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ティレシアスの水仙-9

……私がナイトレイブンカレッジの棺桶から目覚めて直後、自覚したのは違和感だった。奇妙な空気を肌感で実感しながら、入学式を終え、寮室でふと考えるのは過去の事。


『今日の演技は見事だったよ、ヴィル』


私は子供の頃から俳優としての人生を歩んできた。


その日は主演するドラマの撮影日で、舞台セットから離れた場所で休憩をしていると監督が話しかけてきたのである。


『ヴィル、きみが今回の撮影に参加してくれてドラマの視聴率はうなぎ登りだよ。このまま好評だったら、主役への抜擢も考えているんだけど、どうだろうか?』


『それは嬉しい限りね。役者冥利につきる話だわ。でも……急な配役変更してストーリーはメチャクチャにならないかしら。駄作に付き合うつもりはないわよ』


『そこは脚本と監督の腕の見せ所だよ。ストーリーが破綻しないように、慎重な調整はするつもり。というか折角好評なんだ。わざわざ作品をぶち壊すなんて真似、死んでもやるものか』


自分は教室を模した舞台の人角を見ながら、それは楽しみね……と頷くのである。大御所が目の前を行き来する様を何となしに視界に納めていると、監督は思い出したようにこう云うのであった。


『そう云えばヴィル、来年ハイスクールに進学するそうだけど、どこの学校に入学するんだい?』


『ナイトレイブンカレッジよ』


私は当たり前のことを自然に答えた。


だけど……ナイトレイブンカレッジ……その言葉を耳にした監督は、これまで柔和で優しい表情をしていたと云うのに、人形のような無表情になるのである。口の中で「ナイトレイブンカレッジ」と呟きながら、感情の見えない顔から眉間に皺を寄せた険しい表情と色を変える。


『ヴィルは本当にそこに入学するつもりなのかい?』


『ええ、そうよ。何人も有名な魔法士を輩出した高名な学園だわ。私には断る理由はないわね』


『…………へえ、ヴィルは〝そう〟なんだ。名誉だと受け取っているんだね』


監督は云う。


表情が強張ったような……嘲笑が込められたような、とてもではないが穏やかで心地良い表情ではなく、ひたすら険しく居心地が悪くなるような表情で冷たい言葉を吐くのだ。その冷たさは氷のようではなく、鉄のような無機質さがそこにあった。


『主役へ抜擢するとの話だったけど、聞かなかったこと……なかった話にしてくれないか?』


『え……監督?』


『さあ、次のシーンの撮影の準備をしなくちゃな! 張り切っていこう!』


私の疑問を投げかける質問を強引に打ち切って、監督は足早に去っていく。半ば茫然としていると、その話を傍らで聞いていた美術スタッフの一人がこちらを見下ろしながら云うのである。


『……ご愁傷様』


ご愁傷様?


一体何が?


まるで終わりを突き付ける言葉。自分は困惑しながら、どういう意味か尋ねるも返ってくる言葉は曖昧に濁されて誤魔化されたものばかり。ただその表情と声色にあるのは、同情と憐憫だけがあった。


私は態度の豹変とも云える移り変わりに疑問を抱きながら、ドラマの撮影を続行した。そして監督が前言撤回した通り、ついぞ主役に抜擢されることはなく演技は最終回を迎える。共演するベテラン俳優たちの同情と若干の侮蔑の込められた視線の中、ドラマの撮影は幕を下ろしたのである。


『ご愁傷様……か』


私は寮のベッドに横になりながら、翌日を迎えた。真新しい制服に身を包み、闇の鏡に選別されたポムフィオーレから教室に向かい、大食堂で食事を摂り、日常を過ごす。その中で日を重ねるごとに……年月が過ぎ去っていくごとに学園全体に感じた違和感が強く強烈なものになっていくのだ。


まるでこの学園は……。


一人になると、自然斯様なことを考える。しかし一度認めてしまえば全てが終わるような気がして、それ以上深く考えないように努力した。


だけど、強烈な違和感は拭いきれない。


しかもそれだけじゃなかった。


私には『見える』。


黒いモヤが見える。


ヴァン・ウォックは『見える』こと自体は特別な能力ではなく、物の見方、観察眼に優れ異なる視点を持つがゆえの結果だと云うのだが、学園に入学して以来、これ以上安心した言葉はなかった。


その黒いモヤは学園のどこにでもいた。


廊下の真ん中。教室の隅。寮の内部。


とにかく、どこにでもいる。


本能的に関わってはいけないものだと直感で判断した私は、『見える』ものについて日々精神を摩耗させながら、耐えがたいものを我慢するように日々を過ごすのだ。やがて進学してポムフィオーレの寮長となった中でも、見えるものは一切数を減らすことなく学園のどこにでもいる。


ハーツラビュルからディアソムニア。


点在しない場所なんぞ存在しないかのように、いつも何時でもいるのだ。


恐怖を覚えた。


だが、おくびにも出さないように努めた。黙っていることは精神的な疲弊、疲労の蓄積は免れなかったが、周囲の様子から察するにアレは自分にだけにしか見えていない。そのことを口外しようものなら、どのような騒ぎが起こるのか……考えただけでも眩暈がする。


『麗しい毒の君……ヴィル、君はいつも憂いた表情をしているようだけど、何か原因があるのかい?』


これは、ルークの言葉。


本来ならば、この親しい友に対して自身が持つ悩み、頭痛の種を打ち明けるべきだろうが、監督の件がちらついて言葉にすることができなかった。これまで親しい態度で接していたと云うのに、同情と侮蔑混じりの態度で豹変するように翻す。


もうそのような目に遭いたくなかったのである。


『ヴィルサン、ばっちゃ……おばあちゃんが作った故郷のりんごジュースです。ロストタウンでしか買えない限定品で、味の方は保証しますよ』


『ありがとう、エペル。私を励ましてくれるのね。それとここはフォーマルな場じゃないのよ。無理して方言を抑える必要はないわ……あなたの故郷の言葉はどこか和らぐ。無理する必要はないのよ』


私は後輩の優しい差し入れ……そして非常に美味なりんごジュースを飲みながら、そう云った。エペルは嬉しそうに笑いながら、慣れない敬語を取り払いながら故郷の話をしてくれた。束の間であるが私にとってエペルの話は慰めになった。


……そして、待ちに待ったホリデー。


長期の冬季休暇期間。


私はこの学園から離れることが出来る事実に安堵しながら、いち早く手早く迅速に荷物を纏めて、家に帰った。


だが、時間が積もればその休みも終わり、私は学園に戻らなくてはならなかった。


学園の本当の入口。


闇の鏡が設置された広間を見て、思わず絶句したのは云うまでもない。


……以前と比べて、黒いモヤが大量発生している……。


なぜ……どうして、こんなことが……。


私は恐れた。恐怖した。


ホリデー前まで黒いモヤは、今までそこで立ちすくむ黒い影法師の姿でしかなかった。足跡のように残された名残でしかなかったと云うのに、生徒の一人ひとりに憑り付くようになった。背後から背中に圧し掛かり、大口を開いて耳元で何かを囁いている。亡霊のようなものが絶えず何事かを囁いていると云うのに、誰も気づかない。私だけが知っている。


事態は悪化している。


私は困惑で立ちすくむ中、とあることに気付いた。


黒いモヤは生徒の誰彼構わず憑り付いているものだと思われたが……オーバーブロットしたリドル、そしてレオナの二人には纏わりついていない実に綺麗なものだった。私はもしやと思いながら、遠目にアズールを見てみれば同じように憑いてはいない。ジャミルも同じように黒いモヤの姿がその近辺になかったのである。


私はオーバーブロットした寮長に、何かのヒントがあるのではないかと思い、腹を割って話をしに行った。


そして全員から話を聞き終わった直後、モヤが増殖するキッカケは何なのかと考えるうちに、学園に起きた異変について考えを巡らせるのだ。


入学式。


グリムの放火騒動。


……そう云えばあの時、闇の鏡の間にいた黒いモヤは抵抗する間もなく青い炎に炙られ、その姿を消した。


もしや、魔法が使えない監督生に何かしらのヒントがある……?


私は入学式後に起きたと云う大食堂のシャンデリア破損事件を思い出しながら、闇の鏡を使って美粧の街からドワーフ鉱山へ足を運び……。


そして、闇の鏡から学園に帰還した時に、感じ続けていた違和感。


まるで……まるでこの学園は、後ろめたい過去を隠すため何かを隠蔽しているかのような……俳優である私にとって馴染み深い、巨大な舞台セットのひとつのようにしか感じ取れなかったのだ。


帰りたい。


この場から離れたい。


陰謀渦巻くナイトレイブンカレッジより、有名でも高名でもない学園に転校したい。今ならあのご愁傷様の言葉の意味が分かるような気がする。


私はそれを再度自覚した途端、手製の毒を作り上げ――。



――自ら口にしたのであった。




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