赤き弔花‐11
「これより、ハーツラビュル寮の寮長の座をかけた決闘を行います!」
皆がパーティの中心部に戻り、学園長がリドルに決闘の旨を伝えるとその話は周囲に聞こえていたのか、その話は寮全体に伝播していく。
『何もなかった日』の準備を行っていたケイトは急ぎ足でトレイの下へ駆け寄り、事実の確認をするのであった。その顔には決闘の面倒よりも、エースとデュースの二人……罰せられた二名を心配する表情が浮かんでいた。
こんな勝負秒で終わるだろうと無名の寮生が声を出す中、しかし決闘自体には興味があるのか野次馬精神で集っていく中、リドルはくだらないとでも云うように鼻を鳴らす。ハンデ――魔法封じの首輪が外れる中、彼はとても挑発的な態度だった。
「束の間の自由はどうだい? 君たち二人が僕に勝てるとは到底思えないけど、本気でやるつもりなのかい……くだらない、こんな茶番はさっさと終わらせて、マロンタルトの製造に急がなくちゃならないと云うのに、どこまで邪魔をするんだか……ああ、最悪だ!」
一瞬だが、黒い靄が出る。
自分は見間違いでも何でもなく、晴れ渡る晴天の中、しかとそれを確認した。
「『何もなかった日』のパーティの開始は、午後一時。これから急いでタルトを作らないといけないと云うのに……まあ、秒で終わるからいいか。面倒だし、二人纏めてかかっておいで」
「云うじゃねえか。こちとらキチンと作戦を立ててきたんだ」
「そうだ。拳以外での方法をな」
移動中、エースとデュースは短い話し合いをしていたのだが、どうやらそれは作戦会議であったようだ。
二人が学園長を挟んでリドルに対峙する中、自分は見守るのである。
「それでは位置に並びましたね。この薔薇の花が地面に落ちた瞬間、決闘開始の合図です。それでは……レディ――ファイ!」
学園長は……硝子か氷、もしくは魔法製なのか不明だが半透明で出来た薔薇の花を地面へ放り投げる。その花は雪のように音もなく地面に触れたかと思うと、雨粒のように地に染み渡る。透過した赤が広がったかと思ったら、色をなくした水となって地面に吸い込まれていったのであった。
その瞬間、
「首を刎ねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)」
勝負は、まさしく一瞬でついた。
エースとデュースの首元に首輪が付き、魔法が封じられたのである。学園長が事前に述べていたように、寮長の座をかけた決闘は魔法以外の攻撃は許されていない。素手で抵抗しようにもルール違反にあたる。刹那の時間で、手も足も出ない状態になってしまった。
「なっ――!」
「――またこの首輪!」
あまりにも早過ぎる決闘の決着。
茫然としていると、リドルは哀れみを含んだ視線で挑戦者の二名を眺めるのであった。
「一瞬で終わったね。一度も魔法を使うことが出来なかった。なかったんじゃない。出来なかった」その不出来を鼻で笑う。「その強さで僕に勝てるとでも? 勘違いも甚だしいよ。君たち、何をしに来たんだい?」
「畜生!」
「やはり、ルールを破る奴は何をやってもダメ。お母さまの云う通りだね」
「……でも、寮外でハートの女王の決まりは、無効なんじゃないですか」デュースは学園長が云っていたことを云う。「寮外で首輪をつけたまま、不自由を強いないでくださいよ!! 縛り付けないでください!」
「はあ? 僕は規則に従って動いているだけ。お母さまの云うことは絶対なんだ。それすらも分からないのかい? 愚鈍だね」
「つうか、そもそも」エースは睨み付ける。「お母さまお母さま云うケド、おめえの母親はこの学校にいねえじゃねえか! バッカじゃねえの! いもしない存在に従うなんて! ありもしない存在が命令するルールに従う理由はこっちにはねえんだよ! 間違っている!」
ふざけんじゃねえ!
エースはそう云うと同時に地を蹴って跳躍し、リドルを殴ったあと胸倉を掴んだ。場が騒然としたのは云う間でもなく。
「え……僕が殴られた……僕は、ボクは……ハートの女王の規則に……」その顔は徐々に真っ赤に染まっていく。「裁判官である僕がルールなんだぞ!?」
「……あーあ、なんかもう決闘とかどうでもいいわ。お前のこと少し話に訊いたけど、友達の一人も作らずにルール、ルール! ボクガルール! オカアサマガルール! はあ……少しは自分の頭で考えたこと、あるわけ?」
「…………う、ぎぎ……っ」
「絶対ってなんだよ! 親とは云えども、たった一人の間違いを起こすただの人間じゃねえか! ガキじゃあるまいし何時まで親の指示が、保護が必要なわけ? 親の躾が一番必要とされてるのは、保護が絶対なのはガキだけだろうが!?」
そう云ってエースはリドルを突き飛ばす。顔が深刻な赤に染まっていく彼は、たたらを踏んだ。
「何も、知らない癖に……ハートの女王のルールの理由を……お母さまの云う決まりに従うことの大切さを――!」
「またママかよ! いい加減にしろよ!」
「黙れ黙れ黙れ! 僕がルールだ! 絶対なんだ! 正しいんだ! お前たちもそうだろ! 僕は正しいだろう!?」
リドルは名も知れぬ寮生たちに確認を取る。だが、いつもなら肯定してくれる寮生たちは沈黙し、彼を視野に入れないように目線をずらしていた。明らかな拒否、拒絶反応を見てリドルの表情は固まった。
「何故だ、何故いつものように答えない!?」
『…………』
否定の沈黙。
寮生たちの暗い顔。
秀才と云われる頭脳がなくとも、その態度にどのような意味を孕んでいるのか理解できよう。
「どいつもこいつも……」半笑いの声。しかしその声調には少しも温かみがない。「ハ、ハハハハ! なに……? 皆はボクが間違っているとでも云うのかい? 僕が! ルール違反だとでも云いたいのかい?」
『…………』
「連帯責任だ! 僕を受け入れないと云うのなら、皆――みんなみんなみんな、首を刎ねてやる!」
決闘を見守っていた寮生の喉元に、首輪が嵌められていく。その速度――そして数は夥しいもので、あっと云う間に数十人近くの寮生の首が刎ねられた。魔法封じの首輪が付けられた寮生たちは狂乱の声をあげ、逃げ惑う。その狂乱は更に深まり、リドルは顔を真っ赤にしながらユニーク魔法を飛ばすのであった。
「リドル、もうやめろ!」
トレイは制止の声を出す。だが、騒ぎ出す寮生の声にかき消されたと云うよりも、首を刎ねることに夢中な彼の耳に届くことはなかった。
「そーゆーところがガキだっての! 癇癪起こしてんじゃねぞ!!」
「今すぐその言葉を撤回しろ!」
リドルは庭園にあった鎌を魔法で浮かせる。その様子を見ていたケイトは尋常ならざる気配を――空気を読む能力に長けているのか、深刻な事態を一早く察知して寮生たちに逃げるよう促した。学園長もリドルに注意の言葉を投げかけるが、憤怒に塗り潰された彼に大人の言葉と云えども届くことはなかった。
自分は浮遊する鎌をみながら、リドルを中心に広がっていく黒い靄を見る。時折、彼の影から漏れのような黒い波長を目の当たりにしていたが、怒り狂うリドルの傍に黒い蜘蛛が這い寄ったかと思うと、その靄は霧のように瞬く間に広がる。
数多の鎌が浮き、比喩でも魔法でもなく、死神の如く本当に首を狩る為に癇癪を指摘したエースに向かって凶器が放たれ、このままでは本当に首を刎ねられた死者が出てしまう。自分はエースの名前を叫びながら駆け寄ろうとした直後、その凶器は淡く光ったかと思うと無害な物質に……直撃しても痛みのないトランプに変わっていた。
「これは……何だ?」
目を丸くするリドル。
自分はエースにぶつかったのが数枚のトランプでよかったと安心する中、トレイが前に出るのであった。
「これはトレイの、ドゥードゥル・スート」率先して寮生を批難させていたケイトは云う。「ユニーク魔法で、鎌をトランプに変えた……?」
トレイのユニーク魔法、ドゥードゥルスート。
彼はリドルの魔法に比べれば落書きのような玩具でしかないと述べていたが、その魔法の実体は大人でも完全習得の難しい、改変魔法の一種だ。認識だけではなく、物質の置換……上塗りが可能な魔法で凶器を無害な物質に変えたのだろう。いや、リドルの魔法そのものを……凶器の源泉たる根が、トレイのユニーク魔法によって支配されていた。よって……。
「鎌だけじゃなく、ユニーク魔法の首輪も外れてる」
正確には改変魔法によってトランプの数枚へと上塗りされ、芝生の上に落ちていた。リドルが「首を刎ねろ!」と鎌を飛ばしても、それら全てはトレイの魔法によって無力化されていく。最早、トランプしか出せない怒り狂った手品師にしかなれていなかった。
「リドル、もうこれ以上は……皆の顔を見て分からないのか!?」
トレイはそう云う。
やっと他者の言葉が耳に届く形になったのだが、鎌で――魔法ではなく凶器で首を刎ねようとしていた事実を目の当たりにしていた寮生たちの顔にあるのは……。
「――――」
リドルは一瞬、自分の足元を見たかと思うと地続きに広がる周囲を見る。首輪だけでなく鎌のそれぞれが、トレイのユニーク魔法で無害な物質に変わったわけだが……。
「トランプになった……ルールが変わった……? 誰よりも規則を重んじる僕よりもトレイの方が優れてるってこと……? 僕を否定するトレイの方が正しいってこと……? 誰にも負けないよう頑張って、我慢して、母様に見捨てられないようにしてきたのに……! また見捨てられたら僕は……! 貴様らぁ――ふざけるなあ!」
「これ以上はいけません、ローズハートくん! これ以上魔法を使えば、大変なことになる! ブロット化する前に落ち着いてください!!」
極限のストレスの中、ルールが変わったと……規律を守り誰よりも優秀であった自分よりもトレイの方が正しいと思い込んでいるリドルは、ユニーク魔法で姿形が変わった沢山のトランプを踏みつける。冷静な頭があればその馬鹿げた理論は己の中で否定できようものなにに、獣性により認知さえ歪みつつあるリドルには、今正論は通じない。
「こんな……こんなの、ルールじゃない!」
リドルが叫んだかと思うと、大量の霧が噴き出した。忌々しくも禍々しいそれは、かつてドワーフ鉱山で見たものと似ている。
「アハハハハハハ! 偉大なる精神に感謝を! 僕に逆らう愚か者は――よのわさるたあ□まひ□ひたわひ! おむん□まひれあおむもよつーつ!」
哄笑。
後半、意味を汲み取れない言葉を聞いて学園長が嘆きながら云う。
「ああ、何と云うことでしょう……私というものがついておきながら、その言葉……言語こそがブラット化の証……オーバーブロットした生徒を、出してしまった……!」
「オーバーブロット?」
「オーバーブロットは魔法を酷使した魔法士が堕ちた姿、一番避けなければならない状態です。堕ちた者同士だけが通じる言語を口にし、感情のままに暴れ回る獣性! 歯止めの利かない暴走は非常に危険です。戻れなくなる前に、何としても止めなくてはいけません!」
私は寮生の無事を確保してきます。あなた達も逃げて下さい――と学園長は云い残して、姿を消した。
「こんなところまでガキかよ! 世話かけやがって! 食らえ!!」
エースはそう云いながらも、マジカルペンを取り出した。時間省略に基づく、植物の成長を促す魔法。芝生でリドルの足を縛りつけるも、紙でもやぶるように易々と千切られた。
「エースくん!?」ケイトは叫ぶ。「一学生に出来ることじゃないって! ただでさえリドルくんに勝てなかったのに、オーバーブロットした状態の彼に勝てると思ってるの!? 馬鹿やってないで学園長の云う通り避難して!!」
「……みやかた、わのんるこちら?」
ブロット化し、高笑いしていたリドルが改めてこちらを注視する。その言葉はオーバーブロットした者同士しか通じないもので何を云っているのか分からないが、それに構うことなくデュースは得意の大釜魔法でリドルを圧し潰そうとしていた。
軽々しく重量のある大釜が弾き飛ばされる。魔法を有さない腕の一振りによる大釜の弾き飛ばしは、ブロット化することで身体能力さえも向上させているかもしれなかった。
「ブロット化は時間との戦いだ……手遅れになって命を失うより……間違いかもしれないけど、こっちの方が正しいかもな」
トレイは固い表情をしながら、マジカルぺンを構える。
「少しの間なら、俺のユニーク魔法で攻撃の上書きができる。ケイト、お前も協力してくれ。お前のユニーク魔法は、時間稼ぎにはうってつけだ」
「……俺のユニーク魔法、舞い散る手札? 確かに俺の分身……沢山の俺くんがいれば、注意をそらすことが出来るかもしれないけど……」
「ろひるこもひつこひひろみそほはちら□。むえぬあをれさつ!」
一人だけではなく、皆の反抗の意思を感じ取ったのか、再び鎌が舞う。その凶器がケイトに直撃したかと思うと、トランプに変わった。そうしてリドルの意図知れぬ方向から、予想外の一撃が向かう。
「――る! わのら!?」
見れば物陰になった場所に、ケイトがいる。自分はトレイの真横にいるはずのケイトがどうしてあそこにいるのか……瞬間移動でも使ったのかと思ったのだが――。
「え、先輩が二人いる?」
「二人じゃないよ」「俺は」「全部で」「十人」「これが」「俺の」「ユニーク魔法」「スプリット・カード」「まあ要するに」「分身の魔法だね」
グリムがあんぐりと口を開ける中、「ちなみに本物はここ。トレイの隣」と手を振る。
「俺はリドルの魔法の上書きに専念する! ケイトとエース、デュースは隙を見つけて攻撃しろ! 魔力がつきるよりも前に気絶させれば、落ち着くはずだ!」
飛来する鎌。
それは数枚のトランプに変わった。
「むよる、むよる! からおむん□さかぬゆつんま、トレイ!」
エースの突風、デュースの大釜魔法。
トレイとケイトのユニーク魔法。
だがしかし、一番効果的だったのは意外にも……。
「ふなー! 俺も加勢するんだゾ!」
グリムは大きく息を吸い込んで青い炎を吐き出す。それがブロット化したリドルに直撃したかと思うと、身を縮めるように引いていた。顔は驚愕したかのように目を見開き、そして何よりも警戒している。
それはまるで、オンボロ寮でゴーストを炎で追い払った時の反応によく似ていた。
「グリムの青い炎が一番効いている……? グリムって一体……」
「ふなー!」
グリムが特大の火球を吐き出した。その炎は危険と判断したリドルが鎌を操るのではなく、防御のために風の防衛魔法を張るが、その魔力の源はブラット化した自分自身の魔法だ。無力にもたちまち防御は易々と破られて、全身が青い炎に包まれた。
「―――――っ!!」
青褪めた火柱の中、絶叫が響く。普通の炎なら酸素がないゆえ声は響かないが、青い炎は魔力が素材で構築されており、ありありとその痛ましい声が聞こえた。まるで火刑だ。磔刑の人物を処す炎である。その炎は数度、息をつかせる暇もなくリドルを襲った。
「おむま……おむま――ぼくが、まちがってた……そんなわけないよね、母さん……」
「言葉が――!?」
幾度の火刑。
青い炎が小さな下火となってリドルを燃やす中、聞こえてきたのは正気に戻るような声。オーバーブロットした魔法士は堕ちた者同士だけが通じる謎の言葉を使用すると云われていた。
……しかしブロット化した影響が収まっているのか、たどたどしくも紡がれた言葉は……人間同士使う言葉へ戻っていた……。




