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救国の獅子‐4

翌朝、朝の支度を終え授業に向かい、休み時間を利用して様々な聞き込み調査をして回った。


主に、保健室で世話になった人たちに打撲や捻挫になった時の状況を詳細に聞き出したのだが、学園長の云う通り、自らの意思で不意に階段から飛び降りたり、熱湯に手を突っ込んだりといった真似をしたのではなく『勝手に身体が動いた』と、皆が主張していた。


負傷箇所は手足のどちらかに集中しており、胴体を怪我したものは非常に少なかったのが少し特徴的だった。


「おーい、監督生。こっちも話を聞いてきたぞ~」


そう述べるのは、聞き込み調査の一人であるエースである。当初、自分らはグリムと一人と一匹で独自の調査を行っていたのだが、休み時間になればあちらこちらに姿を消す様子を不思議に思ったのか何をしているのかと問われ、正直に話すと協力してくれる流れになったのである。一度は断りの返事を入れたものの、どうしてもと云うのでついつい頼ってしまったのが現状であった。


エースが集めた情報とこちらの情報を照合する中、試合観戦のチケットのために本気で解決しなくてはいけないと意思を固める。エースはメモ代わりにした手帳を眺めながら、「共通点がマジフト選手と、身体が勝手に動いたぐらいしかわかんねー」と云うのであった。その事実は最初から把握していたので事態はさほど進展していない。


「やっぱさ、ウッカリとしか思えねえんだけど……でも、本人の意思ではない軽いながらも不慮の事故。マジフト選手が主な被害者か……意図的ではあるわな」


「そう、だよね。怪我自体も安静は余儀なくされるものの、軽い。でも、安静期間が丁度試合後って云うのが気になるよ。皆、例外なく寮対決の試合後から動けますって、怪我の深度的に意図的。なんか……全体的に、こすいな」


もどかしい。


負傷箇所。怪我の程度。安静期間。


どうなっているのか一目瞭然なのに、どうしようもない。いっそ命に係わる事件で大事になってくれと、不謹慎ながらも他人の不幸を望んでいる自分がいる。学園長からこの事件を請け負った時にグリムがマジフト選手としての出場権を望んでいたが、いっそのこと選手になって、囮捜査のように一網打尽にしたいぐらいあった。


この学園の中でマジフトの強豪であるサバナクローの門前を叩こうか迷っていると、遠くからドタバタと慌てた足音が聞こえる。見れば協力者のもう一人であるデュースが走り寄り、こう告げるのであった。


「お前ら大変だ! 先輩が、クローバー先輩が階段から落ちて怪我をしたって!」


自分、グリム、エースの全員が顔を合わせた。


トレイ・クローバー。


ハーツラビュル寮の副寮長。


彼とはマロンタルトを作った時に関わりがあるのだが、年齢に相応しくないほど非常に落ち着いた人物だ。少年ではなく思わず青年と呼びたくなるほどに。それほどしっかりした人物が、ただのウッカリで階段から落ちたとは到底思えない。トレイの人柄を知っているからこそ、そう云える判断であった。


「クローバー先輩は、階段から足を踏み外して転落。骨こそ折れてはいないものの、しばらくは松葉杖が外せないようだ」


「話、聞いてくれたんだ」


「その場にいたからな。目撃者でもある。えっと……傍にダイヤモンド先輩もいたんだけど、こっちは無事。クローバー先輩はマジフトでハーツ寮の主戦力だから、狙われたみたいだ。マジフト大会では選手の選び直しをしなくちゃいけないってボヤいてたな……」


「選び直し」これはチャンスか。いや、それよりも。「やっぱり、トレイ先輩は『身体が勝手に動いた』って……?」


「ああ、そうだ。そう云ってた。あと……俺はクローバー先輩が階段から落ちるところを見たんだけど、誰かに押されただとかそういうんじゃなかった。躓いた感じでもなかったし……」


「やっぱりそれかー。証言、目撃情報は同じだな。『第三者の介入なし』、『身体が勝手に動いた』……」


「魔法?」自分は云う。「ホラ、エースが得意な突風魔法」


『さすがにそれは気付く』


エースとデュース、二人は異口同音。


「監督生~、ここは魔法士の学校だぞ。風の魔法を使ったら、さすがに誰でも気付くって。つうか、風だからな。魔法士じゃない素人でも分かる。そういった外からの力がないから、この事件が複雑化してるんだって。事件自体は地味だけどさ……意図的ではある。だけど……いや、だからこそ不可解」


人……人間の重量は最低でも五〇キロ。不意であっても、それを吹き飛ばす風となればさすがに気付くはずである。それに目標を人間だけに絞ったとしても、風は面といった範囲で動く。近くに張り紙が揺れ動き、衣服であればたなびく。それに風は音を発する。そう強くない風でも風の吹く音は響くのだ。


「お前たち……その場にいたダイヤモンド先輩から、スマホでシェア情報を回してくれたんだが……見るか?」


「シェア情報?」


不思議そうな顔でデュースを見ると、彼はスマホを取り出した。


「監督生、お前が学園長に事件の依頼を受ける前からダイヤモンド先輩が独自の情報網を使って情報収集していたらしい」


自分はケイトの顔を思い出す。


想像として、スマホを片手にウィンクしている顔がすぐ思い浮かんだ。


「不審な事故が起きていることは、生徒間ではもう有名になっている。ダイヤモンド先輩が直々に、マジカメで情報共有のグループを作っているんだ。リアルタイムで情報が更新されるから、被害者からわざわざ聞いて回るより情報が早い」


「ネットを利用してのリアルタイム情報収集か。確かにケイト先輩はそういうの、得意そう。しかもユニーク魔法は、分身……だったかな。忍者じゃん」


「ニンジャ?」


「あ……えーっと、スパイってこと。諜報員」


「あ~、なるほど……」


自分はデュースのスマホ画面をのぞき込むと、そこには情報が騒がしく動き回っていた。上へ押し上げられていく文字の羅列は凄まじいものがあり、細々とした情報は目では追えない。詳細を確認する前に新しい情報がポップされ、いち早く情報を掴もうとタップするよりも前に最新情報が古くなり、新しいものへ流されていくのであった。


「凄い書き込み。情報が錯綜してなんか怖いな。誤情報で無辜の人が犯人だと断定されないと良いけど……」


「そこら辺は……多分……恐らく、きっと、まあ……断言できないけど大丈夫」覚束ない口調である。「ダイヤモンド先輩が作った情報コミュニティはあくまで、次に狙われそうな人を守ることが第一にあるから。それに信用してる人にしか情報網を教えてない。基本、許可制なんだ。ダイヤモンド先輩直々の」


「守る?」


「まず、次に被害に遭いそうな人を数人が張り込む。事件が起きたら、周囲を散策して怪しい人間を捕まえる。捕縛以上は何もやらない。実際に何人か捕まえたらしいけど、全員無実だった」


「ふうん……一応、穏便にやろうとはしてるんだ」


デュースに情報を見せてもらうと、捕縛された犯人の割合はサバナクロー寮の生徒が一番多い。その次にスカラビアの寮生だった。そしてその次に詳細に情報を確認していくと、どうやら事件が起きて捕縛された人は拘束され、見張りがつく。無実を証明するには、次に事件が発生するか否かが鍵となっているらしい。犯人と思しき人物が拘束されて、二日以上何も起きなければ最後に捕まえた人が犯人として、教師の前に突き出されると云うわけだった。


「でもこれって結局、犯人が有利なんじゃ……単独犯か複数犯かも分かってないし、ギリギリバレそうなところで、真犯人が意図的に姿を晦ませて他人に冤罪を吹っ掛ければ、簡単に逃亡することもできる……そして最悪、この情報コミュニティを利用してるかもしれないんだよ?」


「……とは云っても監督生。何もしないよりはマシだろう?」


確かにそれはそうだ。


何もしないよりはマシ。


たとえ犯人がこの情報コミュニティを利用していたとしても、怪しい動きをしていた事実は動かせない。複数犯による傷害事件の可能性はかなり高く強固に否定できないが、それでもある程度の抑止力にはなるだろう。


これはカンだが、複数犯より防人の方が数は上。


タイムラインを整理し、時系列にデータを纏めれば犯人のしっぽぐらいは掴めるかもしれなかった。なお……この情報網に虚偽がないことが前提となるのだが。信用できる人しかこの情報網は回っていないとのことだが、このデータはすべて完璧と簡単に太鼓判を押すことは出来ない。


「――っと、ダイヤモンド先輩が次に目を付けられそうな人の張り込みに行くってよ。監督生……多分、一番真実に近付こうとしてるのは先輩かもしれない」デュースはスマホを渡した。「俺のを預けておくから、使ってくれ。学園長に事件解決を任せられたお前が持っておいた方が一番いい」


「ありがとう、デュース」


礼はいいと云われながら、彼のスマホが渡された。自分が使っていた物と比べて『随分』と古い型であるが、使えないことはない。


「ケイト先輩は鏡舎にいるみたい。自分も行きたいから待ち合わせのメッセ、送ってもいいかな」


「好きにしていい。信用して貸してるんだから」


「信用……」


それは何だか非常にくすぐったい言葉だ。心温まるものでもある。異世界人として着の身着のまま放り出されている立場の弱い人間だが、そういったことを云われるのは非常に強い頼みの綱になると思った。デュース本人は何気ない言葉として出したものだろうが、これほどありがたいものはあるだろうか。


「ケイト先輩から返事きた。同行オッケーだって。みんなも一緒にきてくれると心強いんだけど……」


「俺は最初からそのつもりだ」


「まあ暇だし。ついてきてやってもいいかな」


「エースは素直じゃないな。デュースよりも先に協力してくれたのに」


「それは今関係なくないか、監督生」


「そうかな……あっ、『関係ない話』で思い出したんだけど、エース。エースには兄弟っている?」


「いるよ。確か数年前にナイトレイブンカレッジを卒業して……アレ、それから数年会ってないな。一度も連絡を寄越してないし、今頃何してんだろアイツ……んで、兄貴がどうかしたの?」


「トレイン先生からマジカルペンを無くした不届き者だって、話を聞いた」


「ふっ……ナニソレ。兄貴の奴、そんなことしてたの。魔法士が杖なくすって相当じゃん。馬鹿だわー」


兄の間抜けを軽く笑い吹き飛ばすエース。皆が談笑しながら鏡舎に到達すると、そこにはスマホを片手に待機していたケイトがいた。


「ダイヤモンド先輩、お待たせしました」


デュースは人を待たせることが嫌いなのか、誰よりも先に謝罪の言葉が入る。ケイトは「待ってないよ」と軽い返事を返して、スマホの液晶画面に映し出された情報網を片手で操りながら、次に被害に遭いそうな人の見回りへと赴くのであった。


まずはポムフィオーレの金髪の三年生。オーラライと叫び紅茶をガブ飲む変人だった。なぜだか、あまり近寄りたくない。護衛の為に距離を保って監視していても何事もなかったので、次にオクタヴィネルで非常に有名な双子を遠巻きに見守っていると、逆に見つかり追いかけられる嵌めになった。犯人はこんな凶悪犯は相手にしないだろうと皆が話し合わずとも無言で同意、判断して、次に目標を定めたのは自分と同じ一年生、サバナクロー寮のジャック・ハウル。


ケイトによる更なる情報によると、獣人の中でも更に抜きんでた運動能力で引く手数多の引っ張りだこ。色々な運動部から勧誘を受けているらしかった。と云うか最早誘いを出していない運動部はないのではないかと思われるほど、人気があるとのこと。


ナイトレイブンカレッジに入りたての一年生。そうしてこれほど人気があるとすれば、間違いなく、事件のターゲットにされているだろうと判断し、皆は鏡舎からサバナクロー寮の領域に入ることにする。


魔法の鏡を通じてワープすると、そこに広がっているのは土色の光景だった。


「うわぁ、すごい。運動部の強い強豪校って感じ」


自分の口から出た、素直な感想。感嘆の声。


目前に広がるのは、まさに大自然といったものであった。巨岩や謎の骨が目に入るがグラウンドの奥には芝生があり、そこで運動部特有の活性のある賑やかで気合の入った声が聞こえてきた。


「それで、ジャック・ハウルさんってどういう見た目の人なんですか?」


「獣人には色々いるもんね。ウサギとかネコとか――」


「猫」芝生のさらに遠くを眺めていた自分は骨が折れそうなほど首を勢いよく動かしケイトを見た。「ねこ……」


「あー、先輩!」エースは猫に反応した自分を見た直後、すぐさま口を挟んだ。「ジャック……そのジャックって奴はどんな獣人なんですか?」


「えーっと、ジャック・ハウルくんはオオカミの特徴を持った獣人だよ。銀色の耳としっぽ……褐色の肌に体格のいい筋骨隆々の身体。ガタイはいいし、基本的に真面目で義理堅い印象かな。リドルくんとは違う真面目系。先輩後輩の関係性を大事にする典型的な運動部って感じ。硬派……って云ったら分かり易いかも」


ホラ丁度グラウンドを走ってる。


とケイトはマジカメに次の被害者後補の顔写真の映った液晶画面を閉じ、スマホを尻ポケットにねじ込む。あそこにいるよと云われ視線を向けると、疎らとなった土色の周回場で屈伸運動をしている当人の姿があった。ケイトの口から直接「ガタイはいい」と聞いていたが、それにしても筋肉の具合といい、そして長身と合わさって、とても高校生……エースやでデュースと同じナイトレイブンカレッジ入学したての一年生とは思えなかった。三年生であるトレイも大人に近い年上の雰囲気を醸し出していたが、それとはまた異なる雰囲気や青年のような見た目をしているのである。


「いや、体格良すぎ。犯人が狙うかどうか疑問さえいだく……」


エースは若干引き気味で云いながらも、話かけるため速足で近付いていった。自分も同じように同行するが、彼から感じ取れる空気がピリピリしており、正直少し怖い。空気が張り詰めているのは事件が多発しており、寮対抗試合が近いからその神経は研ぎ澄まされているのだろうと自分は思った。若干ジャックから漏れ出す雰囲気に気圧されていると、ケイトがいつもの軽い口調で空気を和らげてくれた。


「大丈夫だよ、監督生ちゃん。いざとなったら俺が守ってあげるから」


ねえ、ちょっとそこの。


ケイトはいつもの調子を崩すこともなく、ジャックに声をかける。今はルールに対して柔らかくなっているらしいが以前のリドルの緊張感に慣れているのか、ピリピリした相手の気分を害さない、スッ……と自然に相手の懐に入り込む柔軟さがそこにはあった。言葉選びが巧く話上手というか、気配りの達人とでも述べるべきか、彼の対人スキルツリーに「懐柔」のソレがあるのではないかと思われるほどであった。


「なんだ、お前ら?」


ジャックからの当然の疑問。サバナクロー寮生ではない他者からの問いかけを、非常に疑問に思っている。それもそのはずである。自寮の人間ではないことと、対抗試合のことを考えれば、必要以上に疑問を抱くのは仕方のないことだ。それに彼は今警戒しているだろうから。


「ん~、俺たちは何て云うかな。今学園内でマジフト後補選手が頻繁に事故に遭ってるのは知ってるよね?」


ピクンと、ジャックの耳が動いた。


「正直な話、次の被害者に遭いそうな人を見守って回ってるんだけど、俺たちが屯してても大丈夫かな? あっ、勿論邪魔にはならないよう細心の注意を払うよ~」


「……その事件については知ってる。不自然な怪我、のことだろう」ジャックは両腕を組んだ。「だが、俺は守ってもらう必要はねえ。どうにかできる。何とでもなる……と云うか、俺は……」


沈黙した……のではなく、何かを云いごもった。


「んー、でもいざと云う時に、ね……それに、君は一人で自己防衛できるかもしれないけど、これはあくまで犯人を捕まえる為だから。手段を目的にするわけにはいかない。けーくんはあくまで、犯人の目星をつける。次の被害者を出さない為に動いているんだ。ジャックちゃん、君だけを守る為に来たってわけじゃないんだよ」


「……。それじゃあ尚更だ。俺が狙われることは多分、ない。他の奴のところに行った方が有益だ」


「えっ、それってどういう……」


「……今は何も云いたくねえ。誰とも何も話したくない。気分転換に走り込みをやってんのに、またその話かよ」


ジャックの表情に影が差す。一応、根本的な性格として義理堅いのか先輩であるケイトに軽く礼を述べた後、その場から颯爽と立ち去って行った。ケイトは「失敗したねえ」と云いながら、肩を落とす。多少オーバーリアクションの気があったが、それは彼なりに場を和ませようと護衛失敗を何ともない軽い話にしようとする、努力の姿勢であった。


「監督生ちゃん、ちょっといいかな」


そしてケイトはぐいっと自分の腕を引っ張って、自分の傍へ招き寄せる。急な接近に戸惑っていると、不意に野太い声が掛かった。周囲を見れば疎らだった人影が周辺一帯に集まっており、まるで獲物を狩る肉食動物のように自分たちは包囲されていた。


「何か気に障ることでもしちゃったかな~。明らかに機嫌悪くなってるね」ケイトは小声で注意を促す。「監督生ちゃんは俺から離れないで。魔法使えないんでしょう」


「あ、それで……」


無防備で対抗手段がない自分を守るために引き寄せたのか――と得心しながら、「他寮の生徒が何の用だ」と怒声ではないにしろ、やや乱暴な声が投げかけられた。その不機嫌な声に少しでも反感を乗せれば暴動に走りそうな気配があり、一気に緊張感が高まった。


運動部はこうも血の気が多いのかと一触即発のリアルさを体感していると、「お前ら何をしているんだ」と低いながらもよく通る声が響いた。単純に声量があるのではなく、威圧と云うべきか……重量のある声であった。


「レオナ寮長、それにラギー副寮長!」


包囲網が形成されていた人垣が割れる。レオナともう一人の同行者がこちらへ近づけば、サバナクローの寮生が自ら道を開け作ってくれたのであるが、その二名の人物は見覚えのある顔をしていた。どうやらそれも獅子の特徴を持つ、レオナと呼ばれた人からも同様で。


「お前……この間、植物園で見た……」一瞬目を丸くする。「何が用でここに来た」


「知り合いっスか、レオナさん」


臆することなく話しかける同行者。その人物は運動部が多く所属している獣人の中では小柄な人物に入る、ハイエナの特徴を兼ね備えた人物であった。全体的な体格はエースやデュースとさほど変わりないが、周囲の人物が恵体過ぎるので錯覚が生じているようである。


「……。顔見知り程度だ」


「顔見知りッスか。知り合いなら、俺も挨拶しなきゃですね」


俺は、ラギー・ブッチ。


サバナクロー寮の副寮長っスと云いながら、こちらを嘗め回すような視線でみた。その垂れ目な特徴を有する柔和そうな眼であるが、その視線は他のサバナクロー寮生と同様に……いや、それ以上に爛々と輝く両目は獲物を狩る瞳をしていた。一見は剽軽を繕っているが、内意は中々に血の気が濃そうである。


「この時期に、わざわざ何の用があってここに来た?」


レオナは問う。その問いかけは部外者一同に謎を問いかけているというよりも、その視線……見下ろすように眺める態度といい、自分という無名の個人にのみ対して発せられた疑問のように感じるのは気の所為だろうか?


そして、思い出す。


『お前はどう思う?』


出会って間もなく、植物園で云われた言葉。


その意味に自分はしどろもどろにながら失敗した返事をすると、落胆したかのような……気が抜けて、飽きの表情を隠すことなく表面に出された。


『もういい。期待していない』


虫を払うかのような動作で、植物園の奥に潜っていく背中。


……もしかして、今回の疑問はあの質問の続きなのではなかろうかと思いながら、レオナを見上げた。その表情は一見冷たい。だが、冷徹なわけではない。無情に徹したわけでもない。寧ろ、仄かに何かを期待しているかの如く……自分の口から紡がれる言葉で何かが報われ、救われることを渇望しているかのような……。


「〝分かりません〟」


自分は正直に、『どう思う』のかと問われた植物園での疑問を時差的に答える。周囲からすれば訳の分からない質疑応答であるが、自分の答えた言葉の意味をレオナは察してくれたのか、無言のまま言葉を促す。


「〝ただ云えるのは、よく覚えていないと云うことです〟〝自分が何者だったのか、夢の中に置き去りにしてしまったかのような……〟」


「〝そうか〟」


会話は成立している。


「〝俺は最近になって気付いたぜ?〟〝猫にようやく接することが出来たがアーサーには出会えてない〟〝間抜け……いや、腑抜けだろうが俺に出来ることは微量だ〟」


「〝心強いですよ〟」


自分とレオナは見詰め合う。


緊迫……そして緊張とは異なった真剣な会話の応酬をしていると、「あのー、監督生ちゃん?」と戸惑ったケイトの声が聞こえた。レオナはハッとしたかのような表情をし、数秒沈黙した後、さきほどの時間が無かったかのように振る舞い出す。時間を巻き戻すかのように「何をしに来たんだ」と予定調和。周囲に波紋した疑問の波を完全に払拭することは出来なかったが、軌道修正は出来た。


「俺たちは最近多発している……」


「事件か。大方、ターゲットになりそうな人物を護衛して犯人を捕まえようって魂胆だろう」


余計なお世話だ。


唾棄するように云われた。


「こっちは大会前で神経がピリピリしてるんだ。同じ部活生ならまだしも、腹を探るために来た探偵は不快としか云いようがない」


これは、個人の能力が尖り協調性がないと学園長から云われたナイトレイブンカレッジ生の特性が働いているのか。


自分は、『初見』なので看破しようがない。


「二度とここに顔が出せねえように、可愛がってやろうぜ」


周囲は沸いた。


暴力の歓喜に呑まれ声援に包まれる中、殴られることを覚悟する……が、周囲を沸き立たせた事の発端は、「大会前だ。暴力沙汰で出場権を没収されたらたまったもんじゃねえからな」と云う。


「ここは穏便にマジフトで勝負してやろうぜ? 素人とやるのは『初めて』だが、何か得られるものがあるだろう。ジャイアントキリング、ビギナーズラックを期待してるぜ? 或いは乱数調整、か……どっちでもいいが」


「レオナさん、意地悪っスね~。あいつら何もできないですよ~」


なめられてる。


デュースの額に青筋が張り、眉間が濃くなった。


確かに軽んじて見られるのは非常に不服であるが、デュースの挑発の乗り易さは何かワケがありそうだった。


「ふっ、ククク。このイベントは『初めての試み』だ。遊びは俺一人でいい。お前たちは素人だからな。全員でかかってこいよ」


「飛車角落ちのハンデってわけですか」自分は云う。「いくら素人とは云っても、玉ひとつで持ちますかね?」


「ちょっと監督生ちゃん!? もしかしてマジフトの試合に参加するつもり!? あれは魔法が使えないとどうしようもないって!」


「そうだぞ、監督生。ヒシャカクオチって云うのは何のことだが分からないが、俺とエース、ケイト先輩が試合に出るから」


「知らない内に俺が巻き込まれてる」


ひっそり……そそくさと逃げようとしていたエースの襟首を掴みながら、デュースは云う。「恥をかくのは嫌なんだけど~」と云いながらも、本気で逃げ出すことなくその場に残ってくれた。


「三人、か……本気でかかってこいって云われたし、お言葉に甘えて本気でいっちゃおうかか」


スプリット・カード。


かつて忍者と称した、ケイト独自の分身のユニーク魔法。


彼の全身が光ったかと思うと、四体の分身が出て来る。それぞれの個体は運動着を着用しており、見分けがつくように配慮したのか、ノーマル、半袖、上着を脱いだ者とそれぞれの工夫が為されてた。


「一応、人数は確保できたよ。それで、ポジションはどうする?」


「俺は大釜の召喚魔法が得意です。範囲攻撃特化のナイトを希望します」


「俺は突風魔法が得意。汎用性の高いクイーン希望」


「じゃあ、けーくん本体はキング。俺くんAはポーン、Bはピショップ、Cはルークで決まりだね」


ノーマルケイトが、ポーン。半袖ケイトが、ビショップ。上着を腰に巻いている分身体がルーク……と、それぞれのポジショニングや役回り、立ち位置が決まった。


自分は思い出す。


たしかマジカルシフトの競技のルールは魔法を織り交ぜた、選手たちがチェスのような動きをするスポーツである。参加人数は総数六名でポーン、ビショップ、ルーク、ナイト、クイーン、キングのポジションを決める。チェス盤よろしく白黒に区分された縦横八列、合計十六マス内で制限された駒たちは動き、チェックメイトを取られないように魔法を駆使して妨害戦を行うのであった。それぞれの選手たちは決められた動きしか出来ないが、二マス程度の誤差だが範囲外に魔法を放つことが出来る。プロになれば一駒一駒が全域対応可能かつ臨機応変さが求められており、単純な運動能力だけでなく頭脳戦も求められる。


大体の勝負の流れは、バスケットよろしく互いの代表が出て、審判から放たれたボールの奪い合いを行い、先攻後攻を決める。先手がディスクを相手側チームに放ち、選手たちがチェスの動きで魔法を織り交ぜた攻防戦を行う。面白いのが、ポーンは基本的に最大二マス前進することしか出来ないが、運よく五回ターンが回ればピショップと同じ広範囲の動きが出来るという点だ。どのゲームも初動が大事だとは云うがそれもマジカルシフトも同様で、ポーンの初手で試合が決まるほど、非常に重要な役割を持っている。


ちなみに三回キングがボールに当たれば勝負はそこで決まり、勝敗が決定してしまう。


自分がオンボロ寮のゴーストから聞いた話を反芻していると、皆はそれぞれの配置に位置していた。サッカーでそれぞれのポジションを例えると、エースはファワード。デュースはボランチ、ケイトAとCはセンターバック。ケイトBはサイドバック、ケイト本体は当然キングなのでゴールキーパーの位置に配置されている。


対して相手のチームは、キング一人。一番後方の中央に直立していた。


「シッシッシ。これもハンデっス。先攻はそっちからでいいらしいっスよ」


ラギーはニヤニヤしながらボールを、ポーンである分身体のノーマルケイトに渡す。


「あいつら、とことんなめやがって……!」


デュースが呟いた瞬間、試合開始の笛が鳴る。


勝負は――。




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