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第百十五話「息子の歌声」



 宇宙船の四日目。狭い居住区画で、即席のカラオケ大会が始まろうとしていた。

 竹彦は部屋でギターの調弦をしていた。文芸部の活動で何でも挑戦してきたおかげで、弾き語りもお手の物だ。


「器用だな」


 キヨシが感心して見ていた。

 パンパンパン!

 マリアがカスタネットを叩く音が響く。


「うるさいな」


 キヨシが顔をしかめた。


「盛り上げている」


 マリアは真顔でカスタネットを叩き続けた。

 アスカは苦笑いした。


「まあ、盛り上げるにはいいか……」


「俺、カーカラシカ語はちょっとしかわかんねえぞ。歌までは無理だなあ」


 キヨシが頭を掻いた。


「キヨシは不器用。私に任せて」


 マリアが胸を張った。

 アスカと京介は目配せをした。要は、竹彦が実の母親の前で歌を披露すればいい。大会といいつつ、全部竹彦に任せればいいのだ。


「キヨシ君、これはある意味仕事だ。歌えるものに任せよう」


 京介が優しく言った。


「じゃあ竹彦、お前なんとかしといて。俺は合いの手入れるから」


 キヨシはほっとした様子で竹彦に丸投げした。


「私は歌う!」


 マリアが鼻息荒く宣言した。


「まあ前座ならいいか。へたくそもおらんと盛り上がらんしな」


 アスカが結構酷いことを言うと、マリアがバシバシと彼女の背中を叩いた。

 居間に全員が集まった。技官たちが酒を配り、カーカラシカの皇族たちも席についた。

 ニーナはゆったりと座っていたが、内心では今まで感じたことのないワクワク感が溢れ出ていた。どんなオペラも、どんな合唱も、これほど胸を高鳴らせたことはない。


「じゃあ前座、いけ!」


 アスカがマリアを指差した。


「前座じゃない! 主役!」


 マリアは鼻息荒く立ち上がり、カーカラシカで有名な歌を歌い始めた。可愛らしい声で、一生懸命歌う姿は微笑ましかった。


「おー、うちの国の歌も有名になったな」


 技官たちが笑顔で拍手した。

 マリアは紅潮した頬で手を振った。


「ありがとう、ありがとう」


 ラムザが興味深そうに見ていた。


「これがカラオケってやつか」


 若い皇族たちが街でカラオケに行っているのを思い出した。


「じゃあ、本番!」


 アスカが竹彦にギターを渡した。


「アイサー!」


 竹彦は敬礼してギターを受け取った。


「歌います!」


 ニーナの心臓が爆発しそうだった。十六年越しの、夢にまで見た団欒の時。息子が、目の前で歌を歌おうとしている。

 ラムザも感慨深げだった。


(ガランさんも歌がうまかったよなあ……)


 竹彦がギターを構え、『孤独な戦士の子守歌』を歌い始めた。


「その剣は炎、その瞳は深淵

 恐れ逃げまどう、民の叫び声……」


 最初の一節が響いた瞬間、空気が変わった。

 褐色の肌、赤い瞳、黒髪の少年。まるで生粋のカーカラシカ人のような姿で、彼らの魂の歌を紡いでいく。


「戦う者たちも、塵となりゆく

 我らは求めた、真の英雄を

 千年王に挑む、炎の戦士を……」


 技官たちが酒を置いて、じっと聞き入った。


「だが英雄は選んだ、汚名という道を

 愛する者のため、全てを捨てて……」


 ニーナの目から涙が溢れた。これは夢ではない。メルが、息子が、目の前で歌っている。


「父の剣は折れ、名誉は地に落ちた

 臆病者と呼ばれ、裏切り者と罵られ

 それでも彼は微笑んだ、家路を歩みながら

 真実を胸に、静かに生きると決めて……」


 ラムザは目を閉じて聞いていた。


(ああ、ガランさんの歌声だ……)


 まさに、亡き義兄の声を彷彿とさせる響き。血は争えない。


「眠れ、疲れし戦士よ

 お前の戦いは終わった

 母の腕の中で、愛する者の傍で

 永遠の安らぎを、今ようやく得る……」


 ニーナは震える手でハンカチを握りしめた。


(母の腕の中で……)


 その歌詞が、まるで自分に向けられているように感じた。


「これは子守歌、孤独な戦士への

 これは物語、名もなき英雄の

 これは約束、必ず帰るという

 これは希望、愛は全てに勝つという」


 歌が終わると、じんわりとした拍手が起きた。


「いや実に素晴らしい!」


 ラムザが感動して言った。


「真のカーカラシカ人は、酒場でこの歌を頼むものなんだよ」


 技官の一人が叫んだ。


「『侵略の時代』を歌ってくれ!」


「わかりました!」


 竹彦は嬉しそうにギターを構え直した。

 勇ましい前奏が始まる。


「乾杯をしよう、若さと過去に

 苦難の時は、今終わりを告げる

 血と鋼の意思で、敵を追い払おう

 奪われた故郷を取り戻そう!」


 技官たちが口笛を吹き始めた。完全にカーカラシカの酒場の雰囲気になってきた。


「ギシュガルに死を! 聖女殺しの悪党!

 討ち破った日には、飲み歌おう

 我らは戦う、命の限り

 やがて死者の館に呼ばれるまで!」


 若い技官が感動して叫んだ。


「俺の息子なんて、よくわからん歌ばっかり歌ってるよ。祭りの日にはこれ歌うのが伝統なのになあ」


 ラムザも頷いた。


「最近の若いのには見習わせたい。伝統ってものがわかってない」


 アスカと京介は満足そうに見守っていた。


「よしよし、竹彦のやつ、完璧に現地人やで」


「いい感じだな」


 マリアが立ち上がった。


「次は私が……」


 バシッ!

 アスカが頭を叩いた。


「空気読め」


 ニーナは桃源郷を彷徨うような気持ちで聞いていた。今まで聴いたどんな歌手の歌より、どんなオペラより、この息子の歌が心に沁みる。


(この時間が永遠に続けばいいのに……)


 竹彦は次から次へとカーカラシカの歌を歌った。観光地で聞いた歌、街で耳にした歌。全てを完璧に再現していく。

 夜が更けても、カラオケ大会は続いた。

 ニーナにとって、人生で最も幸せな夜だった。

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