悪魔の後裔-7
「アトランティカ博物館に行くため、人魚になれる魔法薬を作りたい」
翌朝、サバナクロー寮の談話室で自分は宣言するようにそう云った。
昨晩の話……アズールに関する話をしたレオナは「マジか」と云いながら、自分を見詰めていた。事情を知らないジャックとレオナはどうしてこのような結論になったのか分からないまま、不思議そうな顔を隠すことなく晒している。
「えーっと、監督生さん。どうしてアトランティカ博物館に……珊瑚の海、海底に行くために人魚になりたいんっスよね? どうしてそんな結論に至ったんっスか?」
「同感だ。俺も知りたい」
「アズールに揺さぶりをかけるためです」
自分は昨晩、レオナの口から教えられた、燃えなかった黄金の契約書のカラクリと、そうしてアズールが気にかけているというアトランティカ博物館に寄贈されてある海底二万里の原本について知る為に、直接その内容を知りたいと述べた。
「海底二万里……名前は知ってるっス。アズールくんって、あの本の執筆者の親族だったんっスか」
知らなかった……とラギー同様ジャックが同意見を出す中、レオナは「そうだろうな」と意地悪そうな顔で云うのであった。
「あのタコ野郎……わざわざモストロラウンジに防音室のVIPルームを作って、電話でコソコソ明け渡すように懇願していた。学園内に知らない人がいても無理はない。恐らくシークレット情報だろうよ」
わざわざ珊瑚の海に行かなくともこの情報だけでも、イソギンチャクたちに開放するに足る脅しの材料になるだろうが……。
レオナは大欠伸を出しながら、そう云った。
「レオナさん、多分それだけでは脅しの材料にならないと思います。もっと裏付けが、確固たる証拠が欲しい。正確な情報を入手して的確に揺さぶりをかける。相手は屁理屈や誤魔化し、誤認といった方法が得意みたいなんです。完璧な裏付けがない半端な状態だと、また巧くやり過ごされてしまう可能性がある」
自分は悔恨の過去を思い出しながら云う。その彷彿とする過去の内容は、オンボロ寮から手荷物を渡され追い出され、新調したドアが音を立てて閉まる瞬間。肌寒い夜空の下、渇いた風が吹き、玄関前で呆然と直立するあの場面である。
「ただ他人から又聞きした情報で挑むのはいささか不用心です。この学園長から渡されたゴーストカメラで、博物館に飾られている状態の原本と説明書を撮影する。そしてこう云うんです。『あなたがこの原本の親族であることが学園中に吹聴されたくなかったら、イソギンチャクたちを解放すること』。珊瑚の海にあると云う博物館に行き写真に収めて、この作戦はようやくやっと成功するんです!」
「子分、おめーだいぶ悪辣な手段を取るようになってきたな。相当な恨みがあると見た……」
「悔しさをバネに頑張っているだけだよ。オンボロ寮を担保に出した契約で、最悪でもディアフレンドを救おうとしたけど、それすらも相手の屁理屈で失敗に終わった。卑怯どころかかなり汚い手段だとは思う。でも、これぐらいしないと問題解決にはならないんだ」
宿願と云っていた。
アズールは、学園内を調査することについて宿願と確かにはっきりと言及していたのである。もしもその願いがアトランティカ博物館にある原本に関与するものであるならば、実際現場に赴き実物を知ることに損はない。むしろ、有益である可能性が非常に高いのだ。
「ふーん。そう云うことっスか。それなら、俺も同行しようかな」
「え?」
自分は突如ラギーの申し出に驚きの声を上げた。こちらとしてはジャックと共に行動して魔法薬を入手しようと思っていたのだが、突然の助太刀の申し出に少し困惑する。
「なぁに驚いてるんっスか監督生さん。俺も協力するって云ってるんっスよ」
「でも作戦に加担するには、謹慎処分中なんじゃ」
「それはそれ、これはこれ……と云いたいところっスが、課題に出された内容に植物園に用事があって……要は一石二鳥なんで同行するって云ってるんっスよ」
「おい、ラギー」レオナは云う。「昨晩俺はいつものようにぐっすり眠れた。夜中、争うような物音が一切しなかったが、囮作戦はうまくいかなかったのか?」
「残念ながら……まあ、まともに考えれば罠だとは思いますよね。逆恨み……報復鬱憤を晴らすとは云っても、四六時中ブチ切れて冷静を欠いているわけじゃない。レオナさんの部屋で泊まることで逆効果……警戒心を煽っちゃったかもしれないっス」
「ふん……そこら辺はお前に一任するが……おい、監督生。ここは素直にラギーの手を借りておけ。植物園の場所は……一度栗を拾いに来たときに知ってるか……人魚になれる変身薬の材料調達や作り方なんかはさすがに熟知していないだろう。素直に任せておいた方がスムーズに行く」
「え……あの……それじゃ……改めて、よろしくお願いします。ラギーさん」
「ラギーでいいっスよ、監督生さん。こちらこそ、改めてよろしくお願いします」
自分は深々と頭を下げると、ラギーは「しっしっし」と少し特徴的な笑い声を出した。彼の事は非常に身軽な動きをするパルクールの使い手……といった精度の低い情報しか知らないが、新たな協力者は非常にありがたいものであった。ディアフレンド……エースとデュースの二人が囚われている以上、助け船はありがたいものである。
「ふな~! 今日は休日なのに! イソギンチャクが俺様の身体を操って……子分たち、後のことは頼むんだゾ~!」
今日もまたイースターエッグを探す多忙な一日が始まる。
グリムはそう訴えながら、まるで頭部のイソギンチャクが身体の司令塔である脳に挿げ替えられたかの如く、アズールの意のままに操られながらサバナクロー寮から出て行った。恐らくエースとデュースの二人も同じようにこき使われていることであろう。
「そう云えばグリムは、何を対価に期末試験の対策ノートを得たんだろう」
ちょっとした疑問だった。
まあその件については後で知ればいいと思いながら、人魚の変身薬入手のために薬草学の教科書を手に取り、ラギーに向けて準備ができたと知らせる。ラギーの方は「遅いっスよ」と文句を云いながらもその口調はあまり強いものではなかった。
学園の植物園。
その大まかな場所は大体、把握している。
ラギーと自分はメインストリートに一旦出て、そこから脇道に逸れる感じで道の起動をずらす。そうしてガラス張りのドーム状の建物に向かって直進していけば、自然と辿り着くことが出来る。どれほど迷子の才能があれども、植物園までの道程を迷う輩はそうそういないことであろう。
目的の場所に到達した二人は、薬草として使用されるであろう不思議な植物群の中央を突っ切っていく。ラギー曰く、変身薬の材料に必要なものはクルーウェルが教鞭を取っている建物の中央……薬草を切る、焼く、煮る、瓶に詰めるなどの手作を行う保管室に必要な物が揃っている可能性が高いとのことだった。
「アレ……エペルくんじゃないっスか。部活はともかく、今日は休みなのに何してるの?」
ラギーは意外な登場人物に対して、少し意外そうに眼を丸める。エペルと呼ばれた人物は「あ、ラギーサン」とどこかぎこちない口調で応対する。既知なのかどこか気安い感じの態度であった。
「紹介するっス、監督生さん。マジフト部の後輩、ポムフィオーレ一年生のエペル・フェルミエ、っス」
「わ、自己紹介先にされてもうた……あ、エペル……エペル・フェルミエです。監督生サンとは初めまして……かな」
「はじめまして」自分も挨拶をする。「オンボロ寮の監督生です」
オンボロ寮って確か……とエペルが何か物云いたげな表情をしたものの、余計な詮索、発言は礼儀として美しくないと判断されたのか結局最後まで何も云うことはなかった。代わりにこちらに向けてにこやかで穏やかな表情を浮かべていたかと思うと、ラギーは「ここで何してるんっスか」と訊ねる。彼としてはサバナクロー寮で毎朝行われている部活動に顔を出さなかったのが気になっての発言であった。
「ラギーサン……僕はクルーウェル先生の課題で、早朝にしか取れない花の蜜の採取を……だから顔を出せませんでした」
「課題って……エペルくんは何か先生にしたんっスか」
「それはええっと……」
誤魔化すような半笑いだ。所謂苦笑である。自分は、クルーウェルは厳しいからなと思いながら……恐らく、何かの罰として出された課題の内容をこなすために、早朝から奮闘しているエペルにどこか同情的な気持ちが入った。罰則による課題と云うのは単なる思い込みかもしれないが……。
「ラギーサンはここに何をしに? 確かまだ謹慎処分中だって……」
「俺も同じく出された課題をこなすために、ちょっとばかしここに用があっただけっスよ。それと監督生も植物園に用があるんっス。変身薬。ちょっとばかし珊瑚の海に用があって人魚になる為に材料調達と薬の調合が必要なんです」
「人魚に……薬の調合自体は一年生でも出来るものだったかな……」
「え、案外簡単なの?」
「人魚が人間に変身しているのと同様、人間も人魚に変身できるっスからね。異文化交流的な奴? 海の連中と付き合う為に簡単な薬の調合が研究され、グッと作成難易度が下がった……という与太話があるんっスよ監督生さん」
ラギーは云う。
「でも、変身薬とはいっても変身したい対象によっては難易度にバラつきがあるので要注意。特にドラゴンや幻獣の類は難易度が高い。学生に出来るようなものじゃないっスよ。それこそ専門店で買わなくちゃ」
「昔、学園長が変身薬でゴーストになっていたんだけど、あれはどうなの? あの変身薬の調合難易度は難しいものなの?」
「ゴーストっスかあ……多分難しい。相当高価っスよ。ゴーストは死後の人間が形を成した残留思念。蘇生薬とは真逆の製造法で一時的に死に、物質的な肉体を透過可能な霊体にする。云わば、仮死薬。そんなものがあれば、どれぐらいの値段で売れるのか……学園長はそんな物持ってるんっスか。いいこと聞いたっス」
しっしっし。
ラギーは悪だくみをするように笑った後、課題の続き……未だその途中であるエペルに二、三回簡単な言葉を交わして別れる。自分はエペルに会釈した後、ラギーの後ろについていった。
人魚になれる変身薬の調達、調合に必要な……植物園の中央にでんと構えられてある小屋……保管室の中に必要なものがすべて備えられているらしいのであるが、その道中奇妙な人物を見た。頭部にはアズールのしもべの証であるイソギンチャクを揺らしながら、「キビキヴィー!」と奇声を発したかと思うと、奇怪な動きで後方へ一歩、左に十七、前方に十四、左へ血涙を流しながら爆進していた。遠目であるがあの容姿は中庭の井戸水に喧嘩を売っていた手袋先輩のものであり、どう見ても奇妙にしか見えないし思えない謎の行動はアズールに命じられて動いていることは容易に見て取れた。
救わなければならない。
そう思うと決意がみなぎった。
……自分はこれから、アトランティカ博物館に赴き写真を撮り、そしてアズールを脅すといった卑怯卑劣極まる行動をこれから起こすわけだが、あのような哀れな謎の行動を起こす被害者を見ると悪辣な手法と云われようともアズールの暴挙を止めなくちゃいけないと強く思うのである。
「人魚になる変身薬を調合して、アトランティカ博物館……そこで原本を写真に収めてアズールに揺さぶりをかけるんだ」
自分が決意を固める為、小声ながらも意思の強い独り言を呟いた瞬間、頭上から影が差す。太陽に雲がかかり覆ったにしては小規模で周囲が明るい。何事かと思い空を見上げると、人魚の双子の片割れ、フロイドが「何してんの小エビちゃん」と話しかけていた。彼の背後を見るとジェイドと、騒動の本人アズールの三人組が存在していた。
「監督生さん、ここへは何の用で?」
アズールは自分の小声が聞こえたのか不明だが、こちらの真偽を知るべく眼鏡を押さえながら訊ねて来る。こちらとしては全てを知られて計画が水泡に帰すためにはいかないので、自然と押し黙る結果となる。
「あ……あなた達こそここへ何の用が? 自分は……自分はそう。クルーウェル先生に出された課題で、植物園に用があって……」
全くの嘘である。
自分はエペルの口から聞いた内容をソックリ真似た言葉を出すが、三名の疑いに満ちた視線を完全に晴らすことができなかった。
「僕は監督生さんに昨晩の件について謝罪すべきだと思って、ここに来たんですが風向きが変わりましたね。ジェイド、アレをお願いします。本心を聞き出してください」
「アレ、ですか? 別に構いませんが、そう素直にさせてくれるとは思いませんよ」
フロイド。
ジェイドが名前を呼んだ瞬間、フロイドが前に出た。それは何故かと云うと『本心を聞き出す』と云う言葉だけで闘争と不穏の匂いを一早く嗅ぎ取ったラギーが、殺傷能力の低い手加減された魔法を出したからである。正直その魔法はラギーが謹慎処分中であることと、そうしてあくまで牽制の意味を込めた攻撃魔法なので大した効力のあるものではなかった。
「えっ! 攻撃が明後日の方向に……!」
だがしかし……その先制攻撃はジェイドとアズールの前に立ったフロイドに……通常ならぶち当たり後ろへ後退していただろうが、直撃すらすることなく見当違いの方向へ飛んだ。ラギーは再び風の魔法を使用するが、同じ結果しかもたらすことしか出来なかった。
「だりぃ。いくらやっても無駄だって。俺のユニーク魔法、巻きつく尾。相手の攻撃を反らす魔法。魔法自体を無くすことができないけど反射板みたいに、あらぬ方向に飛ばすことができる。だから無駄だからやめろよ」
前半な上機嫌に。後半は明らかに不機嫌な声質で。
テンションの高低差を出しながら、ずんずんと直進してくる。ラギーはあらぬ方向へ飛ばされた魔法……植物園に植えられた木々の葉を突風でゆらすだけの結果に終わった事実を認めながら、フロイドのユニーク魔法がブラフでも虚偽のある情報でも何でもなく事実として認めるのであった。
「フロイド、あまり自分のユニーク魔法について喋るのは感心しませんよ。基本情報は伏せるものです」
「ジェイドはそうかもしんないけど、俺の魔法は見たらすぐ分かるようなもんじゃん。すぐに看破される。そんなら逆に、自分から情報開示して相手の気力やる気を削ぐように、魔法は無駄だって教えてあげた方が効果的なんだけど。自分に魔法が返ってくることをオマケに親切で云ってるわけ」
「まあ、あなたはそうでしょう。僕とは違って、ね……」
敢えて、秘匿し伏せておくべき情報を開示することでこちらの気力を削ぐ。
ジェイド曰く『自身のユニーク魔法の正体はすぐ割れる』とのことらしいが、リスキーながらも確かにその方が使い方としては効果的かもしれなかった。通常ならば攻撃魔法が通じないのなら別の魔法を……といったように臨機応変に対応したいところは山々であるが、『魔法は無駄と教える』と発言した通り、不用意に別種の魔法を使うことが躊躇わされた。
もしも精神干渉系の魔法を使っても無意味な結果に終わるかもしれない……それだけならまだしも、放った魔法が見当違いの方向へ飛ぶ魔法だ。最悪のケースとして自分の方に跳ね返ってくる恐れがある。下手な真似を……相手に向かってマジカルペンを放つにはあまりにも相手が悪すぎた。かつて魔封じとしてリドルは相手に首輪をつけることで魔法の制限を行っていたが、これもまた首を刎ねる魔法とは異なった相手の制限、魔封じのやり方であろう。
ラギーが悔しそうにマジカルペンを向けながらも行動できない中、フロイドは自分の前に直立する。何の表情も伺えない無表情に見下されて自然と腰を抜かしていると、彼の長い脚が上げられたかと思った瞬間、ダンと強烈な音を立てて地面を踏んだ。みれば、地に手をつく自分の近くにあった薬草学に関する教科書を荒々しく踏みつけていたのであった。
「ジェイド~、小エビちゃんビビって動けないみたい。アレはもうできるんじゃないの?」
「そうですね、フロイド」
表面はにこやかな調子でジェイドは近寄りながら、腰を抜かして地面に尻もちをついた自分に相手が目を合わせる。「かじりとる歯」と呟いたかと思うと片目が怪しく輝いた。
「……質問です、監督生さん。あなたは何をしに植物園にいらっしゃったのですか?」
「薬草を採取して、調合するためです」
自分は怯えや恐怖を忘れて、自然とジェイドの質問に答えていた。まるで長年の朋友、気安友に話すような気軽さで口が回っていたのである。自分が場違いにも昔ながらの親しい知り合いにあったかのような安堵感に包まれる中、意識の遠くからラギーの困惑した声が響く。自分はこの世界で古くからの友人がいないと云うのに、どうして警戒心が易々と解け、簡単に舌が動くのだろうかと思いながら……。
「薬の調合……それは本当にクルーウェル先生から出された課題内容をこなすために?」
「いいえ。違います」
「では、何の薬を造ろうとしていたのですか?」
「変身薬。人魚になれる薬です」
ラギーは焦った声で自分の名前を呼ぶ。アズールは無言でこちらを眺めていた。
「人魚になって、どうするつもりだったんですか?」
「珊瑚の海にあるというアトランティカ博物館に行くつもりでした。そこで海底二万里の原本をカメラで映してアズールに揺さぶりをかけるのが狙いです」
「なるほど……卑怯な真似をしますね」
音もなくジェイドの目線から、解放された。
自分は己を見詰める凝視する眼の持ち主に対して親しみの感情を強く抱いていたと云うのに、いざその目線から解放されると夢から解き放たれたかのような……先程までの言動、発言内容を、暴露してしまった事実に対して現実的な問題が時間差で襲ってきて、サーっと血の気が引くのを感じた。
「……あ」
時すでに遅く……否、何らかの手段で相手の策略にはまった自分は教科書を踏みつけるフロイド、そしてジェイド、そして最後にアズールを見る。フロイドは強張った無表情で、ジェイドは価値無きものを見るような無情の視線。そしてアズールに関しては苦虫を噛み潰したかのような重たい顔で、握り拳を作っている。
尋常ならざる重たい沈黙。
空気が凍り付くのではなく、陸から上がった深海魚が重力に圧し潰されるが如く、改めて自分の身体の重みを感じた。
「珊瑚の海……アトランティカ博物館で海底二万里の原本の写真を撮って、僕を脅そうとしていた……?」
幻聴だろうか、重たいタールのような液体が滴る音が聞こえる。
幻覚だろうか、アズールの影が蠢動したように見えた。
「どこから漏れた……誰から聞いた……いや、それよりも監督生さん。あなたは僕を脅そうとしていたんですか?」
ラギーが自分の首根っこを掴んで後ろへ後退させる中、「邪魔しないでくれるかなコバンザメちゃん」とフロイドは云い、地を――本を思いっきり踏みにじった。力加減のない暴力であった。
「なあ、云ったよな俺。アズールにそう云うことをするなら、力加減なしで絞めちゃうって……本気でやってやろうか?」
そういうこと。
それはかつてジェイドの口からNGワードだと聞いた、「悪魔」に類する何か。自分の行っている真似は非常に卑劣かつ姑息で悪辣なものだと分かっていたが、効き過ぎるがために禁止カードだったかと思う。そして考えるのは、うまく変身薬を作り珊瑚の海へ行って原本を写真に収めてアズールに揺さぶりをかけたとしても、この方法はうまくいかなかっただろうと云う事実。
いわば、タブー。
効果覿面であるがうえに、成功しない禁じ手。
相手を逆上させる結果しかもたらさない悪手。
やってはいけないこと。
「どうするアズール。力加減なしで絞めちゃっていい」
「…………」
影が重たいのか、緩慢な動作でアズールは一歩動く。
「死人が出ますよフロイド。それと監督生さん……あなたはこの学校では珍しくも善良なタイプだと思っていたのですが……そうではなかったんですね」
アズールは軽蔑した表情を一切隠すことなく、そう吐き捨てたかと思うと……本来の目的……日記を勝手に盗み見た謝罪を行うことなく、重たそうに影を引きずりながらその場を立ち去っていくのである。
わずかながらに、黒い影の跡が残っていた。




