悪魔の後裔-1
「躾の時間だ」
今回の居残り授業の担当は生徒たちに薬草学や錬金術の教鞭を取る、デイヴィス・クルーウェル。先生が空き教室に現れた瞬間、自分は自然と姿勢を正していた。
「よろしくお願いします」
自分はクルーウェルに頭を下げ、模範的な態度を崩さずそのままでいる。毎度のことながら今回もグリムは居残り授業には欠席だった。ナイトレイブンカレッジ……この学園に通学の許可を得てからさほど日数は経過していないが、授業中、グリムは非常に落ち着きがない。それゆえ、そもそも学園長が提案した居残り授業に参加しなくても良い気がしてきた。奴には長い話を聞くほど大人しくは出来ないという確信を持ち、グリムには自分から必要最低限の情報を纏めて、オンボロ寮の寝室で寝る前に訊かせるぐらいが丁度良いものだと判断するのである。
クルーウェルはグリムがいないことを確認しつつも自分同様、あの落ち着きのない性格上、来ることはないと判断したのか軽く溜息を出しつつも、そこに突っ込むことはなかった。
彼は自分にこの世界の常識、主に科学の基礎である錬金術について知識を明け渡すために教科書を開く。その書物はハイスクール用のものではない。下手をすれば、ミドルスクール以下の内容かもしれなかった。
「オンボロ寮の監督生、まずは順序良く薬学と錬金術の密接な関わりについて教えるとしよう」
「はい、よろしくお願いします」
「はじめは軽く薬学の歴史に触れた方が理解は得易いか……」
まず、薬草学とは……。
クルーウェルは教え子に間違った知識を植え付けないよう、慎重に言葉を選んで解説をはじめる。そも、この授業内容は……学園長曰く『ツイステッドワンダーランド』なる世界における常識的な話から始まるのだ。
通常ならば学ぶことなく学習している内容を――この世界で生まれた者ならば年嵩になるにつれて、わざわざ言葉にせずとも学習する当たり前を口に出すのである。テーブルの上に置かれたコップを落とすと地面に落ちる……等といった重量の法則の如く、そのような常識はどんな幼子でも承知している。そのような事実をあらためて口に出し説明しようとするならば、確かに言葉の慎重さが必要とされるかもしれなかった。
「さて、そもそも錬金術とは魔導学の以前の姿。それより時間を遡ると、錬金術は薬草学を種にした学問分野である。薬草学に鉄が加わることによって錬金術となり、錬金術は戦火なる火種に燻られたことによって魔導学となった」
錬金術の祖は民間療法を取り入れた、医学根拠のない治療であった。だがしかし、過去の偉人らが薬草の効能を書き留め追求し、やがては一冊のノートとなる。その医学書は時代や地域、国ごとに様々なバラつきがありながらも、升のように……ミリやグラム等といった単位が世界基準として定められたかの如く均一化し、中世の世界においてやや儀式めいたような……或いは根拠のない民間療法の大半は根絶され、効能の高い根拠と数多の被験者の治癒経過を蒐集した一冊のノートが、今の現代人における医学書となった。
「勿論、個人の体質……ヒューマン、獣人、妖精、人魚など、薬草の効き目などについては個体差があるがね。全世界に医療の知識を開きあらゆる種族から参考にされているノートと云っても、各々の種族では全く効き目のないものや、逆に効き過ぎるものもある。升となるべき標準基準として採用されているのが通常の人間種だが、種族違いによる効果の相違を学ぶのも薬草学の一環となっている」
「植物の飼育だけが勉強内容ってわけじゃないんですね」
「実践教育、か。あれはどちらかと云うと、農家で農業について学ぶような職業体験に近い。薬はどのように作られているのか多少は知っておけ……と云ったところだな」
その昔――と、クルーウェルは会話の軌道修正。
話を全ての始まりである、祖の薬草学へ戻すのであった。
「その昔……我々魔法士が差別され、時には魔女狩りに遭っていた暗黒の時代、魔法が使える者は何と呼ばれていたのか……魔法士と呼ばれる以前は何と呼称されていたのか知っているか?」
「庭師、ですよね」
自分はかつてクルーウェルの授業内容から聞いた、与太話を思い出しながら云う。確認するように問いに答えると、満足そうに笑っていた。
「授業中小話として云った内容だが、よく頭に叩き込んでいる。上出来じゃないか。魔法こそ使えないものの、我が校の生徒の中では優秀かもしれない。筆記テストなら問題のない点を取れるだろう」
よくあんな余談を覚えていたものだ。
クルーウェルは云う。
「その通り、庭師。魔法士の名称がついたのが恐らく百から三百年前だが、それ以前は庭師と呼ばれていた。ではその理由は何なのか、答えることは出来るかな?」
「……確か」余談をノートの隅に筆記した内容を思い出す。「昔……魔法士が庭師と呼ばれてた時代……魔法使いは己の領地内で薬草となる植物を育て、求める人に処方箋を煎じていたからです。錬金術……鉄が加わる以前の薬草学では大鍋で薬草を煮、人々を癒していた。肉体を癒す知恵者として働き、尊敬、もしくは恐れられていたとも聞いています。箒は薬草の生えた庭掃除をしていたその名残りとか何とか」
魔法使いの暗黒時代、魔法士の名が付く以前、薬草の知恵者は薬となる植物の生育を行っていた。村の者から尊敬される人……もしくは秘密裏に秘境で大釜をかき回しながら、己の職務を全うしていたと聞く。庭師と呼ばれていた時代は呪術的な側面がありながらも、大半の役割は地域に根付いたお医者様と云ったところだろうか。
「正解だ。では……魔法使いが庭師と呼ばれていた時代から、鉄の入り混じった錬金術へと変性を迎える。薬草学が錬金術へ編纂されることになるキッカケとなった物質は何か?」
「水銀、アマルガムです」
「正解。だが、より正確には魔法士が所持しているマジカルペンに付属している魔法石……いや逆か……ペンが付属している魔法石を造ろうと――『杖を造ろうとして一番最初に手を出した材料が水銀』だと答えて欲しかったな」
杖の製造……魔法制御の補助器具。
オーバーブロットの問題や適切な魔力量の注入のために、より良い品質の杖が求められた。
庭師時代、魔法使いの持つ杖は杖に魔法石を組み込んだ素朴かつ粗末なものであり、今の時代ほど洗礼されたものではなかった。それに石の質も良いものとは云えず、薬師は妖精……ドワーフたちを伝手に炭鉱へ身を乗り出して、良質な魔法石を入手できるようになる。炭鉱夫として働くドワーフたちに接したことがキッカケで、薬草学に鉄の要素が加わり、錬金術の始まりとなるのであった。
「錬金術の黎明は、水銀。その独特な性質……流動体でありながらも金属であるという奇妙な部分。その点が注目され、魔法使いの杖の製造が行われた」
――と、クルーウェルは思い出したように云う。
「……魔法石はその名が示す通り、魔力の込められた石だ。魔力以外の部分は通常の石礫と変わらない。時には宝石が魔法石として用いられることがあるのだが、あれは物好きか好事家しか用いらないだろう。そして奇怪なことに、魔力の込められたアマルガムを改造し捕食して、魂に埋め込んだ狂人がいたらしい」
監督生……いくら摩訶不思議な物体とはいっても、魔法石なんかを捕食することはないように。
クルーウェルはどこか聞き覚えのある内容を口にしながら、注意する。
「そのアマルガムを魂に埋め込んだ人は、不老不死でも求めていたのでしょうか?」
「確かに、ゴーストという個人の残留思念がある以上、不老不死のようなもの……限りなく近いものはあるかもしれないが、そんなものは実在しない。人は極めて強靭かつ、再生度が高いものを不老や不死と呼ぶが、無制限なように見えるだけだ。物事は必ずしも限度があり、有限である。広大に広がる無限と思しき宇宙だって、その拡張の限界をいつか迎えるだろう。ただ膨大なものを不老不死と呼びたくなるだけだ」
事実はそうではない、と云う。
現に長命種の妖精だって、老衰で眠りについた事例がある。
物事の尺度が自身の把握できる範疇を超えた場合、不朽と呼びたくなるのが人間の性。
この現実世界において、死を迎えないものはない。万有引力の法則の如く、いつかすべての生物が死ぬ。それは絶対的な決まり事なのである。
「薬草学から錬金術への変化……そのキッカケは炭鉱夫であるドワーフとの接触であったが、はじめて錬金術で作られた機械は何か? 答えよ」
「……時計です」
「ほう。では更に深く追求して、なぜ時計が最初の創造物になりえたのか……答えることは出来るかね」
「庭師は薬草の成育時、気候を読んでいました。太陽の位置や星々、そして月の引力によって動く潮。魔法士は庭師時代に日時計を使っていましたが、更に進化したものが星座を書き込んだホロスコープ。雨季や蝗害を予知し、薬草を守るために作られたものです。しかし今までなかった物質……ドワーフらの発掘する鉄が加わることにより、より精度の高い日時計が欲しくなりました。それゆえ、一番最初に作られた『機械』は時計となります。それにしても……ホロスコープで星の流れを読むだなんて、まるで陰陽師みたいですね」
「オンミョージ……監督生の故郷にも似たような職業があるのだな」
閑話休題。クルーウェルは云う。
「その通り、精度の高い日時計を求めて研究を重ねて初めて完成したのが、時計である。日晷儀から機械時計への進化が齎した結果は多大なる結果を及ぼしたと云う。人はこれまで日時計から得る時間帯は大まかなものであった。これまで大雑把な時間しか把握することが出来なかったが、短針と長針がグルグルと一から十二の数字を駆け巡り、六十の秒数が六十分たる一時間を作る」
はじめて作られた機械、時計。
それは人を速足に促進する慌ただしい日々へ突入する、進歩の象徴であった。
「時計から正確な一日の時間を把握し、一年を刻一刻と記録したカレンダーの登場。その中で、教会のパイプオルガンの如き巨大であった原初の機械、時計は段々と小型化され、一般庶民の手にも普及していくことになった。時計が生み出されたことにより誕生したネジ、歯車、バネや鎖……そういった時計の部品は他の部品にも用いられるようになった。時計を構成するのに不可欠な品は、眼鏡や汽車などといった部品に流用されていくことになる」
はじめは巨大な建造物と云って差し支えない時計は小型化していき量産され、沢山の人々の手に渡っていった。
そのほかにも、風景を模写し切り取られていた絵画は写真へと進化するだけではなく、轍を穿ち線路を敷いて汽車が大地を走る。更に発達すれば音を記録したレコードを設置すれば、蓄音機から音楽は流れた。電線は世界中を走り、今では小型の携帯機器で気軽に電子の世界を覗けるほどのものになっている。
「今ではスパコンなどと云う超高速物理演算器さえ生み出されているが、急速に機械類が進化したのは、いつか? 分かるか?」
「今から丁度百数年前、妖精戦争の時、ですよね」
自分は変わらないなと思いながら答える。
自分のいた世界と機械の進歩は変わらないと思いながら、人間の性について思慕を伸ばした。
「そう、妖精戦争。時計から様々に応用利用された幾多の機械類は、軍事利用へと転換させられ、争いの火蓋を切る。機械が戦争へ用いられる前、人間兵器として利用されたのが特異な体質を持つ魔法士であった。だが、人間兵器とはいっても生物兵器ではない。侵略生物でもない、人より少し違った能力が行使できるだけの人間。ウイルスでもインベーダーでも無かったのだ。人よりちょっと他者を殺めることが出来るだけの人型生物でしかなかった」
緩やかに時の流れを過ごす妖精。
反して、戦争で利用開発されたいくつもの特別製の機械、魔道具。安易な大量生産は材料さえあれば生産された。
急速な時間の流れを作り出す時代の本流。
妖精は鉄に弱い。
その俗諺の意味は、時に置きざれているいにしえの存在と云う意味を含む皮肉。
勝敗の結果は云うまでもなく……。
「妖精戦争がキッカケで、時代の流れは更に急速に発展していくことになる。軍靴、拳銃……放牧歌は軍歌へと変わり、弓矢は機関銃へと進化した。機械と魔法使いの合わせ技、攻撃性の高いユニーク魔法は大量生産された魔導器具へと転写され、戦禍は激化していく」
例えば一人、使い方次第で人を殺めることが十二分に可能なユニーク魔法の使い手がいたとしよう。
その特異性たるユニーク魔法そのものを魔導器具はコピーし、大量生産された無効性な機械へ転写され、大量の殺戮兵器を時間もかけず作り上げることが出来る。
それが科学から更に進歩した、血腥い魔導工学の始まり。
「終戦後、平和の象徴たる和睦の品として送られた物品は何か? 答えよ」
「それは……」自分は苦笑しながら云う。「この学園の大食堂にあるシャンデリア。永久機関の光を灯す証明器具です」
「大当たり」
クルーウェルは、入学式の翌日の騒動を知っているのか少し皮肉っぽく笑いながら云う。
「『ご存じの通り』、皆が大食堂で利用する場にある天井のシャンデリア。あれが鳩のような平和の象徴として作られた品だ。初の、軍事利用外ではじめて魔導工学の知識を利用して作られた物品である。妖精はあの品を受け入れ、やがて我々と本格的な交流を持つことになる」
それ以前の妖精は、化け物の如く正体不明な生物でUMAと変わりなかった。
だがしかし、人間と妖精のお互いが交わるようになってからその正体や素性が知れ、今ではナイトレイブンカレッジ内に在学している生徒さえいるほどだ。
「年の功と云うか、妖精はいにしえの存在でありながらも案外適応力の高い種族であった。妖精の特徴としてそもそも好奇心が強いといった側面があるが、案外老人のように頑固ではなかったのである」
「ともあれ、こちら側は開拓に成功したんですよね」
自分はトレインから教えられた、歴史の授業を反芻しながら云う。
「これまで未知の領域であった常若の国、ティル・ナ・ノーグ。今では開けてしまった神秘の国。人間は獣人を脅かし、次には海底を浚って人魚を見付け、最後に妖精の丘は焼き払われた」
次は異星人の住む星でも見付け、同じことを繰り返すのでしょうか。
そう小さく呟くと、「監督生、お前は別の世界から来たと聞いた。元居た世界が我々に脅かされるのが怖いのか」と訊ねられる。
否定も肯定もできなかった。
「……ステイ、今日はここまで。監督生、時間も時間だ。できれば食事でも一緒にしないか?」
自分は黒板の上に飾られた時計を見ると、夕飯の時間には少し早いがそれなりに時間は押していた。不安を払拭するように「是非」と答えながら、立ち上がる。
その日の夕食は、クルーウェルのおごりであった。
いつものと比べて、久々に豪華な夕食だった。




