悪魔の後裔-3
場所は移り変わって、オンボロ寮。
ジャックを小奇麗になったソファに座らせると、彼はこれまでにあった物事の整理をつけるために、口を開く。
「違法の如き契約書を交わされたイソギンチャクたちに、有無を云わさず帰させられた俺たち。今頃、グリムはエースにデュースは奴隷の如く、アズールの絶対服従の命令に従って動いているだろうな」
どのようなことを命じられているのか分からないが。
自分もその命令内容について興味はあったが、アズール本人としてはあまり知られたくないのか、こちらの耳に入らないように暴力をちらつかせながら追い出したような印象を抱いた。
……考え過ぎかもしれないが。
「疑問なんだが入学当初から有名人であった監督生はともかく、アズールが俺の名前を知っているなんざ、不気味だぜ」
サバナクロー寮生のジャック・ハウルさんと……オンボロ寮の監督生さん。ここはお引き取り願いたい。
自分は最後に聞いたアズールの言葉を反芻しながら、「でもジャックはこの学園の運動部すべてから勧誘を受けるほどの有名人なんでしょ」と反論する。
「オクタヴィネル寮がどういった寮なのかわからないけど、多分運動部もあるんじゃないかな。文系部であったとしても、エースやデュースと同じ一年生で色んな部活から助っ人……もしくは本格的な入部の誘いを受けるルーキーの噂を耳にしていたとしてもおかしくはないよ。そうおかしいことはないんじゃない?」
「俺はマジフト一本だ。他の誘いには乗らねえ……それにしても、期末テストの対策ノート……参考書ぐらいなら分かるが、他人の力を借りて楽をして赤点を回避しようなんざ、ふざけた真似をしやがるぜ」
「ジャックって頑固というか、そういうところあるよね」
決して正義心から生まれた感情ではないだろうが、自分の為……自分が思うままに勝負をしたいと云う心。スポーツマンシップゆえ公平さを求める心情と云えば分かり易いが、それにしてはどこか独り善がりな部分があるように思える。実際、「自分の力を誇示できるのにそのチャンスを不意に振るだなんて……」と独りごちた。
「そうですね。学園の生徒皆さまがハウルくんのように、自己研鑽を積む性格であればどれほど楽か……」
『学園長!?』
二人は飛び上がった。
密談……と云うわけではないが特に会話に夢中になり話に熱を入れていたと云うわけではないのに、突然の来訪者が姿を現した。自分はオンボロ寮の談話室を見るがドアは閉まったままである。無論、開けた音も……そして閉まった音も聞いていない。
「一体どこから来たんだ」
ジャックは狼狽しながら云うが学園長はいつものように答えることなく、「アーシェングロット君の商売を止めることができませんでした」とマイペースな調子を一切崩すことなく話を続行する。話を聞かないいつもの見慣れた態度であった。
「アーシェングロット君は……すでにご存じかもしれませんか……オクタヴィネル寮の寮長。その性格はこの学園の一般生徒に漏れず大分性格に問題のある生徒です。やもう本当に困りました」
「商売、とか何とか云ってましたよね学園長は。生徒に大量のしもべ、イソギンチャクが発生しています。それと何か関係があるのですか?」
「まあ有り体に云えば」
学園長は溜息混じりに答える。その様子を見てジャックは、教師ならその問題を止めさせることが出来るのではないかと真っ当な意見を出した。
「教師なら、ですか。確かに彼は一見、表面は礼儀正しく話が分かる『ような』性格をしている。彼の商談と云うか口車……話に乗った所為で、私は教師だからこそ止めることが出来ない状況に陥っています」
「それってつまり、騙された。グリムやエース、デュースみたいな状況になっていると云うことですか」
「自業自得なんじゃないのか」
いくらカンニングといった明らかな違反行動を起こしていないとは云え、楽な方法で期末試験を乗り越えようとしたイソギンチャクたちに思うところがあるのか、ジャックは辛辣なことを云う。
「アーシェングロット君が、期末テストの対策として大量にバラまいた対策ノートですが、あれは我が校の歴史を掘り起こすような……過去百年分の出題内容を徹底的に調べ上げ、一冊のノートに纏めた虎の巻」
「監督生、学園長が話を聞かないんだが」
無視されているとジャックは云うが、いつものことだよと答えることしか出来なかった。この大人は、基本的に自分の云いたいことを相手にお構いなしに話して、尋ねたことは答えたいことしか耳に入れない。
だから、人望がないのだ。
「えっと、一世紀……百年分をノートに纏めた、と云うことですよね。あのグリムがノートを参考にした一夜漬けで、高成績を取っている。すごい、と思います」
しかもグリムは寝不足の状態だった。万全の状態で臨めば、それこそ全教科満点は夢じゃないかもしれなかった。
「独自で調べ上げた過去問を参照に対策ノートを作ったわけ、か。カンニングでも何でもないし、正攻法。教師以外の生徒が……誰かが誰かに勉強を教えるだなんて普通のことだからな。全く以て不正じゃない。だからこそ、教師は手が出せないってわけか?」
「え?」学園長の虚を突かれた声。「ええ、まあそう云うことにしておきましょうか。ハウルくん、都合の良い云い訳……じゃなかった。非常に鋭い観察眼をお持ちですね」
「聞き捨てならないことを聞いた気がする」
そう云うことにしておくって、どういうことだ。
自分はどうしても学園長へ懐疑の視線を止めることも、和らげることも出来なかった。
「ええ、そうですそうです。生徒が生徒へ分からない問題を教えるように、個人で過去問を調べ上げ対策を講じたその努力。それを否定することは推奨されない。教師としてあるまじき行為です。度が過ぎていますがアーシェングロット君の行動の範疇は、ただ勉強を教えたに過ぎない。だからこそ、教師として打つ手なしなのです」
「俺も先輩に、分からない問題を説明してもらったことがあるからな。つまりあいつの行動は授業を受ける生徒として一般的な行動。親切心として片付けることが出来ると云うわけか」
「……学園長、そもそもその行動の何が問題なんですか。個人の努力の結晶である虎の巻で皆の成績が上がった。仮初の成績かもしれませんが、赤点の人が続出するよりだいぶマシな結果だと思うんですけど」
「『契約』……そしてしもべ。風の噂によるとアーシェングロット君は、大量の下僕を使って我が校の施設内を精密かつ徹底的に調べ上げている。実際問題、メインストリートに処分したはずの『八体目』の石像がグレートセブンの横に並べたり、ハーツラビュル寮の巨大な断首台を調べ上げている。命令を受けた生徒たちが身体は従っていても、心は非協力的なのでそこまで決定的な我が校の歴史が掘り返されてはいませんが、過去百年分の過去問を調べ上げた事実から鑑みるに、これから徹底的な調査が行われることでしょう。それはいけません」
「学園長、この学園に何か知ってほしくない歴史でもあるんですか」
「赤点の生徒が大量に出て来る……そのような事態より、確かに高得点を得た成績の方がはるかにマシですが、しもべたちの行動は危険です。サバナクロー寮からは部活の邪魔をするなとしもべたちを邪魔に思う苦情が来ていたりしてますし、下手をすれば大乱闘が容易に想像される」
またしても質問は無視された。
いや……また、話題を逸らした?
「その昔、クルーウェル先生が我が校の生徒であった時代、大騒動がありました。事の発端は、四畳半の恋の鞘当てが原因で学園内全域が混乱に満ちた。姑息狡猾にも、学園の私闘禁止の校則を破らないように怪我一歩手前の悪戯合戦が行われたのですが、それはもうひどい結果でした。庭は汚れるし、トイレもまともに使用できない。教室をはじめとして校長室までもが混乱の渦に巻き込まれる。このままいけば……アーシェングロット君のしもべ達が内心抱く反発心に合わせて、ただでさえ協調や協力性皆無の血の気の多い生徒たち。再びあの紛争が勃発するのはごめんなのです」
あなた達だって心穏やかにして授業を受けたいですよね。他人なのに暴動に巻き込まれたくないはずです……と学園長はその恋の鞘当て事件が相当堪えるものであったのか、両手をワナワナ震わせながら云う。
何があったのだろうかと自分は思った。
推察するにホモサピエンスの面汚しのような、何かの代理戦争なのだろうが……。
「オクタヴィネル寮にあるモストロラウンジは、悪戯合戦の無血開城として作られた恥ずべき歴史を持つ飲食店なのですが、アーシェングロット君が店の支配人になってから、話が変わった。私はしもべを使って我が校の様々な歴史を掘り越していると云いましたが、そもそものキッカケ……アーシェングロット君が、悪戯大紛争時代の終戦として建てられたモストロラウンジの無血戦を知ることによって、ナイトレイブンカレッジの様々な歴史に興味を持った……と云うのが大まかな話の流れだと思います」
「ただの好奇心でそこまでやりますかね」
「俺も同意だ。実際あの寮長は大量の駒を得たにしたとしても、イソギンチャクたちは不服を覚えている。学園の歴史は少し面白そうだが、その歴史を調べるために反感を買うのは……個人で調べればいいんだ、そんなものは」
「やがて起きるであろう暴動を理由に、イソギンチャクたちを解放することは出来ますが、その条件は『暴動が発生』した時……もしくは確実に暴動の兆候を確信した場合。あの悪戯合戦の大紛争が起きないよう手を尽くしたいのに、このジレンマ。分かってくれますか?」
「サバナクロー寮……部活動の邪魔になって苦情が来ているのなら、将来的な危険を理由に止めそうな気もありますがね」
「苦情と云っても一件や二件です。しかもその内容が『視線が気になる』、『寮外の生徒がいて気が散る』と云った程度で……イソギンチャクを解放するには、理由が足りないのです」
「それに学園長は……暴動の兆候を察知して危険を回避したとしても、皆が抱いた不満が解消されるわけではない。地層や雪のように降り積もった不満は、やがて土砂や雪崩のように崩れる危険性がある。そもそも不和の状況さえ作りたくない、と云うわけですか」
「そうです、監督生さん」今度は呟きに答えた。「燻った火種はいつか爆発するかもしれない。前回のマジカルシフトの大会のように緊張……とまではいきませんが、円滑にして潤滑な学園生活を送っていただくために、どんな小さな火種でも鎮火しておきたい。それが今、私が抱いた感想なのです」
「…………」
自分は自然と押し黙る。
以前、マジフト大会に関する地味な連続事件が勃発した時同様感じていたことだが、学園長はやたら生徒に精神的な負担が圧し掛かることを危惧しているような節があった。神経質な……もっと云えば壊れモノに接するような態度には違和感がある。生徒たちはあんな丈夫なように見えるのに……単純に考えて、魔法士だからオーバーブロットを警戒して、その辺りの環境は非常に鋭敏かつ敏感なだけ、なのかもしれないが。
「あ~、私はこんなにも優しいのに……どうしてこの学園には問題のある生徒ばかりが集うのか……その理由は知っていますが……」
「知っているんかい」
自分は思わず反射的につっこんだ。
「おほん……ともかく、アーシェングロット君は慈悲深い心で生徒たちに勉強を教えた。そして契約違反を犯したものをしもべとして、この学園の歴史を掘り越している。予期されるのは悪戯戦争の再演」
学園長の泣きが始まった。
泣くといってもそれは非常に演技臭い、わざとらしいものである。
「と云うわけで監督生さん、幸いあなたの頭にはイソギンチャクは生えていない。絶対服従が約束されたしもべではない対等な立場の人間として、アーシェングロット君の危険な行為をやめるよう説得してください」
「拒否権はないんですよね」
「はい」
笑顔で答えやがった。
以下のやり取りにジャックは思うところがあるのか心配そうに、「いつもこうなのか監督生」と訊ねる。悲しい哉、虚無顔で頷くことしか出来なかった。ジャックの同情した視線が辛い。
「そもそもあの人、我が強そうと云うか何とかどうにか出来るか分かりませんよ」
そして、自分は云う。
「……そう云えば学園長、問題のある生徒たちが学園に集う理由を知っていると云っていましたが、その理由は自分も知っています。学園長の性格に惹かれたからですよね」
生徒も生徒なら教師も教師である。
自分は抵抗として皮肉を述べたのだが、学園長は何も云い返すことが出来ないのか沈黙したまま何も云い返すことはなかった。
反論はなかったのである。




