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悪魔の後裔-10

「――――」


微睡む意識を吹き飛ばす身体中から危険信号を発する痛みの中、アズールは飛び起きた。「僕は今まで何を……」とブツブツ呟きながら、自分の両手を凝視している。レオナはそんな彼の様子を見て、「多少、頭がスッキリしただろう」と云いながらボロボロになったソファに腰掛けるのであった。近くには大破した金庫と、砂と化した契約書の成れの果て。アズールは頭痛を覚えたのか、顔を顰めながらゆっくりと立ち上がる。


「レオナさん、やるべき事である本題。やりたい事である宿願。どうやらその二つの目的がごっちゃになっていたようで……確か、暴れていた記憶はあるのですが、前後が曖昧で……」


「それは仕方ない。俺だって『一年間の記憶保持』の契約を交わしておきながら、自覚したのはつい最近だ」


そうして意味ありげな目線で、自分を見る。アズールも同じように「監督生さん……」と呟きながら見つめていたかと思うと、フロイドが退屈だと云わんばかりに二人の会話をぶち壊した。


「マジで何云ってるのかわかんないんだけど。アズールが俺たちに隠し事とかありえなくない?」


「変数――ですよ」


アズールは自分から目を反らして、VIPルームの惨状を目の当たりにする。名残惜しそうに砂になった契約書に触れながらも、その顔はどこか解放されたかのような……憑き物が落ちたような表情を浮かべている。


「どうやら僕は『また』オーバーブロットを引き起こしてしまったようですね。幸い、被害はこの防音室だけにとどまっていますが、学園長に報告すべきでしょうか?」


「隠せることなら伏せておけ。まあ、どうせ知らせても退学『には』ならないだろうがな」


レオナは大欠伸をして、ラギーを引き連れてモストロラウンジから出ていく。デュースはアズールの発言した内容のおかしさに首を捻るが、彼の頭では解決できなかったらしい。とりあえず把握できたのは、アズールの暴走を止めることが出来たという事実のみである。


「アズールさん、黄金の契約書はすべて砂に変えられイソギンチャクたちは解放された。少し気になっていたのですが、グリムもテスト対策ノートを手に入れる為に契約していたと思うんですが、何を対価にしてたんですが?」


ややあっての質問。


皆が完全に冷静さを取り戻した頃合いを見計らって、多少気がかりになっていたことを質問すると、アズールは「ツナ缶ひとつですよ」と破格な対価を暴露するのであった。


「ツナ缶! あいつ、ツナ缶ひとつで対策ノートを手に入れたってのか!?」


デュースが驚きの声を出す中、「普通ならばそんな安物じゃ応じませんがね」とアズールは苦笑しながら云う。


「見たところ、あの魔獣は普通の使い魔よりも、もっと特別な何か。ツナ缶ひとつでその身柄を拘束できるなら安いものだと思って応じたまでです」


「特別な魔獣……」


「我儘で少しズルく、手癖と頭も悪い。実に短絡的。だけど、使い魔にしては意思疎通が取れる。知能は子供と変わらない。使い魔にしてはかなりレアなタイプですよ。珍獣だと思い手元に置いておきたかったのですが……まあ、オマケ程度の要素、ですよ」


「散々な評価ですけど、そんなグリムでも高得点が取れる対策ノートを作ったのか。しかも本人は一夜漬けで、当日のコンディションは寝不足。アズールさんって、もしかして教師なんかに向いてません?」


「え?」


「テコの原理のように最小の力で最大の結果を出す。これは……一種の才能ですよ。普通の人では中々できることではない。いくら頭が良くたって、教えるのが苦手な人がいますからね」


「……僕は適切に状況判断、躓きそうな問題にある程度の解説を加えただけです。才能なんてとても……それに百年分の歴史調査がなければ、今回の対策ノートは成功しなかった」


「テスト対策で一番重要なのは、教師がどの部分を重要視して生徒に教えたがっているか、ですよ。天才じゃないと謙遜するけれど、あなたは努力の天才だ。優れた観察眼を持っている」


「……別に、そんなんじゃ……」


「アズール、照れ隠しはもうよしなさい。格好悪いだけですよ」


クスクスクスと、底意地の悪そうな顔でジェイドは笑う。皆もつられて笑いそうになった直後、VIPルームの下の階からドタバタと数名……いや数十人、およそ百名の数にも及ぶ足音が聞こえて来た。この騒動は何だろうと考えていると真っ先にVIPルームに顔を出したのはグリムとエースであった。


「頭のイソギンチャクが取れたから急いで走ってきたんだけど……他の犠牲者も同じように詰め寄ってきてるぜ!」


傍若無人、これまで散々理屈のわからない変な行動をさせてきた恨みを晴らすために、一人につき一発、アズールを殴ろうと目論んでいるのだと云う。イソギンチャクたちが全員そろっているのであれば、それこそ文字通り、アズールは百名以上の人間からタコ殴りにされてしまう。


「まずいですね……さすがにしもべから解放された人たちを押さえるのは難しい」


「そこら辺は大丈夫なんじゃないの。だってアズール、反乱阻止のためにそもそもモストロラウンジと『契約』してたじゃん。私闘禁止。あいつらが来る前に、さっさと黄金の契約書を交わしておけばいいわけで……」


「無機物と取り引きもできるんですか!?」


「ええ、できます。この建物、モストロラウンジは大昔悪戯合戦があった所為か、私闘そのものを嫌がっているような気質がある。無機物そのものと契約しているというよりも、過去その場に残された人間の強い想いの残滓……残り香と云うべきでしょうか。過去の人間の感情と契約しているわけです」


さすがに自分は驚いた。悪戯合戦の無血開城として作られたモストロラウンジではあるが、ゴーストのように残った残留思念、『想い』そのものと契約を結べるとは。ユニーク魔法の幅広さとその応用力は舌を巻くところがある。


「契約完了……だが、クソ。僕がモストロラウンジから出れば、それこそ袋叩きにあってしまう。一生ここで引きこもっておけばいいってか!?」


アズールは一枚の黄金の契約書を魔法で生成したかと思うと、マジカルペンで素早くスラスラと自分の名前を記す。これで建物との契約……私闘禁止の内容に漕ぎ付けることに成功したが、彼の云う通りその効力はモストロラウンジにのみ効果が発揮される。


どうすべきだろうと皆が迷う中、グリムはスンスンと鼻を鳴らして何かを探していた。そして目的の物を見付けたことに嬉しさのあまり飛び上がる。グリムの手には黒い石が力強く握られていた。


「飴ちゃん発見だゾ! う~んこれは……海鮮物特有のうまみ成分! 澄み渡った魚介のスープに奥深い香り! ご馳走なんだゾ~!」


「魔獣ってそんなものまで食べるんですか!」


アズールは得体の知れない黒い石を食べるグリムを見てドン引きしていたが……。


「あっ、そうだ……ジェイド、フロイド! 食料の在庫はどうなっていますか!?」


「食料ですか。今日は休日だから早朝買い出しをしてそのままです。充分に在庫はあるかと」


「よし、いいぞ。一時の誤魔化しにしかならないが、料理を振る舞って元イソギンチャクたちに接待をするんだ。忙しくなるぞ。監督生さん、あとそこの一年生、あなたたちも手伝ってください!」


「え~、俺らアンタのしもべになっていた被害者なんだけど、なんで手伝わなきゃいけないの! 宴の準備をしてご機嫌取りなんかしなくて、もういっそのこと潔くぶん殴られちまえよ!」


「詳細は省きますが、アズールは獣人の容赦ない暴力を受けたんです。普通の状態でも反乱に遭えば医務室送り。だけど今回弱った状態だと、病院送りになるかもしれませんね」


シクシク。


非常にわざとらしくフロイドは泣き真似をする。


「~っ! 罪悪感煽るようなこと云いやがって! 仕方ねえな……オイ、デュース、監督生にグリム、お前らも手伝うぞ!」


「別にいいけど……でも、アズールさんひとつだけ。手伝うのに条件があります」


「条件……何ですか? 謝罪? 土下座? 慰謝料? ハッ、そんなものでよければいくらでも――」


「いいえ、違くて」早とちりや早合点される前に光速で否定した。「今回の騒動が終わったら、モストロラウンジで働かせて下さい!」


『え』


さすがにその回答は意外だったのか、双子とアズールは驚きの声を出す。


「はじめてここに来た時から思っていたんです。給料良さそうだなって! サムさんのところもそれなりにいいんですけど、食い扶持は自分で稼ぐのに限りますから! それにオンボロ寮の完全修繕! お金はこれからも入り用なんです!」


「バイトという形でなら構いませんが……」


「アズール、その話はあとで。早くキッチンに行って元イソギンチャクたちの歓迎の準備をしないと。一時的に気を逸らすため、宴の準備をするんでしょう。善は急げ、時は金なりですよ」


「そうだった。まずは準備が比較的早い飲み物の準備を!」


アズールは多少よろつきながら、螺旋階段を下る。そうしてホールから裏方のキッチンの方へ回り、飲み物の準備を開始した。対してジェイドとフロイドは魔法でクラッカーを破裂させ、即興ながら歓迎の態勢を取るのであった。


「ようこそ、モストロラウンジへ! 元イソギンチャクのお客様たち! あなたたちを歓迎するためにパーティの準備をして、お待ちしておりました」


群衆から困惑の声が上がる。


それもそのはずであろう。怒りのままに振り落とそうとしていた拳の目標が、歓迎の意を表しているのだから。意気揚々と殴ろうとしていた憎き敵がバースデーケーキを持って待ち構えていたら、誰でもそうなることであろう。


「今まで皆さまには様々な苦労を強いてきました。その労苦をねぎらって、一同お待ちしておりました。ささっ、どうぞ。お好きな席にお座りください」


それにしても、よく嘘がポンポンと思い浮かぶものだと思った。呆れを通り越して感心さえ覚えてしまうほどである。


元イソギンチャクたちが困惑したまま席に誘導される中、徐々にその怒気、熱気は収まっていくように見える。テンションが下がるのとはまた違った出鼻をくじかれる形で、気力が削がれていた。自分はキッチン近くでその様子を見ていたのだが、飲み物の準備を終えたアズールから配膳が手渡される。手伝うと云った手前、飲み物をテーブルに運ばなければいけないと思い、ジンジャーエールを二番席の客に音を立てないようにコップを置いた。一番最初に配膳した人物は、かの手袋先輩であった。


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