Welcome to the Villains' world-3
闇の鏡から帰る場所はないと……無であると告げられた自分は、学園長にどこの国から来たのか教えるよう詰められた。素直に国名を告げた自分であるが、全校生徒の出身地を把握している学園長でも知らない国であると云われるのである。
その為、一度図書館で再調査する事になったのだが、有史以来どの地方、文明にも、その国名は記載されていないのであった。未知なる国について本当にそこから来たのかと虚偽を疑われた自分であるが、そうであるとしか主張することしか出来ない虚しさがあった。
保障がない。安全もない。
夢で終わるはずだった結末が脆い泡沫となり、嫌な現実味が強固となって密かに足元から這いずってくる……。
学園長は分厚い書籍を本棚に戻しながら、自分の該当する出身国がないことに「もうこうなってくるとあなたが何かしらのトラブルで、別の惑星……或いは異世界から招集された可能性が出てきましたね」等と、不穏な事を呟くのであった。宇宙人にしろ、異世界人にしろ……己の出自が曖昧な以上、更に異物感が増すものだ。
「そう云えばあなた、ここに来る時に持ってきたものなどは?」
本の知識ではお手上げ状態となった学園長は、異物の塊である自分に質問することで何らかのヒントを掴もうとしている様子であった。自分は身の回りの所持品を確認するが、スマホや身分を証明するような物など何もなく、まっさらな状態が続く。
「何もない……困りましたねえ。魔法が使えない者をこの学園に置いておくわけにはいかない。『偉大な精神に基づく寮』はもうないのです。しかし保護者に連絡もつかない無一文の若者を放り出すのは教育者として非常に胸が痛みます。私、優しいので」
優しさと云うよりも、体裁や外聞を気にし保身に走っているような気がするのは思い込みだろうか。自分は学園長の性格のことはあまり知らないので安易に判断できないが、唸り声をあげて悩む彼を直視しながら漠然とした直感を覚えるのである。考え過ぎ……かもしれないが……。
「あ、そうだ」
偉大な精神と云えば――と、学園長は何かを思い出したような声を上げる。
「学園内には今は使われていない建物があります。昔、寮として使われていた建物なので、掃除すれば寝泊りぐらいはできるはずです。そこであれば、しばらく宿として貸し出して差し上げましょう」
学園内に雨風凌げる場所はある――と、学園長は両手を広げながら云う。彼は我ながらナイスアイデアと思っているのか、口角は上がり笑っている様子であった。
「寮で生活する間、あなたが元いた場所に帰れる方法を探るのです」そして自己陶酔が始まった。「あ~なんて優しいんでしょう、私! 教育者の鑑ですね」
そうとなれば善は急げ。
学園長は――本人曰く古くて趣きがあると云う――移住許可の下りた寮の場所へ二人で向かうのであった。式典が始まる前、一度は通った井戸のある中庭を突っ切って、どんどん進んでいくと確かに建物はあった。学園長の云う通り古くて趣きのある建物であろうが……言葉による装飾の取っ払い……率直な表現が許されるならば、今にも何かが出そうな廃墟が目前に建っていたのである。
あまりにも趣きがあり過ぎる建物。正面玄関と思わしき鉄門は錆び付き、手で押し込めば甲高い不気味な音を立てる。葉が一枚もない木々に大きな蜘蛛の巣が張っており、長い時間どころか年単位で誰も使用されていないことが、見ただけで分かった。
「さあ中へどうぞ」
学園長は得意げな声でそう云い先導するのだが、どうしてそこまで自信があるのか分からない。野外に放置されるよりも必要最低限、雨風が凌げる場所が提供されただけでも十分だろうが、彼の態度に対して何かこう……一言苦言を呈したくなる。本当は礼を述べたいのに……。
暴言とは云わずとも何か皮肉のひとつでも口にしようか迷っている中、古寂びた木製の扉を開き中に入ると、想像通りの老朽化した内面が広がっていた。
今いる場所はかつて大勢の人が集まり賑わっていたと思しき談話室であるが、強盗でも入ったのか内装が荒れている。かつては清潔で立派だった見る影もない剥がれた壁紙。水を含んだ厚紙の如く不安定な床。ひっくり返った調度品には蜘蛛の巣が張り、全ての物品に放置された年月分の埃が蓄積している有様である。
「ここであれば雨風は凌げるはずです」
「あの……」
「私は調べ物に戻りますので適当に過ごしていてください」
「先生、待って……」
「学園内はウロウロしないように! 面倒ですので……では!」
「ちょっと!」
話を聞いていない。
少し待って、ちょっと待って、一旦止まって――等の意味を込めた制止の声を投げかけているのだが、学園長は大股で室内を出ていき、経年劣化が著しい談話室のドアが閉まった。自分は現実逃避をしながら、学園長がドアを閉めた反動により発生した微風で動く白い埃を、空から降る雪のように疑似体験することしか出来なかった。
全ての白くもどこか濁った埃が全て舞い降り静寂な空間が更に静かになった後、自分は死んだような目をしながら、壁から落ちた絵画の一枚を拾う。現実逃避はやめて、せめて寝床を確保するために掃除に勤しむのであった。幸いのことながら、箒の一本はあった。ブラシ部分は建物と同様長年の放置によって具合が悪くなっているが、大目に見ると少し汚れているだけで使えないことはない。この世界のことはよく分からないが、丈夫そうなそれはどうやら魔法の箒らしかった。
自分は箒を手に床を履く。埃が舞い上がり、視界が汚れていく。たまらず古さっしのドアを開けて新鮮な空気を求めると、夜陰の空で気付かなかったがシトシトと小雨が降っている。その上、微妙に小風が入ってきており、本格的な履き掃除は晴天の日に行うべきだと判断し、所々布地の破れたソファーカバーの表面の埃だけを除去していく。埃が盛大に舞うことがないように、気を払いつつ……。
掃除が一段落付く前に小雨だった雨は早急に本格的な雨となり、にわかに冷気で肌が粟立つ。凍えながら暖を求めていると、聞き覚えのある笑い声と共に一度は学園から放たれた炎を吐く獣が――グリムが現れた。
「鳩が豆鉄砲くらったみたいなマヌケな顔をしているんだゾ!」
堂々とした声でグリムは、案外簡単に学園に再度侵入することは簡単だったと述べるのである。そもそも、最初に出会った場所は棺のある部屋。学園の敷地内どころか最深部まで入り込めたのだ。二度目の再侵入はそう難しくなかったのだろう。
グリムは入学に対する執念を口にしながら、偉大な大魔法士になる才能を持っていることを宣うのだ。だがしかし、この学園の入学者を送迎する黒馬車はいつまで待てど暮らせどなしのつぶてであったらしい。それで業を煮やしたグリムは自ら学園に赴いたのだが……。
「ふん! 闇の鏡も見る目がねえんだゾ。オレ様を入学させないなんてこの世界の損失だってのに、ニンゲンどもはわかってねーんだゾ――んにゃ“っ! 冷っ、天井から雨漏りがしてやがるんだゾ」
グリムの云う通り、廃墟内には光源こそあれどもその荒れ具合は最悪だった。学園長は雨風凌げると豪語していたが、天井のあらゆる場所から水滴が落ち、窓に至ってはそよ風で割れそうだった。近くで爆発が起きれば、最悪この寮は倒壊する危険性さえあるかもしれない。
自分は立ち上がりながらバケツを探し求めるのだが、グリムは自分が魔法が使えないことを悟り小馬鹿にしてくる。内心苛立ちながらも小動物の云うことだと我慢し、手伝うように要請するが当然のように拒否された。




