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悪魔の後裔-9

水の底、人魚の世界。


地上の人間は決して知らない、海の底。


そこで――僕は生まれた。


悪魔の後裔だと罵られながら……。


そもそも人魚の世界のおいて、オーバーブロットした者を連想させる墨を吐くタコとイカの一族は差別の対象だった。未だ古きを忘れない珊瑚の海において、軽蔑される対象である。


他の海域では、もうそんなことはないのに未だ因習に囚われている。


そのそもそもの原因は、僕の祖母が執筆した海底二万里。現実では決してあり得ない闇市。まつろわぬ民。邪神崇拝。最初は秘境……未知なる海溝を冒険譚にした興味深い日記であったのだが、邪神に触れたページを見た者は皆口を揃えて狂った随筆と呼ばれるようになった。


奇態と云うべきか、奇書と呼ぶべきか……その日記は未だ光の届かない奥深い海溝の真実の一端が記された貴重な品として博物館に贈呈され、好奇心にかられた人々の関心を惹く。そして必ず決まって云われるのは『現実ではありえない』、『狂人の日記』。


祖母の冒険譚の所為で、因習から脱することはできない。


悪魔の後裔。


そんな折――――。


『あなたが博物館にあった、あの原本のご親族なんですね』


『本当にいたんだ。出会えて感激~』


僕とは違った能天気な双子の人魚。


最初は疎ましく感じながらも、彼らは僕たち一族を軽んじ差別する他の人魚たちとは本当に『違っていた』。


『俺、闇市の様子が好きなんだよね。氷魚のミイラを買い取る様子がすっげえ好き』


『僕はそうですね。まつろわぬ民の生活模様が好きです。尾鰭で魔法陣を描き、邪神を崇拝する日記の内容は、息を呑むような臨場感がありました』


でも、中でも一番好きなのは……。


――と、双子の人魚は顔と声を合わせる。


『聖餅の代用品を探す水潜人。レリーフに泣きつくカミサマにパンを捧げる場面』


本当に変わっていると思っていた。


他の人魚からすれば、狂人の戯言にしか映らないと云うのに、二人の人魚は現実にあったこととして、その冒険譚を褒めてくれる。


いつしか僕の周りをうろつく疎ましい付き人から、親しい友人になるまでそう時間はかからなかった。


『ジェイド、アズール……知っていましたか? あの冒険譚を執筆したおばあさまは、ナイトレイブンカレッジの入学生らしいですよ』


僕はそう云いながら、ナイトレイブンカレッジの入学証を見せる。すると二人も同じものを見せて来た。


『俺らもナイトレイブンカレッジに行くんだ。アズールと一緒だなんて嬉しいね』


『アズールは陸の学校に入学したら何がしたいですか? 楽しみですよね』


『やりたいこと――我が宿願、アトランティカ博物館にある原本を取り戻すために価値あるものを探し出し、交換に出す。何せここは海だ。少しでも陸にある珍しいものを渡せば、交換に応じてくれるでしょう』


まるで悪戯の計画……将来の夢について語りあう入学前。


学校送迎のケルピーが来るまでの日を、指折り指折り数えて待っていた。


待望の日……僕たちは海馬に乗って、海中から海面に顔を出した。海の青さとは異なる空、海底では決して見ることのできない白い雲に感激していると、船に乗ったセイレーンが凱旋の歌を歌ってくれた。


これから先、あなたの旅路に幸があるように……。


遠い昔……でも、その意味が込められた奮起の歌は今でも心地よく、耳に残っている。


ナイトレイブンカレッジのある砂浜近くで入学証と一緒に同封されていた、変身薬を飲む。二足歩行はまずめは慣れていなかったが、陸の人間の表現を用いるなら『補助具なしの自転車を一度操縦できたら次からは普通に乗れるように』、自由自在、意のままに足を動かすことが出来た。


海中を漂わず自在に動ける感覚は、実に不思議なものであった。海の底と同じように空中を泳ぐことは出来ないが、陸は本当に海底とは違う。殊に、珊瑚の海で味わった差別的な因習がないことに驚いた。陸の人間はあの博物館に足を運ぶ様子を何度か目撃しているが、誰も僕を悪魔の後裔だとは思わない。認識しない。


極上の学園生活だった。


だが僕は忘れてはいない……ナイトレイブンカレッジを卒業したら、いつかは海底に戻ることになる。その前に祖母が執筆した原本の交換にとりつくために、地上で価値のありそうなものを年々探し回った。


学園生活は、実に多忙だった。


授業、部活、行事……。


中でも大事な筆記テスト。


僕は祖母がかつて入学していたという学園内を調査する上で、人手が必要だと思っていた。イースターエッグ……あらゆる寮の卒業生たちが残したであろう隠された贈り物を見付けるにつれて、ある懸念に囚われる。


ものは試しだと思い、学年が設立してからの百年間……テスト内容の出題問題について独自の調査を行っていたのだが、驚愕の事実を知ることになる。


僕はすぐ学園長に直談判した。


『少しいいですが、学園長』


ディア・クロウリー。


校長室に居座る一匹の黒い鳥。


僕は彼を見ながら、過去問……学園が成立してから一年目に出されたおよそ百年前のテスト内容を彼に見せた。その瞬間、息を呑んだのが分かる。


『質問があります、学園長。どうして学園成立時、一年目のテスト内容は生徒たちに催眠をかける内容になっているのですか』


学園長は答えなかった。


『二年目、三年目……どれもこれも魔法士の精神面に影響を及ぼす魔術が施されている。魔法は……呪文というのは基本的に言霊の効果を出力したもの。ですが、呪文内容をそのまま文字の形に変換したこのテスト内容は読む……見ただけでも催眠の効果をもたらす。あなたは生徒たちに何をしていたんですか?』


無言であった。


『一年目のテストは、催眠効果のある『見える魔法』。年月を重ねるにつれて、その隠し方……誤魔化し方が非常に巧みかつ巧妙になっている。今では最早、普通の文章――暗号化された文章と変わらない。今はどの教科書、テスト内容も違和感のない文章になっていますが、根っこは……根本的なところは催眠魔法であることに代わりない。あなたは、生徒たちにどんな催眠を施していると云うのですか?』


『それは、精神安定の呪文ですよアーシェングロット君』


ようやく、学園長は答えた。


『我が校は卒業生の中にオーバーブロットした生徒のいない、世界的に有名な学園校。魔法士見習に万が一のことがあって、評判を落とすわけにもいきませんからね』


『馬鹿な! テストを――授業を受けるだけで精神操作の魔法を受けるんですよ』


まるで百年間蓄積した呪いのようではないか!


そう僕は叫ぶが、学園長は一切動じることはなかった。


だから、僕はこう云った。


『それならば、僕にも考えがあります。告発――ナイトレイブンカレッジは組織ぐるみで生徒たちの精神操作を行っている。この事実が世間に公表されたくなかったら――』


『別に構いませんよ』


学園長は平然と答え、代わりに僕は黙した。


『あなたは海から出て数年しか経っていませんでしたね。我が校の役割は、そういったものなのです。黙認された周知の事実……と云うわけです。いくら生徒の一人が騒ぎ立てようと、どうこう出来るようなものではない』


『――!』


『今回の脅迫は、聞かなかったことにしておきます。ああ……ちなみに生徒に話そうとしても無駄ですよ。これまで教科書を見、小テストを受けた彼らは都合がいいように記憶改竄され、無意味な結果に終わる。生徒間でパニックが起きないよう、そういったまじないも込められているんですよ』


それにしても、初です。


この百年間、はじめて呪いを看過した生徒を見た。


学園長はどこか感慨深そうに云う。


『あなたのような人は初めてです……とはいっても、この百年のまじない。時間が経過するにつれて記憶が薄れて、元の催眠状態に戻ることでしょう。生徒にテストはつきものですからね。再び催眠にかかって、その状態に疑問すら持たない。これからゆっくりと、精神的に安定した学園生活をお楽しみください』


校長室の扉は閉ざされる。


僕は一年目のテスト内容を握り絞めながら、『何がまじないだ。呪いの間違いだろうが』と呟きながら、意を決した。


学園長に反旗を翻すため、作られたテスト対策ノート。


催眠状態が解けても、時間が立てば再び元の状態に戻ると云うのであれば、根本的な解決をすればいい。


その為に、学園内の精密な捜査が必要だと思った。


だがしかし、一人でやるにはあまりにも……だから、僕は対策ノートを罠に沢山のしもべを得て、催眠から完全に脱するための機密情報を探した。


だが……学園長の云う通り、いつの間にか僕は汚名挽回のために、祖母の残した原本を取り戻すために動いていて……。やるべきことではなく、宿願の為だけに働いていた。


時間経過で疑問にすら思わないと述べた発言は本当で……。


いつ取り引きを……契約を交わしたのか記憶は曖昧だが、『一年間の記憶保持』の取り引きをし……代り映えのない日常を過ごしている。


レオナ・キングスカラーに指摘された通り、やるべき事と為すべき事の目的がごっちゃとなっていて……。


ああ……頭の中がパンクしそうだ。


最初は、催眠のまじないから脱する為だった。


いつしか一族の汚名挽回の為に専念して動くようになっていた。


知らぬ間に目的がずれていた。


僕たちは、この『一年』をいつまで続ければ良いのだろう……?


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