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エリスの妖精(前編)-6

『リリア、その荷物はなんだ?』


『これは荷物ではない。人間の嬰児じゃよ』


今から十数年前の妖精の丘にて……リリアが壊れ物にして宝物に触れるような慎重な仕草でお包みに包まれた存在を示す。僕は半ば身を屈めるような形で、生まれたばかりと思しき、顔に独特の赤みの掛かった顔を見て、「人間の子供ではないか」と云った。


『大洞から出てきたのか……?』


『恐らく、な。親子共に次元の狭間から現実世界に帰還したが、母親の方は命がけで子を産んだ所為か、その命はすでに……儂が子を受け取ると同時に安らかな眠りに入った』


妖精の丘は、今から百年前、人間と苛烈な戦争を起こした。その争いの火種となったのは季節の肩代わりとそして季節変動の大魔法を使用した際に生じる、大洞の存在。人を誘うかどわかしの穴に不満を抱いた人間たちが、鉄と火を手にして妖精の丘の大半を焼き払ったのである。


人間の赤子……リリアが紹介するところ、名はシルバーと云うらしい。


妖精が人間を次元の狭間へ誘った代償として、現実世界へ戻った個人はできるだけ援助しようと妖精たちは独自に働きかけ、昔ほど人の存在は珍しいものではなかった。その証拠に街の様子に耳を傾けてみれば、聞こえてくるのは人間の話題ばかりだ。


『人間が猫の世話をするように、狭いところに閉じ込めて、不味い飯を食わせてやったぞ』


『監禁されていることも知らず、呑気な寝顔を見せている。一生、ここから出さないからな。一生幸せでいてくれ』


『人間は幾つになっても元気に泣く。夜泣きが近所迷惑になければ良いのだが……』


『昨晩、人間が寝ている俺の腹の上に乗っていたんだ。ままごとでもしたかったのか、キッチン用品が周囲に散らばっていたよ。愛らしいものだ』


……どこもかしこも引っ切り無しに、人間の話題が席巻している。僕はシルバーと紹介された赤子の顔を微笑みながら見つめ、「世話はどうするのだ?」と現実的な質問をぶつけた。人間は勝手に育つわけではない。このか弱い存在は妖精の手助けがなければ、右も左も分からず……立って歩くことなぞ出来ないのではないのかと思いながら……。


『うーむ、そうじゃなあ。儂は独り身で妻子を持っておらぬ。初の子育てとなるが、うまくいくかどうか……』


『なんだ、困っているのか……そう云えば、僕の城に司書がいる。長年世話をしていた人の子を失ってペットロスのようになっていた。助言が欲しいなら、城にいるその者を尋ねれば良いだろう』


『おお、それは有難い。妖精のいろはに始まり、人間の常識を教え込まんとな。この子はそのうち、妖精の丘を出るかもしれぬ。万が一のことがあってはならぬからな。それにバウルの息子も人間と婚約したと聞いた。教育の参考になるやもしれぬ』


妖精の丘を出る?


人の子にとって快適な環境を提供しているのに、過酷な外に出すと云うのか?


わざわざ人の子を、野生に放つ必要はないのではないのか……?


僕はそう思いつつも、結局その人の子の人生を決めるのはリリアであると思い直し、その教育方針について口を挟めることはなかった。


人間はすくすくと育った。


非常に目覚ましい成長を遂げる。


僕にとっては非常に短い時間……体感時間に直すなら一年未満の時間で、赤子から幼子へと成長したように感じた。幼児から少年となって、気付けば青年期を迎える年齢に差し掛かっていた。


猫は一年で成猫となる。


それと同じように人間の成長のように早い。


この前まではちょっと前までは赤子だったのに、今ではその見た目、背丈は僕らと変わらぬほどの成長を遂げていた。いかに栄養豊富な植物で非常に快適な環境の中であっても加減があるだろうに、人間は妖精の緩やかな時間を無視して、大きく育つ。待ての制止が効かない早き者であった。生き急いでいるのではないかと思うほど……。


このまま何かに目を奪われ、視線を外した隙に老人になるのではないかと一抹の不安を覚えながら、僕は『とある目的』の為にナイトレイブンガレッジに入学した。学園内で捜索を続ける最中、一年が経過しシルバーが相次ぐ形で入学することを知る。半分妖精の血は交じったセベクとは異なり、この短い期間で老人になっているのではないかと不安にかられたが、久しぶりに会うシルバーは前と変わらぬ姿であった。僕が心の底から安堵したのは云うまでもない。


更に一年後、セベクが進学してきたが、万が一と云うこともある。半分妖精とは云えども、老いさらばえたみすぼらしい姿に変貌していたらどうしようものかと不安になっていたが、セベクもシルバー同様、妖精の丘といた頃と同じ元気な姿を見せてくれたことが、どれほど嬉しかったか。その精悍な顔を見た瞬間、どれほど根強く深刻な不安が解消されたものか、本人らは与り知らぬことであろう。


僕は二人が老人にならなかったことに胸をなでおろす中、ディアソムニアの寮長に指名され、その座に鎮座する。寮長として様々な人の子と出会う中、同年であるキングスカラーに国の相談をされたことがあった。僕は幼いながらも、すでに王としての自覚を持つキングスカラーに目を丸くしたのは云うまでもない。


まだ、よちよちの掴まり立ちの幼子が、同胞の赤貧洗う様子を憂いている。人の子はもうこんなに早い時期に、責任者としての荷を背負うのか。感心すると同時に、同情を覚えたのは云う間でもない。


『……俺は別に、国同士の……季節を肩代わりさせる過去の遺恨を持ち出しているわけじゃねえ。ただ、路地裏の観光名所……悪しき異名を持つあの地域の問題をどうにか解消したいんだ。ただどうすべきか、年長者……長寿種としての意見を聞きたい』


なんて立派な……本来ならば、敷地内で思いのまま駆け巡り、八つ時になれば甘い菓子を法頬張るべき存在が、未来を憂いている。


僕はキングスカラーの態度に敬意を表し、微笑みながらこう云った。


『我々が保護すれば良いのではないか?』


『保護……?』


『かつて妖精は、丘の領域を広げるべく小国を収めた。そこで人間たちに過保護を施しながら共に暮らしたという。妖精の丘の理想郷で暮らせば、貧するものなどなくなろう』


『それは――』奴は吠えた。『また歴史を繰り返すつもりかお前は! 人間を庇護におく大義名分の下、奴隷以下の愛玩動物にさせた悪行を繰り返すと云うのか!?』


その時、どうして僕はキングスカラーが激怒したのか、ついぞ理解することが出来なかった。人間は弱い。ならば、長い時間を生き、確かな強さを持つ妖精が大切に扱えば、長生きできるものではないのか。その時はどうして嫌悪の表情と共に唾棄されたのか分からなかった。理解することが出来なかった。


……だが、今では分かる。


ヤドリギの光の束を真正面から食らい、人間に対する認識が、好感が、愛が正しいものへと変貌していく。


『人間が猫の世話をするように、狭いところに閉じ込めて、不味い飯を食わせてやったぞ』


それは文字通り、吐き気を催す食事内容で部屋の一室に幽閉されており……。


『監禁されていることも知らず、呑気な寝顔を見せている。一生、ここから出さないからな。一生幸せでいてくれ』


妖精の丘は未だ危険な場所であるがゆえ、首輪を施すように両足の腱を切った。


『人間は幾つになっても元気に泣く。夜泣きが近所迷惑になければ良いのだが……』


金切り声に似た助けを求める咆哮に、咽喉を焼き尽くす魔法で口封じをする。


『昨晩、人間が寝ている俺の腹の上に乗っていたんだ。ままごとでもしたかったのか、キッチン用品が周囲に散らばっていたよ。愛らしいものだ』


それは相手を殺めようと凶器を持ち出したがゆえの結果。文字通り刃が立たない事実を目の当たりにして絶望し、それをままごとがしたかったと宣う呑気さ。


劣悪な環境。幽閉。腱の切断。無言の矯正。殺意をむき出しにした刃。


もしも妖精が人間と同じ飼育を施されていたのなら……人間が我々妖精と変わりない感情と知恵のある者であるのならば、僕たちはどれほど酷いことを行ってきたのだろう。どれほど非道な行いをしてきたのだろう。全く理解することなく、愛らしいだけの無能と思い、保護にして庇護対象と云いながら加虐し、虐待を重ねてきたのだろう。


ヤドリギの杖。


愛を約束する魔法の杖。


その光の束を無防備に受けた今なら、分かる。


僕は――人間を理解する努力さえしてこなかった。


無自覚な傲慢。


その評は、実に正しい。


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