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第百三話 「晩餐会の夜」


 カーカラシカ皇居の大広間は、まるで時が止まったような空間だった。

 高い天井には複雑な幾何学模様の装飾が施され、琥珀色の灯りが幾重にも重なって、部屋全体を黄金の薄闇で包んでいた。壁には古代の戦いを描いた巨大なタペストリーが掛かり、その糸の一本一本が歴史の重みを物語っているようだった。

 サヤカは思わず息を呑んだ。


「わあ……なんて荘厳な……」


 隣で山口萌も目を丸くしていた。


「すごい……ここって本物の宮殿よね? 私たち、本当にここで食事していいの?」


 二宮はいつものようにニコニコしながら、天井の模様を見上げていた。


「なんか、運命の糸が複雑に絡まってるみたいな模様ね」


「また不吉なこと言わないでよ」


 山口が肘で二宮を小突いたが、二宮は相変わらず笑顔のままだった。

 長大な食卓には、カーカラシカの四大家、日本のサムライたち、アンナム・ファミリーの幹部、そしてアマガワ事務所のメンバーが着席していた。まさに地球とカーカラシカの歴史的な晩餐会だった。

 ニーナ女帝が立ち上がり、乾杯の音頭を取った。


「本日は、我々カーカラシカと地球の友人たちが、新たな時代の幕開けを祝う記念すべき日です」


 その声は相変わらず掠れていたが、威厳に満ちていた。竹彦を時折チラリと見ながら、ニーナは続けた。


「特に、月面基地での勇敢な戦いに感謝します。皆様のおかげで、我が国の技術者たちは無事でした」


 グラスが掲げられ、乾杯の音が響いた。

 料理が運ばれてくると、その異国情緒あふれる香りに、サヤカたちは再び驚いた。


「これ、なんていう料理?」


 サヤカが侍従に尋ねると、丁寧に説明が始まった。古代から伝わる宮廷料理で、特別な日にしか作られないものだという。

 ラムザが話題を変えた。


「ところで、地球の芸術文化は銀河でも注目されていますね。特にそちらの三人の女性は有名だ」


 山口が驚いて顔を上げた。


「え? 私たちが?」


 イシュタル家の当主エンキドゥが頷いた。


「山口萌さんは銀河の歌姫として知られています。特にコアラ語バージョンの歌は、異星間文化交流の象徴として評価が高い」


 山口の顔が真っ赤になった。


「あ、あれは……正直ちょっと恥ずかしいんですけど……」


「恥ずかしがることはない」


 ナブ家の老当主が優しく言った。


「芸術に境界はありません。それに、サヤカさんも有名ですよ。IQ200の天才少女として、銀河の学術界でも注目されています」


 サヤカの目がキラキラと輝いた。


「本当ですか!?」


 マリアが珍しく口を挟んだ。


「サヤカは私の共同研究者。優秀」


 その一言に、カーカラシカ側がざわついた。あのマリア・アンナムが認める頭脳とは、相当なものだろう。


「それなら、ぜひ我が国の研究機関で働いていただけませんか?」


 技官の一人が身を乗り出した。


「銀河連盟加盟後は、最先端の研究ができます。地球人という立場を活かして、新しい視点での研究を」


 サヤカは大喜びで手を叩いた。


「やった! 就職先決定!? マリア、私カーカラシカで働いてもいい?」


 マリアは肩をすくめた。


「好きにすれば。でも給料は私の方が高い」


「げっ……じゃあやっぱりアンナムで」


 その様子に、場が和やかな笑いに包まれた。

 ベオルブ家の女当主シャマシュが二宮に目を向けた。


「二宮さんの占いも銀河では有名です。『嫌な予言をする地球の魔女』として」


 二宮はニコニコしながら首を傾げた。


「あら、魔女だなんて。私はただ、見えるものを言ってるだけなのに」


 アンナムの幹部の一人が苦笑いを浮かべた。


「去年、彼女に『近いうちに頭を打つ』と言われた翌日、本当に鉄骨が落ちてきて……」


「それは偶然でしょ」


 二宮はあっけらかんと笑った。


「でも、今日この場にいる誰かが、近いうちに大きな真実を知ることになるのは見えるわ」


 その言葉に、ニーナの手が震えた。グラスの水が小さく波打つ。

 ラムザが慌てて話題を変えた。


「と、ところで、今後は地球とカーカラシカで文化交流を深めたいと考えています。山口さんにはぜひ、我が国でもコンサートを」


 山口は複雑な表情を見せた。


「嬉しいけど……できればコアラ語じゃない普通の歌で……」


「コアラ語も素晴らしいですよ」


 竹彦が突然口を開いた。皇族の衣装を着た竹彦は、まるで生まれながらの皇子のように堂々としていた。


「異文化理解の第一歩は、相手の言語を尊重することです。僕は山口さんのコアラ語の歌、好きですよ」


 山口は感動して目を潤ませた。


「竹彦……ありがとう」


 キヨシが茶化すように言った。


「お前、いつからそんな真面目なこと言うようになったんだ?」


「僕は大人ですから」


 竹彦は胸を張った。その姿を見て、ニーナは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

 その仕草、その表情、その声音。全てが、亡くなった夫ガランを思い起こさせる。いや、もっと言えば、幼い頃のメルが大きくなったら、きっとこんな風に……


「陛下、お加減でも?」


 侍従の声で、ニーナは我に返った。


「いえ、なんでもない」


 ニーナは首を振って、無理やり笑顔を作った。

 夜が更けるにつれて、晩餐会はより打ち解けた雰囲気になっていった。

 アスカが上機嫌で言った。


「ええ酒に、ええ飯。最高やないか! なあ竹彦、お前も楽しんどるか?」


 竹彦は少し酔ったような顔で頷いた。


「はい、とても。こんな豪華な食事、初めてです」


 その言葉に、ラムザは心が痛んだ。もしこの少年が本当にメルなら、本来はこういう生活が当たり前だったはずなのに。

 二宮が突然、竹彦を見つめて言った。


「竹彦君、あなたの周りに、とても強い女性の影が見えるわ。金髪で、赤い瞳の……」


 ニーナが息を呑んだ。

 二宮は続けた。


「その人はあなたをとても愛してる。でも、まだそれを伝えられないでいる」


 竹彦は首を傾げた。


「金髪で赤い瞳? セツナさんのことですか? あの人は僕のこと嫌いだと思いますけど」


 場が微妙な空気になった。

 マリアが助け舟を出した。


「二宮の占いは話半分に聞いて。当たることもあるけど、解釈が難しい」


「でも面白いですね」


 竹彦は無邪気に笑った。その笑顔を見て、ニーナは席を立った。


「少し、外の空気を吸ってきます」


 ラムザも立ち上がろうとしたが、ニーナは手で制した。一人でバルコニーに出ていく姿を、ラムザは心配そうに見送った。

 あと三日。

 DNA検査の結果が出るまで、あと三日。

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