ティレシアスの水仙-5
「私はヴィル。ヴィル・シェーンハイト。ポムフィオーレの寮長よ」
いきなり自分の目の前に現れた、美しい容姿をした青年。その背後には金髪のおかっぱ頭と、心配そうな顔をした紫色の髪をした生徒、合計三名が立っている。
自分はヴィルと名乗った人物のやつれた顔を見ながら多少たじろぎ、「な……何の用ですか」とか細い声で問うのであった。
「オンボロ寮について調べたいのよ。過去、偉大な精神性を持っていた寮について、知りたいことがあるの。いいかしら?」
「えっと……」
似たようなことがあったな……とヤクザとマフィアじみた人魚の双子のことを場違いにも思い出す。
「オーララ。急いてはいけないよ、毒の君。トリックスターは戸惑っているじゃないか。まずは順序良く……なぜオンボロ寮を調べたいのか、起承転結述べないと家主は困惑に立ちすくんでいるばかりじゃないか」
「僕も、そう思います」
おかっぱ頭に続いて、控えめな調子ながら紫色の髪の少年が云う。自分の記憶を掘り起こすところ、かつて珊瑚の島にあるというアトランティカ博物館に行くため、学園内の薬草園で見た人物だった。名前は確か……。
「まずは、自己紹介だ。私はルーク・ハント。ポムフィオーレの副寮長。そしてここにいるのが、エペル・フェルミエ」
「エペルです。よろしくお願いします、監督生サン。ポムフィオーレの寮生です」
「オンボロ寮の監督生です。ヴィルさん、ルークさん、エペルさん、よろしくお願いします」
会釈をして軽い挨拶を交わす。
「……早速で悪いのだけれど、込み入った話があるのよ。オンボロ寮の中に……建物の中に入れてくれないかしら?」
「話がある、ですか。今、友人が訪ねていて……申し訳ありませんが、後日改めることはできませんか?」
「友人?」
「ディアフレンドです」
「……異世界に来たあなたにディアフレンドがいるって云うの? いいえ……友達がいることを咎めているわけじゃないわ。ディアフレンドだなんて随分親密な呼び方をするものだなって思ったのよ。あなた、異世界から来た住民よね。それだのに入学式からこの短期間で親愛なる友人がいるだなんて、何かおかしくはなくて? それは一生の友に使うべき表現よ。これが小説なら、描写不足だと一蹴するわね」
「……異世界の住民とは、誰から聞いた情報ですか?」
「匿名よ。まあ……強いて云うなら、森のクマさんかしらね。あなた、マジフト大会で恨みを買うような真似をしたでしょ? あなた、獣人から恨みを買ってるわよ」
自分が公然と「異世界人だ」と宣言したのは、ホリデー期間中の大食堂での出来事だ。あの場ではオクタネヴィルの三人組と、そしてスカラビアの二人がいたのだが、学校に居残る赤点保持者は他にいたのは事実である。非常に耳の良い他生徒がいたのだなと思い、不用意に秘密が知られたことを痛感すると同時に、この情報がどこまで出回っているのか少しばかり気になった。
「その情報は、どこまで出回っているんですか」
「あの……各寮の寮長と副寮長はほとんど知っているかな」エペルは云う。「でも異世界から来た人だなんて、聞くだけでもシークレットだと分かるから無暗に云いふらさないように……これ以上知れ渡る……全校生徒が認知するようなことがないように口を閉ざすようになってると思うよ」
更に聞けば、自分が異世界人であることが更に広まらないように緘口令を敷いたと云う。希望的推測だが聞いたところ、自分の正体を知っている生徒はナイトレイブンカレッジ内で百名に上るか上らないかのところらしい。
これは学園長が定期的に開く寮長会議で決まったことではなく、寮長同士が繋がりを持つグループで話し合いの決議が行われたとのことであった。
「……えっとまずは、ありがとうございます。異世界人がこの世界においてどれほどヤバイものなのか分からないので、情報を封鎖してくれたのはありがたいです。もしかしたら危険な召喚物なのかもしれないし」
「私の『見た』ところ、使い魔の一種……タイプ亜種と云ったところね。中身は普通の人間なんですもの。存在自体はそう危険視するほどのものじゃないわ。異世界の存在……異質である以上、安易かつ簡単に無害認定することはできないけど、非魔法士と変わりない。そんなところかしら。あんたの持っている影響力を除外すれば、の評価になるけど」
「毒の君もそう思うのかい? 私は……いや、私の意見なんかどうでもいいか。とりあえず、トリックスター、君に話があるのは本当でね。本来なら君の云う通り、日や時間を検めるべきだが切迫しててね」
そこでルークはちらっとヴィルを横目で見た。その意味深な一瞥はやつれた顔に意味があるのだろう。
「先日、ヴィルが倒れた。過労や疲労からくるモノじゃない。自ら毒を作り上げ、飲み干して昏倒したのさ。幸い第一発見者がスカラビアの寮長と副寮長で、適切で迅速な処置が施されて大事には至らなかったがね」
スカラビアの寮長と副寮長。
恐らく……と考える間もなく、その両者はカリムとジャミルの二人であろう。
「本人の目の前で云うのも何だが、精神的に摩耗疲弊しててね。私はヴィルの杞憂や不安を一早く晴らしてあげたい、一刻一秒でも早くね。美しい顔が憂いに曇るのはあんまりだ。その悩みをなるべく早く解消してあげたいのだよ」
「本当に本人の目の前で云うことじゃないわ。それにカリムとジャミルも余計なことをしてくれたものね。私は、休学になってこの場から離れたかったと云うのに。それに倒れたといっても私はポムフィオーレの寮長。毒の調合は適切よ。死に至るものじゃない。精々長い時間眠る程度の……」
勘違いしないで欲しいが、この自傷じみた真似は自殺の真似事ではない。
毒を飲み干したのは確かだが、目的はこの学校から離れることにあったと云う。もっと云えば休学の末、他の学園に転校したかったのだろう。
何がそこまでヴィルを追い詰めているのか分からなかったが、自分は焦燥を抱いている様子を感じ取り、「分かりました」と頷くのであった。自分は一旦玄関の戸口を閉め、談話室でゴロゴロ過ごしているエースとデュースに客人が来たとの旨を伝える。一言緊急の用事だと伝えると、二人はまだここで過ごしたかったのか名残惜しそうな顔をしつつもハーツラビュル寮に戻ってくれた。玄関口で客人と友人がすれ違う一瞬、両者はポムフィオーレの三名に挨拶をしてオンボロ寮から離れていく。それから数秒間もなく、自分は談話室に客人を案内したのであった。
「どうぞ。おかけください。お茶の準備を……」
「そこまでしなくてもいいわ。本当に事を急いでいるの。もてなしてくれるのはありがたいけど、それはまた今度にしてくれないかしら」
このようにアポもなしにおしかけた挙句、図々しくて申し訳ないわね。
ヴィルはそう云い自分の非礼を認め無礼さに対して美しくないと思いながらも、自己を優先することを止めることが出来なかった。
「切迫していると云ってましたね。それに、ヴィルさんは毒を飲んだ。病み上がりみたいなものですし、確かに話し合いは早くした方がいいかも」
「病み上がり……毒を飲んで三日しか経ってないから、そうなるかもしれないけど云うほど弱くはないわよ」
「ヴィルは気丈に振る舞っているだけだよ。そのやつれた顔を鏡で確認してごらん? 心身……特に精神的な疲れが深く強い……色濃く出ていることは誰の目でも一目瞭然さ」
「鏡の話はやめてちょうだい。自分がどうなっているのかぐらい分かる、どれほど疲弊しているのかも。鏡は自己認識を検めるエゴサーチみたいなものよ。再認識……鏡よ鏡よ鏡さんだなんて……自分の様子を直視したら、今度こそ本当に加減なく作った猛毒でも飲んでしまいそうよ」
「オーララ……それはすまなかったね。余計な一言だった」
ヴィル、ルーク、エペルの三人が先日サムの店で購入した真新し横長のソファに腰掛け、自分たちは向かい合うのである。
「それで……話と云うのは?」
「私、あんたのことについて調べたのよ」
ヴィルは云う。
自分はその率直とも云える言葉を受け取って無言のままでいると、一瞬こちらの態度……様子を窺うような素振りを見せたもののお構いなしに言葉が紡がれていくのであった。
「あんたは異世界の住民だと述べたわよね。そのことについて、匿名『森のくまさん』から聞いた……そこまではいいかしら?」
「ええ……知らない人に噂が漏れているのはちょっとショックですが、確かに自分はこの世界の住民ではありません。きっとこの世界において異物なんでしょう」
「あなたがはじめて目覚めた場所……この学園の生徒は黒い馬車に乗せられて棺桶内で目覚める。そのことについて覚えているかしら?」
無論、覚えている。
不法侵入したと思しき見知らぬ獣グリムがいたことと、学園長がかけつけてきたことを思い出すのであった。何らかの手違いで非魔法士が在籍する形になったが、帰還させようにも自分はこのツイステッドワンダーランドにおいてはじめから居場所を持たない異世界の住民である。
……と、自分はそこまで思い出して、ふと思う。
学園長はグリムに追いかけられる騒ぎを聞きつけて自分の元へ姿を現したが、新入生の寮振り分けの際、どうして一人生徒が欠いていることに気付いたのだろうと……。ささやかな疑問であったが、気がかりな点であることは確かだ。
「本来なら新入生が目覚める棺桶のある空間……そこには普段生徒が立ち寄ることはないのだけれど、私はあんたがいたと思しきコフィンを調べると、他の生徒の棺にはない変わった点があったわ」
「はあ……よく見付けられましたね」
自分は再度、一番最初目覚めた場所を見付けろ……そんなことを云われても、骨の折れそうな話だ。例え見付けても己が元居た場所だと認識できないかもしれない。
「それには、私のユニーク魔法が関係しているのさ」ルークは云う。「失礼ながら調査前、君が錬金術で製造した成果物をちょっと拝借してね。私のユニーク魔法は、『銀の魔弾』。捜査系の魔法さ。獲物の痕跡や足跡、それらを認識することができる失せ物探しにはうってこいの魔法。きみが棺桶で目覚めたのは随分前の話になるのだけど、学園内にくまなく残された足跡を辿っていくと最初の部屋に到達することが出来たと云うわけさ」
捜査の材料として、標的となる人物の私物等が必要だ。
更に爪や髪の毛などの肉体の一部となれば、更に長い年月の過去を追跡することができる。今回は肉体の一部を得ることが出来なかったので、錬金術の成果物に手を出したとの話だった。自分は何度か、魔法を介さないケースの錬金術の授業に出ているが、出来上がった成果物はどれも失敗作だった。魔法が使えない云々よりも単純に、科学加工の技術が劣っているのである。その失敗作は共同のゴミ捨て場に破棄していたのだが、ルークはこっそりそこから拝借したのだろう。
ルークは錬金術で製造された物品を頼りにユニーク魔法を使ったと述べていたが、失敗作とは云えども創造主の如く製造したがゆえ、数か月以上の前の足跡でも辿ることが出来たのであろう。
「あんたの眠っていた棺桶の蓋にはこう書かれていたわ。『ワイルドハント、ここに封ず』。あなた……異世界人であることはまあ良いわ。それはおいておきましょう。あなたの正体は何者なの?」
「それは……何と云われても、どう申し上げて良いものか……」
「あなたは魔法が使えない普通の人間だと云うのに、不明瞭な部分があまりにも多いの。どこの世界からきて、いつの年代の人間なのか。私は『見える』タチの人間だけど、あなたは黒いモヤは学園の生徒、教師、そして非魔法士とは明確に異なったナニカよ。最初、それは異世界人であるがゆえの特徴なのだと思っていたのだけど、棺桶の蓋に刻まれていた言葉を加味するならば話が違ってくるわ」
「黒いモヤ?」
「今そのことはいいのよ。話に関係ないのだから。私が気になっているのは、異世界人である前提を越えたあなたの正体。これに尽きるわね」
「…………。一応聞きますが、他の生徒の棺桶には文字は刻まれていなかったのですか?」
「ないわね。やる必要がないもの。だけど、あんたが眠っていた棺にはあった。正直、不可解過ぎるのよ、あなたの存在と云うのは。それに――」
沈黙。
ヴィルは今から云うことは自分でも躊躇い渋面を作るほど嫌なことなのか、一旦間を置いた。憎まれ役を買っている……本当はこういったことに触れたくないと思いながらも問わずにはいられないのだ。
「……私がナイトレイブンカレッジに入学して数年……あなたが現れる前までは、まあ……普通の学園生活だったわ。だけどトラブルメーカー……あなたが学園に姿を現してからすぐにオーバーブロット事件が起きた」
リドル・ローズハート。
規律に縛られたがゆえの暴走。
勉学に勤しむ彼に対して効果を発揮していたであろう、百年のまじないさえ無意味な結果に終わるほどのストレスを抱えていた。
ただその一件だけならば、自分の存在を不思議に思うことはなかったのだろう。
無論、疑問は残るだろうが……。
「次にレオナ、アズール、ジャミル……期間は短期間かつ立て続けにオーバーブロット事件が起きている。正直なところ、あんたに何かしらの原因や作用がもたらした結果なんじゃないかって思っているのよ」
「……それは……いえ、ちょっと待ってください。レオナさんはともかく、アズールさんとジャミルさんのオーバーブロット事件まで把握しているのですか?」
「学園長には云ってないわよ。ブロット化は魔法士にとって恥、ですから。生徒たちにも無暗に他言はしていないわ。そこは安心してちょうだい。ただ、分かるのよ。ブロット化した者は独特の雰囲気が残っているものですから。黒いモヤと似たような残滓が纏わりついていた。私には『見えて』、分かるのよ」
誰にも云っていない。
それら申告は自ら行うべきである。
ヴィルは相手の意見を尊重して、無言の姿勢を貫き通しているのだと云う。それは学園そのものに対する不信感から来ているのだろう。安易に信用ならない。ここは、あまりにも不気味な場所だから――とヴィルは思っているのだ。
「ともかく、あんたが現れてから魔法士にとって一番陥りたくないオーバーブロット事件が多発するようになった。棺桶の蓋に刻まれた『ワイルドハント、ここに封ず』……改めて再度聞くわ。あなたは、異世界人。魔法の使えない異境の住民。だけどそれよりも深く……この世界に招かれるまであなたはどういった人間だったのか、それを知りたいの」
「……どうと云われても、正直答えようがないです。普通の人間としか答えられません。朝起きて、ご飯を食べて、ホログラムスマホの娯楽を楽しみ、夜は就寝する。どこにでもいる普通の人間なんです。特徴のない人間なんです。ここにきた『当初』は、とにかく珍しがられて……グリムを押し付けられ、今で云うところのオンボロ寮に入れられて……」
ここに来た当初。
ヴィルはその言葉に一種の疑問を抱いた。
「自分でも、己はどういった存在なのか分からない所があります。記憶があやふやなんです。記憶喪失と云うわけではないですけど、長い年月を過ぎれば過去の出来事、思い出は朧気になる。ただ同じことを繰り返しているかのような……ループ? いや、違うな。リセットされたような感覚が自分の中にあるんです」
答えられるのはこれだけ。
ヴィルはその事実を把握すると、溜息を出した。
「あんたでも自分自身のことが分からないと云うのね。何か魔術が掛けられているのかしら?」
「それは分かりません。ただ、永い眠りから醒めたような感じがあります。起床した時、夢の内容は高速で過ぎ去っていくから覚えていない、みたいな。そもそも夢は体感としては長いものですけど、実はたった数秒の出来事。自分にとって過去と云うのは、数秒で経験した夢のような出来事のように、深く記憶できていないんだと思います。夢は場面の移り変わりが早いものですから」
「夢、ね……じゃあ、既視感……デジャヴのような経験はないかしら? 記憶があやふやだけど、これは何となく知っているみたいな出来事はないのかしら?」
「既視感『は』特にありません。無意識のうちに感じているかもしれませんが、自覚していない以上、ないものと考えていいと思います。ただ……新しくなったなと思いましたね」
「新しく? 何が?」
「学園」
「……ナイトレイブンカレッジは創立百年の古い学園なのよ。新しいだなんて、なんだか見当違いな感想ね。あなた本当に何なの?」
「それは答えられない。記憶が、確かなものじゃないから。真新しく感じたんです。そう思ったのは、生徒が普通に魔法を使っているからかな?」
「……まるで堂々巡りね。自分の尻尾を追いかけ続ける犬みたいだわ。話し合いはこれまでにしておきましょう」
「助かります」
「じゃあ、次はこのオンボロ寮について調べたいのだけど良いかしら? 偉大な精神性を有する寮の成れの果て……ここがどういった場所なのか調べておきたいのよ」
「それは構いませんが……」
自分は承諾の返事を出しながら、どうしてあの三人組同様、このオンボロ寮に深い関心を示しているのか分からないまま、首を捻るのだ。
「調べるといっても安心して。あなたの私室には入らないわ。私物も漁らないようにする。ただ軽くぐるっと見ておきたいのよ」
首を捻った部分は私物云々に関するものではなかったのだが、ヴィルは安心させるようなことを宣言する。自分は「グリムは今、自分の部屋で寝ていますからね。ありがたいです」と返事を出しながら、ポムフィオーレの三人たちは自身が寝泊りしている部屋を除外した建物全体の捜索をはじめるのであった。
結果として、ハッキリとした目ぼしきもの……注目に値するものは発見することは出来なかったが、オンボロ寮の裏庭に処分待ちの古びた拘束具付きの古びたベッドを見た時、ヴィルは「なんでここにもあるのよ」と呟いたのが忘れられない。
ポムフィオーレの三人が去った後、この寝具をどうにかしなくてはならないと思いながら、厄介な荷物に頭を抱えるのであった。




