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ロストタウンの囁き-5

賢者の島に唯一存在する町、ロストタウン。


ナイトレイブンカレッジとロイヤルソードアカデミーの間に挟まれた場所に位置する町であった。もっと分かり易く表現するならば、島の中央に町はあり、その両端に二つの学校が建てられていると云ったところだろうか。


皆はロストタウンにあるのだと云う博物館へ赴くため、許可書を申請した。期末テストで赤点を取った生徒のためにいくらかの教師は存在しており、申請書を出した時、いくらか白い目で……そんなことより勉強をしろと云わんばかりの目線で見られたが、やや強引にそれらを無視して、闇の鏡がある広場に繰り出す。


「正面玄関から出るんじゃないんですね」


「この学園は不審者が出ないように、学校周辺に結界が張られています」


そう云うのは同行者の一人であるアズール。人魚の双子も面白そうだからと云う理由で同じようについてきた。


「そもそもこの学園には、校門なるものはないんですよ。全ての出入り口は闇の鏡を使用して行きたい場所に生徒たちが行きますから」


「そういえば、校門らしきもの見たことありませんね。学校の端はいつも鉄門に覆われていて、開けれるような箇所はない。グリムを追い回していた時、見たことがあります」


何故だろう。


厳重な警備というよりも、牢獄のような印象を覚えてしまったのは。


「本当の出入り口のドアは、この闇の鏡だ」


カリム……主人がロストタウンにあると云う博物館に行くと宣言した以上、従者であるジャミルも無条件の同行なのかその場にいる。


「入口が建物の中にあるなんて面白いよな。難攻不落の城だ。家に帰ったら、オヤジに警備システムの一環として教えてあげよう」


カリムは笑いながら、一番最初に闇の鏡の中に入っていった。次いで従者であるジャムル。次にオクタヴィネルの三人組と通っていき、自分はグリムを抱きしめながら闇の鏡の中に入っていった。


闇の鏡を使うのははじめてではない。ナイトレイブンカレッジに来たての頃、ドワーフ鉱山で特殊な魔法石を入手するために闇の鏡を使った覚えがある。それに未使用であるが、期末テストの時は珊瑚の海にあると云うアトランティカ博物館に行こうと、ワープ装置の利用を考えていた。


闇の鏡を使って転送中、グリムを強く抱きしめながら目を閉じていたのだが、一瞬……ブラウ管の古びたテレビから聞こえてきそうなノイズ音が聞こえた後、地に降り立ったことを知覚する。やんわり両目を開くと、眼前に広がる光景は異質なものであった。


「色が――ない」


自分は茫然と呟く。


自分の目の前に広がる光景。それは石畳が敷かれた洋風の町並みであったが、その色彩は異常であった。建物から石ころのひとつに至るまで全てが灰色で、色彩を失っている。空はどんよりとした曇天か……それとも今にも雪が降り出しそうな雲なのか判別できない。風景の全てが色合いを失い味気ない様子を醸し出していた。


「オイ、子分。この町、おかしすぎるんだゾ。見てみろよ、あの家。看板でも建ててのか、のっぺりとしてらあ」


グリムはその問題の家を指さしながら、不自然さを指摘する。グリムが云った通り、その家屋は立体的な構造はしておらず、平面的な様子で建っていた。たしかに看板か絵のどちらかと思われても不自然ではない。


「真っ直ぐの道をずっと見てると、ぐにゃぐにゃ曲がって見えるようになるし……あれは目の錯覚かあ? まえにエースが云ってた……何だったかな……そうそう、トリックアートって奴だ。町全体がそいつみたいになってる」


「距離感や平衡感覚がおかしくなりそう……」


町自体はさして物珍しくない、普通の町だと聞いていた。物珍しいものがあるとするならば、目的地である博物館と、ロストタウンでしか購入できないリンゴジュース。立体物をすべて取り払って除去したかのような平面的な家屋が立ち並んでいると云うのなら、観光名所として有名になっていてもおかしくはないだろう。何せ町全体がモノクロな絵本の世界のように2Dなのだ。3D的なものを徹底的に排除しているのだから。


「それにあいつらもいねえし、俺たちを放っぽいてどこへ行きやがった。町を案内してくれるんじゃねえのか?」


「みんなとは闇の鏡の移転装置で座標がズレるか何かして、バラバラになったかもしれない。もしかしたら賢者の島の外にいる可能性もあるかもしれないけど、ちょっとみんなのことを探しにいこうか。たぶん自分たちが皆からはぐれちゃったんだよ」


自分はグリムと一緒になって、ロストタウンの散策を行った。


散策の内容は省略するが、町を十二分にさまよってまず抱いた第一印象、それは変。第二に抱いたのは、純然たる違和感。第三に覚えたのは焦燥感。


散策を続けることおよそ一時間。心労的な疲れを強く自覚した自分とグリムは、町にあるどこまでも2D的な公園のベンチに腰掛けた。休憩を取るまでどこへいっても灰色かつ平面的な光景に辟易しながら彷徨歩いていた。まるで砂漠で露頭に迷った人の如く当てもなくふらふら迷い歩き続ける。砂漠とは異なり周囲は殺風景でないことが唯一の救いではあるが、色がないゆえどこへ行っても同じような光景が広がっているように思える。家の庭にある花壇も、壁も道路も、建物も、色さえあれば絵本の如き世界はどのページをめくっても同じであるかのように……。


日常生活を送る上で色は思っていたよりも重要なものだったのだなと思いながら、グリムを見る。グリムは公園の中央にある噴水で水遊びをしていた。前足で水を弾き飛ばしているのだが、噴水の水まで色のないモノクロであった。そもそも水には色はないがそういう意味ではなく、黒色の縁が水飛沫を覆い、影のようなシルエットを作っている。水が地に落ちれば濃くなった灰色の様子を見せるのも、実に奇妙なものでる。まるで漫画の世界だ。


「皆に遭えないのはともかく……町の住民と誰も顔を合わせないのはどうしてだろう」


それも疑問のひとつだった。


町の誰とも会わない。


事前情報によれば、卒業生さえもこの町の住民となって生活していると云う話であったのだが、卒業生はおろか見知らぬ人に出会うことすらなかったのである。


「…………これは、異常事態かな」


自分は学園長から譲り受けたスマホを取り出して早速電話をかける。しかしいくら待てど暮らせどなしのつぶてで、いくら電話をかけても着信拒否をしているわけでもないのに応じてくれることはなかった。これは学園長特有のいい加減さが発揮されたのではなく、異常事態らしきものの悪影響である可能性もあった。双方の可能性を考慮しても現状は変わらない。誰ともつながらない音信不通……孤立無援の状態である。孤軍奮闘しようにも、まず何から手をつけていいのか分からなかった。


自分は未だに水遊びを続けるグリムを視界にいれながら、エースとデュースの二人にメッセージを送った。自分としてはそれほど頻繁に連絡を入れるつもりはなかったのだが、2Dたるモノクロの町に来たことにどこか焦燥感にかられながら数通の電子送信を送ったのである。最初は状況を説明する普通の文章であったが、メッセージを送るにつれて短文になってしまったのであった。


「狭いところは嫌い……暗い所は嫌だ」


返信のない……しんと静かなスマホを手にしながら、自分の心情を素直に吐露する。これからどうすればいいのか……学園に戻るためにどういった手段を講じればいいのかと思った矢先に、「おい、子分」とグリムが心配した顔で見上げてくる。自分は不思議な色合いをした青い瞳を見返した。色があるだけでも、どこか安心してしまう。白黒灰色以外に安堵した。


「子分、おめー大丈夫か。今にも泣きそうなんだゾ」


「大丈夫だよグリム。話しかけてくれてありがとう。少し、元気が出たから……」


「……そうか? でも本当に無理ならこのグリム様に頼るんだゾ。いざとなれば、俺様のすっごいパワーで解決だ」


さすがにこの状態で好き勝手に行動は起こせない。絵本の如き平面の町に来たこと……そうして皆とはぐれてしまった状況から、グリム本人は口にこそ出していないが異常を察知して大人しくしているのだろう。しかし勇気づける言葉はどこか本物のように思えた。


空元気……と云うわけではないが、グリムの一声を聞いて自分は「よーし!」と云いながらベンチから立ち上がる。周囲を見渡して一呼吸置いた後、「とりあえず訪問予定だった博物館に行こう! 皆がいるかも」と目標を口にするのであった。


グリムは若干元気を取り戻した自分の様子に少し嬉しそうにしながら、先頭を歩む。目的地である博物館はこの町の中央にあるらしいのだが、あまり変わり映えしないモノクロの風景を突き進んでいくと、確かにそれらしい建物を見付けることができた。ドーム状の建物の表札を確認すれば、「■■記念博物館」と文字が掘られていた。■■の部分はゲームでよくあるような、バグのようなモザイクが掛かっており読むことが出来ない。幾多の文字が重なり、その二文字を覆い隠してるような状態であったのだ。


「お邪魔します……」


受け付けの方は相も変わらず無人だが、大人用の料金を置いて博物館の中に足を踏み入れる。外は灰色と黒の縁が世界の色合いの全てであったのだが、中は白い床や天井、そうしてか細い黒が存在している立体的な風景であった。外とは異なり、建物の中は3Dの風景だ。その様子を見て、ここがもしかしたら2Dの外から抜け出せる起点……もしくはヒントらしきものがあるのではないかと思い、展示物を眺めると『あたり』だったのか、色があった。灰と黒以外のモノクロが博物館の中に展示されていたのである。この博物館の展示物には色彩が飾られていたのだ。


「……だ……ジャ……は……で……」


「カ……と……せ………だ」


コツコツコツと、館内を歩く中ボソボソと聞こえてくる話し声。最初は囁くような小声であったが、自分は人の話し声らしき音を聴覚で捉えた瞬間、その方向に向けて急ぎ足で向かう。グリムは人間よりはるかに優れた聴覚と嗅覚を駆使しながら、迷路のような構造になっている建物の中を正確に走る。「こっちに人がいるようだゾ、子分!」と云いながら先導しているのだが、全力疾走ではないある程度速度を抑えた走りではあるが、かなり素早い。自分の足の速さを考慮して、曲がり角で待機しながら振り返ってくれるグリムは有難かった。


「それにしてもこの建物、見た目に反してかなり広いんだゾ」


「2D町特有の特徴かもしれないね……空間が拡張されているのかも。グリムの云う通り、本当に広い」


博物館の見た目から想像できる広さは、よくても球場ぐらいの広さだと思っていたのだが、中を開いてみれば遊園地等における敷地内であったようだ。もしかしたらドーム何個分といった有限ながらも無限に等しい広がりを有しているかもしれないが、そういったことはあまり考えないようにする。宇宙の広大さと今もなお広がり続ける領域のことを思えば不安を抱くように、最悪の想定はやらない方が精神衛生上推奨されるべきであろう。


「だから! アズール達も監督生もいないのは、俺たちがはぐれてしまったからで――」


「ジャミル、落ち着け。今は遭難しているようなものだ。精神を安定して、体力を温存する。もしかすると敵がいるかもしれないんだ。声を荒げるな。不測の事態に備えよう。大丈夫、必ず元の世界に帰れるって」


曲がり角を二回右折、直進を数度、左角へ四度折れ曲がったところにいたのは、今にも一触即発……喧嘩と云うよりパニックに陥りそうなスカラビアの二人がいた。カリムはおおらかな性格をしており実際何事にも動じないような悠長さを見せながら、神経質な性質をあらわにするジャミルを落ち着かせていた。カリム……彼はいつだってどこであっても変わらない。異変に巻き込まれた立場からすれば、その態度は非常にありがたいものであった。


自分はカリムの変わりなさと、やや焦燥にかけられつつあるジャミルの二人に、「おーい」と声をかけ、走り寄る。自分も噴水のある公園のベンチにいた時、ジャミルのような心理的状況に陥りかけていたが、他者が焦ったような様子を見せていたらジャミルの不安の濃度が深刻化するだろうと思い、カリムを見習って、まるで……日常生活で集合場所に遅刻したかのような平静さを装いつつ、両者に接近したのであった。


「すみません、はぐれちゃって……」自分は異常事態に巻き込まれ遭難した態度を消し日常を繕う。「ここに入った時、人の話し声が聞こえたもんですから……全力疾走しちゃいましたよ」


「おお、お前らか。大丈夫だったか、監督生?」


「はい、大丈夫ですカリムさん……ところで、賢者の島にある町ってこういう場所なんですか?」


魔法が使えない……そして町を知らない無知を装って、純粋さを意識しながら質問する。自分は「魔法というのは不思議なものなんですね」と呟くと、カリムは「さすがにここまでおかしくない。異変が起きているんだよ」と発言した。


「俺たちは過去、授業の一環でロストタウンの博物館に行ったことがあるが、町の様子も見たし、館内も隅々まで見たが、こんなおかしな町じゃあなかった。ここに来る前、闇の鏡を使ってテレポートしてきただろう? アレを使う前、沢山の生徒がホリデー前に酷使していたからなあ。故障……間違えて別の場所に飛ばしてしまったんじゃないのか?」


状況整理。


正直な話、カリムの言葉は――闇の鏡による座標のズレは想定済みの内容であるが、既知であることをおくびにも態度に出さず、「そうなんですか」と知らないふりを通した。こうして無知な者を見れば、ジャミルの焦りが落ち着くのではないかと思ったが、沈黙に徹している彼の心情は分からない。あまりにも無知過ぎるのも逆効果かと思い、自分は闇の鏡を使った時に聞いた音について言の葉を伸ばすのであった。


「闇の鏡を使った時、一瞬だけ……ノイズのような音が聞こえました。雨音に似たような、繋がらないテレビのチャンネルから聞こえる音です。それがヘンテコな町にきたキッカケ? だったのかも」


「それも俺も聞いた。転移装置を使って、パッと視界が開けたかと思ったらこんな場所でさあ。ホント……困ったもんだよな、ジャミル」


「どうしてお前はそうも能天気なんだ。異変が起きてるんだぞ……それに俺はお前に……お前を……」


ジャミルは焦りの鳴りは潜みつつあるのか、徐々に冷静を取り戻しているかのように、『見えた』。いつもの調子を取り戻すように、小言を云う。


「監督生……分かっているとは思うがロストタウンは、2Dの町ではない。立体物のないモノクロの平面な世界ではない。俺らは多分、転移事故に遭った。まるっきり別の場所へワープした移転と云うよりも、異なる次元に来たかのような異常事態だ。まるで――」


「世界の裏側」


突如会話に乱入する第三者の声。


皆は絶句した。


自分は突如現れた聞き慣れない声の正体を探そうと、首をキョロキョロと動かす。しかしどれだけ館内の遠く、周辺を見ても人影らしいものすらなく、もしかしてグリムが声色を変えて発言したのではないかと疑った目線を向けるが、聞き覚えのない声に驚いたのか自分の足にしがみついているので違うだろうと即座に判断する。喋っていたジャミルの言葉を遮るような形でカリムが何か云ったにしても、声質そのものが異なっているため、彼本人とは考え難い。その証拠に……。


「何だ、アナウンスか?」


と、施設の方を疑うような言葉を出していたからであった。


自分は正面は床下を見るだけではなく、天井の四隅に備え付けられているであろうスピーカーらしきものを探そうと首を動かすが、それらしいものはない。まさか透過したゴーストがいるのか……ここは彼岸を越えた此岸たるあの世ではないかと最悪の想定と可能性が脳裏を掠めた瞬間、グリムは涙目で怯え、皆が正体を現さない声の持ち主に不安を覚え始めた頃、次に聞こえた声はもっとハッキリとゆっくり……そして驚かせてしまったことを詫びるかのような、意図して柔和な声が出されたのである。


「違う違う。スピーカーじゃない。もっと近く、身近に、付近に私はいる。君たちは一度見たことがある物だよ。さあ、風景の一部と認識しないで、展示品のひとつと思わないで、その首を一方向に収束したまえ。あー……そっちじゃない。逆逆。そうそう、そっちの方向……もう少しピントをずらせば、そこに私がいるのさ」


正体不明の声に促されるような形で、キョロキョロと不揃いな方向を向いていた皆の視線が一点に集中する。最終的に位置を定めた先にあるのは、館内に展示された品物のひとつだった。それは単なる芸術品か……もしくは百年戦争の重要物としてこの場に収まっているのか不明だが、一本の剣が視界の中にあった。その剣はまるで、騎士が携えているかのような立派な物である。


「私は、杖でもありヤドリギでもあり剣でもある。諸君らに問うが、君たちに英雄の素質があるかな。『ない。部分的にそう。はい。多分ない。いいえ』、いずれかのどれかで答えたまえ!」


『…………』


皆は視線を見合わせた。


剣が喋っている。


……それは特別、魔法のある世界からすれば特筆すべきものではないかと思ったのだが、魔法士であるカリムとジャミルの反応から察するに、そうそうあるものではないらしい。そして珍品に驚くといったリアクションよりも優先されたのは、戸惑いであった。グリムは「や、ヤドリギ……なんだゾ……?」とどこかハイテンションな様子で話しかけてくる剣に怯えの感情は消え失せ、マジマジと展示された立派な武器を見るのであった。


「えっと……」


まず最初に困惑から抜け出したのは、ジャミルだった。館内に展示された喋る剣を視界に納めながら、脇に提示された説明文を読もうとしている。視線の動きだけで行動の意図が読めたのか、「おや、眠いのかい。子守歌代わりにどうぞ」と説明文の退屈さを教えてくれるのであった。


「その……なんだ……あなた? は何ですか?」


誰ではなく、何だと問うジャミル。


それは当然の反応だった。恐らく……お前は何なのだと正体を明かすことと、どういうつもりなのか……恐らく、二重の意味が込められている。


「君には英雄の素質はないようだね。別の……暗がりの才覚はあるようだが」


ジャミルの言葉を受け取って剣は、最初の質問に答えなかったゆえ独自に採点をし始めた。


「どうやら君たちは混乱しているようだ。私は杖でもありヤドリギでもあり、剣でもある。杖……ある時は、害を齎す魔法の杖であり……ヤドリギ、真実の愛を宿す枝でもあり……剣、英雄が握る武器でもあるのさ」


「はあ」ジャミルは展覧物の説明文を読み終えたのかこう云う。「妖精との百年戦争の時に使われた喋る剣だそうだ。今は戦後の混乱はあるとは云え、基本的に泰平の世だからな。無用の長物と判断され、贈呈されたのか……」


「妖精との百年戦争かい? 記憶があやふやでよく覚えてないが、私が最後に使われた形状変化……タイプは、剣型であったようだね。多分、何かを……誰かを斬ったのだろう」


「斬ったって、何を?」


「そうだねえ……私はよく自身の記憶を引き換えに持ち主に力を与える。それゆえ記憶力はボロボロでよく覚えてないが、戦争中何かを斬ったのだろう。何を斬ったのか……その感触だけは色濃く覚えている。人間の柔肌ではありえない硬質な鱗を持つ生物。例えば――」



「――ドラゴン」



「とか――斬ったりしたのだろう。私を手にした英雄がね」


「…………」


ドラゴン。


絵空事……とまではいかないが、空想の産物じゃないかと思う……だが、自分はすぐに思い返した。ここは魔法のある世界であることを。そもそも異物は自分である。魔法もあれば、現実にいない種族や動物だっていることであろう。


「ジャミルさん、喋る剣ってありふれた物なんですか?」


「……空を飛ぶ絨毯のように意思を持つ道具や物品はあるが、こんなに流暢に喋るものは見たことがない。と云うか、以前授業の一環で一度博物館に来たが、この剣は見た事がない。しかも喋る。インパクト大だから当然覚えているだろうに、見たことのない初見状態だ。改めて……変な世界へ飛ばされてしまったようだな」


「だから、『世界の裏側』だと私は云っているのだがねえ」


表の世界の博物館に私はいないのさ。


剣はそう答えた。


世界の裏側。


突如第三者がそのように会話の切り口を入れたのだが……剣の第一声がそうだったのだが、どういうことだろうと仔細を思う。この剣は明らかにこの平面の世界に対して何かを知っている。確信……とまではいかないが、直感めいたものが働いていた。


「世界の裏側……と云いましたね。あなたは、この平面的な世界のことを、どれぐらいご存じなのですか?」


「これまた異なことを……」


剣は質問に答えず、自分を見て何を思ったのか分からないが、そのように呟いた。ジャミルを採点したように、個人の内面を採点したのだろう。自身としては己の事情……なにゆえ異世界に呼ばれたのか、そのことについて言及するかと思ったが何事もなく、不整脈のように心臓が激しく鼓動することはなかった。ただ密かに……ドキドキとして冷や汗はかいた。


「世界の裏側……文字通り、君たちが現実世界たる日常生活を送る上で過ごしているテクスチャを裏返すと到達できる世界のことだ。もっと分かり易く表現するならば、カードの裏側、本の表紙裏……う~ん、まだ言葉が足りないね。君たちの中で一番身近で理解が得られる適切な言葉は何だろう。そうさねえ、電子ゲーム……グリッジ作業を施すことで到達できる場所といったところかな」


カードを裏返せば模様があり……単行本の表紙をめくれば、本編にないおまけページとして使われている作者の遊び心だったり、ゲームで表すならばバグ……没データの集まり。


ここは、そういうところだと云う。


「君たち、こういう話は知っているかい。想像したまえ。目の前に壁があるとする。その壁は実に堅牢なものだ。中には金具が入り組むように入っており、土の密度も実にしっかりとしたもので、強風火災洪水に見舞われようとも崩れない。正に、三匹の子豚の煉瓦の家の如しさ。だが、ある一定の確率で……天文学的な確率で、その堅牢な壁を通り抜けることができる」


「トンネル効果のことですね。人間は細胞……素粒子の塊だけど、独自の揺れを持つ。壁にぶつかり続ければ、いつかは、極稀に通過することができる……と云ったような。でも壁をすり抜ける可能性は極めて低い。それこそ奇跡的な天文学的確率が必要です。シュレーディンガーの猫のような、思考実験のひとつと捉えたほうが適切だと思います。確かに可能性はゼロではありませんが、実現するかどうかについては机上の空論……」


「そう、トンネル効果。君たちは見たところ、魔法士のようだ。魔法が使える人間。これは教師にも教わっただろうが、そもそも魔法士は現実性を虚空で上塗り歪曲して、空想を具現化している。その際、現実性の強度が低下するわけだが、その揺らぎは本人だけではなく、周囲に波のような影響を及ぼすのさ。非現実を無理矢理現実に定着させているのだから、周囲の強度やあり方がねじ曲がってしまうのは、当然のことだね」


魔法士にとって魔法の使い過ぎは心身を疲弊させ、オーバーブロットに至る疲れを蓄積させてしまう。だが、その疲れの正体は何なのかと問われれば、現実を改竄した代償と答えることが出来る。そして魔力たる燃料は魂の消費。


一般的な短縮魔法にしろユニーク魔法にしろ、現実を捻じ曲げて人力では実現不可能な出来事や物事を現実に定着化させているのだ。周囲の現実性を吸収してその力を術者の思い通り、想像通りの形へ変換する。服を着替える等といった気軽な魔法でも、自身の思い描いた想像を形作っているのだから術者本人だけでなく、無論周囲にも影響が及ぶことであろう。


「君たちは魔法学校から来た魔法士だ。今まで授業なり、日常生活の中でも魔法を幾度となく使用したことがあるはずだ。現実性を脆弱化させる魔法を日頃から使っているのだから、学園で魔法を使用すれば……天文学的確率、それこそ奇跡じゃなくても虚弱化した『現実の壁を破って』、壁一枚向こうを隔てた裏の世界へきてしまう……なんてことは、そう珍しいことではないのだよ」


トンネル効果。


奇跡のような確率で壁を通過する。


対して魔法士は魔法を使うだけで現実性を脆くし、『現実の壁』を脆くする。


何かの拍子や弾みで、このような場所にきてもおかしくはない――と、剣は主張する。


「ここは――裏の世界だ。表の世界で不要や不必要と判断され捨てられた廃棄場。君たちは不運にも、ここに辿り着いてしまった人たちのようだね。ここでは色んなことがあるよ。赤子が捨てられたり……殺人や秘匿魔法の隠蔽などなど。基本的にブラックボックス化した場所なんだが……路地裏で鳴き喚く猫とも犬とも知れぬ存在、大洞の猟犬なんかもいた……」


「不必要……廃棄物……」


そこでジャミルが不自然に反応した。自分は少しだけ気がかりになったが、剣は触れることなく話を進める。


「学園には結界が張ってあるだろう? 不審者が侵入しないように……だとかの名目で貼られたものだが、それ以外にも役割がある。魔法学校では頻繁に子供たちが魔法を使っているようだが、もしも結界たる壁がないとどうなってしまうか……学園内たる力場がこれまで積み重なった魔法の使用によって現実性が虚弱化し、どれほど小さな魔法でも容易く裏の世界に行くことができる。魔法士――磁石同士があらぬ次元へ弾かれ次元の狭間に消失しない為に、壁を作った。実際かなり重要なのだよ、学園周辺の結界はね」


たとえ、牢獄のように生徒を閉じ込めていようとも、次元の狭間をさまよい続けるよりはマシであろうさ。


剣はそう付け加えるのであった。


「えっと、つまり現実性の壁が長年の魔法行使の蓄積によって脆くなり、別次元の扉を簡単に開くことができる。自分たちは魔力を動力にした移転装置……闇の鏡の魔力で裏の世界の扉を開いてしまった……と云うわけですか?」


何せ闇の鏡は、ドワーフ鉱山からロストタウン、そして生徒たち各々の故郷である各国へ帰省可能な利便性の高い道具である。闇の鏡に一体どれほどの魔力を有しているのか分からないが、移転……ワープといった単語から連想ゆえ、間違った場所へ跳ね飛ばされてしまったのだろうと、そう思った。


「おや、偶発的な確率でここに来てしまったと? 残念ながらそれはない。学園内の結界は日頃から絶え間なく手入れされているからね。実に金城鉄壁。罅割れもほつれもない完全な壁だ。超々大規模な魔法の行使……結界そのものが破壊してしまうような魔法を使用しない限り、この裏の世界へ飛ぶことはないよ」


人為的ではない限りね。


剣は続ける。


「大規模魔法行使以外の方法があるとするならば……人為的な裏技を使ったとしか云いようがない」


「裏技?」


「奇行と思しき行動」剣は云った。「学園内でそういった行動をしている人を、見かけたことはないかい? まさにあれがグリッジ行為なのだが……」


「あ……」自分は問われて思い出す。「そういえばイソギンチャク……アズールさんの……彼のしもべとなった人たち、学園内でひたすら意味がなさそうな奇行を繰り返していたような」


「イソギンチャク? そう云えば期末試験の後に見かけたような……なあ、ジャミル。スカラビアの寮生の中で何人か、いたよな?」


「いたな。俺の把握する限り、成績の悪い生徒が意外にも高得点を取っていたが、アズールにこき使われていたのか……」


監督生、しもべとは何だ?


ジャミルに質問された自分は、一言二言、非常に簡潔した言葉でアズールの所業を説明した。まだ聞きたりなさそうな……情報を得たいそうな表情を浮かべていたが、喋り過ぎればウッカリ、アズールがオーバーブロットした事実まで云ってしまいそうだったので、自然と口を噤んだ。


「ハッハッハ。意味のない奇行ね。他者からみればそうかもしれないが、本人からすれば超重要な行動。ゲーム機本体をホットプレートで温めるリアルタイムアタック走者。ボタン制限で三日間待機する者など、色々なプレイヤーがいる。奇行を促した本人は結界の仕様を利用して、裏の世界へ来ようとしたんじゃないかな。そうじゃなければ、通常あり得ない事故的な状況なんて起こるはずもないからね」


「事故……これは事故、なんですか?」


「事故だとも。何度も云うが、世界の裏側はブラックボックス化した廃棄場だからね。世間の目に触れてほしくないものが沢山ある。殺人も実際にあった。生物兵器として棄てられた赤子もいる。煽動者の逃げ場だったり、死体遺棄の場所だったりする。謎の黒犬が外で……街角でよく鳴いていたりもしたものだ。今はいなくなってしまったようだが……」


だから、廃棄所だ。


いらないと断じられ棄てられた場所。


それが基本的な世界の裏側の在り方だと、剣は述べるのであった。


「何せ、基底現実から枝分かれした並行世界の立証を唱えた天文学者の提唱を支持する者がいるぐらいだからね。現実世界で現実の壁を越えた裏の世界があることぐらい、十二分に想定できるはずだ」


異世界。


異なる並行世界。


世界が複数あると証明するかのように、異世界人たる自分がいる。剣は直截にそう云わなかったが……だがしかし、迂遠遠回しに強調するように自分を名指ししているように思えた。


「質問だが、グリッジ行為……イソギンチャクとかどうとか海洋物の名を挙げていたが、その奇行の命令者は海に関する者だったりするのかい?」


「はい。珊瑚の海の人魚らしいのです」


「なるほどね。人魚は海の『境界を越えて来た者』だ。だから別次元の壁だとか、異世界などに敏感な性質を持っているのだろう。膜があると云うか、硝子一枚を隔てた状態を日常生活の中で感じていたのだろうね。陸の世界に違和感を覚えていたのさ。動機は好奇心かどうかは分からないが、ソレを突き破ろうとして生徒たちに奇行のような行動を促していたんだね」


学園の結界に違和感を覚えていたのではなく、空気……空間そのものに違和感を覚えていたと、剣は述べる。


そのことに関してはアズール本人に聞かなくては真実の確かめようはないが、正解の可能性が高かった。自分はひとまず剣の意見を保留しながらも、あとで本人に聞いてみようと思うのであった。


「俺たちが事故的な理由で、裏の世界? に来たのは分かるんだけど、帰るにはどうしたらいいんだ」


カリムは、何かしらの含蓄を得ていそうな喋る剣に質問する。その質問は本題でもあった。


「廃棄場やブラックボックスだとか云ってたみたいだけど、まさかここは……裏の世界は一方通行の落とし穴ってことは、ないよな」


元の世界に戻ることはできない。


どうか、最悪の想定だけは避けてくれ……と願うかのような口調。いつもの調子を崩さない平静さを保っているが、それは装っているだけであろう。時間経過と、自分たちが置かれた説明をされるにつれ不安を覚えたのか、カリムは若干冷や汗のようなものをかいている。


「君には、英雄の素質がありそうだね」剣はカリムの質問を無視して独自の採点を行った。「どうだい? 私を使ってみる……なんてことは? 私は魔法の杖でもあり、真実の愛を伝えるヤドリギでもあり、他者を殺める剣でもある。アーミナイフのように、君が望みさえすれば槍でも弓矢にでもなろう。拳銃は、さすがに無理だが……」


「俺はお前を使わないし、使う理由はない。それよりも質問に答えてくれ。俺たちは裏の世界から帰れるのかどうか。まさか話を逸らしていたりなんかしてないよな?」


「してないとも。ただ、私の中で質疑応答の優先順位が高いのは、英雄の資質を持つ者が私を使役することにある。私は意思を持つ武器だ。使用者の存在を求めるのは当然のことだろう?」


剣は云う。


「だが、君たちが一番知りたい情報にも答えよう。裏の世界から脱出できるヒントになるのか分からないが、数か月前、猫がここを通った。『昔から裏の世界にいる大洞の動物』じゃないよ。獣人だ。その猫は一度ここを通って、二度も通過した。恐らくどこかへ行って、帰ってきたんだと思うよ。猫は云っていたね、『何もなかった日のパーティ』だと」


「あ……」


『何もなかった日』のパーティ。


それはハーツラビュル寮きっての、ハレの催しだ。過去の記憶を掘り返す限りにおいて、猫と云われれば自然と思い出すのはトレイの友人の姿、チェーニャ。複雑な名前をした猫の獣人。自分は『猫』であるだけに、密かながらであるがその姿を強く記憶していたのである。


「裏の世界の扉が開く前、『私はアリスなのだから(マイ・リトル・レディ)』と聞こえたのだが、恐らく魔法士のユニーク魔法だね。推測するに無意識を占拠できる魔法の一種だと思われる。アーラヤ識……裏の世界は意識されることのない無意識の領域だと固定した。夢や心に関するユニーク魔法の使い手が、裏道としてここを使ったのさ。どこへ行き何をしに行ったのか、そこまでは分からないが」


トレイはチェーニャの存在をナイトレイブンカレッジ……ハーツラビュル寮の庭で目撃した時、非常に驚いたリアクションをしていたように思う。その時はリドルのことを知るために少し話をした程度の関わりしかなかったのだが、「夢落ちじゃなくて良かった」……などといったようなことを述べていた。剣の云う通り、夢や心に関するユニーク魔法の使用者がこの世界の扉をこじ開けたとするならば、裏の世界を無意識だと固定定着化させ、道にしたと云うことになるのだろう。


「とりあえず……誰かが意図的にここにきて、帰っていったと云うことか?」


カリムは要点をまとめるように、剣に質問すると「そうだとも」と肯定の返事が返ってきた。その返答にホッ……と安堵を覚える前に、剣はどこまでも他人行儀のような態度で言葉を続けるのであった。冷酷や残酷ともとれる態度ではあるが、それは恐らく……いつからここにいるのか定かではないが、長年裏の世界に放置されたことによる慣れ……無機物ゆえ他者の寿命を考慮しない、物質特有の言葉であった。


「確かに、猫がこの世界を出入りしたとも。だがそれは人為的なものであり、人の手を介したものだ。君たちは、事故的にここへ招かれてしまった。要は、落とし穴に嵌まったようなもの。意図知れず穴底に落ちてしまったのだから、あらかじめ戻るための縄やロープを所持していない。表の世界へ帰るためには、自力で突破しなくちゃいけないね」


「それって、つまり……」


「ご推察の通り……端的に述べて、君たちは次元の狭間で彷徨っている迷い人なのさ」


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