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ティレシアスの水仙-3

ホリデー期間の終了後、いつもの学園生活に戻った自分らは今現在、エースとデュースをオンボロ寮に招き入れて雑談を繰り広げていた。


自分は闇の鏡を通ってロストタウンの博物館に赴こうと、足を向けたことがある。しかしその結果は裏の世界に招かれる予想外の結果を招いてしまった。その時に、学園長から渡されたスマホでエースとデュースの二人にメッセージを何度か送ったのだが、表の世界に戻った瞬間、こちら側の一方的な返事の投げつけに返事が返って来たのであった。


今更ながら……ではあるが、海へ放った便箋入りの瓶に返事が返って来たかのような感慨の中、二人から帰って来た反応と文言を見ると、その内容は我が身を非常に心配したものであった。自分は半ばうれし涙を堪えながら、「もう大丈夫」だと安全である旨を伝えたのであったが、冬季休暇が終了してもなお、直接対面しない言葉だけでは不安だったのか、学園に帰還してから間もなくハーツラビュル寮に荷物を置くよりも前に、オンボロ寮に二人は現れた。


「監督生、俺はどれだけお前を心配したことか。緊急メッセージに気付いたのは番飯を食ってすぐ……時差はあったわけだけど、お前が『大丈夫』だと返事を返すまでの間、コイツに連絡してどうしようか随分悩んだんだぜ」


「そうだぞ、監督生」デュースは頷く。「俺はエースとは違い、数秒でメッセージに気付いたが……僕が返事を出しても一向に反応が返ってこない。焦っている内にエースの方から連絡が来てな……このまま一晩、無反応だったら学園に戻ろうか……そんなことまで話し合っていたんだ」


「ディアフレンド……」


自分は我が身を深く心配してくれた二人に対して、感涙の言葉が漏れる。そして、この説明は何度目になるのか分からないが、「裏から表の世界に帰った途端、数十通のメッセージが怒涛の勢いで来た」と告げるのであった。


「それにしても、『裏の世界』か。2Dの風景が広がるモノクロの街。ロストタウンを模したと思われる次元の裏側……妖精の丘周辺の人間の住む村や町にもそういった伝承やおとぎ話が残っているが、まさか賢者の島にもあるだなんてな」


「妖精の丘……?」


デュースの言葉に自分は首を捻ると、彼は一口に「妖精たちが住む郷だ」と説明してくれた。


「妖精と云えば、魔法の類に秀でた種族だ。百年戦争の際、鉄が……魔道工具である近代武器が持ち込まれたことにより、敗戦したと聞いている。異星人である監督生には馴染みのない話だろうが、この世界生まれなら誰でも知っている話だな」


「百年も前の戦争だけど、たった百年前の戦争の話でもあるからな」


エースは割り込む。


「その昔、妖精の丘周辺では魔法使用の負荷で、周辺の自然環境が狂っていた。魔法の燃費は自分の魂、材料は時間や時空といった現実性のテクスチャを無理矢理転換して、現実に定着化させる。科学の入り込む余地のなかった未開拓の場所では、長年の魔法の使用によって妖精の丘は……丘周辺ではなく、近接する村や町では行方不明事件などが多発していたってわけ」


世界の裏側、モノクロの町……そこの博物館にいた剣曰く、ナイトレイブンカレッジも学園周辺に強固な結界を構築することによって、上記の事態に陥らないように対策していると聞いた覚えがあった。日常生活の延長のような、小さな魔法の使用とは云えども、長年積み重なった現実性の脆弱さは隠せるようなものではなく、結界と云う分厚い壁を構築することによって次元の狭間の入口を塞いでいるのであった。現に、塞の神のように学園内には奇妙なオブジェクトが数点飾られているが、あれが結界の要なのだろうと推測される。そのオブジェクトはガーゴイルといった彫刻品なのだが……。


「妖精の里は内部ではなく、外部にも影響を及ぼしてたんだね。行方不明……自分が世界の裏側へ行った時のように、次元の狭間に吸い込まれちゃったわけか……」


「なあ、監督生……神隠しや取り換え子伝説については知ってるか?」


「神隠しは知ってる。自分のいたところでは、天狗の仕業とされてたよ。実際は妖怪じゃなく、修験者が見目麗しい子供を浚って適当な年齢に差し掛かったから村に返すような話がある。取り換えっ子は、産婦人科による不手際、ミスかな。実際に子を間違えて、実親じゃない人に渡しちゃうような事件はあったみたいだよ」


「テングやシュゲンシャって云うのはよくわかんねえけど、監督生の世界にも似たような話があるんだな。一応聞くけど、元居た世界にも魔法はあったりするのか?」


「多分、ないと思う。魔法や魔術が使える人間がいたとしても、タネや仕掛けのある手品や奇術ばかりで。尋常ならざる運の巡り合わせ、奇跡の体現者らしき伝承はあったとしても、それが本当の話なのか分からない」


果たして、自分のいた世界では魔法はあったが衰退し消滅したのか、もしくは密かに現代でも存在し続けているのか分からない。とりあえず確信あって云えることは、自分には魔法が使えない、ということだけであった。


「……とりあえず話を戻して、妖精の丘内部外部は現実性が酷く脆くなった環境だったんだ。妖精は元来、魔力総量が多い種族、大掛かりな魔法をよく使用する。天候の魔法なんかが顕著だな」


作物が育たない時に、魔法で慈雨を齎していたと云う。


人間が天候の魔法を使用し、自在に支配するにはかなりの実力者でないと難しいとの話であった。相当熟練された腕前が必要なのだと云う。


「妖精にとって天気なんざ、気分ひとつで変えられる単なる空模様に過ぎなかったわけだ。今はどうなのか分からないが、妖精の歴史において旱魃や暴風、雷雨、突然の驟雨なんて知ったこっちゃない。今日の天気が気分にそぐわないものであれば、杖を一振り。猛暑の日差しも、冷徹な凍えもなく、春のような陽気、秋のような陽だまりの気候を一年中保持していたわけ」


「春と秋か。一番過ごし易い時期だね。でも……季節は地域差こそあれども、移ろい変わっていくものなんでしょ?」


珊瑚の海と云った名前から温暖な地域でさえ、冬になれば流氷が発生するのだと云う。地球に住んでいる以上、季節の移り変わりは致し方ない当然のサイクルだのに、都合の良い気温をキープし続けられるものだろうか。


「珊瑚の海の流氷は、妖精の丘が一年中都合の良い気温を維持し続けたことによる代償みたいなもんだけど……夕焼けの草原も同じく。率直に云えば、妖精は自分たちの夏と冬の時期をほかの地域に押し付けているんだ。春と秋だけの都合の良い季節だけだなんてあり得ない。自然じゃ不可能だ。だからこれは気温を操作していた魔法による効果。妖精たちは丘の中で好ましい気温を魔法で維持し続けていた。その影響……最早、悪影響と云っていいな。その所為で周辺地域だけでなく、地上だけではなく海底にまで影響を及ぼし戦争にまで発展したんだよ」


妖精の丘周辺では、次元が狂い――。


本来温暖な地域では、流氷が押し寄せる負債を強いられている。


「妖精の丘では、今ほど好き勝手に天候を操ってはいないと思うが、それでも未だ影響の余波は続いている。僕が子供の頃、近所の子供らが集って遊んでいた空き地があるんだが、三百年以上前の人間がふらっと現れた、なんて事件があった。当時、放浪者は記憶喪失か何かだと思っていたが、よくよく話を聞けば妖精の丘周辺の消滅した村の住民であったことが後々に判明した。妖精の被害者……生き証人みたいなものだな」


「まるで、浦島太郎だね」


ご存じの通り、浦島太郎は竜宮の乙姫に会いに行き、海底から地上に戻れば長年の歳月が過ぎていた。


そのような出来事が未だなお発生し続けていると云うのなら、戦争は終わった……次元を狂わせたり、遠い地域に負債を強いるような出来事が続いていると云うのなら、再び戦争の火蓋がきられるかもしれない。そこばかりは、この世界の住民ではないと分からないことばかりであるが。


「妖精の丘周辺で次元の狭間に巻き込まれ、数百年後ひょっこり姿を現すだなんてそう珍しことじゃない。と云うか、妖精が気ままに天候を操作する現実性の脆弱化の問題で、一体幾つの村や町がなくなったのか……」


村や町。


人一人たる個人ではなく、そのような大規模にまで及ぶ話なのか……と、自分は内心思うのであった。


「次元の狂い、負債の押しつけ……このまま妖精が自由気ままに魔法を使用し続ければ、人類全体に深刻な被害が及ぶ。そう判断して、とある国が兵共を集め戦争を起こした。これが百年戦争の正体だな」


後に、歴史上偉大な『開拓』として記録されている。


――と、デュースは話を纏めるのである。


「だから俺たちホントびびったよ。妖精の丘周辺であったような次元の狭間に、監督生が巻き込まれたんじゃないかって。下手したら数百年……いや、一生戻らないかもしれない。次元の迷い人なんてそれこそ、根深く連綿と続く行方不明事件そのもの、だからな」


「ああ、アレは本当に焦った。妖精の丘周辺ならともかく、学園周辺でも起きるようなものなのかと驚きもしたよ」


本来なら、妖精たちが多く住まう丘で今起きてもおかしくはない一連の行方不明事件。まさか似たような……類似した出来事に遭遇するだなんて、予想外の一言だろう。


……一応、自分は裏の世界にいた時に学園長に連絡を入れ、表の世界に戻り、連絡を取り合った。どうして次元の狭間へ巻き込まれないように強固な結果が張られていたと云うのに、斯様な出来事が起きたのか。学園長の見解による言葉によれば、「アーシェングロット君がイソギンチャクたちに命じていた奇行で、次元の狭間の扉が……瑕疵、穴が開いてしまったのでしょう!」と云うことだった。念のため自分も、アズールに沢山のしもべに奇行としか呼べない行動をさせていた理由を尋ねると、肯定の返事が返って来た。


『……僕は学園そのものに信頼を置いていませんからね。入学した頃から感じていた、学年内の空気そのものに対する違和感。何かあると思って、よくある手段、グリッジ行為をしたまでなのですが……監督生さんを巻き込んでしまったことは深くお詫びします。あなたが元の世界に戻れるよう、無条件で協力しましょう』


……と云うのが、アズールからの返事であった。


そして、更に問いただせば……。


『グリッジ行為とは何なのか……電子ゲーム用語なのですがね。使い方が一緒だから便宜上、そう述べているだけです。もっと相応しい名があると思いますが、今はこれを通します。僕は現実性のページの裏側に何か隠された宝がないかと思い、テクスチャを剥がす行為をしもべに命じて働いていました。宝を探している理由ですか? とある物が博物館に飾られているのですが、それと物々交換をするために捜索活動をしていたのですよ』


『学園内にあるガーゴイルが結界の要であることは、入学時から分かっていたことですが、その彫刻を下手に調べれば力場が狂う可能性がある。一応、妖精の丘周辺でよくあったような大規模な消滅だけは引き起こさないようにと細心の注意は払っていました』


『グリッジ行為の効果があってか、ロストタウンの博物館に行こうと闇の鏡を通った時に、監督生さん……それとスカラビアの両名も巻き込まれる形で裏の世界へと吸い込まれてしまったわけですが……ええ、ええ……危険ですからね。もうこの行為はしません。だけど、やはりこの学園にはナニカあると確信は抱きましたよ』


とのことだった。


ちなみに学園長には世界の裏側へ行ってしまったことは通知しているが、ジャミルのオーバーブロットの件と、喋る剣のことに対しては情報を漏らしていない。アズールが学園に対して不審を抱いている影響ではないが、個人的な判断としてこの二つの情報は伏せた方が正しいと思ったのである。


そして、留年生の成りの果てのことも無論……。


「まあ……五体満足、精神状態も安定して戻ってきたのは、幸いだったな」


「ああ、最悪、手足だけが戻ったとか、全身が帰還しても精神が錯乱した状態のまま一生を終えた人もいるぐらいだからな。監督生が無事で本当に良かった」


「ありがとう、ディアフレンド……って、そんなことあるの……手足だけとか、錯乱状態のままってあり得る出来事なの?」


「……次元の狭間がどういった空間なのか、未知の領域、ブラックボックスなんだ。長年放浪する間、精神に異常を来たしたり、全身が戻れないことだってある。次元の狭間にしか住んでいない魔物だっているかもしれない。つまり、何があるのか分からないんだ。そうなるのは、当然だろ……?」


「え……普通に怖い……」


本当に、本当に本当に無事で戻ってきてよかったと思う。


自分は脅かされたかのような、ほっと安堵の溜息を出す中、重苦しい話題を避けるように、「そう云えば監督生、俺さ~」とエースがニヤニヤ笑いながら云う。企みではなく……どこか悪戯めいたその笑みには嫌な感じはない。そして不意に思い出すのが、裏の世界の墓場……トラッポラと名乗った人物。


容易に口に出来ることではないなと思った。


「どうしたの、エース。ニヤニヤなんかしたりして」


「俺……お前の緊急の報せを聞いた影響か、実はユニーク魔法を会得しました~」


「なっ! お前もか!」


エースの言葉にデュースは飛び上がらんばかりに驚いた。


「僕は監督生の報せを受ける前から、兆し……兆候らしきものがあったのだが、まさかエース、お前もユニーク魔法を習得しているとは……っ!」


「え、何……デュースの馬鹿もユニーク魔法使えるようになったワケ? なんだソレ、つまんねえな。俺だけって思ってたのに」


「まあまあ落ち着いて。二人が魔法士として更に実力が上がったのは、嬉しいよ。それで、どんな魔法が使えるの?」


「ん~、内緒。って云うか、まだ完全に使いこなせるわけじゃないからな。完璧に使えるようになったら、教えてやるよ」


「僕は完璧に使えるぞ。ただ、ユニーク魔法の発動条件が中々特殊で……しかも監督生まで巻き込んでしまうかもしれないから、お披露目はできないな」


「本当は使えないんじゃねえの?」


「違う! 本当に発動条件が特殊なんだ……そのニヤけた顔をやめろ!」


二人が和気藹々とした平和な口論を続ける中、不意に完全に新調したドアベルが鳴り響く。そのブザー音を耳にしても両者の好ましい会話の応酬は止まることはなかった。自分は会話のやり取りに夢中になり聞こえてはいないだろうが、「誰か来たから出るね」と一言残して、応接間から廊下に出る。この廊下も小奇麗といった表現を出して良いほど、綺麗にまとまり片付けられていた。


自分はもう軋む音も、沈むように弛むような様子を見せない、真新しく新品な廊下を進む。その最中、訪問のベルが何度か鳴らされたのであるが、数分も経っていないのに随分とせっかちなお客さんだと思いながらドアを開けると――。


「ちょっといいかしら」


美しい青年が立っていた。


その青年はじろりと自分を見下ろしたかと思うと、「毒の君、乱暴はいけないよ」とおかっぱ頭の金髪が後ろから詰め寄る。その更なる背後には薄い紫色の髪色をした生徒が立っている。


「えっと、どなた……でしょうか?」


「私はヴィル。ヴィル・シェーンハイト」


ポムフィオーレの寮長よ――と、やつれた顔を隠すことなく彼は名乗るのだ。


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