第百十話 「最後の晩餐」
翌日の朝、銀河連盟への出発を控えて、アマガワ事務所の面々は荷造りを終えていた。
「お見送りでもするか」
キヨシが伸びをしながら言った。
「カーカラシカの人たち、忙しいんじゃないかな?」
山口が心配そうに言ったが、アスカは首を振った。
「まあ、夕食会するくらいやから、あとは飛空挺に乗るだけちゃうんか?」
「そうね、挨拶くらいはしておきましょう」
二宮がニコニコしながら賛同した。
夕方、豪華な食堂に案内された一行は、すぐに異変を感じ取った。
妙な緊張感が漂っている。
カーカラシカの皇族たちが、竹彦を見る目が違う。まるで、奇妙な生き物を観察するような、恐れと興味が入り混じった視線。
セツナも同じような目つきで竹彦を見ていた。キモン家にも事情が伝えられたのか、いつもの挑発的な態度は影を潜めていた。
全員が席についた。
料理が運ばれてくると、サヤカが最初に感嘆の声を上げた。
「うぅ……無闘に美味しいわね……」
彼女はフォークを置いて、複雑な表情を浮かべた。
「こんな美味しいもの食べて、家に帰ってちゃんとご飯食べれるか不安になってきた……」
アスカも深いため息をついた。
「ウチも明日からカップラーメン生活に戻れるかどうかわからん」
竹彦が心配そうに言った。
「アスカさん、またご飯食べないでそんなものばっかり。僕がちゃんと作ったもの食べてくださいよ」
「はいはい、わかったわかった」
アスカは苦笑いしながら手を振った。
マリアは無言で懸命に料理をかき込んでいた。スープ、肉料理、パン、デザート。まるで明日から飢餓が始まるかのような食べっぷりだ。
「もっとゆっくり食べなさい」
京介が呆れたように注意したが、マリアは聞く耳を持たない。
ラムザが立ち上がり、グラスを手にした。
「夕食はどうだっただろうか?」
サヤカが微妙な顔をしながら答えた。
「無闇に美味しいです……なんか、罪悪感すら感じるレベルで」
山口も頷いた。
「これ食べてると、今まで食べてきたものが生ゴミだったのかって感じ……」
「大袈裟だなあ」
ラムザが苦笑いした。
「しかし、気に入ってくれたということか」
彼は咳払いをして、本題に入った。
「実は、皆で話し合ってね」
マリアはスープを啜りながらも、耳だけは傾けている。
「この前の月面での襲撃もある。我々は宇宙空間では無力だ」
「ほう!」
アスカの目が輝いた。ビジネスの匂いを嗅ぎ取ったのだ。
所長のトニーもメガネをキラリと光らせた。
「護衛のお仕事ですか。なるほど」
彼はすでに頭の中で料金計算を始めている。
「えー……」
竹彦だけが嫌そうな顔をした。
「また護衛ですか? 僕、そういうの苦手なんですけど……」
バシッ!
マリアが無表情のまま、竹彦の頭を叩いた。
「仕事」
その一言で、竹彦は黙った。
マリアが竹彦の頭を叩いた瞬間、ニーナが無意識に立ち上がった。
「ニーナ様、座って、座って」
周囲の親族たちがハラハラしながら、慌てて彼女を座らせた。
ラムザが続けた。
「銀河連盟への旅は、ハイパージャンプを使っても一週間はかかる。その間、バンディットや他の脅威から我々を守ってほしい」
「条件は?」
マリアがようやく顔を上げた。口の周りにソースがついている。
京介が慌ててナプキンで拭いてやった。
「報酬は、この一週間に関してはそちらの言い値で」
ラムザは慎重に言葉を選んだ。
「今後のことは、到着してから改めて交渉していきたい」
アスカが口笛を吹いた。
「言い値とは、なかなか太っ腹やないか」
「でも……」
竹彦がまだ渋っている。
「僕、そんなに長い間護衛するの疲れるし……」
「あほんだら!」
アスカが立ち上がって、竹彦の頭をゴンと殴った。
「あちらさんのええ話や! いうこと聞かんかい!」
その瞬間、ニーナが椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「すいません! こいつガキなもんで!」
アスカは慌てて謝りながら、更にバシバシと竹彦の頭を叩いた。
ニーナが震えているのを見て、ラムザが慌てて立ち上がった。
「ニーナ様、落ち着いて」
親族たちが総出で、ニーナを座らせようとする。
ニーナは震える唇を噛みしめた。あの拷問さえなければ、もう打ち明けられていたのに。いや、おこがましい。メルの家族は、彼らなのだ。自分ではなく、今目の前で息子を叱ってくれる人たちこそが。
唇を強く噛みすぎて、少し血が滲んだ。
「まあ、皆さんがそう言うなら……」
竹彦は渋々頷いた。
夕食会は表面上は和やかに進んだが、カーカラシカ側の緊張は最後まで解けなかった。
竹彦だけが、いつも通りに振る舞っている。
明日、船の中で全てを告げる。
ニーナはそう決意しながら、息子の無邪気な笑顔を見つめていた。




