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赤き弔花‐10

「なんなんだあの赤毛のチビ! くっそ、腹立つ――!」


パーティの中心部から離れた庭園の隅、エースは地団駄を踏みながら感情を吐露していた。おなじく追放されたデュースも同意見なのか、険しい表情のままである。


「お前たち、すまないな」


「先輩も先輩ですよ! 副寮長なら、少しはなんとかしてくださいよ! 普通の生徒と同じく従ってどうするんですか!!」


本当は寮長の規則頭に異論があるんでしょう。


エースの言葉にトレイは黙って首肯したものの、「俺にはどうすることも出来ないんだ」と自虐的に云うだけである。


「トレイ、暗い顔してどうしたにゃ~」


誰の声……?


自分は近くにいたグリムを見たのだが、当人は声の持ち主を直視しているのか、涙目になって飛び上がっている。トレイ……だけではなく、先程まで激しい怒りの感情に吞まれていたのに皆は空中を見て瞠目していた。皆の視線につられて空中を見ると、そこには人間の生首が浮いていた。


「チェーニャ、どうしてここに?」


「う~ん? どうしてここにいるかって、アーサーの奴に教えてもらったにゃ~。アーサーはシルバーって奴に訊いたらしいにゃが、夢オチで終わらず抜け道を通って来ただけ……って、赤毛のチビってリドルのことにゃか?」


「寮長のこと知ってんのか。それにトレイ先輩のことも」


知り合い?


と、トレイに訊くと賢者の島から離れた地元の幼馴染であることを軽く知る。


「いいリアクションだね」


ふよふよと浮いていた生首であったが、首から下の胸部、胴体、二本の腕、腹部、両足といった部分が現れた。これは見えるようになったのか、触れられないように隠していたのか、どっちなのか分からない。透過なのか隠蔽なのか不明である。


「俺はアルチェーミ・アルチェーミエヴィチ・ピンカー。猫のような、人のような摩訶不思議な存在。『何もなかった日』に猫のない笑いは考えられないから、ちょっとお邪魔してるだけだわ」


「えっと、ある……」名前が少し複雑でサラっと流されたのでグリムは云えない。「なんだゾ……?」


「み~んな、チェーニャって呼ぶかねえ。それにしても、シルバーって奴は……今はどうでもいいか……リドルのことで何か困ってるにゃか?」


「そうだよ」エースは云う。相変わらず首輪が重たそうだった。「あいつが暴君で、我儘で、好き放題してて、こっちは大迷惑! どうやったらあんな人間になるわけ?」


「リドルが暴君……まあ、そう云えなくもないかもしれないにゃあ」


「何か知っているんですか?」


「知っとるとえば知っとるし、知らないと云えば知らない。俺に訊くよりも、トレイに訊けにゃあ。リドルがああなった理由を」


トレイに丸投げである。


チェーニャは登場時同様、首以外の身体を消して鼻歌を歌いながら、生首のまま彷徨う。逃げたけどいいんですかと自分が問えば、トレイは「チェーニャは真面目な話は苦手だからな」と述べた。自分も出会ってすぐで宙に浮く生首の性格はよくわからないが、確かに真面目な話は苦手かもしれないと思うのであった。


「クローバー先輩、寮長がああなったこと知っているんですか」


「…………」トレイの溜息。「リドルはルールに厳しいが、それ同様厳しいルールの下で造られた。実の母親にな」


「え、それってつまりどういうことなんだゾ?」


「何事にも理由があるってことだ。順序通りに話すと……そうだな。小さい頃、子供の頃の話になる。俺とチェーニャ、それにリドルは同じ国、地域で生まれた幼馴染なんだ。リドルの母は地元では知らぬ者がいないほど優秀な人で……そして同時に、非常に厳しい裁判官でもあった」


今時でも珍しい、非常に珍しい女性の裁判官。


法律の道に詳しくない自分だが、その道がどれほど険しいものなのか少し触れただけでも分かった。


「リドルは初等教育が始まる前から、その製造が行われていた。分刻みのスケジュール。体調管理……そして友達。幼い子供にとって、家が世界で両親が神だ。親に反抗するだなんて発想はなく、本来ならばクレヨンを握る年齢の幼児に触れさえていたのが大学の卒論。鮮やかな色鉛筆じゃなく、灰色の万年筆だったと云うわけだ」


トレイは云う。


咽喉に重たい突っ掛かりを覚えながら。


「家が世界で親が神と云ったが、その楽園に魔を差したのが俺とチェーニャだ。俺は……俺たちは色んな地元の友達と遊んでいたが、その中で気になったのが誰とも遊ばないリドルで、チェーニャと話し合いをして遊びに誘ったことがある。親の監視から離れたリドルの勉強時間……一時間程度の僅かで小さな隙間を狙って、彼の親にバレないように注意しながら色んな遊びをした」


そこまでは良かった。


そこまでは……と、トレイは云う。


「俺の実家はケーキ屋を営んでいるんだが、ある日リドルはイチゴタルトを食べたことがない、と云っていた。そして、どうしても食べてみたいと云う。ショーウィンドウに並べられたトランペットを待望の眼差しで見る子供のように、欲していたんだ。哀れになった俺は幼稚な親切心でリドルを家に連れ、イチゴタルトを食わせた。あいつは時間も忘れて夢中になってタルトを頬張っていたよ」


一時間程度の監視なき自由時間。


その僅かな制限時間を忘れて没頭した。


当然の結果――。


「リドルの母親にバレた。幼少のトラウマか罪悪感なのか、今でもあの剣幕は忘れられない。店に長時間怒鳴り込む様子は……そして食べたタルトを無理に吐き出させて、強引に腕を引っ張られていくリドルの泣き声……懇願……家でどんな折檻があったのか、考えるだけで……」


「だからクローバー先輩は、寮長が理不尽なルールを出しても逆らえない……」


「リドルは相手をルールで縛って、相手に恐怖を植え付ける。かつて自分がそうされたように……自分が受けた教育を相手に施せば、成長できると……優れた人間になれると信じているんだ。リドルにとってルールを破る人間は、自ら不幸になろうとしている可哀想な人だ。だから自分が導いてあげようとしているんだよ。勿論そのルールを否定すれば……」


「自分の存在理由、アイデンティティの崩壊。根幹の揺らぎ、神……母親の否定に繋がるわけか」


「いくら寮の伝統、寮長の指示とは云えども皆が不満を抱くのは、分かる。私刑じみた魔法封じも処罰にしては明らかにやり過ぎだ。だけど俺には、どうしてもあいつを叱ることが出来ないんだ」


「それって……あんたが勝手に……小さい頃のトラウマを刺激されくないからじゃないですか」


エースは云う。いくらリドルの過去の話を聞いたとしても、そのかんばせに、不満の表情を隠すことなく云うのだ。もっともらしい言葉でリドルを止められないとは云っているものの、それは共犯であると告げるのである。


「他人である俺らからすれば、勝手な理由ですよ。それに、寮長の度が過ぎる理由の責任の一端はアンタにあるんじゃないですか、トレイ先輩?」


「…………」


「親は子供を選べないと同時に、子も親を選べない。厳しい教育を受けてきたからって、他者に自分と同じであれだなんて、余計なお世話。俺たちには関係のない話ですよ。それにアンタは、昔から……そして今に至るまで、ルールに縛られたやり方が間違っていると思っていても見逃す。それって加担じゃないですか。アンタは罰を受けた寮生を宥めたりなんかしてるけど、共犯である以上タチが悪いって云うか……」


「……それは……」


「そして間違いを指摘しないと、寮長はどんどん周りから孤立していくばっかりですよ。間違っている人を間違っていると指摘しないのは、単なる甘やかしじゃないですか。ほとんどは親の教育の所為かもしれないけど、ナイトレイブンカレッジにおけるあの暴君っぷりの責任の一端はアンタにもあるんじゃないですか? 首を刎ねられるのが怖くて黙っているようだけど、同じように怖いの? ビビってんじゃねーよ! ダッセ! そんなのダチでも何でもねえわ! 俺や監督生を見習えっつーの!」


「何事ですかあなた達」


エースが吠えるような声を出した途端、場違いな声。皆が声に反応すると、そこには学園長がいた。


「が、学園長……どうしてここに?」


「『何もなかった日』のお祝いのタルトを食べに来たんです。ハーツラビュル寮きっての大きな催しですからね、絶対に欠かさず参加することにしているんですよ」


それにしても諍いのような声が聞こえてきましたが、トラッポラ君。


……と学園長は、不思議そうに首を刎ねる。


「喧嘩もまた青春の一ページですからね。いいですね、アオハル。素直な感情のぶつかり合いだなんて大人になったら出来ないことですよ。存分にやりなさい……でも、やり過ぎないように。流血沙汰の事件が起きれば、我が校の評判が……」


「喧嘩を止めに来たんじゃねーのかよ」グリムは呆れた口調で云う。タルトをつまみに来た発言といい溜息まで出されていた。「単なる喧嘩じゃねーんだゾ。あのな、実は……」


グリムは、これまであったことを詳細に語る。正直、グリムの語彙力と理解では、事の深刻さが伝わると思っていなかったので、自分はグリムの述べた内容に補足や説明で補い、学園長の理解を深めた。


「なるほど……奇妙な首輪を生徒間で度々見ると思ったら、今ハーツラビュル寮でそんなことが。それは……困りましたね。確かにこの寮における一見奇妙なハートの女王のルールは、寮内のみで罷り通るルールです。罰したままの状態……ローズハート君の魔法封じの処罰は、寮から出たら無効。法律は適応しない。つまり、寮外では首輪を外す必要があるのですが魔法を封じられたまま授業を受けるのは、法律の範囲外です」


寮長に就任すれば、それぞれの寮における精神性が宿るのですが、マッチし過ぎているのか深刻な問題が生じているようですね、と学園長は云った。


「学園長、精神性が宿る……とは?」


そう問うのはトレイである。学園長は「あまり知られていないことですが……」と前置きし、口を開いた。


「これは寮長にならないと分からない、実感の湧かないことなんですが……各寮にはそれぞれの精神性があることは勿論知っていますよね。厳格、慈悲、高尚……実はですね、寮長に就任するとその精神性が新任の寮長に宿るのですよ」


像になってまで讃えられている卒業生、グレートセブンの精神性が。


自分はそれを聞いて、まるで残留思念のようだと思った。まるで亡霊の憑依ではないか。


「憑いていると云っても、あくまでその傾向……若干の方向性が定まる程度です。今のハーツラビュルの寮長、ローズハート君のように『成る』のは、稀です。普通、それほど影響を受けるものではないんですよ。ホラ、今の一年生は知らないと思いますが前寮長はそれほど厳しいルールではなかったでしょう?」


「確かに、厳しくはなかった。精々『何もなかった日』の催しをするだけで、ほとんど自由。寧ろちゃらんぽらんな性格で、むしろパーティをやるのか……とさえ思ったほどだ」


トレイは得心したように云う。


こちら側としては、そのいい加減な寮長のことは知らないので何とも云えなかった。


「それにしても、困りましたね。トラッポラ君とスペード君は、自分に過ちがあると寮長に謝りたくもない。だがしかし、頑固な性格を説得できる気もしない。それならいっそ――」


学園長は云った。


「――決闘を申し込んではいかが?」


『決闘!?』


「ええ、決闘です。あ……ただの殴り合いの喧嘩じゃあありませんよ。寮長をかけての魔法バトル。現寮長をその座からおろして、自分が王になればいい。ローズハートくんが就任する前のハーツラビュル寮のゆるゆる規則と同じように、匙加減を決める立場になればいい。ただそれだけの話です」


そもそも寮長になれる権利は、全生徒に生じているものです……オンボロ寮の監督生は例外ですが、と学園長は続けた。


そして、トレイは寮長になる方法を思い出すように述べる。


「確かリドルは入学してすぐ、寮長に決闘を申し込んで寮長になった……多くの場合、四年生になる寮長はほぼ学園にいないから、指名という形で誰かを名指し受け継がせる。だが、決闘のケースがないわけではない……」


「え……入学してすぐ? 時系列的におかしくはないですか」


自分は不思議そうに云うが、その話は流された。


「カシラが……いや、ゴホン……トップがいないと風紀が乱れがちになりますからね。でも、ハーツラビュル寮関係なく、私闘は学校の規則で禁止されているんじゃ……」


詳しく聞くと、デュースはナイトレイブンカレッジに入学した直後、真っ先に私闘云々について調べたらしい。


「確かに、どの寮、敷地内、時間関係なく私闘は禁止されています。だけど寮長の座をかけて決闘を行う場合は例外です。キチンと正当な手段を取り、学園長立ち合いのもと行われる決闘ならば校則違反になりません」


「決闘中ならば、一時的に魔法封じの首輪は外れる」トレイは云う。「決闘は対等な条件でなければならない。魔法士によって致命的なハンデである魔法封じの枷から自由になる。そして勝利すれば、再び首輪がつけられることはないってことだ」


「なら、よっしゃ! やってやろうじゃねえか!」


「俺も参加するぞ、エース。今の寮長に納得いかねえ」


二人は意気揚々とやる気を漲らせる。「話は決まりましたねえ」と学園長は云うが、トレイの表情は晴れていなかった。


「リドルは、強いぞ。なにせ、十歳足らずであのユニーク魔法が使えるようになったんだ。エース、デュース……お前たちはまだユニーク魔法を会得してないだろう。勝てるとは思えない……」


「やってみないと分からないじゃないですか。それにユニーク魔法の習得の有無が、決闘の利になっているわけじゃない。魔法でも勝てる気はしないけど、俺には拳が――」


「云い忘れていましたが、この決闘は魔法による実力主義のバトル。魔法士としての戦いです。手を出せば、失格扱いになりますよ」


「え」学園長の注意にデュースは虚を突かれた顔をした。「魔法しか、許されないんですか?」


「そうです。当たり前でしょう? ガラの悪いチンピラのストリートファイトじゃあるまいし。それとも戦乱の物騒な老兵の生き残りでも気取るおつもりで? ここは伝統のある魔法士育成学校です。魔法での実力による鍔競り合い。ああ……決闘の手続きの方はあとでやっておきますから、存分にやりあってください」


ご心配なく。


にこやかに云う学園長。


自分は少々気を削がれたデュースの表情を見ながら、寮長のいる、『何もなかった日』のパーティの中心部に戻った。


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