Welcome to the Villains' world-1
――何だか、猫に似た鳴き声が周りから聞こえる。己の周囲をドタバタと……それと同時に木の板に爪を立てて引っ掻いているような慌ただしさと騒々しさの中、眠りから覚めるようにぼんやりと目を開くと、目の前には暗がりがあった。
……目を開けたはずなのに、暗い……。
自分は長い眠りの中で色彩さえ失ってしまったのだろうかと一抹の不安を覚えた瞬間、目の前にある暗闇が取れ、次に眼前の広がったのは死者が入るべき棺桶が浮遊する部屋であった。周囲の詳細な情報を認知するよりも前に、自分の周囲を慌ただしくしていたと思しき存在が、喜色満面、羅生門の如くこちらの衣服を剝ぎ取ろうとしている。
「な、なに――?」
自分は飛び上がるように身体を起こし、猫のような存在からなるべく遠ざかる。この拒否の姿勢は想像していたよりも距離を隔てることが出来なかった事実から、今自分は拘束……と云わなくともそれなりに不自由であることを自覚する。必死になって小動物を抑え込むと「ふがふが」と鳴いた。茫然とした意識の中、身の回りを確認すると……どうやら棺桶の中にいたことを認識するのであった。
「おい、ニンゲン! オレ様に何をするんだゾ!」
「えっ」
誰かいるのか。
自分とこの小動物以外に――と言葉に出す前、自分の両手で抑え込んでいた小動物が軽く手の平に噛みついてきた。痛みはそれほどないが、驚いて手を離すと小動物は自分から距離を軽く取り、青い炎を部屋中に炎上させた。火事になるのかとすわ一大事を覚えるが、その珍しい青い炎はすぐさま鎮火し、大事にならずに済んだ。
「そこのニンゲン、オレ様にその服を寄越すんだゾ」
炎を吐いた猫のような動物が吠える。
どうして自分の着ている服が欲しいのか尋ねるよりも前に、まず胸元を見、そして次に片腕を確認すると見慣れない衣服を着用していることに気付いた。金模様の意匠が施され、黒を基調にしたローブのような服装だ。服の内側には落ち着いた紫色の布地があり、腰部も同色のベルトが巻かれてある。
自分はこの見覚えのない……そして着用した記憶のない衣服に内心驚いていると、猫のような小動物は続け様に喋る。
「早く服を寄越すんだゾ! さもなくば……丸焼きだ!」
再び青い炎が、猫から燃え上がる。
自分は猫そのものに恐怖を抱いたわけではないが、己の知識が青い炎に対して警鐘を鳴らしていた。通常火は赤色であるが、青い炎は赤い火よりも温度が高い。酸素濃度や元素の関係により様々な色合いの炎を演出として表現することもできるが、一度炎が駆け巡った狭い部屋の中の床には黒い焦げ跡が残されている。青い炎を演出と見るにはあまりにも、そこから出される威力は……。
しかも、床の素材は木材ではなく大理石のような何かで出来ているようだ。数秒炎が触れただけで焦げていると云うことは、猫の出す炎は、普通の火より危険性が高い。「丸焦げ」と小動物が口にしていたが、その気になれば本当に全身火達磨になる可能性は十分にあった。
「誰か、助けて! 燃やされる!」
自分はたまらず棺桶を蹴り飛ばすように飛び出して、あちらこちらを駆け巡る。狭い部屋から夜の廊下へ……そして教卓と横長い机が並べられた教室と思しき部屋に一度隠れ、猫に見付かると、井戸のある中庭へ逃亡する。
ここがどこなのか分からないまま、最終的に本が浮遊する部屋に飛び込むことになった。駆け込んだ場所は後に学園内の図書室であると認知することになるのだが、自分は謎の焦燥を抱いたまま、『夢から醒めて欲しい』と現状を悪夢と定めて否定する。
眠りから急に身体を動かした反動か……荒い息を吐きながら片手で胸を押さえ、本棚の隅で呼吸を整えていると見覚えのある青い炎が再び視界を一瞬、覆いつくした。
「オレ様の『鼻』から逃げられると思ったか、ニンゲンめ! さあ、丸焼きにされたくなかったらその服を――いたっ! なんだこの紐!」
空気を切り裂くような音。そして同時に、苦痛に悶える声。
自分は驚き目を丸くさせながら周囲を見ると、そこには一人の男性がいた。黒い帽子に鳥のマスクで目元を隠した長身の男性だ。緩くウェーブの掛かった鴉の濡れ羽色の髪といい、着用している外套の装飾品といい、外見から与えられる第一印象は大きなカラスと云ったところだろう。
「紐ではありません! 愛の鞭です!」
子供を叱るような毅然とした声。だが、次に発せられた……若干自己陶酔が混じり気な情けない、「嗚呼」と云う悲嘆の声。何だか大仰と云うか何と云うか……少々大袈裟なように感じるのは自分だけだろうか。
「やっと見つけました。ダメじゃありませんか。勝手にゲートから出るなんて! それに――」
長身の男は青い炎を吐いていた小動物を、一瞬一瞥した。
「それに、まだ手懐けられていない使い魔の同伴は校則違反ですよ」
「離せ~!」紐――否、男曰く愛の鞭で雁字搦めになった小動物は騒ぐ。「オレ様はこんな奴の使い魔じゃねぇんだゾ!」
「はいはい、反抗的な使い魔はみんなそう云うんです。少し静かにしていましょうね……まったく。勝手に扉を開けて出てきてしまった人など前代未聞です。はぁ……どれだけせっかちさんなんですか」
男はそう云いながら、「ふがふが」と若干ながら抵抗する小動物を抑え込み、歓迎の姿勢を見せた。いや、発する言葉から察するに自分が本来あるべき場所へ戻そうと云う、案内の方が正しいだろう。
「さあさあ、とっくに入学式は始まってますよ。鏡の間へ行きましょう」
「新入生?」
「? あなたが目覚めた沢山の扉が並んでいた部屋ですよ。この学園へ入学する生徒は、全てあの扉を潜ってこの学園にやってくるのです」
沢山の扉……自分は色々と、この見知らぬ建物の室内を駆け巡ったがそのような部屋に覚えは……。
入学式……自分には、どこぞの学園に入るような記憶は皆無なのだが……。
自分が不思議そうな……事態を呑み込めていない状況を察したのか、狭い部屋で見た棺桶は扉であったことや、意匠に込められた意味を説明する。しかしその内容は非常に必要最低限のもので、彼は本当に急いでいるのか閑話休題、自分が入学式に間に合うことに意識を向けている様子である。
男が急かす中、ぼんやりとする自分に対して意識がはっきりとしていないと思ったのか、「空間転移魔法で記憶が混乱しているんですかねぇ」と思案する。しかしそれはよくあることらしく、些事として片付けられてしまった。
男が「行きますよ」と声をかける中、何の頼みの綱もない自分はその背後をついていく。中庭に至る道中、長身の男は口を開いて歩いていた。お喋りや談話と云った親身な類ではなく、入学生へ向けたパンフレットのように……。
「ここはナイトレイブンカレッジ。世界中から選ばれた類稀なる才能を持つ魔法士の卵が集まる、ツイステッドワンダーランドきっての名門魔法士養成学校です」
ツイステッドワンダーランド……?
何だかまるで、『世界』に名前があるような不思議な感覚……。少なくとも自分の住まう地球では、『世界』に名前なんて……地球以外の呼び名なんて……。
「そして私は理事長よりこの学園を預かる校長、ディア・クロウリーと申します」
「校長先生……そして、理事長……理事長はどういった人なんですか?」
「この学園に入学できるのは『闇の鏡』に、優秀な魔法士の資質を認められた者のみ。選ばれし者は扉を使って、世界中からこの学園へ呼び寄せられる」
男――否、ディア・クロウリーは、理事長に対する自分の質問を無視し、次いでこの学園についての説明を行う。空間転移魔法で記憶に混乱が生じる生徒は珍しくないとのことだが、その言葉は事実らしく、流暢で分かり易い説明に努めているようであった。
「あなたの所にも『扉』を乗せた馬車が迎えに来たはずです」
そう云われてみれば、暗い夜半の森の中を怖い顔をした馬車が通ったように思う。その記憶は一部分の断片のみで、まるで古い出来事を思い出すようにぼんやりとしている。欠片のみの想起で、全体像がぼんやりとしているのであった。
「あの黒き馬車は、闇の鏡が選んだ新入生を迎えるためもの。学園に通じる扉を運ぶ、特別な馬車なのです。古来より特別な日のお迎えは馬車と相場が決まっているでしょう?」
この世界の常識だ、と云わんばかりの口調。
自分は、それは本当に常識なのだろうかと首を捻る中、学園長――ディア・クロウリーの足元を素早く通過する黒いものがあった。校長自身は微塵も気付いていないようだが、どうやらそれは小さい蜘蛛のである。自分と同様、青い炎を吐く小動物も蜘蛛に気付いたのか……それとも単純に口元を重点的かつ、そして身体全体を拘束する愛の鞭から逃れたいのか、喚き続けるのであった。




