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第百九話 「希望への道筋」



 長い慟哭の後、ニーナはようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 ラムザに支えられながら、ベッドの端に腰を下ろした。涙で濡れた顔を、震える手で拭う。


「姉さん」


 ラムザが優しく、親しげに呼びかけた。弟の顔には深い後悔が刻まれていた。


「私のせいです。メルを傷つけた。牢屋に入れたのも私です」


 彼は拳を握りしめた。


「最初に気がつく可能性が一番あったのは私でした。顔があんなに腫れ上がっていなければ……」


 ニーナは虚ろな目で床を見つめた。


「私は……母親失格よ」


 声は掠れ、ほとんど聞き取れないほど小さかった。


「悪魔だわ……息子を……自分の手で……」


「姉さん、違います」


 ラムザは姉の肩を掴んだ。


「最悪の事態は避けられた。親族は誰も死ななかった。そして何より、メルも生きていた」


 ニーナが顔を上げた。赤く腫れた瞳に、かすかな光が宿る。


「そのことをまず喜びましょう」


「どう喜べって言うの……」


 ニーナは再び項垂れた。


「メルは……もうボロボロよ。あの健康診断の数値を見たでしょう? 片肺も……内臓も……」


「おそらく」


 ラムザは推測を口にした。


「ガランさんは、爆弾が炸裂する直前に、小さいメルを助けるために倉庫に備蓄してあった塩の中に押し込んだんでしょう。高濃度の塩で影響を緩和させた。メルはそれで生き残った」


「ガラン……」


 ニーナの目から新たな涙がこぼれた。夫は最期の瞬間まで、息子を守ろうとしてくれていた。


「確かに、今の関係は良くはないです」


 ラムザは姉の手を取った。


「しかし、生きているのなら改善は可能です。体のことも、銀河の医学ならできることはたくさんあるはずです」


 エンキドゥが部屋に入ってきた。廊下で様子を窺っていた親族たちも、恐る恐る続いた。


「我が国の医療を使えば、現時点でもできることはあります」


 シャマシュが頷いた。


「臓器の機能回復も、移植もできる。銀河連盟の技術なら、もっと高度な治療も可能でしょう」


「悲観しなくていいのです」


 ラムザは力強く姉の肩を抱いた。


「間に合ったのです。姉さん、大丈夫なんですよ!」


 ニーナは弟の目を見た。憔悴してはいたが、その瞳に少しずつ生気が戻ってきているようだった。


「メルに事実を告げて、関係も少しずつ改善していくんです」


 ラムザは続けた。


「死んだと思っていたメルが生きていた。何にも代え難いことです。一気に行かずに、少しずつ進みましょう」


 ニーナの顔が急に青ざめた。


「ちょ、ちょっと待って」


 彼女は慌てたように手を振った。


「事実を伝えるって……」


「それは、この書類を見せて……」


 ラムザが封筒を持ち上げた。


「ま、待って!」


 ニーナは叫んだ。


「信じてもらえないわ。いきなり『あなたは私の息子です』なんて……厚かましいにも程がある」


 彼女は頭を抱えた。


「それに、あの子は私を憎んでる。当然よ、あんなことをしたんだから……」


「でも言わないと」


 ラムザの声が厳しくなった。


「また、どこか遠い星で危険な目に遭うことを看過することになる。今回は間に合いましたが、未来はわかりません」


 彼は拳を握りしめた。


「後悔しないようにしなければ!」


 ナブ家の老当主が杖をつきながら前に出た。


「そうですな。まずは楽しいことをさせて、しばらく滞在してもらいましょう」


「そうだ」


 エンキドゥが手を打った。


「銀河連盟に行く飛空挺について来てもらうという仕事をお願いするのは?」


「いいアイディアだ」


 シャマシュも賛同した。


「予定では、ハイパージャンプでも一週間はかかる。狭い船内で一緒に過ごせば、自然と距離も縮まるでしょう」


「到着した後も専属契約で」


 ドゥムジが続けた。


「行く先々での惑星の案内も頼める。SS級の護衛がいれば、我々も安心だ」


 ニーナは焦った表情を見せながらも、少し明るい未来を想像し始めていた。

 一週間の船旅。息子と一緒に過ごせる時間。もしかしたら、少しずつ話ができるかもしれない。


「でも……私は地球に残る予定だったわ」


「予定なんて変えればいい」


 ラムザが断言した。


「これより重要なことがありますか?」


 アンドラが恐る恐る口を開いた。


「あの……メル様に、私たちのことも許してもらえるでしょうか……」


「時間をかければ」


 ラムザが優しく答えた。


「メル君は……竹彦は、根は優しい子だ。松子という女性に育てられて、真っ直ぐに育った」


 ニーナの胸が痛んだ。自分ではない誰かが、息子を育ててくれていた。感謝と嫉妬が入り混じった複雑な感情が湧き上がる。


「とにかく」


 エンキドゥが話をまとめた。


「今夜はゆっくり休んで、明日から少しずつ進めていきましょう」


 皆が頷いた。

 窓の外はすっかり夜になっていた。

 同じ頃、竹彦は迎賓館の食堂で夕食を取っていた。


「なんか今日、カーカラシカの人たち来なかったね」


 キヨシが首を傾げた。


「何か用事でもあったのかな」


 竹彦は肩をすくめた。


「僕は別にいいですけど。友達と遊べて楽しかったし」


 マリアが無表情で言った。


「明日は銀河連盟への出発準備」


「もう帰るの?」


 山口が残念そうに言った。


「まだ観光したいところあったのに」


 竹彦は赤い帽子を被り直した。友達からもらった宝物だ。


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