赤き弔花‐13
「リドル――――!」
荒れ果てた庭園、地面に突き刺さり、或いは転がった鎌。リドルはぼうっとした表情で空を見上げた。彼の視界の隅には、ハーツラビュル寮内にいれば、嫌でも目に入る巨大なギロチンが映っていた。
「お、目が覚めたんだゾ」
皆が安堵の声を出す中、肉体の痛みを自覚する。筋肉痛のそれとは異なる身体ではなく、魂を蝕むような激痛と疲労の中、リドルは仰向けに……横たわっていた事実を知るのであった。
「トレイ……本当は、僕もマロンタルトが食べたかった。皆が作ってきたように、一緒にタルト作りもしたかった……」
荒れ果てた庭の中、ぽつりとリドルはそう呟く。皆が驚いたように、彼の方を振り返った。
「紅茶は角砂糖よりも蜂蜜の方が好きだし、動物を使ってクロッケーなんかしたくない。平和な日常なのに二人一組で行動なんかしなくてもいいし、勉強なんて自分がやりたい時にすればいいんだ……」
「リドル……」
「あの時、本当は母さんに謝りたくなんかなかった。トレイやチェーニャと遊びたかった。友達と、ずっとずっと遊びたかった。イチゴタルトをもっと食べていたかった……っ!」
啜り泣きの声。
トレイは沈黙の中、静かに涙を流す彼を見る。そして、云った。
「俺も悪かった。お前がこの学園に入学――いや、ずっと前から苦しんでいたのに何もしてこなかった。ただ、見ていただけだった」
罪悪感はずっと昔から……イチゴタルトを食べさせた時からあったのだろう。沈痛な面持ちである。
「俺は、ずっと何もしてこなかった。だから、今日云うよ。お前は迷惑をかけた人に謝るんだ。ごめんなさいって、キチンと謝罪をするんだ」
「――――っ!」怒りとは異なる感情が高ぶる。泣き声は甲高く響いた。「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。本当に――っ、ごめんなさい!」
涙ながらの謝罪。嗚咽まじりだが、それがゆえ感情のこもった誠意のある謝罪であった。リドルが繰り返し謝罪する様子をエースは真面目な表情で眺めて、「俺、前から内心決めていたんスけど」と溜息を出した。
「寮長が今までの行動を間違いだと認めて謝ってくれたら云おうと思ったことがあるんですけど――」
「――ゴメンの一言で済むわけねぇだろう! ぜっっったい、許してやんね――!!」
場が、凍り付いた。
「常識で考えてみろよ! こっちはさんざん変なルールで振り回して、虚仮にして! どっんだけ周りが迷惑被ったと思ってんの! 友達と一緒になって作ったマロンタルトも無駄になった。例え泣いてても、謝られたぐらいじゃすまねえよ……」
「ど――どうすればいいの」しゃっくりを出しながら云う。「僕はどうすれば……」
エースは唇を尖らせて、ブラット化により荒れ果てた周囲を見る。殺意マシマシで飛ばされた鎌。幾多に木から落ちた薔薇の花。白いテーブルクロスは破れ、茶器のそれぞれは粉々に割れていた。ネムリネズミなんかはとうに逃げ出している。
「リベンジだなリベンジ。『何もなかった日』のリベンジを要求するね」
「リベンジって……『何もなかった日』は決められていて……」
「ハイまたルール! 本当に反省してるの?」
「反省はしている……」
「『何もなかった日』のパーティの準備、一人で準備しろ。薔薇の色を揃えて、綺麗にテーブルクロスを敷く。マロンタルトを作って、皆を招待。これぐらいしてもらわないとわりに合わないね」
そうすれば許してやらないこともない。
エースはそう云い、リドルは「分かった」と頷く。
自分はその様子をにこやかに見ていると、視界の範囲外で分身のユニーク魔法を使ったケイトは荒れた庭の片づけを始めていた。滅茶苦茶になった庭園の片づけはケイトだけではなく、リドル、トレイ、エース、デュースの皆が奔走する。あらかた片付けのメドがつくと、魔法士にあってはならない状態、オーバーブロットしたリドルの様子を見てもらう為、彼は一人で医務室に向かう。トレイはリドルに付き添おうとしたが、それは彼の方から丁重に断っていた。
「学園長は……戻ってこねえんだゾ」
「医務室に向かう途中、寮長に出会って話を聞くだろう。その辺は心配ないんじゃないのか?」
「そうだな、デュース。俺が心配することじゃないんだゾ。それにしても~……おぉ、お宝発見!」
グリムは喜びに満ちた声を出すと同時に、地面に転がっていた黒い石に駆け寄った。庭の片隅にポツンと置かれていたそれは、どこから現れたものなのか分からない。前々からあったものだと判断したいところであるが、ドワーフ鉱山で似たようなものを目撃しているので、いきなり出現した物と考えても良いだろう。
「う~ん、コクがあってフルーティな味わい。クド過ぎず渋過ぎない! 丁度いい甘味があり、おいし~!」
「えぇ――!」黒い石を拾って食べ始めたグリムにケイトは驚きの声を出す。「魔獣ってそんなの食べるの!? 信じられないんだけど! 悪食にもほどがあるでしょ!」
「グリム、拾い食いしないでよ」自分はドワーフ鉱山で見たドロドロと融解しながら顛末を迎えた化け物を思い出しながら云う。「おなか壊すし……」
「うーん、グリムはモンスターだからな。人間とは違って好みの傾向や身体の作りが違うんじゃね?」
「でもだからと云って……ねえ……ケイト先輩はどう思います」
「ノーコメントで」即答だった。「それにしても……お前たち、ほんとありがとうな……」
後半の声は半分も聞き取れなかった。自分が不思議そうな顔をすると、誤魔化すように屈託のない笑顔を向けられ、それ以上何も云うことが出来なかった。




