第十話「校庭のUFO」
部室に入ると、異様な空気が漂っていた。
部員全員がマリアを睨んでいる。マリアは部室の隅で小さくなり、スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
「あれ? マリア? どうしたんだみんな?」
キヨシが声をかける。最近は慣れてきて、敬語も使わなくなってきた。
「わたしは悪く、ない」
マリアが小さな声で繰り返している。無表情だが、どこか拗ねたような雰囲気があった。
「どうしたんだ?」
キヨシがサヤカに尋ねると、彼女は大きなため息をついた。
「実はさっき、マリアちゃんが新しく買った宇宙船を、みんなに早く見せたいって校庭に停めちゃったのよ」
「校庭に?」
キヨシの頭に、自転車置き場の横にUFOが鎮座している光景が浮かんだ。銀色の円盤が、ママチャリと並んでいる。シュールすぎる。
「まあ、文化祭の出し物と思われて大丈夫かも……」
「それがね」
山口が困った顔で続ける。
「着陸の時に、グラウンドに直径10メートルのクレーターできちゃって」
「クレーター!?」
「マリア」
部長のモリーが優しく、しかし厳しい口調で言う。
「処理にも限度があるのを忘れたのか? 竹彦が学校のクラスメイトを殺す羽目になったら、かわいそうだろう?」
「わたしは悪く、ない」
マリアがまた呟く。
「待って、殺す?」
キヨシが青ざめる。
「学校の生徒を?」
「ほら、新聞沙汰になったら困るだろう?」
部長が説明する。
「スマートフォンで写真を撮られると、データがクラウドに残る。うちの会社でも揉み消すのは大変なんだ」
モリーの説明は淡々としていた。
「記憶消去も完璧じゃない。どうしても消えない場合は……終了処理をしないといけないこともある」
「終了処理……」
「マリア、めっ」
部長が子供を叱るように言うと、マリアはますます小さくなった。
キヨシは頭を抱えた。この人命の軽い常識に、まだ慣れることができない。
「てことは、竹彦は今あちこちで、その……処理っていうのをしてるわけか?」
「記憶消去ね」
山口が頷く。
「今頃、目撃者を一人ずつ捕まえて……」
「明日ニュースになってたら、マリアちゃんのせいよ」
二宮も珍しく厳しい。
「あとで竹彦に謝っておいて」
サヤカが付け加える。
マリアは「うぅ」と小さく唸った。感情が読めない顔だが、明らかに落ち込んでいる。
*
「まあ、もうしてしまったものはしょうがない」
部長が手を叩いた。
「せっかくだし、今日の活動はマリアにも参加してもらおう!」
その言葉に、マリアの顔がパッと明るくなった。まるで叱られた子供が、おやつをもらったような表情だ。
「部長、またそうやって甘やかす~」
サヤカが呆れる。
「そういえば」
キヨシが気づく。
「マリアは学校に行ってないんだな」
「私に勉強なんて不要」
マリアがツンとした態度を取る。
「そんなこと言って~」
サヤカがニヤニヤしながら近づく。
「学校来た方が楽しいのに~。本当は寂しいんでしょ~?」
「違う」
「友達欲しいんでしょ~?」
「いらない」
「嘘つき~。この前、修学旅行の写真見てたじゃん」
「見てない」
「見てた見てた! 『楽しそう』って呟いてた!」
「言ってない!」
マリアがサヤカを叩き始めた。ペシペシという可愛らしい音が部室に響く。
「痛い痛い! でも本当のことじゃん!」
サヤカが笑いながら逃げる。
「マリアちゃん、学校来れば?」
山口が優しく提案する。
「私たちと一緒に授業受けられるよ」
「でも私、日本の学校の手続き、してない」
マリアが俯く。
「それは何とかなるでしょ」
部長が考え込む。
「アンナムブロードバンドの力を使えば、転入手続きくらい……」
「本当?」
マリアの目が輝いた。一瞬だけ、年相応の少女の顔になった。
「でも、制服とか……」
「それも用意できる」
山口が微笑む。
「私のお古でよければ」
マリアは黙って頷いた。嬉しそうだが、素直に表現できないらしい。
*
その時、窓の外から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああ! なにこれ!」
「UFOだ!」
「いや、文化祭の準備でしょ?」
「でもクレーターが……」
部員たちが窓から外を覗く。校庭には確かに巨大なクレーターがあり、その中心に銀色の円盤が鎮座していた。生徒たちが遠巻きに写真を撮っている。
「やばい」
サヤカが呟く。
「もうSNSに上がってる」
「『坂の上高校に謎の物体』ってトレンド入りしそう」
二宮がスマホを見ながら言う。
ドアが勢いよく開いた。
「了解! 記憶消去、頑張ります!」
竹彦が息を切らして入ってきた。シャツが泥だらけで、なぜか頬に擦り傷がある。
「竹彦君、大丈夫?」
山口が心配する。
「大丈夫です! 野球部の三年生がちょっと抵抗しただけで!」
爽やかな笑顔で恐ろしいことを言う。
「でも50人くらい見ちゃったんで、ちょっと時間かかりそうです!」
「50人……」
部長が頭を抱える。
「マリア」
竹彦がマリアを見た。
「ごめん、なさい」
マリアが小さく謝った。
「いいですよ! 運動になりますから!」
竹彦はまた飛び出していった。
部室に沈黙が流れる。
「とりあえず」
部長が咳払いをする。
「マリアの宇宙船、見に行ってみるか?」
「え、いいの?」
キヨシが驚く。
「どうせもう停めちゃったんだし」
サヤカが肩をすくめる。
「近くで見たい」
*
一行は校庭へ向かった。
円盤は思ったより小さかった。直径5メートルほどで、表面は鏡のように磨かれている。確かに最新型らしく、流線型のデザインが美しい。
「これ、いくらしたの?」
山口が聞く。
「企業秘密」
マリアが答える。
「でも免許は?」
「宇宙免許、持ってる」
「地球の航空法は?」
「知らない」
また問題発言だった。
遠くで竹彦が生徒を追いかけ回している姿が見えた。「待ってください! 痛くないですから!」という声が聞こえてくる。
キヨシは思った。これが日常になってしまった。UFOも、記憶消去も、全部。
「あ、校長先生だ」
二宮が指差す。
白髪の校長が、クレーターを見て腰を抜かしていた。
「竹彦、あっちも頼む!」
部長が叫ぶ。
「了解です!」
竹彦が校長に向かって走り出した。
マリアは自分の宇宙船を誇らしげに眺めている。まるで新しい自転車を買ってもらった子供のようだった。
平和な午後の学校に、記憶消去の嵐が吹き荒れていた。




