救国の獅子‐7
早朝、メインストリート。
身支度をすませオンボロ寮を出、教室に向かっているとグリムが話しかけてきた。
「そういや昨日、お前夜どこかに出かけてなかったか?」
自分とグリムは同じ部屋で臥所を共にしているが、夜中不意に目覚めると誰もいなかったと云うのである。自分は預かり物であるブランケットのことを思い出しながら、角が生えた不思議な生徒のことを少し漏らした。
「はえ~。角の生えた不思議な奴かあ」
「なんだか浮世離れした雰囲気があったな」
「名前は?」
「聞いてない。聞けば恐ろしい目に遭うって」
「うんじゃまあ、それなら……こっちから好きに呼べばいいんだゾ。角が特徴的なら……ツノ太郎って云うのはどうだ?」
「また安直な」自分はフフッと笑った。「さすがに怒られるかもね」
「怒られる? 子分~、お前が前云ったんじゃねえか。お前の故郷では、太郎って云うのは一般的な呼び名だって」
「それはペットとかに用いられるケースであって、人にはあんまりオススメできないかな。それにジョンドウの意味で太郎が使われるし……いや待てよ、自己紹介で名前を教えなかった彼にはある意味では合ってるのかな、ツノ太郎は」
「ここの生徒って云うなら、その内出会えるだろう。俺様にもちゃんと紹介しろよ子分~」
「うん、わかった。ちゃんと紹介する」
自分は微笑みながら返事を返すと、「おっはよう、監督生ちゃん」とケイトが元気そうな調子で声をかけてきた。自分は挨拶を返しながら、小走りに近寄る。
「監督生ちゃん、アサイチで申し訳ないんだけど最新の情報はチェックしている?」
「事件のことですね。勿論、確認しています」
自分は頷きながら、デュースから預かったスマホを取り出す。最新情報として連絡網で回って来た情報は、新たな被害者の報告。スカラビアの副寮長が被害に遭っており、液晶画面のチャット内では副寮長と云う立場と名のある役割の所為か、結構な話題となっていた。
「事件の被害に遭ったのは、スカラビア寮の二年生、ジャミル・バイパーくん。調理中に怪我をした。怪我は一週間程度で治るものだけど、話を聞きにいこう。これまで寮長乃至副寮長の被害者は出てなかったんだ。話を聞けばより詳細に状況が分かるかもしれない」
「寮長や副寮長っていうのは、その寮のまとめ役ですからね。優秀そうですし、何か新しい発見があるかもしれませんね」
自分は頷きながら、学園内の大食堂に向かうと目的の人物を発見した。どう会話の切り口を開いたものなのかと思っていると、グリムが無遠慮に事件の被害者に対して一切物怖じせず直截に聞いていた。ある意味、見習わなくてはならない無神経さであるが、ここでその不躾を発揮してほしくなかった。なぜなら見知らぬ人(?)がいきなり怪我を知っている状態なのである。グリムが「お前、怪我をしたんだろう」と挨拶や自己紹介もなしに話しかけているその首根っこを掴み、警戒している様子の副寮長・ジャミルに自分は深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。この子ったら、躾もできてないばっかりに」
「あー!」ジャミルの正面に相席する形で座っていたターバンを巻いた少年が叫ぶ。「コイツ、前俺の尻を燃やした猫!」
「俺様は猫じゃねえ! この会話、何度目だ」
「そうですグリムは猫ではありません」自分は云う。「そもそも猫というのは神聖な生き物であって、好みのクラシックを香箱座りして目を細めながら優雅に聴くべき神です。グリムには落ち着きがない。猫特有のゆったり感がない。グリムがサイベリアンと云う可能性はギリあるかもしれませんが体毛的に考えて――」
「あの~、監督生ちゃん?」困惑したケイトの顔。「猫の話題になると、急に早口になるねえ……エースから変な宗教に入っているとは聞いたけどマジだったんだ……」
「ごめんなさい。グリム本人からしてもどうやら猫ではないようです。ただ猫っぽいだけで、猫かぶりをしているのでしょう」
「……」ジャミルは引き気味になりながらも一応グリムが尋ねた質問に答えるつもりらしく、手にしていたフォークをそっと置いた。「それで、何の話をここに?」
「昨晩、料理中に怪我をしたと聞いて。そのことについて、詳しく話を聞きたいんだ。知ってるかもしれないけど、ここ最近怪我が多発している事件のことは知ってるでしょう? けーくんは、その調査をしてるんだ。あっ、この子も調査を。ちなみに、オンボロ寮の監督生デス」
「俺はジャミル・バイパー。スカラビアの副寮長をやってる。そして、こっちが……」
ターバンを巻いた少年にジャミルは目配せした。
「カリム・アルアジーム。スカラビアの寮長だ!」
「……どうも、オンボロ寮の監督生です」
「あっ、俺はハーツラビュル寮のケイト・ダイヤモンド。けーくんって呼んでいいよ」
軽い自己紹介が行われた。なんだか人脈が広がっていくのを感じる。
「それで事故のことについて知りたいんですが……」
そう云いながらグリムを見る。彼はカリムを直視しながらスンスンと鼻を動かし、不思議そうに首を捻っていた。
「ああ、構わない。事故……事件に遭った時の状況、か。昨晩、俺はカリムに頼まれて調理室で料理を作っていた。いつものことだが、カリムが急に飯を食いたいと云い出したんだ。調理中、作り慣れた料理であるにも関わらず包丁を滑らせて怪我をした」
「作り慣れた料理で、怪我を……」
「怪我をする前、一瞬だが意識が遠のくような感覚があった。立ち眩みや眩暈……ましてや疲労感からくる意識の乱れじゃない。俺自身覚えがあるから分かるんだが、あれは恐らく魔法の一種……人の意識……肉体を操る操作系のユニーク魔法だ」
「ジャミルがそう云うならそうなんだろう。多分、ユニーク魔法でほぼ間違いないと思うぜ」
「なぜ断言できるんですか? それに覚えがあるとは……?」
「そこら辺はまあ……ジャミルのユニーク魔法はまだ発展途上だし」カリムは苦笑した。「素直に呑み込めないかもしれないけど、信用できる情報ソース、スカラビア寮長が提言する証言として頭の中に入れてくれ」
「明らかに何か隠してるみたいだけど、ユニーク魔法か」ケイトはスマホの液晶画面をスイスイと指で操る。「充分あり得る。けーくんなりに、事故の時系列、目撃者やその周囲にいた人物を纏めてるんだけど、たしかに普通の魔法ではありえない。確かにユニーク魔法なら出来ることだね」
「ユニーク魔法ってそんなに凄いんですか?」
「人を操作するユニーク魔法、その練度は上の下と云ったところだ。一瞬しか操られなかったから分からないが、あのレベルとなると副寮長になれるレベル。操作系の魔法自体は云うほど難しくはないが、意識外からの不意打ちが基本。意識が無意識の状態を狙って魔法を放たないと、どれだけ膨大な魔力量を有していたとしても操作魔法は決まらない。相手が心を開く……そんな例外的な操作魔法のかけ方もあるが……」
「つまり、ユニーク魔法の術者は常に無意識を狙った不意打ちで事故を起こしてるってこと? ますます見付け辛くなったな」
「えっと、素人意見なんだけど操作系、でしたっけ? そのユニーク魔法が使える生徒をピックアップしていけば、犯人にぶち当たるんじゃないんですか? 絨毯爆撃にやっていけばその内に……」
「ん~、それもそうなんだけど……ごもっともな意見だけど、魔法士にとってユニーク魔法は必殺技の奥義みたいなところがあるから。基本的には信頼した相手にしか明かさない秘め事なんだよ」
ケイトは云う。
「しかも中でも操作系のユニーク魔法の使い手は、その必殺技が対処されたらおしまいだから秘密にしておきたがる。リドルくんも操作系……魔力操作のユニーク魔法の使い手だけどアレは例外。相手を操る条件は魔法が使えること……相手が魔法士なら対面した時点でほぼ無条件に揃ってるようなものだから、一方的にバンバン撃ち放題なんだ」
「操作系の魔法は条件を揃えると、効果を発揮する。いや……正確には本領発揮か? 今回の事件のユニーク魔法の使い手は、意識のない……もしくは意識が向けられていないノーマーク、無意識を襲撃することによって相手を操っていると見た」
……と、ジャムルはプロフェッショナルっぽく云った。
「犯人確保には相当骨が折れるだろう……実際、俺も被害に遭ってるし、相当狡猾と考えた方が――」
……と、ジャミルのアドバイスを中断させる叫び声。
自分は咄嗟の騒動の方向を見ると、大食堂の入口の階段の下に尻もちをついた人物がいた。周囲の生徒たちが、「いきなり転んでどうした!」と驚きの声を上げる中、同行者なのかその言葉は続く。
「いきなり階段をジャンプして飛び降りて、どうしたんだお前!」
「いや、違う……身体が『勝手に動いた』んだ」
見れば階段から飛び降りたと思しき人物は、かなりガタイのいい人物だった。勝手に身体が動いた証言といい、自然と出る回答は――。
「先輩……!」
「分かってる監督生ちゃん、事件だね」
自分は目を皿にして、被害者周辺の人物を眺めた。不審な人物がいないかどうか探していたのだが、尻尾が……サバナクロー寮に多く滞在していると云う動物の特徴を兼ね備えたその尾鰭が逃げて行くのを目撃した。尻尾の先端を見ながら自分はケイトの手を掴み引き、「誰か逃げました!」と報告して事件の現場から逃走した人物を追いかけるのであった。
「怪しい! 多分犯人かもしれません! 逃げる尻尾を見ました!」
「……尻尾、か。これまでの目撃情報の中で一番多かったのは、獣人の多いサバナクロー寮生……そして被害の数も少ない。アタリ、かもしれないよ」
「ふなー! 逃がすんじゃねえんだゾ! それにその匂い、覚えたからな!」
グリムは魔獣らしく嗅覚が発達していると云う。視野の情報だけでは認知できない嗅覚の情報を警察犬よろしくグリムを先頭に追いかけていると、追い詰めた先にいた人物は……。
「ラギー・ブッチ!」
「はあ……なんッスか。鬼気迫る顔をして。穏やかじゃないっスね」
自分はグリムを抱きかかえながら、「どう?」と話しかける。グリムは鼻をスンスンと動かしながら、「食堂全体の匂い、そして転んじまった奴から漂う魔力の残滓の匂い……間違いなくこいつが犯人なんだゾ!」と叫ぶ。
「グリちゃん、魔力を匂いとして感知できるんだ。すごいじゃん。いや、お手柄だよ実際」
「って云うか、デュースから携帯を借りる前、被害者から情報を聞いて回る時、グリムを同行させておけばよかった。食っちゃ寝だけのペットと誤認して役に立つとは思ってなかったよ……魔力の残滓が匂いとして分かるのなら、それが最善だった」
新情報だ。
グリムがオンボロ寮で悪戯ながらも襲い掛かるゴーストを青い炎で追い返した事実といい、魔獣であるだけあって、人間にはない何か特殊な力があるのだろう。えっへんと胸を張るグリムを見ながら、確か学園の棺桶で目覚めた時、この獣から追いかけられた。その際、自分の嗅覚を誇るかのように「自分の『鼻』からは逃げられない」と述べていた些細な事実を思い出す。
「昨日のあんたらじゃないっスか。何なんっスか、突然。犯人とかどうのこうの……どういうことですか?」
「ズバリ云うね。ここ最近多発しているマジフト有力選手を狙った事故、その犯人はきみでしょう?」
ケイトはグリムの鼻を信用しているのか分からないが、断定しながらラギーに詰め寄った。対してラギーは「何か証拠でもあるんですか~」とどこか煽るような口調で応答した。
「証拠なら、このグリちゃんが。個人を識別できる魔力探知を持っている。それに監督生ちゃんが逃げる尻尾を見たと云っていた。これで犯人だ! と云うには灰色だけど、黒に近いグレーなんだよね」
自分は股の下から垂れた尻尾を見る。現場の騒動で見た尻尾はチラリとしか見てないが、色形はあの場から逃走したモノに限りなく近い。
「それが証拠って……正直俺からすれば、昨日マジフトで惨敗した当てつけにしか聞こえないんっスけど……」
「確かにね、惨敗したのは事実だけどそこまで根に持っているわけじゃないよ」
ケイトはいつもの軽くて優しい雰囲気を取り払ってシリアスな表情で、マジカルペンを突き出そうとしたのだが……。
「アレ……ペンが、ない」
ラギーの笑い声が響く。見れば、ケイトのマジカルペンはラギーの手の中にあった。いつの間に盗られたと思っていると、「これだから裕福な人は。油断し過ぎ、隙ガラガラ。俺からすれば盗んでくださいって云ってるのも当然でしたよ」と云う。
「魔法制御の役割を持つマジカルペン、それなしに魔法撃てますかね~。監督生……でしたっけ。そいつは魔法が使えないっスよね。もしも魔法が暴走して怪我でもしたら、どうするんっスか。魔法士が魔法を使えない人を傷付ける。下手すると退学になるかも」
「ケイト先輩すみません。自分、人質に……足手纏いになってます!」
「足手纏いになってなんかないよ、監督生ちゃん。これは俺のミスだから!」
油断も隙もない。
恐らく、魔法でも何でもなく独自のスリの技術。手癖の悪さで盗まれたケイトのマジカルペンをラギーは見せびらかしながら、逃走した。さすが身体能力の発達した獣人と云うだけあって、その逃げ足は相当に早くすぐさまに追いつけるようなものではない。いくら自分が尻尾を見たとはいっても、事実上グリムの鼻がなければ追い詰めることに成功しなかっただろう。
ケイトが手早くスマホを取り出して、犯人として後補にあがったラギーの情報を電子上の情報網に回す中、自分はデュースから借りた携帯機器を取り出して、エースの連絡先を探す。自分から見れば相当古い型かつ他人のスマホはなぜこうも扱いにくいのか……手惑いながらもどうにかエースの連絡先を見付け、簡潔に先程あった事件、そしてラギーを捕まえて欲しいとその外見を含めた情報を送るのであった。承諾の返事はすぐ来た。
「先輩、エースに連絡をとって協力者を得ました。デュースと一緒にいるらしく、追いかけてくれるらしいです」
「エーディースコンビか。今は猫の手でも借りたい気分。マジカルペンを取り戻さないと!」
「それに俺の鼻もあるんだゾ! 完全に魔力の匂いは覚えてる! 俺たちも行くんだゾ!」
「そうだね、グリちゃん」
ラギー・ブッチを捕まえる大捜索が始まった。
ケイト自身も協力者を得る為に、グループの繋がりの中で正確な人数は分からないが数多の防人の追跡人を得たらしい。グリムの鼻を頼りに学園中を巡ることになるのだが、数十分の追跡を隔てて、その先にあったのはエースとデュースがラギーを追い詰める姿がそこにあった。
「さすがマイフレンド!」自分は駆け寄りながら大声を出す。「優秀!」
「監督生、それは恥ずかしいと云っている!」
背後から出される大声にデュースは答えながらも、正面にある目の前の目標に隙は見せなかった。その証拠にデュースは「しゃらくせえ!」と叫びながらお馴染みの大釜の出現魔法を出したのだが、パルクールでも会得してるのかあっさりと躱されてしまう。
「てめえ、さっきからふざけんじゃねえぞオイ!」
「えっ……お前、何……」
いきなりぶちキレたデュースに、エースは引き気味の声を出す。
「さっきからおちょくりやがって! 漢ならなあ、正面から正々堂々勝負するってのが決まりだろうが! 逃げてばっかじゃねえか! これじゃ勝負にならねえ! こちとら拳で殴り込みするつもりでやってんだ!」
「不良だ……お約束というか、典型的な不良」
自分は云う。大釜の魔法が避けられたのをキッカケに、彼の内なる不良が暴走したのだろう。いや、地というか……これまでちょくちょくその片鱗は見せながらも、隠されていた素が出たと云った方が正しい。
「そうだよ、俺は不良だよ! おふくろを何度も泣かせてきた! だがなあ、てめえみたいなコソコソした奴、相手側が同じ土俵に入ってない奴を襲うほど性根が腐ってるわけでもねえ! 不良は同じ不良しか相手にしない! 喧嘩は同レベルかそれ以上じゃねえとやらねんだ! 罪も咎もねえ人を襲いやがって良心は痛まねえのかよ! 実際、クローバー先輩はてめえに対して何をした! 何もしてねえだろうが!」
「…………」ニヤけ顔のラギーは真顔になった。「ふうん、弱者は襲わないっスか。恵まれてることで」
「あ?」
「いや、何でもないっス。人には色々な事情があるモノだから」
「事情? お前には事情があるのか? 何もしてない人を襲っていい事情が。だからと云ってこんな卑怯な真似してんじゃねえぞ! 喧嘩もできねえモヤシを殴ったところでな、得られるものは何もない。寧ろ、劣等感に襲われるだけだ」
「…………」
デュースの避難を浴び続けるラギーは何か云いたいことがありそうな顔をしながらも、重たい沈黙の中、手の中でケイトのマジカルペンをクルクルと回し手遊びする。苛立ちを我慢する仕草であった。
「……それよりもあんたら……」ラギーは云いたいことを完全に呑み込んで云う。そして話を逸らすかのような――いや、話題としては軌道修正されたのだが。「さっきから俺を犯人だと断定してるみたいですけど、明確な証拠がないとねえ。決めつけはよくないっスよ」
「それなら最低二日間、俺と行動を共にしてくれる?」
ケイトは云う。行動を共に……正確にはそれは拘束の意味を持つ抑止力そのものである。
「はじめて事件が起きてから、日が重なるごとに事件は頻発するようになった。今では毎日と云っていいレベルで事件が起きてる。俺たちと行動を共にして事件が起きるようなら無罪。何も起きなかったら有罪として、連続犯として教師に突き出すから」
「それは困るっスね。ほら俺、サバナクロー寮の副寮長なんで。レオナさんのお世話もありますし、それはごめんっスよ」
ラギーはそう云ったかと思うと、サーカスの一員かのような身軽な動きをする。デュースの出現魔法により出た大釜を蹴ったかと思うと二階のバルコニーに跳躍し、そこにケイトのマジカルペンを置いた。
「ペンはここに置いておきますよ。それじゃ、バイバイ~」
ラギーは余裕を取り戻したのか、ケイトとは違った軽い調子……もしくは相手を煽るかのような口調に戻りながら、二階のバルコニーから廊下へ移って学園内に紛れ込んでいく。尻尾の余韻を残しながら、その後ろ姿は消え人の波に紛れ込んでいく。
「逃げましたね」
「ああ、逃げた。これはもうほぼ犯人と云ってるようなもんだ」
デュースは出現させた大釜を魔法で戻しながら云う。話には関係ないが、よく大釜を出現させるデュースはそれを直接相手にぶつけた過去があるのか、それとも偶然落下したのを見たことがあるのか気になった。魔法というものは一度経験、もしくは目撃した事実がなければ再現することができない。居残り授業で得た先生からの情報を思い出しながら、自然と彷彿とするのは怒り顔で大釜を腕力で持ちあげ、相手にぶつけようとする過去の不良姿である。ラギーを叱責した際の言葉から考えるに、毎日喧嘩に明け暮れていたのかもしれなかった。
「オイ、てめえら……犯人捜しをやってるのか」
どこか聞いたことのある低い声。見れば狼の耳と尻尾を持つジャックが、こちら側へ寄って来ていた。
「何でそこまで他人の為に必死になれるんだ」
「俺はクローバー先輩を怪我させた奴にお礼参りを……」
「俺は監督生……友達からのお願いだし」
「ああ、知り合いが襲われたのか。それに友達からの頼み。仇を取りたい、役に立ちたいって気持ちは分からなくねえ」
「そう云えばあなたは『自分は襲われない』と云ってましたね。その発言の意味、最初は自己防衛できるからと思ってましたけど、同じサバナクロー寮の生徒が犯人であるのならその言葉の意味は変わります」
「確かに云ってたね、監督生ちゃん」
「ふな! そうなのか……」
「…………」
ジャックは沈黙する。その様子は以前見た、何かを云いごもる態度の二度目だった。
「何か知ってるんですよね」自分は確信を覚えながら云う。「何か、云いたいことがあってわざわざ話しかけに来たんですよね?」
「…ああ」肯定。「俺は知ってる。ずっと前から、最初の事件が起きる前から知っている。正直板挟み状態だったが、俺はもう我慢がならねえ」
「それなのに黙ってたの! 知っているのに黙ってるだなんて共犯じゃん!」
エースは正論を云った。その言葉を受けて、ジャックは沈鬱な表情を隠そうともしない。罪悪感があったのだろう。だがその重たい表情は情報を吐露することで晴れることだろう。
「まず、最初にラギー先輩のユニーク魔法は、『自分と同じ動きをさせることが出来る』魔法だ」
「同じ動き……」
自分は軽やかな動きで相手を翻弄していた事実を思い出す。そしてプロフェッショナルの如くジャムルの口から直接聞いた、操作魔法が決まる基本状況。操作魔法はいくつかの種類、そして例外がありながらも、不意打ちを狙わないと成功しない。自分の意のままに操るために無意識を……心の隙間を襲って自在に操る。
軽やかな動き。
そして、無意識の襲撃。
そこから導き出される答えは……。
「不意打ちで無理な動きをさせて、怪我をさせていたってこと……?」
「ああ、そうだ。その通りだ。個人の運動能力、可動範囲には個人差がある。それなのに運動能力に優れた獣人……スラム育ちのラギー先輩が独自に得たスリの腕前、逃亡の際に見せる俊敏さ。動き慣れたラギー先輩には何ともないだろうが、強靭な肉体を持たねえ普通の人間からすればとてつもない負荷がかかる。大事にならないよう軽傷で済むように指示されているだろうが、数日安静が必要なほどの怪我を負わせることは難なくできる」
「でも、相手に怪我をさせるほど派手な動きが必要になるよ。けーくんの情報にはそんなのは無かったな。っていうか、あったら真っ先に犯人後補として名が挙がるって。怪しすぎるもん」
「事件は単独犯じゃねえ。同じ寮の……サバナクロー寮生全体が、協力者になって連続事件を起こしている。獣人の中では比較的小柄なラギー先輩を周囲で囲って壁になる形でガードを作り、ユニーク魔法を実行。こんなところだろう……」
「ケイト先輩、たしか事故の目撃情報、被害者の周辺で一番多かったのは獣人……サバナクローの人たち、でしたよね」
「うん、そうだよ。人数にはバラつきはあるけど……絶対に数名、サバナクロー寮生が付近にはいた。事件の現場……もしくは隣室なんかにね」
「あんたらそこまで情報を手に入れてんのに、なんでサバナクローをターゲットに絞らなかったんだ。そうすればもっと早く事件は解決しただろうに」
「そうは云ってもジャックちゃん、それは結果論って奴だよ。サバナクローの人たちも事故の被害者として挙がってたし、何も獣人が全員サバナクローに一か所に纏められているわけでもない。でも確かにその通りかな。俯瞰してみてたつもりが、視野狭窄になっていたんだろうね」
さすがに落ち度だ。
ケイトは悔しがるが、そもそも事件発生前……恐らく連続事件発生前からその計画を知っていて黙っていた人物に糾弾される覚えはない。ジャックにもその負い目があるのか、深く追求することはなかった。
「ちょっと気になる事として、ジャックさん。『大事にならないように指示』と云ってましたよね。ラギーさんは副寮長だ。その命令を出す立場の人間って、非常に限られているような……」
「お察しの通り、一連の事件は寮ぐるみの犯行だ。そして首謀者は――レオナ・キングスカラー」
サバナクロー寮のトップだ。




