第百二話 「大人の事情」
カーカラシカの首都バビロンに降り立つと、竹彦は思わず顔をしかめた。一週間前に自分が暴れまわった爪痕が、まだ生々しく街のあちこちに残っている。崩れた建物、修復中の噴水、道路に残る戦闘の跡。観光客たちが物珍しそうにそれらを写真に収めているのが、なんとも皮肉だった。
アスカが竹彦の横に並び、そっと肩に手を置いた。
「なあ竹彦」
小声で囁くアスカの声は、いつもの陽気さとは違う真剣さを帯びていた。
「覚えてるやろ? ボルン星人の時のこと」
竹彦は少し考えてから、ああ、と小さく呟いた。
「僕らのことをあんまり知らない人たちの……」
「せやせや!」
アスカは大きく頷いて、竹彦の肩を軽く叩いた。
「お前が宇宙最悪のイかれたやつって知らんで、イキってとんでもない目にあった奴ら。あれと同じや」
褐色の肌に陽光が反射して、アスカの表情がより柔らかく見えた。
「ただな、奴らと違うのは、こいつらはちゃんと反省したってこっちゃ。結局ブチ切れたお前に喧嘩で勝てる奴なんておらん。お前は腕っぷしが強い」
アスカは一度言葉を切って、竹彦の赤い瞳を真っ直ぐ見つめた。
「けどな、金稼ぐのは下手くそや」
竹彦が少しむっとした表情を見せると、アスカは慌てて手を振った。
「いやいや、そういう意味やない。あちらの方々はな、金儲けがうまいんや。頭を使って、クールに稼ぐ。もう十分ビビらせた。あとは仲良くしてから、絞るんや。わかるか?」
竹彦は目を細めて考え込んだ。そして、小さく頷いた。
「なるほど……」
その素直な反応に、アスカの顔がぱっと明るくなった。
「ウチは嬉しいで! お前はワルやが、仲間を見捨てん筋の通ったワルや。申し分ない大将やで」
アスカは遠い目をして、少し声を落とした。
「前の職場とは大違いや」
アザエルの瞳。その名前を思い出すだけで、アスカの表情が一瞬曇る。使い捨ての駒として扱われ、最後は始末されかけた。今の事務所とは天と地の差だった。
「ウチが保証するわ。お前は絶対金持ちになる」
アスカは自信満々に胸を張った。
「これは今までにないチャンスや。あとは適度なお付き合いでええんや。ちょっと飯食って愛想笑いすれば、向こうが勝手に金を稼ぐ。お前の名前でいろんなところから金をまきあげて、お前に渡すんや。どや?」
竹彦の赤い瞳が、子供のようにキラキラと輝いた。
「いいかも……」
「よっしゃ!」
アスカは満面の笑みを浮かべて、竹彦の赤い帽子を指差した。
「じゃあな、その帽子は、お屋敷では外しとけ。大人になれ。ダチと仕事は割り切る。ええな?」
竹彦は少し寂しそうに帽子に手を当てたが、しっかりと頷いた。
横で聞いていたマリアが、珍しく感心したような表情を浮かべた。まるで目が輝いているようだった。
「アスカは口がうまい」
その一言に、アスカはふんと鼻を鳴らして、ニヤリと笑う。
「まあな、ウチも伊達に長いこと生きてへんで!」
*
カーカラシカの皇居に到着すると、侍従たちが恭しく一同を出迎えた。そして竹彦に、カーカラシカの伝統的な皇族の衣装を差し出した。
「これを……お召しください」
竹彦は戸惑いながらも、アスカの言葉を思い出して素直に着替えた。
深紅の上着に金の刺繍。腰には装飾的な短剣。頭には小さな金の飾りのついた帽子。まるで、カーカラシカの若い皇子のような出で立ちだった。
着替えて出てきた竹彦を見て、一同は言葉を失った。
サヤカが最初に口を開いた。
「うん、なんて言うか……はまってるわね……」
山口も目を丸くして頷いた。
「違和感なさすぎて笑える」
キヨシは苦笑いを浮かべながら言った。
「お前、もともとこっちの人みたいだな」
所長のトニーも困ったような笑みを浮かべた。
「まるで、生まれた時からそれを着ていたみたいですね……」
竹彦は胸を張って、得意げな表情を見せた。
「僕は大人ですからね。このくらい着こなせます」
「いや、そういうことじゃないけど……」
キヨシが何か言いかけたが、アスカが素早く人差し指を立てて制した。
「し!」
そして、にこにこと笑いながら竹彦の肩を叩いた。
「せやせや! ドレスコードを守るのはマナーやで! 竹彦はちゃんと大人の対応ができとる!」
マリアも小さく頷いた。
「そう。ビジネスマナーは重要」
京介は竹彦の姿を見て、複雑な表情を浮かべていた。まるで、この衣装こそが竹彦の本来の姿のような、不思議な既視感があった。
「よく似合ってるよ、竹彦」
その言葉に、竹彦は満足そうに微笑んだ。
廊下を歩きながら、二宮がそっと山口に囁いた。
「なんか、運命的なものを感じるね」
「どういうこと?」
「うーん、上手く言えないけど……全てが元の場所に戻っていくような……」
山口は首を傾げたが、二宮はいつものようにニコニコと笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。
侍従の一人が振り返って告げた。
「女帝陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
竹彦は深呼吸をした。赤い帽子はもう被っていない。代わりに、カーカラシカの皇族の衣装が、まるで第二の皮膚のように体に馴染んでいた。
「よし、行きましょう」
竹彦の声は、いつもより少し低く、落ち着いていた。まるで、この場所を知っているかのような、不思議な落ち着きだった。
アスカは満足そうに頷いた。商談は、もう半分成功したようなものだった。




