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救国の獅子‐8

場所はサバナクロー寮のマジカルシフトの練習場。


選手席で静かに無言で腰掛けていたレオナは、頭痛を抑えるような表情をする。胸の中に淀む濁りが溜まっていくのを感じながら鬱屈とした表情を浮かべていると、ケイトのマジカルペンを置いて逃走し、直接会場に逃げ込んだラギーが現れた。


「レオナさん!」


「……どうしたラギー……」


頭痛を堪えるように頭部に添えられていた手は、退けられた。レオナは全力疾走をして、呼吸が乱れたラギーの調子が整うまで見守っていた。


「……さっき食堂で事故を起こしたんっスけど、バレました」


「ラギーてめえ!」


レオナは鬱々とした表情を捨て立ち上がり、ラギーに詰め寄る。そして怒りを隠さないまま、胸元の服を掴んで片手で持ち上げた。


「何失敗してんだ、てめえは! このまま優勝金を逃したらどうしてくれる! お前も……いやお前だけじゃない。てめえらスラム街の連中が助かる為に、こんな卑怯な真似をしてきたんだぞ! 計画を潰すつもりか!」


「レ、レオナさん落ち着いて。証拠は残してないっス。密告者がいない限り、明日の本大会には支障はないですから」


舌打ち。


それならいいと云いながら、レオナはほとんど打ち捨てるような動作でラギーを手放した。ラギーは咳き込みながら、ゆっくりと立ち上がる。


そして――。


「話は聞かせてもらったよ~」


レオナは驚いたように振り返る。背後にいたのは、先程までラギーを追い掛け回していた追跡者と、密告者のジャックである。自分の両腕にかかえられたグリムはふんすと鼻を鳴らす。魔力残滓の匂いの追跡調査。それは休む暇もなく続行されていたのである。


「ジャック、てめえなんでそっち側にいる?」


「全部云いました。あんたの計画も、犯行も全て事細やかに。証拠がない……と云っても、もう云い逃れできませんよ」


「…………」


レオナは苛立ちながら、若干牙をむき出しにした。ジャックが密告者として宣言した以上、もうその話は教師側に回っていると予測するのは十分だった。自分の手では制御できない濁りが深くなって意識を塗り替えようとする気配を感じた。


「安っぽい正義感ふりかざしやがって。あのな、この世にはそれだけでは解決できないこともあるんだよ」


「寮長、あなたの国の事情について教えてもらいました。知ってはいます。自己陶酔やら満足だとか云われようが、俺はどうしても我慢できなかった……!」


「知ってるなら何故大人しくしねえ!」


ぽたり。


意識を――感情を黒く塗り潰す獣性。


「恵まれているから、分からねえのか!」


ひたり……暗黒が足音を響かせて近寄ってくる。


「どいつもこいつも――!」


ぐちゃり……何かが歪み、ひずんだ。


「俺の国を救う意思を邪魔するんじゃねえ!!」


どちゃり……重たい塊が堕ちた。


「あああああああああああああ!」


獣の、咆哮が響いた。


『――――』


いつまでも響くのではないかと思われた咆哮は、案外短い時間で終わった。だが、非常に重圧的な叫び声は重みさえあり、聴覚が一時的に麻痺してしまうほどだ。咆哮が終わり、異様な静けさと、どこからともなく滲み出る異様な気配を感じながら生唾を呑み込んでいると、その静寂を打ち破ったのはラギーである。


「……レオナさん?」彼は瞠目しながら云う。「その蜘蛛みたいなの……いや、黒い気配は何ッスか……」


戦々恐々、ラギーが恐ろしものを見たかのように一歩後ずさりすると砂塵がまった。大量の砂埃があたりに充満する。まともに目を開けることができないほどの、砂であった。


「王者の咆哮キングス・ロアー! 何もかも砂に変えちまえ!!」


レオナがそう叫ぶと同時に彼の手に触れたものは、砂へと変えられていく。ようやく視界が開けたかと思うと、先程の砂塵とは比べ物にならない砂が待った。


「やばい、この気配って……」


ケイトは覚えがあるのか、危機迫る表情で云う。


「オーバーブロット! この嫌な感じ、リドルくんと同じ――!」


ケイトは自身のユニーク魔法を使った。本体は自分を守るためか傍から離れず、ケイトの分身体であるそれらはレオナに向かって、攻撃魔法を放っていた。放たれたそれらは直撃したのか全ての砂塵が消えたかと思うと、そこにいたのは黒い影。理性を失い獣性の呑まれたレオナの姿があった。


レオナが吠える。


それと同時に周囲に魔力が放出されたのであるが、それだけの動作……その余波でケイトの分身魔法は散った。


「ハッ――ハハハハハ!」自嘲気味な笑い。「偉大なる精神にまの□さぬるれま? かやまほてまもふわつろあわ? そよふ□れわまるら。□のまひ□あもふひふんあわまるらまたわ。ひさ、ほーあーうとるろゆつもろ□らひあ□けれま」


ブロット語。


オーバーブロットし堕ちた者が使う獣の言語。


一度オーバーブロットした現場を目撃した者ならともかく、はじめてその堕ちた瞬間を目撃したジャックは「なんだこれは!?」と驚愕の声を出す。


「□るちそむ、ろちそむ□らるれろふ□そふこわひもろまはつ。よてぬなまつれのらとふわ、ジャック――!!」


「――――!」


レオナは駆けた。


彼からすればすべての計画を崩した張本人、ジャック・ハウル。レオナにとってその個人が敵に見えるのか、地面が罅割れるほど力強く踏ん張ったかと思うと目にも止まらぬ速さで跳躍し、ジャックを突き飛ばした。たとえ不意に突風が吹いても身動ぎすることのないジャックの身体は、風に逆らえない枯れ葉の如く軽々と吹き込んだ。


「レオナさん、どうしちまって……」


「オーバーブロット。きみも協力して! 操作系のユニーク魔法が使えるんでしょう!」


「動きの制限っスね!」


ケイトの要請に、不測の事態を呑み込んだラギーはすぐさま応じた。


「愚者の行進ラフ・ウィズ・ミー!!」


術の使用者と同じ動きをする傀儡の魔法。


レオナはジャックに意識の大半を向けており、無意識の隙を突くことに成功した。つまり、ユニーク魔法が決まったのであるが、地面に倒れたジャックに更なる追撃をしようと振りかざした拳が止まる。レオナはギロリとした爛々と輝く瞳でラギーを見、吠える。


「□さかゆつの□さをへよ、ラギー!」


ギギギ……と油の切れた機械仕掛けのロボットのような動きをしながら、強引に身体を動かす。ラギーが制御としてレオナの身体を支配しているのに、徐々にそのユニーク魔法は解けていく。そして……多少、緩慢ながらもラギーの咽喉を掴んで持ち上げ、すべてを砂に変えるユニーク魔法をレオナは人に向けて放っていた。


「くっ、くるしい……」


「アッハハハハハ! ころあれけへん□るあひまめのひのわの□さ□へんま? はておろうれみなぬんもゆわろひるれらそわ、ラギー?」


身体中の水分が抜けていく。それがまたおかしかったのか、レオナは再び大笑いした。


「ハハ! ろふら、ラギー。むつ□ひまそ。むりんわまままなひりかるれ、ほろむひんほえるまこるまへをへま?」


「もうやめねえか! 我よ月夜の姿に戻りたまえ(シェリフ・リバート)!」


ジャックのユニーク魔法。


彼の全身が光ったかと思うと輝きの収束後、そこにあった姿はオオカミの姿に大半が支配されたジャックの姿だった。白色の耳、頭部と胴体は人間のままであるが、ふさふさとした体毛を有し鋭い爪を持つ動物の姿に四肢が変わっている。


半ばオオカミの姿になったジャックは獣人であっても到底できない跳躍力を持って、レオナの跳び付いた。ラギーの首を掴む手首に噛みつき、その鋭利な犬歯から血飛沫が飛ぶ。ユニーク魔法で大幅に強化の掛かった屈強な身体。肉食動物そのものと云ってもいい咬合力はさすがにたまらなかったのか、ラギーを手放し食らいつくジャックを、腕を振りかざして地面に叩きつける。ラギーがこちら側へ避難する中、それでもなお食らい続けるジャックを何度も何度も打ち付けていた。


「ラフ・ウィズ・ミー……ジャック、逃げて!」


再び放たれるラギーのユニーク魔法。


ジャックを痛み付けようと全力を使って叩きつけられる動きから、一瞬硬直の隙が生まれ口元が血塗れになったオオカミは距離を取った。


「□えれ、ゆわ□わて!」


「このままじゃどうするやばいって! 誰か、先生たち呼んできて! 俺たちじゃどうしようもない!」


エースの慌てた言葉。デュースはケイトが再びユニーク魔法を使う中、「センコーたちを読んでくる!」と大声を出して駆け出していく。そんな中、ラギーはガラガラの声で云う。


「蜘蛛っス」


「蜘蛛……何なの?」


「レオナさんがオーバーブロットする時、影の中に大きな蜘蛛みたいなのを見た。そいつから嫌な魔力が……黒いタールの塊が落ちるような音が聞こえた後、ブロット化して……多分、影の中にいる何かが悪さをしてるっス……」


「獣人特有の耳の良さだね。有力情報ありがとう。対策が出来た」


ジャックちゃん。


ケイトはそう云いながら半ば獣と化したジャックに向き直る。


「俺の分身、ユニーク魔法で相手の注意を引き付ける。その隙に影の中にいる奴をやっつけてくれない?」


「分かりました。一番機動力があるのは俺ですからね」


それにもう尊敬する先輩の堕ちた姿は見たくない――と、ジャックは云う。


「こっちもやりますよ。あまり無理はできないっスけど、俺のユニーク魔法で隙を生み出すことぐらいは出来る……!」


「俺は、魔法が使えない監督生を連れて避難。安全なところに避難させたら戻って加勢するから!」


それまで無事でいてくださいとエースは云い、自分の腕を引いて引っ張り出した。自分はグリムを抱えたまま連れられていくのだが、不安で仕方なかった。


ケイトは陽動。ラギーは隙。そして、本命のジャック。


皆は目配せをした直後、動き出した。


「出ておいで、俺くんたち。スプリット・カード!」


取り戻したマジカルペンから放たれる、分身のユニーク魔法。以前はマジフトの試合で識別がつくように服装に差異を生じさせていたが、今回は術の使用者である本体と同じ格好をしている。レオナが分身の一体に襲い掛かったと同時に、同じコピー体である手札の一枚が爆発魔法を放った。その爆発は純粋にレオナを攻撃させるだけではなく、マジフト会場の地面を爆散させ、破片や土埃等で目眩ませさせる役割をもった二つの意味を持つ。


レオナは傍に近寄りゼロ距離で第二弾……陽動として何らかの策を講じようと接近した分身体の足を掴み、爆発魔法を放った個体にぶつける。易々と人体を持ち上げ投擲するそのパワーは、オーバーブロットの影響下にあるものだろう。


ジャックから噛みつかれ腕から流れる血に構うことなく、三体目のケイトに目をつける。次の獲物として狙われたことを悟ったその本体に焦りの表情が浮かぶのだが、レオナが飛び掛かり馬乗りになるよりも前にその動きが止まる。


「ラフ・ウィズ・ミー! 意識が隙だらっけっスよレオナさん!」


「――――!!」


思わず地面に身体が倒れてしまいそうなほど、重圧のある咆哮。だが慣れか……最初に放たれた一波と比べて、ある程度耐性が出来ているので身を竦める程度の結果に終わった。


「――とはいっても、一瞬身体の動きが止まっちゃうけどね」ケイトは云いユニーク魔法で分身体を作った。「ただでさえ獣人は身体能力的に強いんだ。暴走状態となれば、マジで命を落としちゃうかも」


だが、泣き言は云ってられない。


ケイトは暴風の魔法を引き起こして、風の動きに乗る。つむじ風の流れに身を任せ、そのまま直進し勢いをつけた蹴りをくらわした。その攻撃は綺麗に水月に入り、魔法によって追い風を受け、膂力は通常の人間、男子高生と変わりはないもののレオナの口から、カッと胃の中を戻すような短いしわぶきが聞こえる。


ケイトは砂の魔法でラギー同様、キングス・ロアーを警戒して俊敏に距離を取る。適度な距離を保ちながらレオナを眺めるのだが、クリティカルヒットが決まった蹴りを受けたのにも関わらず、痛みの余韻を感じさせないかのような直立不動でいた。確実にダメージを与えたのに何事もなかったかのようである。


獣性に染まったその瞳には敵意だけが込められており、レオナの両手から砂が舞い始める。空気中の水分を砂へと置換したそれは、通常のユニーク魔法の応用であろう。周囲に軽く砂埃が舞い始め、若干視界が覆われ始める。


「□を」


レオナの口角が上がり、ブラット語を呟く。周囲に砂を舞わせた事実といい何か企んでいると警戒する暇もなく、彼が指をパチンと鳴らすと発生したのは風塵爆発。通常、燃えやすく粒子の細かい小麦などが摩擦することによって摩擦熱を引き起こすことによって風塵爆発を起こすのであったが、周囲に漂う砂埃は魔法製。ユニーク魔法で大気中の水分が魔力性を有した砂へと変わっており、通常の砂とは異なる。それゆえ、爆発を引き起こすことが出来たのだろう。


ケイトはレオナからつかず離れずの適度な距離を保っていた。自身のユニーク魔法は情報収集以外にも攪乱には最適で、過度な距離を確保していなかったことには落ち度はない。寧ろ最善を選んでいた。選んでいたからこそ、分身体の一人が咄嗟に本体のケイトに覆いかぶさる形で盾になってくれたお陰で爆発の直撃から逃れることは出来たものの、大怪我を負ってしまった。


まろび、地に伏した本体のケイトをレオナが見逃すわけもなく、黒い靄が腕を覆いつつある片手で直接キングス・ロアーの餌食にしようと動き出した直後、身体が硬直する。


ラフ・ウィズ・ミー。


またしても妨害、ラギーのユニーク魔法だ。


「ちょーっとレオナさん大人しく……って、やっぱり完全に抑えるのは無理っスか!」


ギギギ……と、レオナの腕が動く。本来、操作系の魔法を受けた傀儡であるにも関わらずラギーの腕も同様に同じ動きをする。レオナは魔力を爆発的に放出させ、先程と同じ……いや、それ以上の砂塵を生じさせていた。大気中の水分が極度に減っている相違点……そうして以前よりも広範囲かつ膨大な魔力により生み出された誘爆性の粒子は、レオナの合図で会場が吹き飛ぶほどの爆発を引き起こすだろう。最早その場合、距離や身を挺した盾どうのこうの関係なく、全員が死ぬ。


「□を、□を、□を――――!」


ぎこちないながらも、レオナの人差し指と親指が動き出す。ラギーは爆発を阻止するため、命を燃やすほどに魔力を消費して相手の動きを封じ込めようとするが、徐々に……そして非常に緩やかに二つの重なりだす。このままでは数秒待たずして爆発の合図が送られ、全員が命を落とす。


監督生がエースと一緒になって避難していると云っても、今、出口に到達したばかりだ。ここからはあまり離れていない。人が死ぬ。無関係な人が、魔法が使えない一般人が死ぬことにラギーは焦りを覚えた瞬間――。


「俺を忘れるんじゃねえ!」


半ば獣化したジャックの言葉。


レオナが背後から響く不意の大声に瞠目していると、オオカミの鋭い爪が影を襲った。通常なら地面を叩く仕草に他ならない動作であるが、ぐちゅりと嫌な音を立てて潰れる何か。ジャックが黒いタールの中に無遠慮に突っ込み、塊らしき物を握り潰す。粘着いた液体に直接腕を突っ込んだことにより綺麗な毛並みが汚れ塗れ、黒い糸を引きながら掴んだものを見るために片腕を上げる。


両手を開くが、残骸も何もなかった。


逃げられたのである。


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