第百十一話 「護衛契約」
ラムザが真剣な表情で頭を下げた。
「宇宙での経験は我々は少ない。ぜひお願いする」
アスカがニヤリと笑った。商売の時間だ。
「もちろん、依頼というからには、タダっちゅうわけにはいきません。もらうもんもらいませんと」
「竹彦君には、ぜひお願いしたい」
ラムザは竹彦を真っ直ぐ見つめた。その眼差しには、ビジネス以上の何かがあった。
所長のトニーがメガネをきらりと光らせた。
「竹彦君は我が事務所の主力ですからね。一週間となると、高くつきますよ」
竹彦は嫌そうな顔をして、口を尖らせた。
「学校の勉強が……」
「ばかタレ!」
アスカが立ち上がって竹彦の頭を小突いた。
「そんなもんどうでもええんや! 一年でも三年でも休んだらんかい!」
「でも……」
竹彦はぶつくさ言いながら、手元のパンをちぎり始めた。小さくちぎっては、皿の上で並べ替える。子供っぽい仕草だった。
その瞬間、ニーナの呼吸が止まった。
あの仕草。メルが三歳の頃、食事に飽きるといつもやっていた。それを見て、「お行儀が悪い」と叱った記憶が蘇る。
(か、可愛い……)
思わず涎が垂れそうになって、慌てて口元を拭った。
隣に座っていたアンドラが、叔母の様子に気づいて嫌な顔をした。
「叔母様、大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
ニーナは慌てて姿勢を正した。
アスカが交渉を続けている。
「危険があるかもわからんですからねえ」
彼女はうんうんと大げさに頷いた。
「我々事務所の戦える五人で行くとなると、相当高いですよ!」
キヨシが首を傾げた。
「あれ? 五人って、所長も行くの?」
指折り数え始める。
「京介さん、アスカさん、マリア、竹彦……あと一人は?」
全員がキヨシを見た。
「……俺?」
「決まってるでしょ」
サヤカが呆れたように言った。
マリアがフォークを置いて、淡々と計算を始めた。
「五人。一人時給1000クレジット。カーカラシカでいう5メラベル。24時間。そして到着まで7日」
山口が補足した。
「一メラベルは大体二万円くらいよ」
キヨシは目を見開いた。
「え、ちょっと待って……」
サヤカが素早く暗算した。
「一人一週間で……1680万円くらいか……」
キヨシの顔が急に真剣になった。
「やっぱ行くわ。絶対行く」
「現金な奴」
二宮がクスクス笑った。
マリアが追い討ちをかけた。
「竹彦は主力。2倍いただく」
竹彦が飛び上がった。
「え!? 僕だけ2倍!?」
「当然」
マリアは無表情で言い切った。
「SS級の護衛料金」
ラムザは満足そうに頷いた。
「実にいい取引だ」
彼は杯を掲げた。
「では、銀河の旅の無事を祈って!」
全員が杯を掲げる。カーカラシカの皇族たち、日本のサムライたち、アンナムの幹部たち、そしてアマガワ事務所の面々。
「乾杯!」
グラスが触れ合う澄んだ音が響いた。
サムライたちは、キヨシが参加することに満足そうだった。
「ハブ家の跡取りが同行するなら安心だ」
マサヨシが頷いた。
アンナムの幹部たちも、マリアの参加を歓迎している。
「ドンが一緒なら、商談もスムーズに進むでしょう」
エンキドゥが説明を始めた。
「船の大きさは月への巡航船と同じだ。狭いが、一週間我慢してくれ」
「任せて」
マリアはそう言うと、すぐに料理を貪ることに戻った。まるで、これが最後の晩餐かのように。
竹彦はまだパンをちぎっていた。
「一週間かあ……長いなあ……」
アスカが竹彦の肩を叩いた。
「まあ、金もらえるんやから我慢せい」
京介も優しく言った。
「宇宙旅行なんて、なかなかできない経験だよ」
ニーナはその様子を、じっと見つめていた。
一週間。息子と一緒に過ごせる一週間。
それが地獄になるか、それとも……
「ニーナ様」
ラムザが小声で囁いた。
「大丈夫です。きっと上手くいきます」
ニーナは震える手で、杯を口に運んだ。全く酔えない、何を飲んでもぼんやりともしない、しかし飲まずにはいられなかった。




