Welcome to the Villains' world-5
ナイトレイブンカレッジの学園長から直々に雑用係に任命された一人と一匹は、オンボロ寮の談話室で一晩を明かした。自分の足元近くを一匹の小さな黒い蜘蛛が素早く動いたのを知覚しながら、のっそりと起き上がる。寝ぼけたままのどこか朦朧とした意識の中、朝の準備を手短に終わらせ、学園長が昨晩用意してくれた衣服に着替える。この衣服はナイトレイブンカレッジに通学する生徒が多く着用しているもの――制服だった。
『卒業』と『入学』のそれぞれに着用を求められる式典服から着替え、惰眠の継続を求めるグリムを起こそうとしていると、三体のゴーストが子供を脅かすような愛嬌のある言葉で話しかけて来る。その言葉は永遠の眠りを示唆するもので、その言葉が煩わしかったのか……もしくは本気に受け取ったのか、グリムは反応を示した。これでは、悪戯好きのゴーストの恰好の餌食だ。
「それにしても、お前たち……今日からここに住むんだって? 悪戯しがいがあるってもんよ」
そう笑いながら云うのは、ひょろ長いゴーストである。グリムは悔しそうな呟きを出してから数秒後、学園長が現れ、挨拶を行う。よく眠れたかどうか――このオンボロ寮の名が示す通り劣悪な環境だと云うのに――確認の言葉を取る。昨晩はグリムが寝ていた臥所の板が綺麗に抜けたので、安全に睡眠が摂れたかどうかはわざわざ云わずとも分かるだろう。答えはNOだ。
グリムが夜の災難と、朝のゴーストについてぶつくさ文句を口にする中、自分は苦笑を返す。それは学園長の問いに抗議を孕んだ回答だったのか、気にすることなく……気にされることもなく、雑用係として今日の仕事を云いつけられるのだ。
初仕事――雑用係として最初に任命されたのは、学園内の清掃だった。しかし、複数もの寮を所持する敷地内は広大であり、とても魔法なしで出来るようなものではないと学園長は考慮し、正門から図書館までの掃除のみに留めてくれた。自分は魔法というものがどのようなものなのか分からないが、ソレさえ使えれば楽に仕事が熟せるものだと認識する。
学園長はグリムが騒ぎを起こす問題児と認識しているのか、昨日の入学式のような事件が起こらないように念押しした。昨日のボヤ騒ぎ、そうしてグリムがゴーストを追い払う目的で暴れ回った事実からして、大人しく出来るといった根拠のある自信を抱くことは出来ない。可能な限りやってみますと言葉を返すと、食事は学食を利用することを許可し、オンボロ寮から立ち去っていくのである。
対して話が面白くないのは、グリムである。本人曰く「偉大な大魔法士」を目指す本人としては、掃除と云う雑用よりも学園内の生徒たちと同じく、受講するのをいたく所望しているのであった。自分はグリムをやや強引な形で任された仕事を果たすため、オンボロ寮からメインストリートに出ると、立派な石像を目にしたグリムは感激した声を上げる。石造や像について自分も詳しくはないが、確かに立派な彫刻のように思えた。手彫りではなく、魔法で造られたものかもしれないが……。
七つ鎮座する石像をシゲシゲとグリムが眺めていると、一人の男子学生が話しかけてきた。親し気な様子で話しかけてくる生徒に、グリムが更なる疑問を問いかけると七つの石像のそれぞれについて説明を行ってくれた。
まず一つ――薔薇の女王。規律を重んじる厳格な人格で、トランプ兵の行進も、薔薇の花の色も一切乱れを許さない。
「薔薇の女王、厳しいけどクールだよな。俺は好き」
そう云う少年、エース・トラッポラと自己紹介した一年の男子生徒は、薔薇の女王の像に憧憬の眼差しを向けていた。グリムと自分は先んじて名前を教えてくれたエースに名を告げて、石像についての説明を求める。
「なあなあエース、それじゃあっちの目に傷があるライオンも有名なヤツなのか」
「……くふっ……」グリムの無邪気な質問にエースの口元が不自然に歪んだ。「勿論!」
二つ目の石像――サバンナを支配した、百獣の王。しかし生まれながらの王ではなく、精密な策で玉座を手にした努力家。
三つ目――深海の海に住む、海の魔女。不幸せな人魚を助けることが生き甲斐で、問題解決能力は幅広く、恋の成就から変身と多岐に及ぶ。
四つ目――砂漠の国の大賢者。間抜けな王に仕えた大臣で、王子と身分を偽る王女を誑かそうとした詐欺師を見破った切れ者。
五つ目――世界一美しいと云われた女王。魔法の鏡を所持しその美貌を保つ為、薬草学に通じ、弛まぬ自己研鑽を重ねた。
六つ目――死者の国の王。人知及ばぬ幽世の国を一人で統治し、粛々かつ勤勉に仕事を熟した。魔獣、巨人等の忌避されていた種族を束ねていたと云う。
七つ目――魔の山に住む茨の女王。高貴で優雅、呪いの魔法は他の石像と比べて頭一つ飛び抜けている。その証左として、畏怖すべき竜にも変身できたと云う。
そして――。
「じゃあ、この倒れている八つ目の石像は?」
「八つ目?」
石像はメインストリートの右側に薔薇、百獣、深海、砂漠……左側に美、死、茨といった高名な人物を立たせているのだが、左端の奥の方……目立ち難いところに石像が倒れてあった。自分は右が四、左が三つでバランスが悪いなと思っていたが、八つ目の石像があることで数の均等が取れたように思う。だが、八番目の石像についてエースは知らないのか、倒された石像を眺めながら首を捻るばかりである。
「ふな。石像が一つだけ倒れてるのは、さすがに可哀想なんだゾ。どうにかならねえのか?」
「何で八つ目があるんだろう……まあ、いいか。確かに可哀想だから、起こしてやろうぜ」
エースはそう云いながら胸元のポケットから宝石の付いた杖らしきものを取り出して、軽く魔法をかける。魔法の効果によって重力を無視して石像が浮かびあがると、黒い蜘蛛が素早く学園の庭の奥へ逃げて行った。自分はエースの魔法で左側の端に直立し、左右の石像の総数はそれぞれが同じ数になった。
「随分古い像だな……それに何だ……ぬめっとしてやがる」
「昨晩の雨じゃないのか」
グリムはそう云いながら、遠巻きに倒されていた像を眺める。自分も同じように観察するが苔むした様子は長年倒れていたと云うよりも、水辺のある場所に沈められていたかのような印象を受けた。その証拠に深緑の苔が像の大半を多い、どのような相貌をしているのか判別することすら出来ない。
「それにしてもこの七つの像、クールだよな」エースは八つ目の像から興味が失せたのか、次に嘲笑混じりの言葉を吐いた。「どっかのモンスターと違って」
いきなりの嘲りの言葉に裏切られたような表情を浮かべグリムが驚く中、エースはいきなり笑い出す。一頻り笑った後、涙を拭いながら「お前ら昨日入学式で暴れてた奴だろ?」と云うのである。
「ここは魔法学校なのに、闇の鏡に呼ばれたのに魔法が使えない奴と、お呼びじゃないのに乱入してきたモンスター。やー、入学式では笑いを堪えるのに必死だったわ。で、結局入学出来ずに二人して雑用係になったわけ?」
「え?」自分は驚いた声を出す。「まだ名前しか云ってないのに、なんで……」
「? そういやお前たちの事、なんで俺は知って……雑用係って……」エースは先程の自分の発言に疑問を抱くが、それよりも重要視されたのは笑いの方である。「いや、そんなことはどうでもいいだろ。はっは、だっせー。しかも、グレートセブンを知らないなんて、どんだけ世間知らずなんだよ」
グレートセブンのことは幼稚園児でも知っている。まずはハイスクールに入学するよりも、然るべき順当な学歴を積んで来い。
エースは笑いながら云い飛ばすのであった。その挑発はこの世界のことを微塵も知らない自分としては、少々腹立つ物云いだった。それはなぜかグリムも同様で……。
「ちょっとからかってやろうと思って声掛けたけど、色々と予想を超えてたね。んじゃ、オレは君たちと違って授業があるんで! 精々頑張ってねお二人さん」
意地の悪そうな……ではなく実際意地悪な笑みを浮かべてその場から立ち去ろうとしたエースに向かって、グリムは青い炎を放つ。エースは大火傷を負うことはなかったものの、髪の毛の先が僅かばかり焦げてしまったようだ。エースはやるつもりのグリムを真っ直ぐに見詰め、続いて放たれる第二、第三の炎を避けた。次々に乱発しまくる青い炎であるが、その火球はグレートセブンなる一体の像の表面を焦がす。
それから始まるのは、追いかけっこだった。
エースは風を操作する魔法を使っていたのだが、グリムの火の玉の起動を反らすことによって、彼がクールで好きだと述べていた薔薇の女王を焦がしてしまった。半ば茫然とする中、彼は騒ぎを聞きつけて徐々に集まりつつある野次馬を見て焦りを感じたのか、逃げ出したのである。当然、エースの挑発的な発言に怒りを覚えたグリムは逃すはずがなく……。
メインストリートから校舎の玄関口、空き教室を通り過ぎ、一人と一匹は魔法による攻防を続けながら駆け巡る。エースは最初、グリムをのらりくらりとやり過ごすつもりだったか、いつしか彼自身は本気となり熱を上げていた。その道中、青髪の生徒にぶつかるのだが……。
「てめぇ、何する――」一瞬だけ血気盛んな顔を見せた。「――何するんですか!」
エースは正面衝突した青髪の生徒の言葉を無視して、噛みついてくるグリムに魔法を放つ。自分は学園長に騒ぎを起こさないよう云われたことを思い出しながら、一人と一匹を捕まえるよう要請の言葉を出した。
グリムとエースが大食堂へ至る廊下を走る中、自分は青髪の少年を頼みの綱にしていた。その生徒は「捕まえる物……縄、紐……」と独り言を云いながらも、自分が腕を引くとついてきてくれた。慌ただしい騒動を追いかけると、その終着点は食堂であった。今の時間帯、生徒の多くは朝食を済ませたのか、ほぼ伽藍洞の無人である。
グリムは食堂の中心にある豪華なシャンデリアの上に、素早く駆け上がり頭上から炎を放って来る。自分は制止の声をあげるが、耳に届くことはなかった。
「くっ、どうする……このままじゃ周りに迷惑が。飛行魔法はまだ習ってないし……」
「付き合いが良いなお前……名前、何?」
「デュースだ。デュース・スペード」
「おい、ジュース――「だからデュース! 同級生の名前ぐらい憶えろ……え~っと……」
「お前も覚えてないじゃん……って云うか、これ以上騒ぎがでかくなるのはヤバイって云うか」グリムに対する怒りの熱が冷め現実を呑み込んだ客観的な言葉が出る。「あの毛玉、どうにか出来ないか?」
「今考えてる! あ、そうだっ!」
青髪の生徒――デュースは、胸元から杖のような見た目をしたペンをエースに向けた。エースは慌てながらペンを――どうやらマジカルペンと云うらしい――の矛先が自分に向かっていることに若干引き気味だった。自分はあのペンはそう云う名前なのかと記憶の中に入れる中、デュースの魔法でエースの身体はふんわりと浮かび上がり、一直線にグリムのいる方向に向かって投げられた。
オレンジの掛かった赤毛が真っ直ぐ飛んでくる中、さすがにこの解決法は想定していなかったのか、グリムの口が驚きであんぐり開いたところで天井に吊るされたシャンデリア諸共落ちる音がする。
落下音ではなく、食堂に響き渡る破壊音に身を竦める中、茫然としているとエースは「馬鹿! お前ホント馬鹿!」と云いながら、グリムを落とすためだけに球にされた本人は叫ぶのである。シャンデリアとグリムが落ちた衝撃で生じた砂埃で咳き込みながら、馬鹿の連呼は続いた。
やがて砂埃が収まった頃、シャンデリアの細かい部品の一つがコロコロと転がる音が聞こえた。埃が完全に落ち着き視界が明瞭になった中、眼前に広がるのは大破損した照明器具と、学園長の姿であった。
その場にいる、全員の血の気が引いた。
錯覚でなければ、サッと血潮が引く音が聞こえたように思う。息を呑む声も聞こえた。
「……騒ぎがあると聞きつけてみれば、グレートセブンの像は焦げ、像をイタズラで増やし、シャンデリアは壊れている……」
怒声が響いた。
「一体何をしているんですか! もう許せません!! 全員百年間留学にしますよ!」
留学。
その言葉に逸早く反応したのは、デュースだった。
「そんな! どうかそれだけはお許しください! 俺はこの学校でやらなきゃいけないことがあるんです! 許していただけるなら弁償でも何でもします!」
「……このシャンデリアは、ただのシャンデリアではありません。魔法を動力源とし永遠に尽きない蝋燭に炎が灯る魔法のシャンデリア。妖精戦争の終了後、和睦として作られた平和の象徴! そして、伝説の魔法道具マイスターに作らせた逸品です」
学園長は『今となっては珍しくない魔導工学の先駆け……魔法と科学が合わさる事により作られた永久機関の妖精と人間の和睦の象徴なんですよ』と云う。
「しかも、学園の設立当時からずっと大切に受け継がれてきたと云うのに……歴史的価値を付随して考えれば十億マドルは下らない品物ですよ。それを弁償できるとでも?」
十億マドル。
この世界の通貨について知らない自分だが、デュースの反応を見るにかなりの高額であることが知れた。自分の故郷の額だとしても十億は大金であることに変わりないが。
「修理しようにも、魔法道具の心臓とも呼べる魔法石が割れてしまった。魔法石に二つと同じ物はない。もう二度と、このシャンデリアに光が灯ることはないでしょう」
それぞれの落胆の声。
やけに母を気にするデュースのことを不思議に思った途端、「そうだ」と学園長は思い出したように云う。
「一つだけ。たった一つだけシャンデリアを直す方法があるかもしれません。このシャンデリアに使われていた魔法石は、ドワーフ鉱山で採掘されたもの。同じ性質を持つ魔法石が手に入れば、修理も可能かもしれません」
「でも、先生……魔法石は唯一の存在だって……」自分は云う。「二つとして同じ物はないんでしょう? 貝合わせのように双子の存在が無いのなら、直すのは……」
「確かに同じ物はありません。でも、類似酷似した魔法石ならばシャンデリアの修繕は可能かもしれません」
「僕、魔法石を取りに行きます」
一番最初に立ち上がったのは、デュースだった。学園長の示唆する可能性は、その口振りからして半々と云ったところである。しかし少しでも可能性があるのならば意地でも縋り付きたいのだろう。
行かせて下さいと意気込むデュースだが、鉱山に魔法石が残っている確証はないと冷静に告げられる。ますます百年間の留学の可能性が上がって、在学する希望が先細りしていくのだが、それでもデュースは構わないようであった。しかもトドメのように鉱山が閉山して長い年月が過ぎていると教えられるが、その態度は変わらなかった。
「……いいでしょう。では一晩だけ、待ってさしあげます。明日の朝までに魔法石を持ってこなければ、君たちは留学決定です」
デュースはやる気に満ちながら、礼を云う。エースは少しやる気がないながらも、留学はしたくないのか、魔法石を取りに行くことに異議は唱えなかった。
「ドワーフ鉱山は鏡の間のゲートを利用すれば、すぐに到着できるでしょう……ああ、ところで、メインストリートの石像が一つ増えていたのですが、どうやってあの像を並べる悪戯をしたんです?」
どうやって。
それは手段の問いではなく、考えに対する問答である。
一体、どのような意図でそのようなことをするのか。
まるで、そう尋ねているかのような……。
「なんか普通に倒れたのを見付けたんで、直しただけですよ」八つ目を直接魔法で動かし立たせた本人・エースは云う。「なんかまずかったんですか?」
「倒れてた? あそこにあの像があったんですか?」
「? はい」
「……あなた達が運んできたと云うわけではないですよね。もしくは、誰かが運んで来たのを見たと云うわけでも……」
「ないですねー」エースは云う。「っていうか学園長、折角の像なんだし立てても問題なくないッスか?」
「そう云いますが、トラッポラくん。貴方は八番目の像が誰なのか……グレート『セブン』なのに八体目があること自体、おかしいとは思いませんか?」
その点についてはエースも疑問に思っていたのか、沈黙をする。その黙する態度は肯定の意味を孕んでいた。自分が八体目を発見した時から疑問だったのだろう。
「ご存じの通り、グレートセブンは我が校の優秀な卒業生を讃えたものです。周知の事実ですので、わざわざ云うほどのことではないのですが……あの余計な像は、私が直々にあるべき場所に戻しておきましょう」
再び滝の底に封印してやる、ドブネズミめ。
乱暴な言葉と云うより、唾棄でも冷酷でもなく嫌悪の入り混じった学園長の口調に、自分は驚きの感情を抱いた。これまで彼と接してそう長くないが、あまりにもらしくないように思えたのである。




