第百十四話「三日目の勝負」
宇宙船の中央にある居間。狭いながらも人が集まれる空間で、今日もまた竹彦とニーナがカーカラシカの伝統的なボードゲームで対戦していた。
盤面には複雑に駒が配置され、コマの上にコマが重なる独特の立体構造になっている。
「うー……」
竹彦が眉間に皺を寄せて悩んでいた。指で駒をつまんでは戻し、別の駒に手を伸ばしてはまた考え込む。
観戦していたマリアも、その複雑さに目を回していた。
「何これ、どっちが有利なん?」
アスカが技官に尋ねた。
「ニーナ様ですね」
若い技官が興奮気味に答えた。
「しかし、いい勝負ですよ。初心者でこの盤面はすごいです。練習すれば王者交代もあり得るかも……」
ラムザが横から解説を加えた。
「この盤面は序盤から想定していないと無理です。何百手先なのかも、よくわかりませんね」
「その程度なら私にだってできる」
マリアが威勢を張ったが、誰も信じていない様子だった。
ニーナは息子が目の前で難しい顔をしているのを見て、白目を剥きそうになっていた。
(か、可愛い……考え込んでる顔……メルの真剣な顔……)
「ほら、次の手番」
ラムザが後ろから肩を叩いて催促した。姉がまたぼんやりしている。
ニーナは適当に駒を動かした。いや、適当に見えて、実は絶妙に竹彦を追い詰める一手だった。
「うぅー……」
竹彦がさらに悩む。その様子を見て、ニーナは生唾を飲み込んだ。
(もっと……もっとギリギリまで追い詰めて……その困った顔を見ていたい……)
本来の嗜虐性と、十六年分溜め込んだ母性が奇妙に混在して、わざと勝負を長引かせる。
三十分後。
「負けました……」
竹彦が頭を下げた。
「クソザコ」
マリアが即座に非難した。
「じゃあ! マリアはできるの!?」
竹彦がムッとして言い返した。
「楽勝」
マリアは自信満々に席についた。
「私なら勝てる」
五分後。
マリアは盤面を呆然と見つめていた。何が起きたのか、全く分からない。気がついたら詰んでいた。
「……負けました」
ガックリと項垂れるマリア。
「マリアダサいで」
アスカが笑った。
「こんなはずない……」
マリアは信じられないという顔で首を振った。
「ニーナ様は強すぎて、世界戦では出禁ですからね」
ラムザが付け加えた。
「国内王者が、たまに挑戦するんですが、勝てないので別枠ですね」
「さすが、女帝様は格が違いますなあ!」
アスカが手を揉みながら近寄った。
「お疲れ様ですぅ。お飲み物どうぞ」
ニーナは飲み物を受け取りながら、ちらりと竹彦を見た。息子は悔しそうに盤面を見つめている。その真剣な横顔に、また胸が熱くなった。
「三日目で、もう皆飽きてきたみたいですね」
技官の一人が言った。
「明日はカラオケ大会をする予定です」
「カラオケ!」
キヨシが目を輝かせた。
「山口連れてきた方が良かったか?」
アスカが言うと、マリアが首を振った。
「いや、プロを入れるのは反則」
「あいつマイク絶対離さないからな……」
キヨシが苦笑いした。
ニーナが小さく咳をした。
「私は……喉を痛めているので、明日は見守ることにします」
本当は違う。息子の歌がどんなものか、最高に興味があるのだ。
「竹彦、結構うまいよな」
キヨシが言った。
「自信ありますよ!」
竹彦が胸を張った。
アスカが竹彦を手招きして、小声で囁いた。
「ほら、カーカラシカの歌とか歌えばいい感じになるで」
「カーカラシカの歌?」
「やっぱ知っとる歌歌わんと。観光地で聴いた歌あったやろ。あれ有名やろ」
竹彦は思い出した。キシュの森で聞いた、老人の歌。
「ああ、あの英雄の歌……」
「そうそう、それや!」
アスカはにんまりとした。少しでも竹彦がカーカラシカに慣れるように誘導しているのだ。
京介も頷いた。
「交流は大事だからな。頑張れよ」
「はい!」
竹彦は素直に頷いた。
ニーナはその会話を聞きながら、震えていた。
(メルが……メルが歌を……)
明日が待ち遠しくて仕方なかった。
ラムザは姉の様子を見て、小さくため息をついた。
「姉さん、また息が荒くなってますよ」
「大丈夫よ」
ニーナは深呼吸をした。
でも、心の中では叫んでいた。
(明日……明日メルの歌が聞ける!)
竹彦はそんなニーナの心中を知る由もなく、明日の選曲を考えていた。
「カーカラシカの歌か……ちゃんと覚えてるかな」
窓の外では、虹色の空間が静かに流れ続けている。
旅はまだ、半分も過ぎていなかった。




