悪魔の後裔-5
終業の合図を知らせるチャイム。
それを耳にしてから数時間後、自分とジャックはモストロラウンジに足を運んだ。学園長曰く、昔……仁義なき悪戯合戦の無血開城として作られた建物らしいが、店舗内は飲食店として賑わっている。アルコールの提供が為されてもおかしくないんじゃないかと思うほど、大人の雰囲気を醸し出していた。一応メニューの確認をしたが、学生なのでアルコール類とそうして魚介類の提供はされていないことを知る。
『私闘禁止』と書かれた注意書きを視線の端に留めながら、自分とジャックは双子の人魚に向かう。リーチ兄弟の傍に接近すると、本当に来るとは思っていなかったのか一瞬目を丸くされたものの、ひそやかなクスクス笑いとニヤけ顔を見ることになる。
「本当に来たんだ、小エビちゃんとウニくん。要件は……念のために聞くけど、アズールとの話だよね?」
「はい、そうです。イソギンチャクたちの件について話をしにきました」
フロイドの後ろで慌ただしくドリンクを運ぶ、給仕。それを見ながら自分はアズールと話をつける緊張感から逃れるためか、どこか現実逃避的に「このお店、給料いいんだろうな」と場違いなことを考える。自分のぼうっとした調子を一早く察知したジャックが、若干強めに背中を叩くことで思考の避行は長く続くことはなかったが……。
「シャキっとしろ。これでキリがつくかもしれねーんだ。油断するんじゃねえぞ」
「ありがとう、ジャック。何か雰囲気に呑まれてた」
ここは相手のフィールドだ。
そして、アズールは幾多幾人の人間と様々な取引をこれまで行ってきたであろう。未知の領域とまでいかないが、不慣れな場所であることには違いなかった。
人魚の双子を先頭に、ジャックと自分はVIPルームへと案内される。店の奥に入り螺旋階段をあがると、該当の部屋に到着した。分厚いドアがフロイドの手によって開かされると、目の前にある光景は、ここが学校であることを忘れさせるような本格的な取り引きの場。密談には持ってこいな隔離された防音室である。
自分は部屋の中央にでんと構えられた巨大な金庫を眺めながら、話し合いの場に設けられたソファに腰掛けた。
「ジェイドさんとフロイドさんから聞いてると思いますが、話があってここに来ました」
「イソギンチャクたちの件ですね。解放しろと耳にしています」
アズールは正面のソファに座る。それと同時に香りのよい紅茶が運ばれた。普通の状態ならその琥珀色の液体を飲んでいただろうが、今はそれどころではない。それに口に運ぼうとしてもジャックに「何が入っているのか分からない」と阻止されたことであろう。
「イソギンチャクらの解放。その訴えはそう遠くない内に来るだろうとは思っていましたが……どうして僕が解放しなくちゃいけないんですか? 僕と彼らは取り引きをした。契約を結んだ。まずは僕が力を貸して、次に契約者が条件を達成する。分かり易く云うなら、金を貸した相手に借金の返済を求めているだけ。あなた方の訴えは、借金をチャラにしろ。これはおかしい。天が許しても、僕はそうと問屋は卸さない」
「あなたはしもべを使って、学園内を荒探ししていることを知っています。何を見付けたいのか分かりませんが、学園長が生徒間のトラブルを危惧して無意味な捜索をやめるよう自分に訴えました」
「学園長、ですか。彼は教師の立場ゆえ身動きが出来ない。だから、あなたを使って僕を止めにきた、と……」
なるほど、事情は分かりました。
自分は聞き逃すことはなかったが、「ジェイドの情報通りですね」とアズールは口にする。その呟きは恐らくジャックの耳にも届いたことだろう。態度から察するにどうやら、学園長が他者に力を求めることを前以て予想していたらしい。そもそも大食堂でアズールと取り引きさせるよう嗾けるようなことを云った双子といい、これは完璧な予定調和かもしれなかった。
……ここまでは相手側にとって思惑通りの結果。
不利だなあと正直に思った。
「監督生さん、僕の行為を『無意味な捜索』と述べましたが、イソギンチャクらへ下した命令は何も意味のないものではない。それに寮長として他寮の生徒に諍いが起こるのは僕としても避けたい事実です。極力生徒たちに衝突が発生しないように、これでも気を使っているんですよ」
「それはトラブル……問題提訴されてイソギンチャクを解放しろと、隙を与えないのが本音ですよね」
「これは中々。魔法が使えない一般人だと見縊っていましたが、案外鋭い。そうです。問題を起こすことなく、ナイトレイブンカレッジ百年の秘密を掘り起こす。これが僕の目的。宿願が達成するまでしもべたちをこき使いますよ」
宿願……?
アズールはナイトレイブンカレッジに入学して、二年。三百六五かける二の、千日にも至らない僅かな日数に、宿願と云えるほどの想いがあると云うのか。
自分はアズールの目的が想定よりも深いものではないかと思い、本当ならば成す術なく、最後の手段として残された場合のみ使おうと思っていた秘儀を持ち掛けた。
「なら、自分と契約してください。しもべ達全員を解放するために、あなたと取り引きがしたい」
「! お前!」
いきなり出された悪手に、ジャックの尻尾がピンと張る。「それは罠だからやめろ」と制止の言葉が出るが、自分はどうしても踏みとどまることができなかった。
「僕と取り引き、ですか。それは別に構いませんが、一体あなたは何を差し出すのですか……魔法? どんなに易しい魔法でも使えませんよね。美しい歌声? 歌唱力に自信があるとは思えない。素晴らしい成績? 期末テストの結果は平均より若干下。あなたは一体何を差し出すことが出来ると云うのです?」
「それは……」
「ですが、あなたには唯一と云える持ち物がある」
アズールは云う。ようやく本題に入ることが出来たと云わんばかりに、口角が上がった。
「あなたの所持品……分類としては他者の家となるのでイソギンチャクたちでも調べることの出来なかったオンボロ寮。たとえばそれを取り引きの品として出すのであれば、契約を結ぶことができます。全て……とはいきませんが、イソギンチャクになった生徒の数名の解放ぐらいはしてあげます」
「アズール……てめえ、これが狙いか」
「狙い、ではありませんよ。あくまで後補のひとつです。面白いじゃありませんか。かつて偉大なる精神を持った百年前の寮の成れの果てたるオンボロ寮。さぞそこには沢山の財宝が眠っているのでしょうね」
「財宝も何もあそこには埃を被った家具や調度品しかありませんよ。それに調べたいのなら、どうぞご自由に。何もありませんから」
「…………」アズールは眼鏡を押し上げる。「オンボロ寮を調べて良いと?」
「ええ、少しの間だけなら。だけど領地を明け渡せ、完全な占領支配するといった願いは聞けない。取り引きできない。あのオンボロ寮は、この世界で唯一自分の居場所と云える場所ですから」
「……ならば、ここにサインを。オンボロ寮の短期間の調査について、同意の方をお願いいたします」
黄金の契約書が差し出された。
ジャックは制止の言葉をかけているが、自分はテーブルにあった羽根ペンを取り、名前欄にペン先を向ける。かなりの抵抗感があったが、エースやデュースそしてグリムの解放、ほんの少しの間調べるだけならばと考え、思い切って自分の名前を記すのであった。
「ジェイド、フロイド……お客様の送迎を」
アズールはそう云って立ち上がり、黄金の契約書をジェイドに渡した。副寮長である彼は契約書の内容を見てニヤリと笑う。自分はその笑みを見て、大変な契約をしてしまったのではないかと後悔を抱くが、時すでに遅しであった。
人魚の双子の案内でオクタヴィネル寮から、オンボロ寮へ到着する。自分がサムのところで働きバイトで得た金で多少小奇麗になった寮であるが、全てが完璧に綺麗に修繕されているわけではない。
「ここが件のオンボロ寮、ですか。名前の通り、本当に古びてますね。鏡舎から行くことはできませんが、立地的に学校に一番近い寮のようです」
「風情と趣がある寮でしょう。自慢の城です」
モストロラウンジの奥室からてっきり玄関口まで見送りすると思っていたが、人魚の二人はオンボロ寮の建物の中まで入ってきた。どうしてこの双子を案内しているんだろうと思った瞬間、驚きの声が出される。
「それじゃあ、小エビちゃん……今すぐ即刻即座にここから出て行ってもらえる?」
「なんで!?」
フロイドの言葉。それを耳にした瞬間、自分は電撃に打たれたように硬直した。愕然とする自分に、ジェイドは「そういう契約だったじゃないですか」とアズールから借りた金色の紙を取り出した。
「オンボロ寮の調査、ここに……名前欄に監督生さん、あなたのサインがあります。我々がこの建物を調査することはもう事前に同意を得ている、というわけなんですよ」
「ぶっちゃけ邪魔だし? どっか行って欲しいんだよね」
悪いけどさ。
……と、フロイドは全く悪びれた様子もなく云う。
「え……で、でも――自分が交わした契約は『領地を明け渡せ、完全な占領支配するといった願いは聞けない。取り引きできない』。実際口にして表明した。それに契約書にもちゃんと書いてあります! 出ていけなんて願いは聞き入れられない!」
「完全とは云いましたが、それじゃ『不完全な占領支配』だとすれば、どうでしょうか?」
「は……?」
自分は契約書を掲げるフロイドを見上げる。彼はこういった揉め事は日常茶飯事なのか、すっときょんなことを云いながらも、いつもの調子を崩さない。
「監督生さん、僕たちは別に永久的にこのオンボロ寮を支配したい――と云うわけじゃないんですよ。一時的な貸し出し、調査のための占領……ほんの三日程度、あなたを閉め出すだけです。契約違反にはあたらない」
「そうそう。たったの数日だけだから。その間まで友達んとこに泊めてもらえば~。魔法が使えなくても、さすがに協力してくれる友達はいるでしょ」
「それにオンボロ寮を一時的に不完全な占領をして調査する対価の料金として、二、三名のイソギンチャクを解放しました」
ジェイドはそう云いながら、解放者の名前を挙げるがその中にはグリム、エース、デュースの名前は入っていない。自分は「最低でも友達が解放されるために契約したんだけど!」と訴えるが、「解放されるイソギンチャクに指名が入っていませんでしたので、こちらから好きに選ばせてもらいました」とあっけらかんと答える。
「不完全な占領、そして友達の未開放……! 重箱の隅を突くような――悪魔か!」
その瞬間、ピタリと双子の動きが止まった。
ジェイドは長い脚を半ば折り畳むような感じで、しゃがみ込む。上背は小さくなったが、威圧感が重厚になった。下から睨み付ける様子はもう完全にヤカラの類である。
「小エビちゃん、俺たちをどれぐらい悪し様に云おうがいいけど……アズールにはそう云ったコトはやめてくんねえ?」
「え……自分、何かしましたか? どちらかと云うと友達を解放できずに、その上出ていけと云われた被害者なんですけど」
「そこじゃありませんよ、監督生さん」ジェイドも同調する。「あなたは知らないでしょうが……NGワード、と云うものがあるのです。要は地雷ですね。これから今後一切、どのような理由事情があろうとも、決してアズールの前で『悪魔』と云ったワードを出さないように注意願います。罵倒は精々タコ野郎。言葉に気をつけて下さいね?」
「ジェイドはそう云うけどアズールに聞こえてなくても、あの言葉を云ったら俺絞めちゃうかも。力加減なしで」
文句を云うこと自体はいいのか……。
自分はなぜ「本人が聞いていない場であっても、何故悪魔と呼んではいけないのだろう」と首を捻っている内に、フロイドは談話室の中に入って必要最低限の荷物を纏めていた。勉学に不可欠な制服や筆記類をかつてサムの購買で格安で購入したバッグの中に詰め、鞄を手渡される。
あまりにも手早い動きに順応できないまま茫然としていると、ジェイドは自分の腕を引っ張ってオンボロ寮から追い出した。新調された玄関口のドアがバタンと閉まり数秒後、自分の身体を木枯らしが撫でるように通り抜けていく。
「ふな~。今日一日はイースターエッグを探す散々な日だったんだゾ……おい、子分。扉の前で何してるんだゾ?」
アズールのしもべ、イソギンチャクの一匹が意味不明な労働から解放されたのか、フラフラとした足取りでオンボロ寮の敷地内に入ってきた。自分は庭の枯れた木々……そうして、二度三度オンボロ寮を眺めた後、自分の置かれた境遇、状態を完全に呑み込むことが出来たのである。時差はあったが、今、重箱の隅を突くような方法で――『不完全な占領占拠』を理由に追い出されたことを強く自覚した。
「クソがよ……うんち!」
「お、おい子分どうしたんだゾ? いきなりキレて……」
「グリム、今からこの庭にミントの種を撒くよ! 仕返しだ!」
「本当に落ち着くんだゾ! どうしたんだ子分!」
自分は手荷物を強く握りしめながら、グリムにモストロラウンジからオンボロ寮を追い出されるまでの仔細を事細かく語った。グリムは三日間、寝泊りする場所がない……といった事実を自分と同じように把握し、「あいつら~!」と声をだした。元はと云えば自分が注意していたとはいえアズールと契約を交わしてしまったのが原因であるのだが、その点について指摘されないよううまく言葉を濁し誤魔化した。詭弁が功を奏したのか、グリムは単純なので追い出された事実のみに怒っている。その様子を見て、少しだけ安堵した。
「お~い、監督生」
茫然としながら棒立ちになり、恨み事をつらつらと述べていると未だしもべの証であるイソギンチャクをぶら下げたエースとデュース、そしてジャックが門前に足早に寄ってきたのであった。
「ディアフレンド~! 事情は後で説明するけど、三日間ぐらい泊めて!」
「マイフレンドからランクがあがってる……監督生事情も聞かずに悪いが、断らせてもらう。ハーツラビュル寮の掟で他寮の生徒の外泊は……昔、ハートの女王の法律関係なく深刻な問題があったらしい。だからすまんが、無理だ!」
「……マイフレンド……」
「急速にランクが下がった……」
デュースとのやり取りを見て、「こんな現金なことがある?」とエースはジャックに苦笑いをする。ジャックは「どうだろうな」と云いながら、自分の置かれた状況……手荷物一つで寒空の下、外気に身を晒している哀れな状況を一早く察知してこう云うのであった。
「オンボロ寮をあの双子に追い出されたのか。ハーツラビュル寮は問題があって泊まれない……それなら、俺んとこの寮はどうだ」
「ディアフレンド~!」
「うっわ、監督生本当に現金な奴……っていうかジャック、お前のところの寮ってサバナクロー寮だよな?」
「ああ、そうだ。サバナクロー……マジフト大会前に一度は来たことがあるだろう?」
「連続傷害事件の調査の時だね……確かに来たことはあるけど、いいの?」
「アズールとの交渉時、俺は何もすることが出来なかったからな。お前を完全に止めることが出来なかった。それにまだ恩義は返し終えていない。サバナクロー寮は暴力的なイメージがあるだろうが、泊まるだけなら問題はないはずだ」
暴力的。
そう云われて思い出すのは、連続傷害事件のターゲットになりそうな人物としてはじめてジャックと接した時のことである。ジャックがあの場から立ち去ったあと、獲物を包囲するようにしてサバナクロー寮生に囲まれてしまった。ケイトの勇姿を思い出していると、「俺からも頼む!」とデュースは云う。
「昔、ハーツラビュル寮で起きた問題の所為で他寮の生徒は泊められないんだ。悪戯合戦とか何とかの悪影響らしい」
「あー……モストロラウンジは無血開城として建てられたものだけど、その仁義なき合戦はそこにまで爪痕を残していたのか……」
相当苛烈な悪戯が行われていたのだろう。
恐らくその時代を知っていると思わしき、クルーウェルに詳しく話を聞きたいものである。
「じゃあ案内するぞ……それにしても、眠たい。いつもならもう寝てる時間だぞ」
「いつもは何時に寝てるの?」
「十時ぐらいだな。スポーツマンにとって睡眠は大事だから」
「えっ、もうそんな時間……早過ぎる。時間でも狂ってるのかな?」
……早くついてこいよ、監督生。
ジャックはそう云いながら自分が渡された手荷物を手にしながら、鏡舎へ向かう。鏡舎の広場でエースとデュースに別れの言葉を云い、ジャックが先導するサバナクロー寮に足を踏み入れた。グリムと自分は魔法の鏡を通じて他寮へ到着し、やがては談話室へと案内される。
自分は謹慎処分中のラギーから水を受け取り、事後承諾になるがレオナに空き部屋の使用許可を取ろうとジャックが話を付けているが、出された答えは「却下」の一声であった。詳しい話を聞くと、空き部屋は寮生たちの荷物置き場と化し、掃除さえされてなく、とても使えるようなものではない……とのことだった。
「ある意味、手厚い理由による却下とも云える……」
自分はボソっと素直な心情を口にし、ジャックとレオナの二人を見守った。最悪、野宿を覚悟しながら……。
「空き部屋は使えない。そもそも泊まれるようなスペースはない。悪いが、こちらで預かることは出来んな」
「それなら、談話室……あっ、いや、そうだ。レオナさんの部屋に泊めてやるって云うのはどうっスか」
『え!?』
グリムと自分だけではなく、ジャック、レオナを含めた驚いた声。三人と一匹が爆弾発言をしたラギーを振り返って凝視した。
「ラギー……てめえ、どういうつもりだ?」
「レオナさんがオーバーブロットした時の怪我のいやがらせ……ではなく、レオナさんの部屋って寮長であるだけにかなり広いでしょう。キングサイズのベッドさえ置けるほどっス」
「キングサイズ! 王族なの!?」
「王族っス」
当然の事実のようにラギーは答えた。
「俺、まだ身体の傷が癒えてレオナさんのお世話ができないし、こいつらにやらせたらいいんじゃないっスかね。レオナさん、自分から片付けとかするタイプじゃないんで、相当部屋が散らかってますよね? 汚い部屋とか嫌じゃないんっスか」
「ラギー……」レオナは不満を隠すことなく唸った。「俺らはまだ謹慎処分中だぞ。余計な揉め事は起こしたくねえ。これは完全な逆恨みだが、マジフト大会の件で俺の寮生の中にお前に対して逆恨みの感情を抱いてる奴がいる。クマのような執着心だ。獣人が武装すらしていない、魔法も使えない人間に襲い掛かる。前の地味で小さな傷害事件で終わるようなもんじゃない。命に係わるかもしれねんだぞ」
「あらしかも身の危険まで考慮してくれて……Oh my God」
「なんでいきなり流暢な発音を」ラギーは引き気味である。「……レオナさんだからこそ、っスよ。監督生らに逆恨みを抱いて報復しようと画策してる奴の事は、こっちも承知してるっス。囮にするわけじゃないですけど、俺の方としても恨みを抱いてる奴らに教えてやらないと思っていたんッスよね」
教える。
それは恐らくサバナクロー寮流のやり方であろう。
「問題は早々に解決しておきたいってレオナさんも云っていたじゃないっスか。しかも謹慎処分中なのに、直接監督生に害が及ばないよう見張ってた。事件を未遂にしようとしてたのに、なんでここで放り出しちゃうかな」
「え、そんなことまでしてくれてたんですか?」
「問題が起きたら連帯責任で処分が重くなると危惧しての行動だ。何も別にお前のことは……それこそ『本当』に留年になるかもしれねえ。見逃すわけにはいかないだろうが」
「それに正直、この学園で今一番安全なのはレオナさんの部屋っスよ。泊まらせてあげた方がいいんじゃないっスかね」
しばしの沈黙。
「……わかったよ、ラギー。そっちの件はお前に任せた。草食動物に逆恨みを抱いてる奴に教え込んでやれ。それと来いよ、てめえら。不服だが、三日間だけなら泊めてやる」
レオナはゆっくりと立ち上がり、自分の寮室に向かった。ナイトレイブンカレッジには七つの寮があり、それぞれ個別の特徴や個性を有しているが、寮長には特別広い一室があてがわれると云う。その言葉に漏れず、レオナの個室はラギーから聞いていた通り、キングサイズのベッドがでんと置かれてある。
ジャックが自分たちの布団を運び、別れの挨拶をして部屋の床を見る。事前に教えられていた通り、衣類が床に放り投げ出されており、確かに散らかっていた。生ゴミの類はないが、たしかに汚れた部屋に該当するだろう。正確には散らかった部屋だ。
「騒ぎ出したら即追い出す。絶対に静かにしていろよ」
ぼふんと、レオナの身体はいかにも柔らかそうな寝具に向けて倒れていく。他はおざなりなのに寝具や寝床そのものには相当な拘りがあるのか、王族と云われた身分を加味してもかなり上質な布が使われていることが見ただけでも分かる。
「片付けは明日しようね、グリム」
「俺様はクタクタなんだゾ……アズールの奴、学園内でイースターエッグを探せだなんて意味不明な命令を出しやがって。この学校に鶏舎もありゃしない。大食堂のゴーストに話をしてキッチンに行ったけど、普通の卵しかなかったんだゾ」
「てめえら……アズールと何かあったのか」
自分はエースとデュースの期末試験におけるイソギンチャクの件から、オンボロ寮を三日間明け渡したことを説明した。談話室でジャックから聞いていたのは、双子の人魚に追い出された部分のみであり、自分が契約を交わしたのかそういった細かい機微については知らなかったらしい。
「ふうん……イースターエッグ……それにオンボロ寮の調査、か。あいつ……何か掴んだのか。いや、掴もうとしている最中、か」
「あいつ? レオナはアズールのこと知ってんのか?」
「ああ、寮長同士だからな。それに、俺はチェスが趣味なんだが一戦交えたこともある。カイワレ大根が見守ってたな。あの時の勝負はどうなったっけ……『前過ぎて』覚えてない。契約も交わしたし……今思うとあいつと意外に交流があるな」
「ふな! 契約! レオナお前もイソギンチャクになったのか」
「なるわけねえだろ……俺の頭に生えているように見えるか?」
「見えませんね」
自分はしもべとなったエースとデュースを思い出す。レオナはあの二人のようにこき使われているような印象はなかった。何らかの法外な等価交換をしたかもしれないが、好きなように一方的に使われていない。果たして……どのような取り引きでどういった契約を交わしたのか……期末テストの対策ノートからは程遠いものであることは確かだろう。
「……アズールの魔法は、黄金の契約書」
時計の秒針がしじまを破る電気の消えた部屋で、ボソリとレオナが云う。
「お前たちも見たことがあるだろうが、アレはユニーク魔法の一種だ」
「見たことあるんだぞ。あの金ぴかの紙だろ? ユニーク魔法か……道理で俺様の炎でも燃えるなかったんだな」
「ああ? 燃えなかった? お前、あの契約書本体に魔法をぶつけたのかよ?」
「そうだゾ。俺様が青い炎を吐いて契約書を燃やそうと思ったのに、どうすることも出来なかったんだゾ……」
「それはお前……ククク、アズールに騙されてるんだよ」
フェイクだフェイク。
そう断言するレオナに、自分とグリムは顔を見合した。
「あいつのユニーク魔法の効果はお前らも知っての通り、魔法や物、金、価値観、能力……それぞれの特技や個性、才能をひとつだけ取り上げ願いを叶える等価交換。ハーツラビュル寮にあるウミガメのスープ理論とは似て非なる魔法だ。願いに相当する対価を犠牲に望みを叶える。願いの支払いに不足が生じた場合、その負債分を補うためにアズールの命令に服従する」
自分は思い出す。
アズールの独自調査で作り上げられた、虎の巻。今後の期末試験に限らず、無条件かつ無報酬でテスト対策ノートが欲しいのであれば、上位五十位以内に入る必要がある。
アズールは数多の人にそのノートをばらまくことによって、自然と五十位以下の生徒を――契約違反者を作り上げ、絶対服従の対価を支払わせている。
何せ最初に交わされたであろう契約内容は、アズールが卒業するまで虎の巻を伝授し続けること。彼がナイトレイブンカレッジに在学する間、無条件で支給される秘密の道具だ。アズールの作り上げた対策ノートはどれほど出来の悪い頭でも高スコアを会得することが出来るため、勉強嫌いな学生ならば是非とも……それこそ咽喉から手が出るほど欲しいものであろう。
その秘策ノートを何の見返りを求めずに無料で提供し続けるのだから、期末テストの賭けで料金を払えなかったイソギンチャクたちは、アズールが卒業するまでの間、学生時代を棒に振る悲惨な結末になるのは自然なことであった。
タダより高いものはない……と、自分は思った。
「ハッキリ云って合意の下、行われる魔法だからな。発動条件は難しい……だが、ハマれば今回のように沢山のイソギンチャクらを難なく量産できるほど強力なものになる。しかもアズールは対価として支払われたモノを好きなように出来る。今回の期末テストで誰がどのようなものを支払ったのか分からないが、ユニーク魔法や得意魔法であることは想像に難くない」
「まるで能力の没収だ」
「没収とは云っても、アズールはその前に対策ノートを作るという努力をしてるんだ。どんな阿呆や馬鹿でも一夜漬けで赤点を免れるほど、出来の良いテスト対策。奴は下準備にそれなりの労力を割いている。一方的な没収は少し語弊があるな」
そうだった。
学園長から聞いた話によれば、ナイトレイブンカレッジ百年分のテスト内容の傾向や特徴を調べ上げ、小冊子に纏め上げているのだ。だからこれは一方的な没収ではなく、等価交換。もっと分かり易く表現するならば、アズールは厳選された品を揃える店で、契約者は才能やユニーク魔法等を代金替わりに支払う客と云ったところだろうか。
「アズールに勝つ方法があるとするならば、奴の独壇場に入らないこと。契約しないことで、ようやくやっと対等の立場になる。一度結んだ契約を無きモノにしようとアズールに話を持ち掛けても更なる取り引きでドツボにはまり、まるで蟻地獄のような借金返済にコキ使われるだけ。まあ……契約以外にも奴を打ち破る方法はあるにはあるんだが」
「それは一体、何なんですか?」
「契約書を破る」レオナは云った。「ユニーク魔法とはいっても所詮、ただの紙切れだ。相手を問答無用でしもべにさせるほど効果の高い魔法だが、その本体はそれに反して脆い。結構ピーキーな魔法なんだぜ?」
「でも、それは無理です。前にも云った通り、グリムが炎を吐いたのにあの黄金の借用書には焦げすらも発生しなかった」
「だからそれはフェイクだよ、フェイク。魔法ではなく、何か種のある手品。そもそもお前ら、その猫が炎の魔法をぶつけた場面をよく思い出してみろ。何か不審な点はなかったか」
「不審な点……」
グリムの吐く青い炎。
傷をつけることは出来ないと誇示しながらも、素早く懐にしまう動作。
VIPルームの金庫。
自分が契約書を交わした時に触れた紙の質感。
「……そう云えばグリムみたいな反抗的な奴がいるのは面倒だからって、『ここにいるイソギンチャクたち、僕のしもべは黄金の契約書を傷付けることは許さない。いかなる傷、破損、汚れ、窃盗、記載内容の追記と改竄、左記の内容を禁止します』……って云ってた。それって逆に考えると……」
「出来るってことだな。契約書の破損、窃盗、追記、改竄……普通なら、自分が襲われないように武装解除の命令を出す」
破損以外にも、すでにその命令が下されてしまった以上、イソギンチャクたちにはどうしようもないが。
レオナは冷静な口調でそう述べた。
「でも……どうしてグリムの魔法で燃えなかったんだろう。破損や記載内容に追記が出来るなら、あれは黄金色のただの紙。それなのに燃えなかっただなんて、納得できない……」
「だからそこにカラクリがあるんだよ。魔法による保護……もしくは不燃性のフェイク紙。わざわざ公然で見せびらかしたのは、当初パフォーマンスとして燃やすつもりだったんだろう。お前らがいくら逆らおうとしても無駄だと伝える為に一芸をな。あれを見れば、何も知らない奴からすればアズールは無敵だ。絶対服従の主人となる」
いくら特別な青い炎と云っても燃やすことは出来ません――と断言されたアズールの言葉。
だがしかし、それに反して手早く懐にしまう動作。
あれは不意打ちに驚いた、内心の驚愕……?
「燃えない紙だなんてそんなの……ある……」
「あるのか、子分!?」
「うん、ある。サムさんのお店でバイトしてた時、燃えない魔法の紙の束があって……自分はどこにおけばいいのか聞いたことあるんだ」
自分は思う。
グリムにも教えていない購買でのバイト。なぜジェイドがその事実を知っていたのか長らく疑問に思っていたが、燃えない紙束の外注者がアズール本人、もしくは副寮長であるジェイドのどちらか……いや二択のそれにしても、イソギンチャクたちの前で黄金の紙は無敵だとフェイク紙を作ってパフォーマンスをするために購入されたものであるならば、どっちであっても問題はない。どうせ話が伝わっていたことだろうから。
「海の世界には、水中でも濡れない本があるぐらいだ。それなら当然、燃えない本もあることだろう。お前らがやるべきは炎の魔法をぶつけるんじゃなく、風の魔法か何かで傷をつけるべきだったな。いや……直接奪取して目の前で破る。それもひとつの手段だったんだろう」
「できますかね。後ろに顔がそっくりなマフィアとヤクザがいたんですが」
出来なかっただろうなと、自分は一人ごちた。
「……もう一つ手段があるとするならば……アズール本人の弱みを握る。契約書じゃなく、本人に揺さぶりをかける方法もありだ。契約書はただの紙切れ。どうせ厳重に保管され、十全かつ万全の対策を打たれているだろう。俺が思うにVIPルームの金庫の中に、契約書の束があると見た。だが金庫の中の契約書よりも弱みを握ることに専念しろ」
「アズールの……弱点……」
「俺はアズールと契約を交わしたことがあるんだが、俺は耳が良くてね……タコの聴覚では完全な防音細工が出来てると思っているだろうが、俺は確かに金庫のあるVIPルームから聞こえたぜ。『アトランティカ博物館に集められた海底二万里の原本を子孫に返してください』ってな」
アトランティカ博物館とは、かつて地上に居を構えていた大地を再利用したものであったらしい。元々、空中に浮上していた大都市であるが数百年前の未曾有の災害時、破壊するものの手によって直接海に沈められた。今では博物館が建てられ、全世界から蒐集したと云う奇妙で不思議な物珍しい品々を鑑賞することができる。
「海底二万里……俺は原本ではなくコピー品を読んだことがあるのだが、中々の内容だったぜ。まるで狂人の執筆だ。とても現実で起きたことと到底思えない、海底の闇市。海溝の奥底にいるのだと云う、まつろわぬ民。邪神を崇拝するような執筆者の心境……まるで悪魔のような……」
「悪魔……」
「言葉から察するに、アズールはあの本の執筆者の子孫なのだろうよ。一族の汚名挽回の為に返してくれと、懇願の声を出していた。ゆさぶりをかけるなら、そこだな」
「その原本は海底にあるんですか?」
「ある。アトランティカ博物館は、珊瑚の海の観光名所として有名だ。俺は行ったことはないが、もし行くのなら魔法薬か何かで人魚になって博物館に行くことをオススメするぜ。普通の人間なら、窒息……もしくは水圧の影響で即死することだろう」




