竹彦は顔の皮膚を掴んだ。そして、まるでマスクを剥がすように引っ剥がした。

 ベリッ!

 肉が裂ける音ではない。ゴムが剥がれるような音だった。

 その下から、昆虫のような複眼と触角が現れた。緑色の甲殻に覆われた、グロテスクな頭部。


「うわっ!」


 技官たちが仰天した。カメラを持つ手が震えている。


「ああ、お前らか」


 竹彦が納得したような顔をした。


「ピピル星の寄生虫どもか。相変わらず姑息だな」


 そして、何の躊躇もなく、昆虫の頭を握りつぶした。

 グシャッ!

 緑色の体液が飛び散る。酸のような臭いが漂った。

 竹彦が軽く手を振った。それが合図だった。

 アスカ、京介、マリアが一斉に動いた。

 バン! バン! バン!

 アスカの銃声が連続で響く。正確に眉間を撃ち抜いていく。

 京介の剣閃が空を切る。首が転がり、胴体が崩れ落ちる。血しぶきが噴水のように舞い上がった。

 マリアは無表情のまま、二挺拳銃を乱射した。弾丸の雨が降り注ぎ、宇宙人たちが次々と倒れていく。

 チワワの着ぐるみが破れ、中から触手が飛び出してきたが、京介の剣が一閃してそれも両断された。

 十秒。

 たった十秒で、歓迎委員会は全滅した。

 アスカがモルモノアの頭に銃口をぐいっと押し付けた。


「ピピル星のやつらか?」


 震え上がるモルモノア。


「相変わらずクソな奴ら」


 マリアが死体を蹴飛ばした。


「どういうことですか?」


 ラムザが混乱していた。

 マリアが説明した。


「こいつらは人攫い。エセ薬を売りつけたり、星の地上げをしたりする」


 竹彦が補足した。


「地球代表に毒を盛って、『助けて欲しければ署名しろ』とか、解毒薬を高額で売ろうとしたとか、そんなところでしょう」


 竹彦はふと思い出したように言った。


「そういえば、担当のフリロニクさんは?」


 モルモノアは震えて何も答えない。


「ああ、偽物ですか」


 竹彦がアスカに合図すると、アスカは遠慮なく引き金を引いた。

 バン!

 モルモノアが倒れた。


「まあ、空港なのには変わりはないですからね……」


 竹彦が辺りを見回した。技官たちはカメラを回したまま、呆然としている。


「どうしましょう?」


 竹彦がアスカとマリアに相談した。


「戦士連盟の連中を呼べば?」


 マリアの提案に、竹彦は頷いた。


「まあ、そっちの方が安全ですか」


 竹彦は死体を足で転がして、咳払いをした。そして、カメラに向かって大きく手を振った。


「地球の皆さん! 銀河連盟本部アンドロメダ星に到着おめでとうございます!」


 満面の笑みを浮かべた。


「戦士連盟を代表して、お祝い申し上げます!」


 深々とお辞儀をする。技官たちの撮影した殺戮シーンを誤魔化すように。


「いやー、めでたいわぁ!」


 アスカが血の付いた手で拍手した。


「サイコー!」


 マリアも無表情で拍手した。


「やべえな……」


 キヨシが青い顔で呟いた。

 竹彦はポケットから通信機を取り出した。


「ああ、僕だよ僕。ちょっと、ガルガン空港まで二十人乗りくらいの輸送機回して」


 相手が何か言っているらしい。


「うん、そう。今すぐに!」


 竹彦の声が苛立ってきた。


「うるさいな! いいから早く!」


 通信を切って、振り返った。


「すぐ来るそうです」


 ニーナは息子の手際の良さに、言葉を失っていた。ニーナは息子の背中を見つめていた。

 醜悪な虫の宇宙人に騙されそうになったところを、可憐な少年が……いや、愛しい息子が救ってくれた。


(メルが……メルが私を守ってくれた!)


 胸が高鳴る。頬が熱くなる。まるで恋する乙女のような、いや、それ以上の感情が湧き上がってきた。


(カッコいい……私の息子、なんてカッコいいの!)


 敵を瞬時に見破り、迷いなく行動し、母を守る。夢にまで見た光景だった。

 技官の一人が慌てた様子でラムザに近寄った。


「本部から通信です! 本当にそこがアンドロメダなのかと……」


 技官は震え声で続けた。


「その虫は何だ、殺して大変なことになったぞ、と……」


 ラムザはゲンナリした顔で手を振った。


「大丈夫だと伝えろ」


 深いため息をついた。どうやら地球の本部は、歴史的瞬間が血まみれになったことでパニックになっているらしい。

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