救国の獅子‐3
マジカルシフトの寮内対抗戦試合前の休日、学園長がオンボロ寮に訪れた。ゴーストからマジカルシフトの話を聞いていると、無遠慮に新しく新調した玄関口の扉がノックされ、クロウリーが訪れたのである。
「げっ、学園長」
「げっとはなんですか、げっとは」
グリムは実に嫌そうな顔をする。彼本人としては嫌いと云うわけではないのだろうが、あまり関わりたくない存在なのだろう。その感覚は分からなくもない。苦手……と云うより何だか胡散臭いので距離を置いておきたいのが、正直な話だ。
「学園長、今日は休日ですがどういったご用件でしょうか」
学園長が休みの日にわざわざオンボロ寮に訪れた。これはきっと何かしら問題を持ってきたのだろうと本能で察知し断わりの文句を考える。客人なら本来は茶の一杯でも出すべきだろうが、それよりも前に「君達に依頼があってここに来たんですよ」と、やはり問題事を自ら出してきた。前置きとして忙しい等と云う暇もなかった。無理難題の振り方をやり慣れている。
「最近学園内の賑わっているのは、知っていますか?」
「えっと、確かマジフトでしたっけ? 丁度ゴーストの一体から話を聞いていたところです。生前は花形選手だったとか……数日後に、寮同士で試合して優勝を決めるとか何とか……」
マジフトとはマジカルシフトの略称である。
マジカルシフトとは魔法と運動を用いたスポーツの一種で、世界的に広く認知されているものらしい。魔法や運動能力もそうだが意外にも頭脳を用いるスポーツらしく、分かり易くマジフトを表現するならば、選手がチェスの動きをするドッチボールと云ったところだろうか。内野や外野に配置された選手は限られた範囲でしか動くことは出来ないが、魔法で工夫を凝らすことによってある程度範囲外でも活動することが出来る。超一流の選手ともなれば、全域の活動可能が前提で、非常に面白い動きを見せるスポーツだとゴーストが教えてくれたのであった。
「マジカルシフトについて知っている。ゴーストから聞いたと。ふむ、それならば話が早い」学園長は幽霊の一体に会釈した。知り合い、なのだろうか。「最近我が校ナイトレイブンカレッジでは、各寮の運動部が挙って熱を入れています。優勝チームには、賞金三百万マドルと仇敵であるロイアルソードアカデミーと交流試合の権利をゲット」
「三百万!? 三百万マドルも!? ツナ缶いくつ買えるんだゾ!?」
「さあ? 部屋一杯になるぐらいには買えるんじゃないかな」嬉しそうなグリムに反して適当に答えた。「賞金だけじゃなく、ロイアルソードアカデミーと交流試合の権利……そう云えばロイヤルソードアカデミーって、学園長から見れば敵なんですよね」
実際、仇敵とハッキリ口にしていた。
これが敵じゃなくて何であろう。
「九十九年も負け続きですからねえ。ですから百年目となる今年こそは、絶対に何があっても優勝して貰いたい……のですが……」
「ですが?」
厄介事の本腰に話が入る。九十九年負け続け、しょげた学園長には悪いが、嫌な緊張感が走った。そして脊髄反射的に思う。学園長は恐らく面倒事を自分らに任せて、解決させようとしている。彼のことは嫌いではないし……ボロ屋だが……衣食住の提供者……おざなりで投げやりな部分がありつつも、その親切さに応えたいところであるが、なぜか学園長には人望がなく、キッパリと断っておきたいのが素直な心である。
「……寮同士のマジカルシフト大会……それに向けて各寮の練習試合。そこまではいいのです。いいのですが、最近不審な事件が多発しておりましてねえ……」
「事件、ですか。多発するようなら自分の手には負えないですねそれこそ警察とかに任せてはどうでしょうか魔法も使えない人にはどうすることもできませんマジフトって魔法を使った競技でしょうではさようなら」
「警察……それもまあ考えました」話は無視された。「ですが無暗に生徒たちにプレッシャーや緊張感を与えたくはありません」
「警察を呼ばない……?」
早口で捲くし立て、流暢に動きまわる口が止まった。警察を呼びたくない学園長の言葉は自然なもので不審な点はないが、だからこそ不自然に思えて違和感を覚えたのである。
警察を呼びたくない。
それはまあ、分かる。
恐らく普通に考えて、試合前の生徒に精神的な負担を掛けたくないからであろう。だが……その口調が自然であまりにも軽やかなものであったばかりに、何故だか疑わしいのだ。云わばそう……全く不自然さを感じ取れないまでに何度も口にしたことがあるかのような……。
自分が戸惑ったような視線を向けていると、何かを察知した学園長は云う。
「警察を呼びたくない理由……ホラ、あなたがいるからですよ。友人も出来て学園にはある程度馴染み溶け込んでいますが、基本情報、前提としてあなたは異世界人。公になれば、どうなるか分かりません。ですので、公的な手段を用いての外部からの調査は出来ないんですよ」
「確かに、マイフレンド……エースとデュースは良くしてくれてます。それに、この世界に本来ならば居場所がない異物ってことも分かってはいます」
「スティークスのお世話なんかになりたくないでしょう? 事を荒立てたくないのは、私とあなたは同じなのです。それに多発している不審事件も、警察が介入するにはちょっと小さいと云うか……」
「小さい?」
「より詳細に云うなら小規模と云うか何と云うか。一言で述べれば地味なんですが、やはり怪我人が出ている以上、関与せざるを得ない」
怪我人。
重傷や重体といった救急搬送が必要なほどではない。骨折や裂傷のような大きな怪我ではなくて、捻挫や打撲、それに擦り傷程度……治癒までに必要な日数は一週間程度のものであるが、保健室に運ばれる生徒が急激に増加していると云うわけであった。
「保健室……薬草学で材料採取の不手際、錬金術などでの落ち度、そうして部活動者の利用はこれまでにありました。だけど、マジカルシフトの寮対抗試合前になった途端、怪我人が増加し始めたのです。私ははじめ、三百万マドルも賭けたのですから生徒たちが……血気盛ん……ゴホン……やる気になってくれたものばかりと思っていたのですが、どうも話を聞けばワケが違う。目撃者、周囲の状況、そして怪我人の共通点などを照らし合わせるとある疑惑が浮かび上がったのです」
「はあ……大怪我に至っていないと云うのなら、それでいいような気もしますが……なにかある、と。どういったことが気がかりなんですか?」
「端的に述べて、大会前に多発している事故、怪我人の共通点としてあげられるのは、『選手として注目されている選抜メンバー』であること」
「…………」
「そして、打撲や捻挫等、様々な怪我かつ負傷した箇所はバラつきがありながらも、負傷者一同皆口を揃えて証言したのは、『身体が勝手に動いた』――というわけなんですよ」
そう、まるで見えない誰かが優秀なマジフト選手を故意に怪我を負わせたかのような事件が連続して多発している。
「オンボロ寮だけではなく学園内にもゴーストはいますが、ポルターガイストのソレじゃありません。間違いなく誰かが、意図的な理由で、選手を負傷させている。傷害事件を起こして回っている……と、私の直感が告げています」
それに今年の対校試合は何が何でも勝利してもらいたいものですからねえ、と懸賞金を提示した本人、学園長は云う。
「ハッキリ述べましょう。あなた方にこの不可解な事件の解決をしてもらいたい。事件解決の折には、そうですね……マジカルシフトの試合の最前列のチケットなんかどうです?」
「試合のチケット……しかも、最前列か」
「正直なところ、マジカルシフトと云うのはメジャーもメジャーなスポーツです。あなたがこの異世界で生活するにあたって、常識と云うものを身に着けておいた方が損はないでしょう。それを抜きにしても心髄物ですよ。マジカルシフトの試合の最前列チケットは大金を大枚払っても取れるようなものではありませんからねえ。希少価値とでも云いましょうか。テレビなんかで見るのではなく、ナマで試合を見る。自慢できますよ」
「自分とグリム……それと友達、エースとデュースの分……四枚ほど用意できますか?」
「ええ、ええ! いくらでも!」遠回しではあるが承諾の返事を出すと喜びに浮ついた声を出した。「お友達の分も用意しておきましょう! では、事件解決に向かって頑張ってください」
今にも鼻歌を歌いそうなど上機嫌だ。その様子をグリムは訝し気な目で見ながら、「おい子分。報酬はそれだけでいいのかよ」と云う。
「どうせなら、オレ様が試合に出られる権利、とかの方が良かったんだゾ。有名なスポーツなんだろ? 観るだけじゃ物足りねーんだゾ」
「まあまあ。自分たちはこの世界についての常識が足りないんだから。それに報酬を選手として出させてくれと云っても、グリム一人じゃ試合は成立しないよ?」
「そうだったんだゾ。オレ様一人じゃ試合はできねーんだゾ。子分は、賢いな」
「もしグリムが選手として出ることを報酬にしたら、試合が成立しないのを知っているのに学園長は注意することもなく承諾していたと思うよ。そうなるぐらいなら……試合を友達と一緒に観戦した方が良くないかな?」
……ところで学園長。
自分は学園長が談話室のドアノブに手を掛けた瞬間、声を出した。
「この寮って、なんで拘束ベルト付きの医療用ベッドが置いてあるんですか?」
「さあ、知りません」
その言葉もまた、とても自然に出されたものであった。




