第百一話 「しつこい謝罪」
月面基地のラウンジは、地球への帰還を待つ人々でにぎわっていた。大きな窓からは、青く輝く地球が見える。
その片隅で、ラムザが竹彦に熱心に話しかけていた。
「本当に、月面での活躍には感謝している」
ラムザの声は真摯だった。大柄な体を前のめりにして、竹彦の目を見つめている。
「そして……前にしてしまった、許されないことについても」
竹彦は少し後ずさりした。この話はもう終わったはずだった。
「いや、もう謝罪は受けましたから」
「でも、あれは十分じゃない」
ラムザは必死だった。姉の未来がかかっている。いや、姉の残された人生の意味がかかっている。
「本当に申し訳なかった。あの一週間、君に与えた苦痛は……」
「まあまあ」
アスカが割って入った。
「竹彦も、ほら、前に十分謝りましたさかい。お互い水に流して、なあ竹彦」
竹彦は困った顔をした。
「地上で謝罪は受けましたから…そこを掘り返す気はないです」
そして小さくため息をついた。
「そんなに何度も謝られても、困ります」
確かにその通りだった。とはいえ、あんな目にあって、張本人たちと急に仲良しになれというのは無理な話だ。
竹彦は、彼らしくもないビジネススマイルを浮かべた。営業マンのような、表面的な笑顔。
「ウィンウィンの関係を築いていきましょう!」
手を差し出す。形式的な握手。
しかし、ラムザにとって、それでは困るのだった。
ラムザの中では、もうすでに確信があった。この少年は、姉の最後の人生の意味、メル本人だろうと。法力の強さ、外見、年齢。すべてが符合する。
となると、姉が救われるには、この竹彦と母である姉が完全な和解をしなければ困る。DNA鑑定をしようがしまいが、姉は苦悩を続けることになる。
少しでも印象を良くしておかないとダメだ。
この、おそらくは姉の子供に当たる少年とのズタズタになった関係を、少なくともゼロまで持っていかないと。
「地上に戻ったら」
ラムザは竹彦の手を離さなかった。大きな手が、小さな手をしっかりと握っている。
「そう、しばらく泊まっていってくれ。何か誠意を見せたいんだ」
しつこいくらいに手を握って言う。まるで、離したら二度と掴めないかのように。
竹彦は明らかに困惑していた。
「いや、でも……」
「そういわずに」
ラムザの目は必死だった。何か重要な理由があるのは明らかだったが、竹彦には分からない。
マリアが冷たい声で言った。
「何ぼさっとしてる?」
竹彦を睨む。
「いい加減、愛想の一つでも言って」
アスカも加勢した。
「お前は何をしとんねん!」
関西弁で叱りつける。
「あちらの旦那様からの招待に預かっとるんや! 光栄ですくらい言わんかい!」
竹彦は二人に挟まれて、逃げ場がなくなった。
「でも……」
小さく抗議しようとしたが、マリアの冷たい視線に負けた。
「……分かりました」
諦めたように言った。
「お招き、ありがたく受けます」
ラムザの顔が明るくなった。まるで、重い荷物を下ろしたような安堵の表情。
「本当か! ありがとう!」
今度は両手で竹彦の手を包むように握った。
「必ず、君が満足するようなもてなしをする。約束するよ!」
竹彦は苦笑いを浮かべるしかなかった。なぜこんなに必死なのか、理解できない。
少し離れた場所で、ニーナが様子を見ていた。弟が何を考えているのか、なんとなく察していた。
もしかしたら、ラムザも気づいているのかもしれない。
あの少年が、誰なのか。
ニーナの手が震えた。コーヒーカップを持つ手に力が入らない。
「あと四日……」
小さく呟いた。
検査結果が出るまで、あと四日。
その四日間、竹彦は自分たちの家に滞在することになる。もし、もし本当に息子だったら。
同じ屋根の下で、何も知らない息子と過ごすことになる。
「地球行きのシャトル、間もなく出発します」
アナウンスが流れた。
全員が荷物をまとめ始める。竹彦も渋々立ち上がった。赤い帽子を深く被り直す。
「じゃあ、行きましょうか」
ラムザが嬉しそうに言った。まるで、大切な宝物を手に入れたような表情だった。
竹彦は小さくため息をついた。
「なんで僕がこんな目に……」
ぼやきながら、シャトルへと向かう。
マリアとアスカは満足そうに頷いていた。カーカラシカとの関係改善。これは大きな利益になる。
でも、竹彦にとっては、ただの苦痛でしかなかった。




