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ロストタウンの囁き-11

ジャミルのオーバーブロットが収束すると同時に、ぷかぷかと水面を浮かんで流されていた剣は立ち上がり、博物館で見たような垂直の姿勢でいた。カリムは離れた屋根瓦にいたジャミルを背負いながら、こちらの方に戻って来くる。気の所為か、ジャミルとカリムの二人の表情は何故か晴れ晴れとしたもののように見え、わだかまりを解消したかのように見えるのであった。


「なーんかラッコちゃんとウミヘビくん、スッキリした顔してない? 俺としては釈然としないんだけど」


自分と同様、フロイドは同じ感想を抱いたのか斯様なことをポツリと呟く。これまで水中戦を繰り広げていた彼ではあるが、ジャミルのオーバーブロットが収まると同時に、自身の身体で縛り上げていた黒蛇は霧消して消失し、人魚から人間の姿に戻って屋根瓦の上に座っている。


ジャミルを背負って水の中を渡って来たカリムであるが、水から引きあげられたジャミルに目立った外傷はないものの、内面は満身創痍の状態だった。獣性をむき出しにしたオーバーブロット……ユニーク魔法を連発する大暴れ。ナイトレイブンカレッジの保健室は使えるかどうか、そもそも本格的な治療のために病院に入院させた方が良いのではないかと思いながら、ジャミルを眺める。端から見て、しばらくの安静が必要なように思えた。


「これで事件は一段落。子供たち、後は元の世界に戻る必要があるわけだけど……」


「結局、それですよね。多少……多少で済むのか? 想定外のトラブルに巻き込まれましたけど、本題は解決していない。自分たちはどうやったら、この裏の世界から脱出することが出来るのでしょうか?」


「水鏡さ」


剣はそう云いながら、その切先を付近の水面に向けた。水鏡と云えば、ゴーストカメラを使用した時に、恐らくではあるが元の世界を見る事が出来た。これまでフロイドらはどこにいたのかと、それとなく尋ねると彼はこう答える。


「俺たち、闇の鏡を通ってロストタウンに行ったじゃん? 俺たちは直接博物館に行けたんだけど、小エビちゃんたちがいねえの。何かトラブルに巻き込まれたのか、それとも先に博物館の中に行ったのかわからねえけど、結構探し回ったよ」


闇の鏡を通過した後、いつもの三人組しかいない。本来いるべきである同行者がいない状況に、特にアズールは大慌てで探すよう声を出していた。イソギンチャク事件の時、学園内でグリッジ作業を行っていた事が要因や起因となって第三者が何らかのトラブルに巻き込まれたと察知したのだろう。


その想定は大当たりで、一度は学園に帰還……学園内を探し回ってもいないことが分かると、次は本来の目的地である博物館に入る。その時、施設の隅々まで探し回っていたのだが、どこを探しても見付けることは出来ない。


このままどん詰まりの状況……かつて自分が引き起こした行動が原因で行方不明者が出たと、責任感と後悔を抱きながら一旦冷静になるために博物館のトイレに駆け込んだアズールであったが、その手洗いの鏡面を見ると自分の姿ではなく、裏の世界の博物館で自分とグリム、そしてスカラビアの二名を見付けることが出来たという。


アズールらは鏡面を叩き、自身らの存在を向こうの世界へ主張したらしいのだが、いくら声を出したとしても気配さえ察知してくれない。その上、博物館から皆の姿はなくなり剣だけが鏡面に映ったライブ映像だけが映る中、思うまま行動できない事実にやきもきした気持ちを抱いていた。我慢がならない現状に足踏みをし、実際アズールはうろうろと狭いトイレを動き回り、皆を連れ戻す方法を全力で脳をフル回転していたところに、トイレの鏡面から突き出た手を目撃する。恐らくその手は自分が鏡合わせをして、壁を通過し次元を超えた時に突き出した手と思われる。


その手を目撃した時、元の世界へ引き戻そうと思ったが、裏の世界の引力と述べるべきか……無我夢中で動く自身の手はフロイドを掴んでいた。フロイドは全力でこちら側へ戻すつもりであったが、裏の世界へ引き寄せる力は抗えないほど強く、その様子を見たアズールは「扉は維持するから行け!」と発破する声を口火に、あちら側へ吸い込むような強烈な引力に逆らわず突入したと云う。ちなみに、自分が化け物じみた力を持っているわけではなく、この世界そのものが招き寄せる引力を持っており、自身は特別怪力なわけではなかった。


「さあ、君。そのカメラで水面を見たまえ。あちら側が扉を維持してくれているのなら、自然と元の世界に戻れることであろう」


「あのう、もう一人連れて帰りたい人がいるんですけど」


「ほう。それは誰? 他に同行者がいたのかな。そいつは大変だ。探さないと、だね」


「同行者じゃないんですけど……博物館近くで穴を掘っている人がいるじゃないですか。あの人も連れて帰りたいです」


「それは駄目だよ」


冷徹な声。


一切を遮断するかのような、譲歩も融通も利かない硬い声であった。


「絶対にダメだ。出してはいけない。通してはいけない。ここから出しては、いけないんだ」


「それは、将来オーバーブロットする可能性が高いからですか?」


レンズ越しで見た、裏の世界の本当の姿。


そこには学園から卒業する事なく留年したオーバーブロットの成れの果てが、いた。確かに剣の云う通り、他人を殺めてしまう可能性があるのであれば、この場に封じておくのが正解かもしれない。その昔、魔法士以前の庭師と呼ばれていた魔法使いたちは……地域によるが人権なき迫害を受けていたと聞く。イメージダウン……それどころの話ではないが、各地に散らばった将来の危険性を有する人物を連れ出すことを禁止する。封じ込めておくことは正論だ、正論なのだが……。


「それもあるがね。そもそも君……考えてもみたまえよ。どうして留年生の成れの果ては、カメラ越しでようやくやっとその姿を見ることが出来たのかな? どうしてそこまで姿が隠されているのだと思う?」


「え……それは……」


「端的に述べてオーバーブロット以上に隠したいことがあるからだろう。そもそもここに落ちて来た者は獣性をあらわにする暴走よりも重要視されたのが、『危険思想』。とある魔法を使う可能性があったから、閉じ込められているんだよ」


魔法士。


時間を消費し、空間を捻じ曲げることによって、現実世界に想像を定着化させ実現させる。


ここにいる者たちの『危険思想』とはなんだろうと疑問に思うが、剣は決してそれ以上言葉を重ねて教えてくれることはなかった。多少、直接戦闘にでるなど出張ったことをしてしまったが、自分はあくまで物語の解説役だと傍観者の立ち位置を崩さないのである。


「さあ、いきたまえ。早くしないと元の世界へ戻る扉が閉じてしまうよ。いくら表の世界が扉を維持しているといっても、時間は無限じゃない。有限なのさ」


「はい……分かりました」


これ以上、得られる情報はない。


自分はそう判断しながら、ゴーストカメラを取り出す。それは水面に向けられるべきものであるが、自分はふと気紛れを起こして剣の方を見ようとした。剣は、不可視の存在がいると述べていた。そしてペタペタと響く足音といい、幽霊のような存在であれば成れの果てと同様その姿を見ることが出来るんじゃないかと思ったが、カメラを向けようとした矢先、見えない力によって阻止されてしまう。姿は見えないが、カメラを鷲掴みにされたのだろう。


「悪戯っこだね、君は。私を写してどうするつもりなんだい? こればかりはシークレット。君たちは精々、剣が喋っているのか、その持ち手である不可視の存在が喋っているのか、そのどちらかに悩めばいいのさ」


余計な詮索は嫌われるよ。


剣は苦笑交じりの声でそう述べ、自身から遠く離れる。不可視の存在が掴んでいたカメラは自由になり、自分は素直にゴーストカメラを水面に向けて再び水鏡を作る。視界の先には扉を維持するため、マジカルペンを持ったジェイドとアズールの姿がそこにあった。


自分は皆に「水鏡の中に飛び込んで」と云うと、カリムは最初は不審そうな顔をしていたものの水面に映る二人の人魚の姿を目撃すると、どういうことなのか理解して水の中に飛び込んだ。その次はフロイド。最後にカメラを向けカリムを抱きながら自分が水面の中に飛び込むと、まず最初に感じたのは浮遊感。自分は水の中、皆が向かったであろう扉の中へ入りこむ。次元を超える壁を通過するにあたって、裏の世界が引っ張る力が強いのか多少の引力を感じながらも緩慢な動作で扉を抜けると、広がり見える最初の景色は、色彩。


自分は扉から出た勢いで床にぶつかりながら、身体を打ち付ける。構えていたカメラをおろし、周囲を見渡すとモノクロの世界ではない、裏から表の世界へ帰ってきたことを実感するのであった。


照明の白い光。神経質なほどに掃除で磨かれたタイル。そして、見慣れた靴。視線をあげれば、アズール、ジェイド、フロイド、カリム、ジャミルの皆がそこにいた。自分と同時に裏の世界から帰って来たグリムは「びしょ濡れなんだゾ」と小言を口にしながら、でも元の世界へ戻れたことに歓喜のジャンプをする。


水を通ってきたため、ほとんどの人がずぶ濡れだだと指摘し合う中、今は冬季。体温が下がることと、博物館を不本意に濡らし汚すことを危惧して、乾燥の魔法を使ってくれた。それは太陽に日干しした洗濯物が乾くまでの時間を短縮した基礎的な魔法であり、そう難しいものではない。


ジェイドが濡れたタイルの水たまりの後片付けをする中、「ジャミルを医務室につれていく」とカリムが云う。目立った外傷はないものの、内面はボロボロであるがために、友人の状態を心配して帰還の旨を伝えたのだろう。無論自分も、怪我人を放って博物館を調査するなどといった調査の続行を行う気も気力もなく立ち上がる。その時、展覧物の一つが目に入ったのだが、それはどこか見覚えのある……。


「あ、ホログラムカメラ……VRスマホだ」


と小さく呟いた後、博物館から出るため、皆の後ろをついていくのである。


その時、気付かなかった。


グリムが、黒い石を手にし一口で平らげることろを。


「なーんか知らないけど、次元を超える一瞬、小さな蜘蛛がこれを渡してくれたんだゾ。う~ん、癖はあるが、どことなくスパイシーな香辛料の香り……ハァ……」


グリムは両頬を押さえ、恍惚とした表情を浮かべる。だがしかし、その目は獰猛に爛々と輝いていた。


もっと。


もっともっともっともっと、もっと!


幾らでも……食べたいんだゾ……。


三月

『ティレシアスの水仙』更新予定

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