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救国の獅子‐5

「負けた!」


試合内容は、散々だった。


勝負は、飛車角落ちどころか歩兵すらいない玉のみでの勝負。いくらサバナクロー寮がマジフトの強豪寮とはいえ、勝負はたったの三分でついてしまったのである。より詳細に語れば一分に一回、キングに対してクリティカルなチェックメイトが決まったのであった。


ボールがケイト本体に直撃してしまったわけなのだが、これもナメられているのか……それとも球の速度制限があるのか不明だが……ケイト本体は試合ルールに則り防護服を着用していたので怪我はない。レオナは不用意な怪我から身を守る防護服を着用していなかったが……。レオナの無防備さは、攻撃されるとは思っていない判断からくる態度そのものだろう。


「ありえない動きだったな」どこか燃え尽き白くなった様子でエースは云う。「キングの動きを守っているのに、全域対応可能。プロの選手に必要な条件揃ってんじゃん。もしかしてあの先輩って、プロリーグの誘い受けてたりしていないか?」


「あり得ない動きだった」自分は云う。「そして、凄い試合だったとも云える」


「監督生、あんまり相手を褒めないでくれ。俺たちはナメられてたんだ」


「そこはごめん」


でも本当に凄い試合だったと、自分はレオナの俊敏な動きと、マジカルシフトを熟知した頭脳……自分がどう動けば相手がどういった反応をするのか把握しきっている様を思い出して呟くのである。


「……グランドマスター」


「レオナくんは、マジフトでは天才司令塔と云われた天武の才の持ち主だからね。学園じゃ二位の実力者だよ」


「二位……あれで二位……!」


あれ以上があるのか。


自分は驚愕しているとディスクを手持無沙汰げに手遊びしていたレオナが、顔を顰めさせた。時間にして五秒にも満たない時間であったが、実に嫌そうな顔をしていた。


「フン、草食動物が……揃いも揃って情けねえ。これでもう分かっただろう。これ以上恥をかきたくなければ、ここから出ていくんだな」


「ハハハ……監督生ちゃんには格好悪いところ見せちゃったな。正直悔しいけど、ここは退散した方がいいかも」


ケイトはユニーク魔法を解き、灰になりかけているエースを立ち上がらせる。そうして自分の背中をケイトは優しく押しながら、サバナクロー寮から出ていくのであった。寮内から出る時、来訪した時同様魔法の鏡を使って鏡舎に戻るのだが、出る間際チラリとレオナの方を振り返れば、険しい表情をしていたジャックが駆け寄っていた。


そして、小さな黒い影のようなものを見た。


あれは――蜘蛛だ。


「…………」


サバナクロー寮から鏡舎に戻ると、窓辺から差し込む光はもう橙色の夕日だった。ケイトはスマホを取り出しながら最新の情報を確認し、しばし考え事をする。


「今日も収穫なし、か。残念だけど今日はもう遅いから、解散。ホラホラ~、エーディースちゃん達、立って立って」


「エーディスってなんなんっスか……」


「エースとデュースの名前をくっつけた愛称だよ」


「先輩、横着しないでください」


デュースの不服そうな声。しかし、レオナにマジフトで完封無きまでに完封した所為か、その声には張りと元気と云うものがなかった。試合結果にショックを受けているのであろう。


「じゃあ監督生ちゃん、俺たちはハーツ寮に戻るからバイバイ~。グリちゃんにもよろしく」


「今日はありがとうございました」


ハーツラビュル寮へ赴く魔法の鏡を使って通過する三人の背中を完全に見送った後、自分は購買でグリムの大好物であるツナ缶を購入し、その夜を迎えた。オンボロ寮は相変わらず、近くで爆発でも起きればその余波で倒壊しそうなほど満身創痍な見た目であるが、中身の方は必要最低限、シッカリしてきた。


まず、一番最初に修繕した玄関口のドア。次に洗面台を含めた水回り。そして自分の寝室代わりになっている談話室。次は怪しげなベッドを見付けゴミに出した空き部屋を整理しようと決めていたのだが、掃除や整理整頓をしようと思っても今日はやる気が出ない。デュースのように敗戦した事実にショックを受けたのではなく、学園長から直々に不審な事件の調査を受け、学園内のあちこちを動き回ったので疲労がたまっているのであろう。


自分はグリムにツナ缶をあげシャワーを済ませた後、しばしぼうっとする。談話室の中央に置かれたか細い光の蝋燭をじっと眺めるだけの、無意味な時間を過ごした。


「いけない……このままじゃ思いつめちゃう。塞ぎ込んでしまう」


暗くて狭い部屋は嫌いだ。


自分は寝言を呟くグリムを置いて、オンボロ寮の外に出た。玄関から夜空を見上げると、星座が輝いている。まるで時間の影響を受けない悠久の時を生きているかのような星の落書きを見てどこか安堵していると……近くの草むらをかき分ける音がする。自然、身構えていると暗がりから出て来たのは、黒い角を持つ長身の制服を着た一人の生徒だった。


「ん……人の子、お前は……」


枯れ木さえない木々に蜘蛛の巣が張っている。枯死していないだろうが、まるで虫に支配された植物を背景に角を持つ生徒は話しかけてくる。


「お前、まさかここに住んでいるのか。ここは永らく廃墟だったはずだが……」


まるでオンボロ寮は我が物で所有物だと云わんばかりの態度に、少々たじろぎながら肯定の返事を出す。戸惑い面くらいながら「住んでいる」と答えると、自分を安心させるかのように次の相手の言葉は柔らかくなった。


「……ここで暮らしていると云うのなら、それでいい。構いはしない。偉大な精神を持つ寮の成れの果て。僕が独りで静かに時間を過ごせる良い場所だったのだが、本来建物と云うのは人が住まう場所だ。一時的な隠れ家や秘密基地として使われるよりも、誰かが住む方が建物にとって本望だろうさ」


「ところで、あなたは誰ですか?」


閉口して、目を丸くされた。そうして物珍しそうな目線でマジマジとこちらを見て、「僕のことを知らない人がいるとはな」と云う。


「僕の正体は知らない方がいい。もしも、詳細を知れば人の子よ……お前の全身の身の毛がよだち、恐怖に震える。空を割る雷鳴に怯えるよりも、柔らかい日差しが差し込む春の快晴の方が好ましいだろう?」


木枯らしが吹く。


自分は角を持つ生徒の言葉に困惑していると、「ああ、また空が泣いたぞ」と云う。


「肌寒い季節に入ってから、夜空が……星がよく見える。空は何が悲しいのか、ここ最近流れ星をよく見る……」


彼は、夜空を見上げている。


つられて自分も夜の帳を見上げると、今宵は流星群の日なのかほうき星が流れていくのを見た。そして思う。この人は流星が流れていく様を「空が泣く」と表現しているのか……と。


「少し、ポエマーなんですね」


「人間とはモノの捉え方が違うのだろうよ。我々長寿種にとって、長い年月の間輝き続ける星々は身近なものだからな」


パチンと指を鳴らす。


一瞬、緑色の燐光が瞬いたかと思うと、自分の肩に分厚いブランケットがふんわりと乗った。魔法……転移か出現魔法か分からないが、彼の手によって柔らかい布が出現したのである。


「今宵はよく冷える。空気がしんしんと澄み渡り、視界が開け星がよく見えるのは良いことだが、身体を冷やしてはいけない」


「あ……ありがとうございます」


「人の子……お前の顔には寂寞がある。何を憂いているのか分からないが、そんな時は広大なソラにある星々を眺めればよい。時間の流れの影響を受けていないかのような星々は、その偉大ゆえ悩みは吹き飛ぶ。しかし……懊悩を打ち晴らす間に夜に身を晒し続け、身体を冷やして風邪をひかれては元も子もないからな。ソレはほんの戯れだ」


自分の顔は見ず知らずの人に察知されるほど、気落ちしていたのだろうか。優しい気遣いで両肩に乗った触り心地の良いブランケットに触れながら、「あの……」と会話の糸口を探していると、その様子がおかしかったのか……哀れだったのか、彼はふっと笑う。親とはぐれた子供を見詰めるかのような微笑みであった。


「セントエルモの火は、迷子を導く松明だ。灯りが二つあれば、それは離別とは正反対の邂逅の意味を持つ……世を憂う人の子よ、お前に祝福の導きがあらんことを」


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