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悪魔の後裔-8

「いや~、怖かったっスね監督生さん」


大丈夫ですか。


そうラギーは云いながら、足跡をくっきりと残された薬草学の教科書を拾い、埃や汚れを落とすために軽く小奇麗にする。自分は「どうして目的を喋ってしまったのだろう」と思いながら、手渡された本を受け取った。


「それにしてもアズールくん大丈夫っスかね。ほら見て、この黒い跡。足跡なんかじゃない。何か重たいものでも引きずったかのような……」


ラギーの指摘通り、その黒い跡を見る。言葉の通り足音とは程遠いもので、不定形の黒い塊を引きずったような残滓が残っていた。傍に落ちていた枝で軽く突くと、ぶよぶよとしているだけではなく粘着性さえある。


「まさか、タコだからって煙幕吹いているわけじゃあないですよね」


「タコ……?」


「レオナさんから聞いた話によると、アズールくんはタコの人魚らしいっスよ。タコとイカ……人魚の中ではあまり扱いがよくないらしいみたいですけど」


「それは何で?」


「オーバーブロット」ラギーは云う。「長時間、もしくは長期間オーバーブロットの状態から脱することの出来なかった魔法士は、身体が黒く変色してどろどろに身体が融解する。イカやタコなんかは墨を吐くモンですからね。オーバーブロットを彷彿とさせるから……」


「大変だ」


自分は手にしていた小枝を捨て、立ち上がる。そして見るのは、アズールの影から生じたどろどろとした液体。その黒いタール液のようなものは見覚えがあった。


この学園に来てシャンデリアを壊し、ドワーフ鉱山で見たインク瓶のような見た目をした化け物。


そいつは最期、泥の中でもがくように消滅していった。アレが人間かどうなのか分からないが、人型のソレが爛れるように融解していく様は非常にグロテスクなものである。生きながらに溶ける、蒸発する音……そして臭い。身の毛が弥立つものであった。


物事はそう深刻ではなく、もしかしたら単純に人間になれる変身薬の効果が解けストレス発散の一環で、墨を吐いたのかもしれないが、そう簡単に物事を片付けることはできない。アズール本人の影が蠢いていたこと……不吉に似た気配を感じたことから楽観視するにはあまりにも……。


「ラギーさん、レオナさんにモストロラウンジに来るように云って! 今日は休日でしょう! 緊急事態……〝新しいイベント〟だって伝えて! たぶん飛んでくるから!」


「新しいイベント? なんっスかそれは……あー、とにかくそう伝えればいいんっスよね?」


課題に必要な物品は手に入れていないけど……。


ラギーは自分の切迫し緊迫した表情で危機的状況を察したのか、駆け出していく。小柄な肉体があっと云う間に小さくなっていき、数秒後には全力疾走するハイエナの姿はいなくなっていた。さすが獣人と云うことだけあって、普通の人間とは比較にならない速度を有しているようであった。


「アズールさん、大変なことに……手遅れにならない内においかけなくちゃ。杞憂に終わりますように」


多分、自分が原因だ。


質量のある黒い影……その兆候を掘り起こしたキッカケは自分である。


どうして人の弱みに付け込んで揺さぶりをかけるだなんて云う、脅しに出てしまったのだろう。いくらレオナの口から聞いた情報とは云えども自分の行っている行動は、あまりにも非人道過ぎた。


自分は足跡のように所々残された粘着き質量のある小さな足跡を頼りに、アズールを追いかけていく。その残滓痕跡は鏡舎へ向かわれており、エースから教えてもらったショートカットを駆使しながら、舎内へまろび込んだ。点々とした黒い跡はオクタヴィネル寮へ繋がる魔法の鏡に残されており、自分は鏡の中に直進するように飛び込んだ。


鏡舎からオクタヴィネル寮内へ。浮遊する身体の動き、陸上と比較して非常に緩慢な動きに苛立ちさえ覚える間際、目尻を通過するのは黒い液体。わざわざ詳細を説明せずとも、それはアズールが残した黒い跡であることは云わずと知れた。


自分は出来るだけ早く手足を動かして、モストロラウンジに到着し、絶え絶えになる呼気を整える。ここまでの道中、オクタヴィネル寮の中は十分に呼吸が可能であったが全力疾走のソレが自分の体力低下を呼吸が教えてくれるのであった。


「ちょっと退いて!」


モストロラウンジ……今日は休日なのに賑わっている……いや、休みだからこそ混雑しているのかと思い、人をかき分けながら自分はVIPルームへ続く螺旋階段を上り、金庫のある部屋の扉を開け放した。


するとそこにあったのは……。


「ねえ、アズール。大丈夫……顔色が病気みたいに悪いんだけど。それにナニコレ……墨じゃねえよな?」


「アズール、アズール! 聞こえてますか! ここが一番あなたの安心できる蛸壺だと知っていますが医務室に行きましょう! 先生方なら何とかしてくれるはずです」


「やっぱり!」


ソファに腰掛けることなく、「あ……ああ…ああ!」と呻き声を出し、両膝をついているアズール。彼の影から無尽蔵と思えるほどに大量の黒い液体が滲み出ていた。ぶくぶくと沸騰するようにあぶくを立てる粘着いた液体。一瞬、蜘蛛か……それともタコか……多肢のシルエットを取ったかと思うと、急速に収束し、一瞬落ち着いたかと思えば破裂するように広がる。


その状態はかつて見たことのあるものだ……。


自分はここまで彼を精神的に追い詰め、不安定にさせてしまったのだと後悔した途端、「草食動物!」と声が掛かる。背後を振り返ればラギーとレオナの姿がそこにあった。


「俺を顎で使うとはいい度胸……と云いたいところだが、〝これは別に新イベントなんかじゃねえぞ〟〝前回見た光景だ〟」


レオナは不機嫌そうに舌打ちをしながら、VIPルームの中央にある金庫を見た。


「これは経験則だが……」粘着く黒い液体を嫌な顔ひとつせずレオナはアズールの懐から金庫の鍵を拝借した。「下手に我慢するより、いっそ堕ち発散した方がスッキリするぜ? なあアズール。今からお前に酷なことをするが、怨むなよ」


「……れおな……きんぐすからー?」


鍵を。


VIPルームにある金庫契約書が大量に積まれた、金庫の鍵を返しなさい。


悶え苦しみ弱々しくありながらも、そこだけは強固な意思があるのかレオナの尻尾を掴むように腕が伸ばされる。だが、アズールの手は空を掻くばかりであった。


「なにを……なにをするつもりだ……そこには契約書が……しもべが……宿願を果たすために……それに貴方との一年分の記憶を保持するけいやくしょもある……ぼくは、まだ何もつかんでない……」


「なあ、アズール。大量のしもべを使って学園中を調べる。それはまあいいと思うぜ。お前がどこでヒントを得たのか分からないが、その嫌疑は学園全体に向いたんだろう?」


「…………」


「だが、お前……俺と同様『一年分の記憶』をある程度保持していると云っても、意識や認識にあやふやになっている部分がある。お前が本当にやりたい事と、本来やるべきことがゴッチャになってるんだ。やるべき事と為すべき事、宿願と本題のそれぞれの問題を明瞭にするために、ちいっとお痛をかますぜ?」


「――! まさか……おまえ、やめろ……やめろ!」


「『やりたいこと』である宿願と、『やるべきこと』であった本題。それぞれの区別が曖昧になってるから足元救われるんだ。なぁに、問題はない。一度溜まったモン吐き出せば、頭の中はスッキリする。それに責任を以て、俺は戻ってくるように全力を尽くす。そこまで悲観的になることはない」


レオナはそう云ったかと思うと、VIPルームに堂々と設置された金庫の傍に寄った。金庫そのものは鍵を……防護魔法を使用していないアナログのみの施錠だけが施されており、鍵穴を捻ればその強固な扉を簡単に開くことが出来た。金庫の中を開いた本人は金塊のように輝く契約書の束を全て掴んで、ユニーク魔法を使用する。


「王者の咆哮キングス・ロアー


「――――」


声にならないアズールの金切り声が響く中、すべての契約書が砂と化す。黄金の紙の色が反映されているのか、砂金の一塊のようになったそれは形を無くしたがゆえ金庫から垂れ流す形で床に流れ出ていた。


「あ、ああああああああああ、ああああ……!」


アズールは恥も外聞もなく、床に這いつくばりながら全てが砂に……水泡に帰した『黄金の契約書』だったものをかき集める。口は引き攣ったように笑っているが、恐慌……精神状態安定したものではなく、錯乱しどこか狂気の片鱗さえ見えていた。


「ぼ――僕の、しもべたちが……この学園にある価値あるものを探すため……ぼくの契約書が……おばあさまの汚名を――!」


「だから、それはてめえがやりたいことだろうが! 俺とお前が交わした契約には、そう云った内容はなかった。一年間の記憶の保存! やるべきことに注力しやがれ!」


「ああ――! 全部お前が!! お前の所為で! どうせ、どうせ……バラすつもりだろう! 悪魔の後裔だと! 海の底であったように! 他の人魚たちと同じく! お前らも一緒だ! どいつもこいつも冷せら笑いやがって!」


「バラすつもりはありませんでしたよ……」自分は云う。「あくまでイソギンチャクを解放するための手段として――」


「黙れ! 何が『なゆてわひれ さきんわまれこ なら□あよあ□ひつ』だ! おばあ様は悪くない! あの人は、あの人は真実をしたためただけだ! 狂った随筆じゃない! そうじゃない! 僕たちの一族はどこもおかしくなんかない!!」


「おい、監督生! 俺の後ろに隠れろ!! 来るぞ!!」


「あああああああああああああああ!!!!!」


一際甲高い絶叫。


その大声に倣うようにアズールの影が立体的に膨らみだす。最初は腕をだらんとさげた人型になったかと思うと、左右に四本ずつの突起が現れた。その突起が震えながら徐々に下に下り、床に広がる。人型のようなものから蜘蛛らしきものへ。それから最終的にタコのような形状になったかと思うと足元から徐々にアズールの身体を這い上がる。まるで黒い粘りのある液体は、意思を持った生き物のようであった。


『アズール!!』


ジェイドとフロイドは、事の異常さ、異質さを肌で感じ取りながら彼の名前を叫んだ。二人の中で漠然と感じているのは、見るからにブロット化していく知人への心配……肉体が蝕まれるだけではなく、どこか遠くへ離れていきそうな寂寥とした距離感。


アズールがいなくなる。


うまく言葉にできないが闇に引きずり込まれつつあるアズールを見て、二人は同じ感想を抱いたのであった。


「アズール! 冷静になってください! あなたは大丈夫です! ここでは誰もあなたを差別する人はいない!」


「戻れよアズール! こいつらがバラしたら俺が絞めっから! お願いだからアズール……戻ってくれよぉ!」


「ジェイド、フロイド」


二人の名を呼ぶアズールの声。


先程の金切り声とは真逆の穏やかさを持っている。


急激な温度の落差ゆえ逆に皆の背筋が凍った。


「いまちあまめち まめあきり き□るらあ□そあかつれえる□まひ なら□らりんさむよむなゆてわひれ さきんわまれこなら□あよあ□ひつ」


知性なく獣性を存分に発揮する堕ちた者が発する共通言語。


人魚の双子は完全にオーバーブロット化したアズールを見て、突如刃物を喉元に突き当てられたかのように、ハッと息を呑んだ。


「その言葉……海底二万里、アズールのおばあさまの――」


フロイドの言葉が終わらない内に、影が――質量を持った黒く粘着く触手が鎧袖一触、強固な金庫を破壊した。勢いよく伸びたタコのような吸盤を持つ分厚いソレが重たい音を立てて床に落ちたかと思うと巻き付くような形で持ち上げ、レオナの方へ投擲される。レオナは咄嗟の判断で自分の腕を掴んだかと思うと、獣人特有の身体能力の高さを見せ跳躍し、フロイドとジェイドの傍に降り立つ。半ば突き放すような形で自分は双子の背後によろめきながら押し込まれた。


「癪だろうが、そいつはてめえらが守れ!」


「はあ? 勝手に押し付けないでくれる? そもそもアズールがこうなった原因はコイツにあるって云うか――」


「キッカケはそうだろうが、原因は俺だ」


黄金の契約書。


その全てを砂としなければ……すでにギリギリの状態で精神の均衡を何とか保っていたアズール天秤に重しを乗せて一気に傾けたのは自分だと、レオナは主張する。


「じゃあ共犯じゃん。てめえら二人がアズールをこうしたんだ」


「フロイド。気持ちは分かります。寧ろ、同意しますが今はそれどころじゃありません。レオナさん……あなたはアズールがオーバーブロットする前、『責任を以て、俺は戻ってくるように全力を尽くす』と云っていましたね」


手段はあるんですか。あるんですよね。


焦った表情を隠すことなく、ジェイドは問う。


「ああ、ある。かなり乱暴な手段だが、暴力で片付ける」


これは自慢にもならない単なる恥だが……と、レオナの前置き。


「『経験者』なんでね。それが一番の解決法だと思うぜ」


オーバーブロットの経験者。


獣性に堕ちた最中、その精神状態がどういったものなのか分からないが、すべての鬱憤が晴れていくような、蓄積したストレスが吹き飛ぶような爽快感さえあると云う。


そもそもオーバーブロットは魔法士が精神的均衡を保てなくなり、バランスが偏った状態を指す。そりゃあ……堕ちて好きなだけ暴れればスッキリもするだろうと言葉を挟みたくなるが、それよりも前に乱暴に動き回る触手がこちらへ目掛けて動いてきた。自分は頭を押さえしゃがみ込みただただ暴力を待つだけの身だったが、フロイドがこちら側へ飛び、前に出た。触手がフロイドの身体に触れる直前、すべての攻撃をあらぬ方向へとずらすユニーク魔法が発動したお陰で事なきを得る。


「あ……ありがとうございます」


「小エビちゃん、ウロチョロされると面倒だからそのままじっとしててね。じゃないと、死ぬよ」


コイツ呼びから、いつもの小エビに戻った。


フロイドはマジカルペンを取り出し、厄介な八本の触手の動きを封じるため、草の魔法で鎖のように拘束し、次にジェイドが氷の魔法で完全に動きを止めた。相談のない息の合った連携プレーは、双子特有の意思疎通の深さが存分に発揮された結果だろう。


だがしかし……足を抑えたとしても、触手のひとつだけではない。一本の足が完全拘束凍結し、次に狙いを定めようとした瞬間、別の触手が雁字搦めになった足を叩く。すると表面を固めていた氷は砕け、草の縛めで動きが封じられた本体がブチブチと自然の鎖を引きちぎって、完全な自由を取り戻した。


フロイドは「手間とらせんなって!」と叫びながら、再び双子のコンビネーションを見せる。先ほどの攻撃は点なる狭い範囲であったが、今度は合計三本の触手を同じように草の縛めと氷の束縛で面なる広範囲の呪縛を行った。だがしかし、厄介な触手は残りの手を使って同じように拘束を解くのである。


「埒があきませんね。合計八本の触手の動きを塞いでアズール本体にショックを与えたいのは山々なんですが……そもそも触手がそうさせてくれない」


「動きに法則性すらない……」自分はアズールの足元から生まれた分厚い触手を見ながら云う。「それぞれが独自に動いてる。右側は本体を守る動き、左側は攻撃専用みたいな感じで役割分担してくれればやり易いんですけど、そうじゃない。一本一本それぞれが、臨機応変に独自の動きを持っている」


まるで、それぞれが意思を持つ手だ。


自分がそう独白すると、レオナは「触手を押さえる手段自体は悪くない」と云う。


「何とか頭を使って一度に触手全体を拘束しろ。そうしないと本体にどうすることもできやしねえ」


見る限り……とレオナは俊敏な動きで触手の一本を避けながら云う。人間の反射神経と比較して倍を誇るであろう、的確な判断と動きであった。その昔、妖精戦争時、獣人は人間よりも多く戦争に駆り出されたと聞いたが、なるほど……これほど高い身体能力を持っていれば戦力として投じたくなるのも分かる。加えてレオナは軍事訓練など受けていない、単なるマジフトのスポーツ選手だ。本格的な訓練を受ければ、更なる向上が見込めることだろう。伸びしろはまだあると云うわけだ。


「触手の動きを見る限り、アズール本体を守るように……攻撃させないように触手が動いている。逆に云えば、アズールそのものが核であり弱点と云うわけだ。うざってえ触手を攻略すれば何とかなる」


空気を淀ませる粘着いた轟音。


レオナは壁を蹴って跳躍し、離れたところに着地する。彼が少し前までいたところは、二本の触手が襲い掛かっており、なだれ込むように襲撃していた。質量による攻撃。レオナが避けたことにより、床が罅割れたのだが、アレがもし直撃していたら昏倒してたちまち倒れていたことだろう。人間の場合、打ち所が悪ければ即死だ。


レオナを襲った二本の触手が粘着いた糸を引きながら、ゆっくりと持ち上がる。レオナは半ば中腰になる形で床に散乱した、かつて黄金の契約書であった砂金のような塵芥を掴み、触手の司令塔であろうアズールに向けて目くらましとして放つ。そもそも触手自体が独自の意思を持ち半ば自動的に動いているので云うほどの効果はないのだが、一瞬触手諸共アズールの動きを怯ませることに成功した……が……。


「トド先輩!」


フロイドが叫ぶ。


自分はつられたように正面を見ると、アズールと触手の動きを一瞬怯ませることに成功したものの、黄金の塵芥たるカーテンを触手の一本が圧し潰すことで白煙を発し、仕返しと云わんばかりに視界が悪くなったレオナに向けて二、三本の触手が素早く動いてレオナの身体を締め上げた。力加減なく、それこそ本気で握り潰して赤い血飛沫を絞り出すかの如きその呪縛は非常に強力なものであった。いかに獣人とは云えども、合計三本の触手の縛めたる拘束から逃れることは出来ない。


「ラフ・ウィズ・ミー! 俺を忘れてもらっちゃ困るっスよ」


レオナの口から血が出るのではないかと危惧した直後、ラギーのユニーク魔法が炸裂する。彼のユニーク魔法は魔法をかけた対象と同じ動きをさせる効果を持つ。幸いにも骨が折れるよりも前にユニーク魔法で助けられたレオナは、ラギーの指示通りに動く触手の拘束から逃げ出し、地面に降り立った。


「ラギー、よくやった。危うく、死ぬところだった。そのまま、動きを拘束してろ」


「そうさせたいのは山々なんっスけど……」


VIPルームの入口に立ったラギーは、操縦が重たそうな口調で云う。歯を食いしばってユニーク魔法の継続を行っているが、触手の方はわずかながらに自身の動きを取り戻そうとしていた。微細ながら数センチ程度震えながら動いているが、ラギーの言葉から察するに無理矢理押さえつけているがゆえに、いつ魔法が解けてもおかしくはない状況なのだろう。


「レオナさん、俺の魔法三十秒も持たないっスよ……! 人間一人を意のままに動かすのとはわけが違う。触手の質量が重たいんじゃなくって、魔法そのものが弾かれているかのような……」


「だろうな。俺が絞め上げられた時、砂に変えようと触手に触れたが効果はなかった。理屈は分からないが、退魔……もしくは魔力の塊であるがゆえ、効果はイマイチって感じだったぜ」


フロイドとジェイドの草と氷の魔法が、あっさり破られたのもそれが理由だろう。


レオナは忌々しそうに呟く中、自分は「魔力が高いと魔法の効果が薄れるんですか」とどこか場違いなことを問うた。返された言葉はイエス。短いながらも簡潔な答えだった。緊迫した状況であるがゆえに仕方がない。むしろ返事を返してくれたこと自体がありがたいものである。


なお、後に知ることになるのだが、魔力の高い物質に魔法が通じにくい理屈を簡単に説明すると、「青いペンキの原色に水で薄めた同じ色の絵具をぶつけても色が変わることがない」といったものであった。


つまり、同色のたとえのように魔力に異なる魔力をぶつけても、その根源……通常の魔法にしろ、ユニーク魔法にしろ、根っこの力が同じなので、効果が薄まると云う。かつてリドルは操作魔法の一種として魔封じのユニーク魔法を乱発していたが、それは彼自身の魔力の容量が多いことと、基本的に操作系の魔法は不意打ちが基本だ。リドルはわずかな隙を見つけて相手に首輪を付けていたことになる。その上、相手の魔力量を塗りつぶす圧倒的な魔力量を誇っていたがゆえの圧倒的な成功率であったのだ。


「アズールの触手には魔法が通じ難い……でも魔法以外であの触手を押さえるには……どうしたら……」


手段として唯一考えられる方法は、人力で八本もある触手を一度に押さえつける非常に荒唐無稽で馬鹿らしいモノ。


あまりにも現実的ではないやり方に頭を振る。別の効果的な方法はないか必死に考える中、「そうは長く持たない」と云われたラギーのユニーク魔法の効果が切れた。自由を完璧に取り戻した触手は八本纏めてこちらの方向へむかう。薙ぎ払う……もしくは圧倒的な質量で圧し潰すつもりだ。これはいくらフロイドの相手の攻撃を反らすユニーク魔法があるとは云っても直撃は免れない。アズールの乾いた高笑いが響く中、



「出でよ、大釜!」



――突如目の前に、これまで見たことのない大釜が現れ、触手を押し潰した。


「大丈夫か、監督生!」


「ディアフレンド!」


自分は感激の声を出しながら、大釜の召喚魔法を行ってきたエースを見る。ヒーローの如く颯爽と現れた彼の頭部にはイソギンチャクはなく、しもべの立場から自由の身になったことを知るのであった。恐らくすべてが水泡に帰した……黄金の契約書が砂に……アズールがこれまで契約を交わしたその事実も無になったのであろう。


「いきなり頭のイソギンチャクが取れたんだ。積年の恨み……幾度となく学園で変なことばっかりさせやがって。アズールの野郎に一撃ぶちかまそうと思って来てみたが、正解みたいだったようだな」


「オイ、草食動物!」


レオナはエースの出した魔法、魔力ではない物質で造られた鉄製の大釜を見て叫ぶ。


「大釜を出す魔法の材料は魔力だが、召喚物には一切魔力がない! このまま一気に八本すべての足を押さえろ!」


その言葉を聞いて、デュース以外がハッとした表情を浮かべる。


「大釜が当たるよう、俺がサポートするっスよ」


「ジェイド、魔法の効果は薄いけど数秒だけ拘束することは出来る。俺たちもサバちゃんのサポートしようよ」


「云われなくてもそのつもりですよ、フロイド」


アズールは正気に戻ってもらわなくては困ります。


ジェイドはそう云いながら、床全体を凍らせるような氷の呪文を放った。八本の触手は自在に空中を動いてると云っても、その根元はシッカリ地面にどっしりと構えられている。どろどろとした粘液……水分が冷え切った氷の温度に引き寄せられた直後、フロイドは草の縛めを触手の根元と先端に向けて放つ。まるで地面に縫い付けられるような形で全ての触手が磔になった格好の餌食をハイエナである抜け目のないラギーが逃すわけはなく、動きを制御するユニーク魔法が放たれた。皆の連携、合わせ技で触手の動きに自由が利かないままどうにかしようと本体であるアズールが怒りの表情を浮かべた直後、デュースの得意魔法が数度連発する。


「出でよ、大釜! 大釜! 大釜!」


砂埃を立てて、重量のある鉄製の物体が文鎮のように落ちる。六本目の触手に大釜が圧し掛かった直後、レオナは地を蹴って跳躍しアズールの触手を足場にして走り出しながら、直進した。


「目を――覚ましやがれ!」


俊敏な動きでレオナは本体の前に躍り出る。アズールが驚きで瞠目した直後、一切力加減のない拳がその頬を殴打した。握り拳を作るその加減は、自身の鋭い爪が皮膚に突き刺さり手の平の流血さえ厭わない渾身の力だ。そう殴打は右ストレートの顔面だけに限らず、腹部にもぶちかまされた。そして息をつく暇すら与えられず、脇腹を直撃する蹴りが炸裂するのであった。


核……弱点である本体に遠慮のない暴力の嵐が見舞われる。アズールが白目を剥きながら、身体が仰け反る。その様子は誰の目からどう見ても気絶していることは容易に見て取れる。レオナは数秒の間、白目を剥いて気絶したアズールを眺めていたのだが、その視界の先に何かを見付けたのか飛び降る。そうして、アズールの影から逃げようとしていた黒い蜘蛛に対して、地を割るような勢いで踏み潰し、圧殺した。


レオナの足元から黒い霧が霧散したように煙を立てる中、足をどかすとそこには黒い煤跡があるのみで何もなかった。


死骸さえも見付け、捕らえることが出来なかったのである。


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