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悪魔の後裔-4

アズールの暴挙を止めるために取られた手段――相手をじっくり観察する視察である。ジャックと自分の二人は授業をふけてまで行動を起こしているが、他教師にさぼっていることを咎められたりしても学園長直々の依頼だと云えば、幾らかの理解を得ることは出来るだろう……過信は禁物だが。何せあやつは信用と人望のない学園の長。常識を持つ人間なら嗜めるのが普通であろう。


「正直、真面目堅物なジャックが協力してくれるとは思ってなかった……」


「お前には恩があるからな。寮対抗マジフト試合前のレオナさんの暴走、止めてくれて感謝しているぜ」


「実際に止めたのは、ケイト先輩たちだけどね。自分はあくまでラギーさんを……グリムの鼻を使って犯人を追跡しただけだし」


「それでも感謝してるんだよ。あの時は本当に居心地が悪かった」


ジャックは晴れやかに笑いながら云う。自分は感謝していると云う言葉にむずがゆさを覚えた。


「レオナさん……オーバーブロット後、マジフト試合に出てたみたいだけど、その後の調子はどうなの?」


「無事だよ。獣人は人間よりも身体が丈夫だからな。それゆえ百年前は戦争に多く駆り出されたらしいが……この話は関係ないか。今レオナさんは連続傷害事件の首謀者として自寮で謹慎処分中。ラギー先輩も同様だ」


「そう云えば、リドルくんも同じように謹慎処分を受けたんだった。そっちの方は解けてるみたいだけど……」


ちなみにレオナとラギーの二人は、別室で期末試験を受けることは出来たらしい。ジャックは「さすがにレオナさんがまた留年してもらっちゃ困るからな。あ、これ本人には云うなよ。留年していると思われているの癪みたいなんだ」と云う。


「確かに留年って恥ずかしいよね。年齢が上の人が同年代として同じクラスにいるだなんて気恥ずかしいと云うか何と云うか。こっちは非常に気まずいし。留年したと思われたくないレオナさんの気持ち、分からなくはないな」


「どうして留年したのか知らないが、成績が原因じゃないだろう。多分怠慢だ。怠けの所為でこうなるなんざなっちゃいねえぜ」


「あの人、面倒臭がりっぽいもんね。リドルくんも成績の方は良さそうだけど、そこら辺は大丈夫かな。オーバーブロットの悪影響……体調の方は安定してるみたいだけど、本当は長期の休みが必要だと思う。一年生で寮長って云うのは凄いけど、休養の所為で出席日数が足りなくなってまた同じ一年を繰り返すだなんて笑えないよ」


「うん? 一年で寮長に? 監督生、どういうことだ?」


「あれ、ジャック知らないの? リドルくんは入学式当日に、前寮長に決闘を申し込んで寮長の座をゲットしたらしいよ。首を刎ねろ、あの強力な魔法で一網打尽。勝負にさえならなかったみたい」


「入学式? 監督生……何か、おかしくはないか?」


え、何が?


……と自分が云う前にジャックは眉間に眉を険しく寄せながら、不審な点を指摘する。


「ナイトレイブンカレッジの入学式……棺桶から目覚めて、すぐ闇の鏡のある会場に直行して各寮に振り分けられる。それまでの時間、僅かな間で寮長になるなんざ、幾ら時間を詰めても出来るようなものじゃない。それに入学前から決闘を申し込めば寮長になれることを知っていたことになる。学園のルールを事前に知っていた……運良く上級生なんかからその話を聞いたにしても、明らかに不自然だ。寮長と顔合わせするのは、寮が振り分けられ各自の寮に案内される時のみ。なあ、おかしくはないか?」


「えっと……リドル君は一年生で寮長……入学式、寮生を案内する役割としてハーツラビュル寮に案内してた。確かに時系列的に滅茶苦茶だけど……ホラ、エースと同じで兄弟でもいたんじゃない。もしくは両親から話を聞いていたとか。だから、決闘のルールを知っていて寮長になることができたんじゃ……」


二人は首を捻る。


ジャックの足元で蜘蛛が素早く逃げたのを見た。


「いや……それにしてもおかしいぞ。入学式の時点で寮長になっていたと云うなら、新入生が各寮に振り分けられる間しか時間はない。入学式に寮長の座を賭けた決闘があったなら確実に話題になる。だが、俺はそんな話、聞いたことはない」


話題に上がるのは、魔法の使えない監督生とグリムのことばかりだ。


有名人になっているのはお前たち一人と一匹だけだよと、ジャックは断言した。


自分は突きつけられた違和感……時系列のおかしさに云いようのない不気味さを覚える。背中に地獄から這い上がった亡者の手が押し付けられたかのような気分の悪さを抱きながら、首を振る。


「今はリドル君のことはどうでもいいんじゃないかな」話を逸らす。「そんなことよりも、アズールさんの問題を解決する方に力を入れた方が得策なんじゃない? 授業、さぼってるんだよ」


「……そうだな。俺たちに投げつけられた問題はイソギンチャクたちの解放、だ」


あの時……と、ジャックは逡巡する。


「……あの時、グリムの炎が黄金の契約書に放たれ、燃え上がることなく無傷で終わった。恐らく、契約書は何らかのユニーク魔法だと思うが、炎をぶつけられて無事でいられるようなものなのか?」


愚かな。いくら特別な青い炎といっても、契約そのものを反故することなんてできません。いくら魔法を放っても無意味。


自分はモストロラウンジで云っていたアズールの言葉を思い出す。


「特別な青い炎……」


あの時アズールはグリムの放った魔法が完全に鎮火した後、狼狽を隠した平静の仮面を装いながら契約書を素早く懐に入れたように思う。顔や表情からは何の情報も得ることは出来なかったが、その後の動作には若干の不自然さがあった。本当に魔法が無意味であると云うのなら、あの性格上、堂々と掲げ、自分は主人だと見せびらかしていてもおかしくはないだろう。


「多分、あの強さには何か秘密があると思う。もしくは、裏。弱点を探るために、調査しようぜ」


「そうだね、ジャック」


自分は頷きながら、アズールが受けている授業の視察を開始する。教室の外から音楽、動物言語学、薬草学といった様々な授業を静観していたのだが、どの授業も完璧で万能と云えるような技能の高さを発揮していた。


そして昼食時、アズールは海鮮物を忌避したような言葉を呟きながら、栄養バランスに偏りのない昼食を摂る。自分はその光景を大食堂の端っこで眺めながら、一番安いパンをモグモグと食べていた。


ちなみに休み時間、アズールのしもべとなったイソギンチャクたちの同行をチェックしていたのだが、図書館で古書の捜索、中庭の古井戸での奇行、鏡舎に集うイソギンチャクたち、ハートの女王の法律第九八条『ナインチンゲールの歌』などについて調べている生徒たちがいた。


目的は分からないが学園長の云う通りアズールは、学園について何かを徹底的に調査するために駒を思うが儘、命令を下して操っている様子である。以前のリドル……卒業生たちが残したというハートの女王の規則に従うのとはまた異なった、奇怪な人使いの荒さを遺憾なく発揮している。


「こき使われているイソギンチャクたち全員に云えることだけど、特に可哀想だったのが中庭の奇行……ポムフィオーレの先輩生徒が、古井戸に手袋を投げつけて『決闘だ、手袋を拾いたまえ!』って大声で井戸水に勝負をしかけている姿はもう何と云うか……」


「井戸水に勝負を仕掛けても何も起こることがある筈もなく……『っざけんじゃねー!』と、頭を抱えて膝から崩れ落ち慟哭している様は実に哀れだった」


あのような奇行は氷山の一角なのだろうか。


図書館で古本を片っ端から調べ上げる命令ならまだしも、古井戸のわけのわからない行動に類似した真似を行っているのなら、学園長の命令がなくてもそれこそ慈悲の心で止めてあげたいのが正直な心情である。


「レオナさんがみたら『乱数調整だろう。Fan値の変動だ。新しいイベントが起きるぜ』とか何とか意味不明なことを云うだろうな」


「RTA走者かな。レオナさんって意外とゲーマーだったりする?」


「さあ……チェスが得意らしいけど」


それにしても、なぜアズールはナイトレイブンカレッジの歴史を調べて何がしたいのか。


二人がその話題について触れたところで、声が掛かる。


「おや、お二人は。ふふ……暗い顔をしてどうなさったんです」


顔を見上げてみれば、そこにいたのはモストロラウンジでアズールの傍に控えていた人魚である。表情の作りは違うものの、一目見ただけで双子であることが分かった。


「アハハ~、何そのしょぼい食事。一番安いプルーンのパンじゃん。なに……お金に困ってるの~?」


「いけませんよ、フロイド。監督生さんからすれば、そのパンは豪勢な食事。お金のほとんどはツナ缶や寮の修繕に使われています……知ってますよ、サムさんが構える購買で密かにバイトをしていることは」


何故知っているのか。


ショップのレジ打ちなど表に出る仕事ではなく、ひたすら裏方に徹した品出しをしていたのにどうして部外者がこうもハッキリと認知しているのか。


自分は自然と身構えた。


「そう身構えなくても。風の噂で知っているだけです」


「そもそも噂にすらなっていないと思いますがね。グリムにさえ話したことはないんですよ。どうして知っているんですか?」


自分は店に姿を現して顔を出したことがあるだろうかと記憶を掘り越す。記憶する限り、魔法で造られた難燃性の紙の束をどこに置くのか聞くために、一度だけ裏方から顔を出したことがあるのだが、まさかチラ見せにすらならない程度のバックヤードからの覗かせで、バイトしている事実を把握されてしまったのだろうか?


「ふふ……そんなことはどうでも良いじゃないですか。それにしても――悩み事があるのですか? 先程から暗い顔をなさって……。お悩み事があるのなら、どうぞモストロラウンジのゲストルームにおいで下さい」


これは、罠だ。


もしかすると、他のイソギンチャクたちと同じく奴隷の身分になるかもしれない。それにグリムにサムの購買でバイトしていた事実を人知れず……そう本当に文字通り人知れず認知している事実からして得体の知れない雰囲気があった。


「アハッ、エビみたいにビクッって後ろに下がった~。小さいし、小エビちゃんって呼ぶか~」


自分が特別小さいのではなく、あなた達の身長が高いのですよ。


……とハッキリ云えることはなく、「こ、小エビ?」と困惑した声を出すことしか出来なかった。


「それにしても、モストロラウンジで少し見た程度で本格的な自己紹介はまだでしたよね。僕はジェイド・リーチ。オクタヴィネル寮の副寮長をしています。その他に、山を愛する会のメンバーです。山に興味がありましたら、どうぞ会への入会を」


「ジェイド山の話やめてくンない? 変な物ばっかり拾ってくるじゃん。若干トラウマになってんだけど~」


双子の片割れが云う。


「あ……俺はフロイド。よろしくね、小エビちゃん」


「なるほど。要するに慇懃無礼なインテリヤクザと、傍若無人な鉄砲玉のマフィアと云ったところですか……」


「何か云ったか? あん?」


「イエナニモ」


フロイドの圧のある発言に、自分はすぐさま台詞を撤回した。声の高低と云うか何と云うか、お調子者の声調からドスの効いた声へ変化する落差が酷い。まるで多重人格のようであったが、フロイドは第二の人格を会得するほど精神的に追い詰めることはないだろう。寧ろ、脅かす方である。


「フフ……フロイド、絞めるなら人気のないところで、ですよ」


ジェイドはニヤニヤ笑う。てっきり制止の言葉をかけるのかと思ったが、逆であった。真逆かつ促進の言葉である。


「アズールから『今日は探偵が引っ付いていて邪魔だった』と聞いておりますが、イソギンチャクたちについて何か悩み事でも?」


探偵……この事前情報の把握は普通で、それほどおかしなものではないだろう。フロイドはオクタヴィネル寮の副寮長であり、そういった悩み事が相談として出されたのなら知っていても不自然ではない。自分がサムの店で裏方のバイトをしていた事実を知っているよりも、極自然なものであった。


「アズールについて何を調べているのか分かりませんが、そういった回りくどいことをするよりも本人に直談判した方が効果的だと思いますよ」


「ニヤニヤ笑いながら云いやがって……素直に応じてくれるとは思えねえけどな」


「なにこいつ……ツンツンして、ウニみたい」


「アズールについて何か誤解があるようで。彼は皆さまの悩み事を解決する心優しい性格の持ち主です。その証拠に生徒たちに期末テストの対策ノートを貸した。知恵を授けたのです。そう警戒しなくともよろしいかと」


「力を借りた結果が、イソギンチャクたちたるしもべじゃねえか」


「でも、アズールはどんな願いでも叶えてくれるよ。対価さえ支払えば、イソギンチャクたちを解放……なんて、あり得るかもね」


「そんな好条件、明らかに裏がある……お前ら……監督生に何か用でもあるのか。いや……わざわざこうして声をかけに来たんだ。何かあるんだな。こいつには恩義があるんだ。悪魔のような取り引き、契約をさせることが狙いだろう」


沈黙。


それはジャックの言葉が二人の図星を突いたからなのではなく、別のところに黙する理由があるように思えた。両者から醸し出される気まずい雰囲気を払拭するために、自分は云う。


「グリム、エース、デュース……それに手袋先輩……他のイソギンチャクたちを事の次第によっては解放してくれる。それは本当ですか?」


「そうだよ。俺たちは親切心で教えてあげてるだけ」


「それに、困っている人を放っておくことなんか出来ません。同窓のご友人がアズールのしもべとなってしまい、困っている。これは是非ともお助けしなくてはと思い……お節介でしたか?」


「あ……ちなみに、手袋先輩は友人や知人ではありません。全く以て全然ミリとも知らない人です」


どうでもいいが、その点についてハッキリと云っておいた。ただ古井戸の奇行があまりにも可哀想で思わず名前を出してしまっただけである。あの血を吐くような慟哭、周囲の哀れな視線……実際にみたらどれほど可哀想な真似をさせられたのか。その様子を一から終いまで見てしまっているので思わず名前が出ただけなのである。


「ふふ……イソギンチャクたちの解放、もしこのお話に興味がおありでしたら、オクタヴィネル寮のモストロラウンジにおいで下さい。VIPルームでお待ちしておりますよ」


ニヤニヤと……そしてクスクスと人魚の双子は笑う。


ジャックの云う通り、これは明らかな罠……如何にも裏がある話であることは、二人の態度で自然に読み取れる。


フロイドは手を振りながら、話は終わったと云わんばかりの態度で立ち去っていく。ジェイドも同様についていきながら、この大食堂から出て行った。


「監督生、どうする。チャンスは……早くも解決の糸口はぶら下げられたが、これは明らかに罠。俺は最後の手段としてとっておいた方がいいように思えるが」


「虎穴に入らざれば虎子を得ず、だよジャック。相手がどういう出方をしてくるのか分からないけど、出て来る手段は恐らく『契約』。どういった約束事を結ばれて、どのような対価を支払うことになるのか……でもピンチはチャンスでもあるから」


「行くのかよ、監督生」


「うん、行くよ。早めに解決しておきたいからね」


「それじゃ俺も同行するよ」ジャックは云う。「そもそもお前は魔法の知識も何もないんだ。みすみす騙されに行くようなもんだ。三馬鹿はともかく……アズールに詐欺られて、イソギンチャクになってしまったらさすがに困る」


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