Welcome to the Villains' world-4
猫の手は借りられない。
激しい雨漏りを何とかすべく談話室から仄暗い廊下に出ると、お化け屋敷が広がっていた。談話室には光源があり、その上ある程度掃除したので慣れていたが、そもそもここは廃墟であったことを強く自覚するのであった。
「何か、音した……?」
おっかなびっくり、差し足抜き足忍び足。恐る恐る内部を探索していると、白いものが目の前を掠めた。廊下にはカーテンなどといった気が利くものはかかっておらず、見間違えるはずがないと素早く周囲を見ていると、三匹? 三人? いや、三体の霊が現れたのである。霊体のそれぞれは自由に宙を舞いながら意地の悪そうな笑い声をあげ、生身の客人の来訪を喜んでいた。
自分はたまらず、「出たー!」と大声を出すと室外の騒ぎを聞きつけ、グリムが顔を出す。最初は不思議そうな表情をしていたが、三体の幽霊に気付くと、自分と同様に叫び声を出すのであった。
「ここに住んでた奴らは俺たちを怖がって、みーんな出ていっちまった」
「俺たちずっと新しいゴースト仲間を探していたんだ。お前さん、どうだい?」
ゴーストからの仲間への勧誘。
肉体を捨て幽霊の身体になり彷徨わないかと、死の誘いを受けている。グリムを見ると恐怖で涙目になり、尻尾は後ろ足の股に隠れていた。猫か犬か忘れたが、その動作は恐怖のサインである。グリムはパニックに呑まれつつも完全に恐ろしさに呑み込まれないようにしながら、己を鼓舞しながらお得意の青い炎を放つも軽々しく避けられてしまった。
幽霊が出現と消失を繰り返す中、グリムはゴーストらを追い払おうと躍起になって青い炎を出している。その様子を観察して気付いたことがあるのだが、どうやらグリムは炎を吐いて攻撃する時、目を閉じているのであった。幽霊を恐れる恐怖か、それとも単純に癖なのか分からないが、瞼を閉じて攻撃していては当たるものも当たらないはずである。
グリムは攻撃している時に、目を閉じている。
そう指摘するも、指図をするなの一点張りだった。
「もしも、幽霊を追い払えれば学園長を見返せるかも。お買い得な人手をご用意しております」
「ぐ、ぬぬぬ」数に翻弄されるグリムがこちらを向いた。「オイ、オマエ。お化けがどこにいるかオレ様に教えるんだゾ!」
「任せて……左側に出た!」
自分は暗がりに隠れていた幽霊の一体を指さす。その鋭敏な反応は予想外だったのか、幽霊の一体に炎が当たり、熱がるような声を出す。
「この炎は……」
グリムの一撃を食らったゴーストは、これまで余裕綽々だったのに急に顔色を変える。今までのは単なるからかいごっこのちゃんばら遊びだったのに、まるで本物の銃口や刃物を目の当たりにしたかの如き反応であった。
「そこにいる!」
半ば茫然とする幽霊の群れに向かって、自分はグリムに指示を出す。グリムの口元から放たれた火球が三体の幽霊の皆に直撃し、ダメージと云う明瞭な反応を示した。炎が小さくなる頃には姿を消し死角を狙って現れるのだが、幽霊特有の足のない尾鰭が視界の隅を掠めた瞬間振り返り、ひっそりと忍び寄る死の気配をグリムの炎が遮断する。
グリムが大きく息を吸い込んで最大火力の炎が迸る中、もう遊びではなくなったゴーストたちが慌てふためく。
「あの炎で俺たちは消されちまう! 逃げろ!」
ゴーストたちは炎の攻撃が恐ろしいのか、透過して逃亡する。少し早過ぎる撤退であるが、こちらは恐怖の存在を打ち払うことに成功した。疲労の中、勝利を確信し疲労を自覚していると、革靴の音を立てて学園長が現れる。
「こんばんはー。優しい私が夕食をお持ちしましたよ……って、それは先ほど入学式で暴れたモンスター! 追い出したはずなのに、何故ここに!?」
呑気そうな声から一変して、驚きの声色に変わる。まるで一度捨てた人形が、手元に戻ってきていたかのようなリアクションだった。
「フン! オレ様がお化け退治してやったんだゾ! 感謝しろっ!」
本当は怖かったのにまるでその事実を忘れたかのように、どや顔で腕組をしながら云い放つグリム。自分はグリムの口から仔細を説明するには、誇張交じりの武勇伝となってしまうと危惧し、先んじて非常に簡素な説明を行った。
「ああ、そう云えばこの寮には悪戯好きのゴーストが住み着き、生徒たちが寄り付かなくなって無人寮になっていたのを忘れてました」
「ねえ、先生ちょっと待って。ゴーストを忘れてたって……ねぇ」
「しかし、ふぅむ……あなた達二人で協力してゴーストたちを追い出してしまうとは」
「先生明らかに話無視してるでしょ? 本当は聞こえてるでしょう?」
「お二人さん、ゴースト退治もう一度見せてもらいます?」
無視された。
自分は学園長に色々と云いたいことがあるのだが、今は一旦それを呑み込んでおくことにする。
「ふな? でもゴーストは全部追い払ちまったんだゾ! それより、ツーナーかーん!」
「ゴースト役は私がします。私に勝てたらツナ缶を差し上げましょう。私、優しいので。では、変身薬を」
学園長は胸元から硝子製の瓶を取り出したかと思うと、躊躇なく蓋を開けてその中身を飲み干した。一瞬、彼の全身が光ったかと思うとそこには学園長っぽい姿をした、白い幽霊がいる。意地でも素顔を見せたくないのか、相変わらず仮面を装着していた。
「ええ~……何か嫌なんだゾ。さっきと同じことしたくないって云うよりも、その幽霊の姿がなんかちょっと……」
「分かる。学園長の幽霊って何か嫌だよね。意地でも執念で道連れにしてきそうだし、復讐相手の愛娘や大切な人の身体を奪って復活しそう……あと、滝とかに人を突き落としてそうだよね」
「どんな評価ですか、あなた達! この変身薬、少々値が張るんですよ。それなのに、私は二人を見定める為だけに使うだなんて。なんて優しいんでしょう!」
「それにめんどくせーし……またコイツと一緒なんて……」
「さあ、ゴーストに変身した私を退治するのです」
「学園長ってホント人の話聞いてませんよね……」
最早、諦めた。
白いゴーストに薬を使って変身した学園長は、音もなくグリムに急接近する。自分は驚いて目を丸くしながら青い炎を吐くが、ヒラリと躱されてしまった。幽霊体となった学園長はグリムの背後に出現するのだが、自分が相手の場所を指摘すると中ぐらいの火球が白い身体を掠めるのだ。
「これは……この性質はまるでワイルドハンドの……なるほど、だからゴースト達は……仮で幽霊になったとはいえ、一応防衛魔法を張っておきましょうか」
「なぁに、ごちゃごちゃ云ってるんだゾ!」
自分の指示でグリムが正確な位置に炎を飛ばす中、学園長の動きが早くなっていく。重力の動きを無視した非物理の霊体は壁に埋まったかと思うと床下から現れ、足元に注意を向けた途端、壁近くの暗がりから出て来る。しかもいつの間に呼びかけたのか、一度は追い払ったゴースト三体と協力しながら連携プレーを見せるのである。
やがて……グリムが青息吐息、疲労困憊の様子を見せた頃に、単純に薬の効果が切れたのか、もしくは意図的に実体に戻ったのか不明だが、こちらを見ながら感心したかのような声を出すのである。
「使い魔ではなくなんと……まさかモンスターを従わせることが出来る人がいるなんて」
使い魔とモンスターの違いとは何だろうか。
自分の中にまた新たな疑問が生まれた。
「ふうむ……実は入学式騒動の時から、私の教育者のカンが云っているんですよねぇ。あなたには調教師や猛獣使い的な素質があるのではないか、と。しかし……」
「あの」
どうせ話しかけても無視されるだろうなと思いながら自分は云う。
「グリムも一緒に、この寮に置いてもらうことはできませんか? 自分はともかく、グリムはこの学校に通いたがってる――「なんですって? モンスターを?」
「あ、先生やっぱり話聞こえてたんですね」
先程熱心な独り言をブツブツ云っていたのに入学の言葉は、光の速さで反応した。やっぱりこの人、話を意図的に無視しているだけだ。だが、それを指摘糾弾することよりも……。
「お願いします!」
自分は勢い良く頭を下げた。角度は綺麗な九〇度。最敬礼という奴だ。
自分としては渋い反応を示されれば最悪、地べたに額さえ擦り付けてごねる予定であったが、学園長は深い溜息と共に許可の声が出る。
「ほ、本当か?」
願いの許可はグリムでも意外だったのか、驚きの声が紡がれる。自分は下げていた頭を上げ、学園長を真っ直ぐ見詰めた。
「しかし、闇の鏡に選ばれなかった……しかもモンスターの入学を許可するわけにはいきません。あなたについても、元の世界に戻るまで何もせず居候させるわけにはいかない」
「なんだぁ……ぬか喜びなんだゾ……」
「まあ、話は最後まで聞きなさい」
学園長は云う。
「あなたの魂をこの学園に呼び寄せてしまったことに関しては、闇の鏡を所有する学園にも責任の一端はある。とりあえず当面の宿については、ここを無料でご提供します。ですが、衣食住については自分で支払っていただかぬばなりません。手ぶらのあなたが差し出せるものと云ったら……」
まるで悪魔と契約しているかの如き、嫌な笑い声。一体何を所望しているのか……心臓か、肝臓か、手足か、指なのか。警戒心を丸出しにしていると、警戒した様子に呆れられる。
「そんなに身構えなくても、学園設備などの雑用をこなしてもらうだけです。あなたは見たところ、掃除の腕は中々のようですし、ひとまず二人一組で雑用係はいかがです?」
何故、それを知っている。
そして、いつの間に談話室を覗いたのだろう。
この建物内で掃除をした場所と云えば、そこしかなかった。
「滞在中、元の世界に戻るための情報集めや学習のために、図書館の利用も許可しましょう。私、優しいので」
ただし、仕事が終わってからですよ。
学園長は、説明中に浮足経つグリムに念を押すように云った。




