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悪魔の後裔-6

深夜零時、オンボロ寮。


監督生を追い出し、一時的な占拠に成功した三人はオンボロ寮内を緻密に調べ上げていた。ジェイドが未だ手つかずであった開かずの扉を蹴り倒すと、もくもくと埃の白煙が立ち上る。事情を知らないゴースト側からすると、主人不在時に突如現れた強盗である。


「玄関や談話室と思わしきところは綺麗に手入れ……修繕されていましたが、まだ手が加えられていない場所がありますね。ありがたいことです。素人目から見ればゴミ当然のようなものだとしても、玄人からすれば価値のあるお宝だったケースがありますから」


「アズール、学園に本当に海底二万里の原本に匹敵する財宝が眠っていると思いますか?」


乱暴な力で強引に開け放たれた、開かずの部屋に足を踏み入れる。その最中、ジェイドはマジカルペンを取り出して懐中電灯のように灯りを灯しながら、わずかな光源で室内を見る。鉄格子が施された罅割れた窓硝子から淡い月光が室内を照らしているが、それにしても深海のように青く仄暗い。


「アーシェングロット一族の汚名を被ることになったアトランティカ博物館にある原本……ナイトレイブンカレッジは今まで優秀な魔法士を輩出したと謳う名門校です。陸に上がりたて故か卒業生の一人にも会ったことはありませんが、当然珍妙で奇妙な財宝があることでしょう。あって貰わなくちゃ困る」


アズールはそう云い、しばし沈黙した後「その部屋は任せましたよ」と云い、開かずの部屋の調査を双子の人魚に任せる。ジェイドは非常に気味悪そうな表情で拘束具付きの埃を被ったベッドを見ながら、襤褸切れ以下の布をめくった。フロイドがシーツ下の臥所を照らすとそこには人型の奇妙なシミがある。


「ホント嫌なんだけど、ここ。よく小エビちゃんは寝泊りできるね」


まるで事故物件じゃんとフロイドが嫌悪の声と共に身震いする中、アズールはオンボロ寮の中で比較的手入れされた生活感のある談話室を見る。談話室ではゴーストが実に心配そうな目でこちらを見ていた。


「あなたは確か……ナイトレイブンカレッジの卒業生、でしたよね」


「いや~、卒業はしていない。五十年以上前だったかな。不慮の事故でおっ死んじまったんだ。それからはここでずーっと仲間たちと暮らしてるよ」


「てっきり卒業生の一人だと思ったんですが……ふむ。まあいいでしょう」


アズールは早めに会話を切り上げ、談話室を改めて眺める。小奇麗になったソファ、品数の少ない本棚……エースがこっそり拝借したハーツラビュル寮のティーカップの置かれた横長のテーブル。


ここに古き財宝はなさそうだ……生活感の滲み出ている様子からして、あったとしてももう既に処分されていることだろうと判断を下しながら、談話室から廊下を歩み部屋の一部屋一部屋を確認していく。その中で監督生が寝室として利用している部屋を見付けた。他の室内は家具の置かれていないこざっぱりとした部屋であったが、その室内だけは寒さを凌ぐために日頃から使われている痕跡を色濃く残す暖炉があり、一目だけで私室であることが分かった。


「失礼します」


アズールは、監督生はいないが、一応礼儀として入室の挨拶をしながら足を踏み入れる。ベッドの下へ手を伸ばして何か落ちてないか探し、その後部屋の中央にある真新しいカーペットをめくる。古びた木目は己の過ごした歳月を自己主張するのみで目ぼしい物は何もなく、アズールは立ち上がりながらカーペットを元に戻した。


そして溜息を出しながら布から手を放し、ゆっくりと立ち上がる。監督生の云う通り、ここは本当に振る錆びた建物で何もないのだろうかと思いながら、グリムの寝相の悪さで落ちたクッションをベッドに戻す。


今は夜半ゆえ建物の外……庭の方は調べていないが、明日になったら草の根をかき分け木々の一本一本に至るまで精密に調べ上げようと思い、眠気を自覚した途端、そのまどろみを打ち消すかのように何かが落ちる音がした。アズールは物音に驚き縮み上がったわけではないが、音に惹かれてほぼ反射的に振り返るとベッド近くに置かれた年代物のサイドテーブルから本が落ちたことを知る。アズールは落下物を拾い上げ、その本の表紙を見ると日記……もしくはメモ帳であることを知るのであった。


「いやいや……でもこれはさすがに……いやでも……」


アズールは深く葛藤しながら、だがしかし確実に本の表紙をめくるため、手を伸ばす。いくら監督生たる本人不在と云っても、これは明らかな個人の私物だ。監督生がしたためたと思しき繊細なプライバシーに関わるものだとしても、好奇心は止められなかった。


「もしかしたら、監督生さんが日記をつけ処分した物が書かれているかもしれない。いいですかアズール、これは調査なのです。そう……情報収集。それに日記だと確定していない。単なる学生のノートの可能性もある……日記だと決まったわけではない。だから、確認のために見るのは問題ない」


ぶつぶつぶつぶつ。


監督生どころか、フロイドやジェイド、ましてやゴーストといった人物誰一人いないのにアズールは云い訳がましい自己弁明を口にしながら、とうとうノートの表紙をめくった。


『……狭いところは嫌い。暗い場所は嫌い。ヒナギクを押し上げたくなる……』


本の中身を改めると第一ページ目の一行目に、斯様な文章が書かれていた。アズールは紙の質感を確認する。ノートの見た目からは想像できないが、中身の方は茶色に浸食されたページゆえ真新しい物ではない。古びた物品であることを裏付けるように、所々インクで記載された文字が滲んでいた。


古ぼけた日記。


これは監督生がナイトレイブンカレッジに入学してから記載した日記ではないのか……と思い、ページをめくりながら日付を確認するが、そもそも日月の記載そのものがなかった。アズールは眉を顰めながら、これは誰の日記だろうかと思いながら最初のページに戻り、滲みぼやけた文字列を確認するのであった。


『今日もあの男がやってきた。唯一の出入り口である小さな切戸。床スレスレにある配膳口から運ばれるのは、この場に相応しくない豪華な食事。機嫌を取るためか、いつも美味な食事が用意される。客人を持て成していると云うよりは、こちらの機嫌を伺うための接待だ』


『[解読不能]。ここはまるで牢獄だ。しかし実態は牢屋などではなく……隣室からポテポテと柔らかい手で壁を打ち据える音が聞こえる。また違った横隣りの部屋からは壁を爪立てる音が聞こえた。自然と想像する。壁を叩く手は血みどろで、壁を引っ掻く爪は剥がれているのではないか、と』


『それは甲高い悲鳴などではなかった。不幸な出来事。嬰児が命の芽吹きを知らせる産声。誰と誰が情を交わした? 何と何が掛け合わさった。ここは獣性をむき出しにした動物園の如き[判読不明]。両隣の部屋から、寝台を震わせる恐ろしい身動ぎが聞こえる。ベッドに備え付けられた標準装備の皮ベルトが、肉体を締め上げているのであろう。ベッドの金具を軋ませる身動ぎは新しい生命を祝福しているかのようだった』


『ナイチンゲールが愛を叫びながら羽搏く。赤い薔薇は一等星たる輝きだが、この場において感情的な論理など役に立たない。形而上学的存在意義が必要だ。この[判読不明]な牢獄から逃れる為に最も必要とされている、解明の……。無機質な科学こそが唯一の蜘蛛の糸』


『毎夜聞こえる、墓場の犬の遠吠え。あまりにも恐ろしい。その上、悍ましい。あの男にそう云うと猫をつれてやってきた。〝自分は猫が好きなのだろう〟……とてもではないがそう云われても……猫と認めることは出来なかった』


『マグニティール・モリアーティ……いつもいつも猫撫で声を出して。一体、どのような情報が知りたいと云うのか。皆の為、世界の為と云うが、お前が争いを起こしたのは知っている』


「……―ル……ア……ル――アズール!!」


「うわぁ!」


没頭していた意識を突如現実世界へ返す大声。


自身の名前をいきなり呼ばれたアズールは飛び上がり、手にしていた日記を落とした。彼は心臓をバクバクと鼓動させながら呼気を整える。アズールの名前を呼んだいたのはジェイド。フロイドは監督生の私室に入ることなく、「何ビビってんの~」と廊下からおちょくるような声を出した。


「それ小エビちゃんの日記じゃね~? いくらアズールでも人様の日記を読むのは、どうかと思う」


「この日記は……年代的に監督生さんの物ではなく、いえ……」


アズールは他人の日記を勝手に見たと云う後ろめたさを自覚しながら、日記をサイドテーブルに丁寧に戻した。心の中で深く謝罪しながら……。


「それよりもお前たち、開かずの部屋だけでなくちゃんと他の部屋の調査もしたのか?」


「アハ、誤魔化してる~。さすがに小エビちゃんに日記を無断で見たことは知られたくないもんね」


「アズールの弱み、一つゲットです」


「お前ら……確かに僕は他人の日記を見たが、これは監督生さんの日記じゃない。日記の状態……全ページが茶色く変色していた。恐らく、古くからこの部屋にあった日記を大切に保管しているだけでしょう」


「え~、ホントにそうかな。俺なら日記とか関係なくゴミだと思って処分するけど……」


フロイドはそう云いながら、サイドテーブルに近寄った。そしてアズールが丁寧な所作で戻した古ぼけた日記を手にし、パラパラとめくる。アズールが「おいやめろ!」と制止の声を出すが、流し読みの行動は止まらなかった。


「……なんかホラー小説みたい。気味悪~」


「だからやめろと云ってるんだ、お前は! 早く日記を戻さないか!?」


「何焦ってのアズール……って、ダメダメ、ごめん。軽率だった。地雷行動だよね。でもタブスタだと思うんだけどな……アズールも見てたし……」


「情報収集が目的だ! 日記とわかれば……いや、うすぼんやりとではあるが何となく日記の類だと読む前から推測できていたが、日記だと確信を持っていたわけじゃない。最初から日記だと明瞭に知っていれば読んでいなかった……でも、自己を顧みない無神経な行動だったな。云い訳すらできない」


「フフ……云い訳というより云い逃れのような気もしますが……二人も読んだようですし、僕も共犯として罪を被りますよ。フロイド、その本を貸してください」


「ジェイドやめろ! ますます罪が深くなるだろ! それに共犯云々よりもお前は単純に読みたいだけだろうが! やめるんだ!」


フロイドは二人のやり取りを見ながら、日記を元の場所に戻した。いつもならどのような物品であれ適当な力加減で物を置く癖のあるフロイドであるが、今回ばかりはアズールを気遣って壊れ物に接するような優しい所作で日記は戻されたのである。


「アトランティカ博物館……そこで公開されている、海底二万里。狂った随筆、現実では決してあり得ない闇市の様子。海溝に淀んだまつろわぬ民。邪神崇拝……アズールのおばあ様がしたためた日記。それが公然と公の場で公開されている。それがアズールのトラウマでしたね」


「そうそう、アズールのトラウマ。他人に身内の日記を読まれるのが嫌なら、そもそも読むなって話。だからタブスタなんだよ、これは」


「軽率だったとは思うし、反省もしている」


この辺はケジメの問題ですから、監督生さんにはちゃんと謝罪します。


アズールはそう云いながらこの部屋に入った時から気になっていた、絵画を見る。分厚い額縁に覆われた奇妙な絵は、どこか蜘蛛の巣のように見えたかと思えば、針を刺されて固定された蝶の標本のようにも思える。見る人によって認識が変わる絵、感じ方が異なる不思議な絵であった。


「これは何だ。ロールシャッハ検査のような……」


そう云いながらアズールは絵画を持ち上げて、そっと壁から離した。その瞬間、壁紙に黒いシミのようなものを直視するが、何があるのだろうかとその全貌を確認するよりも前に蠢動して動き出す。


「うわっ!」


アズールは自ら自分の元へ、一斉に向かってきたシミ……より詳細に語るなら黒い蜘蛛を見て、驚きと嫌悪の声を出した。黒い数多の蜘蛛たちは風となり、絵画を取り外したアズールに向けて直進してきたのである。堪らず奇妙な絵画を落としたアズールであるが、直進してきた蟲はアズールの全身を伝ったかと思うと蜘蛛の子を散らすようにオンボロ寮内の各地に消えていく。アズールが尻もちをついて、周辺を見渡した頃には、もうほとんどその姿は消え去っていた。


「うわ、キモ。マジで何なのここ。小エビちゃんが平気で寝泊り出来る神経がわからない」


「大丈夫ですか、アズール」


「あ、ああ……」


どもりながら「外傷はない」と伝え床に落とした絵画を拾い、元の場所に戻す。絵を掛け直したアズールは角度にずれがないか念入りかつ入念に確認した後、一歩距離を取った。


「今日はここまでにしましょう。今の時刻は深夜一時です」


「もうそんな時間か。道理で眠いわけだ」


さすがに全ての部屋を精密かつ徹底的に調べ上げることは出来なかったが、オンボロ寮の調査についてまだ時間はある。猶予はある。それほど長い時間ではないが三日ほどの時間があれば、粗方調べつくすことは出来るだろうと判断を下した。


アズール、フロイド、ジェイド……その三人が一旦立ち去ろうと監督生の私室の電気を消した途端、部屋の隅に隠れていた蜘蛛が密かに姿を出す。窓辺から降り注ぐ青白い月光を浴びたかと思うと素早く動き出し、アズールの影の中に隠れた。


……誰にも気づかれる事なく……。


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