赤き弔花‐9
翌朝、『何もなかった日』の当日、盛大な催し開始まで数十時間。
オンボロ寮で目を覚ましたエースは、寝起きゆえか整えられていない髪の毛をボサボサとかきながら、「監督生おはよう」と大きな欠伸を出しながら云うのである。
「さすがに二日目になると、お化け屋敷に慣れたって云うか……ベルト付きのベッドも悪くはないぜ。住めば都というか、ここにいるゴーストたちも悪戯好きだけど優しいし、マジでオンボロ寮生になっていいかも」
「いつの間に幽霊たちと仲良く……」
あと、親切心で泊めてはいるがそれは短期間の滞在宿泊を許可しているだけである。本格的にこちらを住処として定められるのは、困った話であった。
「冗談云ってないで、首輪を外して本来あるべき寮に戻ること。遊びに来てはいいけど、いつまでもここにいていいわけじゃないからね」
「へいへい……あっ、監督生。昨日タルト作りに手伝ってくれた礼として、俺が借りてた部屋、綺麗にしたぜ。マジで埃や蜘蛛の巣なしの綺麗な部屋になっている。新品のような……とはさすがに云えないけど、結構頑張りましたよ」
「え、掃除してくれたんだ。それはありがとう」
エースは監督生の謝辞を受け入れ、隣室を綺麗にした事実を礼として受け取った事実を知る。「これもまた宿泊代……ウミガメのスープ理論だな」と云いながら、朝の準備に取り掛かった。
起こしても二度寝を企むグリムを阻止して二人と一匹は朝の準備をすますと、玄関の方から荒いノックが響く。相手としては今にも倒壊しそうな建築物に配慮した優しいノックだったかもしれないが、想像以上に古びた建物なのでその衝撃は思いの外、響くのだ。
このままでは冗談抜きでオンボロ寮が崩れるかもしれない。そう思い、速足で玄関に赴くとそこにいたのは、デュースである。
「監督生、おはよう。ハーツラビュル寮に行こう」
「デュース~~? なんでお前が仕切るんだよ、うっぜ」
「優等生として学友の最期を見届けなくてはいけないからな」
「最期って……不吉なこと云うのやめてくれない?」
エースは唇を尖らせながら、不満顔で云う。自分は苦笑しながら「友達として付き合ってくれるんだよね」とデュースに云うと、少し虚を突かれた表情をした。友達云々は彼の頭の中にはなく、無意識に心配から出た行動だと改めて自覚している様子であった。
「友達と云うか何と云うか……知り合いがずっと罰せられた状態は優等生として看過できないって云うか……」
「なんでそこでいきなりツンデレが入るんですかね~」エースは煽る。でも不服顔ではなく嬉しそうな顔だった。「まあ優等生のデュースくんが付き添ってくれるなら、百万力。あ……監督生も来てくれるよな」
「様子を見るだけなら、まあ」脳が睡魔に襲われているグリムを抱き上げながら云う。「無事、首輪が外れますように」
これ以上ない味方だな。
エースはツンデレな態度をやめ、力強くそう云う。その言葉の裏には、シャンデリア事件……ドワーフ鉱山で三人と一匹が協力して未知の化け物を倒したという強い連帯感からくる実感の呟きであった。
オンボロ寮を出た皆は、メインストリートを通過して鏡舎に入る。もうその頃になると人の騒がしさで意識が覚醒したのか、グリムは完全に目覚めていた。ハーツラビュル寮へ続く門を通ると、「なっはー」と感心したような声をだす。このワープ装置に入通過するのとハーツ寮に来るのは二度目だが、オンボロ寮とは比較にならない豪華で綺麗な敷地内は確かに目を瞠るものがある。
「みんな、忙しそうだね」
「鎌を使って草木の手入れをしてるんだゾ。鋏の方がやり易くないか?」
「それもまたハートの女王のルールなのかも……」
『何もなかった日』のラストスパートに向けて、寮生は皆忙しそうだった。いや、事実多忙である。薔薇の色を魔法で塗り替え、ティーセットの入った箱を抱えて走る。余興として奇妙な法則で縛られたクロッケーもするのか、フラミンゴを大慌てで連れている。物とは違い意思を持つ動物なので、そう易々と動くことがない。正直、手を焼いている。
自分はハーツラビュルの寮生ではないが手伝わなくていいのだろうかと思いながら、エースとデュースの後ろに続く。数十分薔薇の園芸が続く庭園を出鱈目というか……迷路を制覇するように進んでいくと、『何もなかった日』のパーティ会場の中心に到着した。道中想ったことであるが、騙し絵があるのはズルイと思う。
「あ、お前たち……来たのか……」
会場に到着するとトレイが丁度、昨日作ったマロンタルトを運んでいる途中であった。それをパーティの中心にある大きなテーブルに置けば、花形設置完了である。
「探す手間が省けた。あそこにリドル……寮長がいるだろう。タルトを渡してくるんだ」
「うっす」エースは一抱えもある巨大なマロンタルトを受け取った。「いってきます!」
そもそも三人と一匹の中で寮長に罰せられているのは、エースただ一人である。当然の道理として、彼が渡すのが順当と云うものだろう。タルトを落としておじゃんにならないようにエースの後ろ姿を見守っていると、キビキビとした様子で指示を飛ばす裁判官の下へ辿り着いた。
「あの~、忙しいところすみません。寮長……」
「きみは……!」
エースは猫撫で声で機嫌を窺うような声をかけると、寮長リドルは驚いたように目を丸くした。いきなり声をかけられた事よりも、いきなり現れた罪人に意識を奪われているような様子である。
「今日は『何もなかった日』のパーティ当日なんですよね。そこで、パーティの主役であるマロンタルトを持ってきました。ハートの女王の法律、『花を傷付けた者はウミガメのスープ理論に伴い、謝罪品』を持ってきました」
「…………」
寮生に指示を出していた凛々しい表情が、スッと消える。リドルは恐ろしいほど静かな声で、「なんで君がここにいるのかな」と訊ねるのであった。
「えっと、だから首輪を外してもらうためにウミガメのスープりろん――「ハートの女王の法律第二〇条、『罪人はパーティ会場に足を踏み入れること非ず!』」
「え……」
いきなりの怒鳴り声。それぞれの作業に没頭していた寮生の多くが、その中央を見た。エースよりも大声を発したリドルを注視している。それもそのはずであろう。昨晩、談話室で激しい怒りをあらわにした彼だ。寮長に関しては皆綱渡りをするような気分で日々を過ごしているのである。
「テーブルクロスは白く、薔薇の花は赤い。完璧な……僕がはじめて主催するハレの『何もなかった日』のお祝いに、泥を塗るような真似を何故した!」
馬鹿にしているのか!
そう怒鳴り処刑の首輪をかそうとするが、エースはすでに首輪をはめられている。既に首を刎ねた者はその頭部がないので刎ねられない。その代わりに犠牲になったのは……。
「マロンタルトが……」
空気を圧縮した攻撃魔法が炸裂する。その威力は人一人を背後へ強引に圧す手加減された攻撃ではあったものの、エースからすれば不意打ちだったのか不慮の事故でマロンタルトは彼の手から離れ、重力に従い頭から芝生に落ちた。
「てめえ、何しやが――うっ!」
再び空気の弾丸。エースはマロンタルト同様、地面に倒れた。「リドル!」と大声を出してトレイが駆け寄り、処罰ではなく暴行した旨を指摘するが……。
「……ハートの女王の法律第八百六十七条、『罪人に軽度の攻撃魔法は許される』」
「え」副寮長であるトレイは驚いた声を出す。「いくら法律が許しているからといって……!?」
「それに君は根本的な勘違いしている。ハートの女王の法律、第三十五条『花を傷付けた者はウミガメのスープ理論に従い、謝罪品を送らなければならない』。確かに庭園にある薔薇の花を傷付けた者は、薔薇の木に相当する謝罪品を贈る必要がある。君が罰せられた法律がウミガメのスープ理論であれば、マロンタルトでつり合いが取れるどころか、お釣りが出るだろう」
だがしかし……。
「君を罰した内容は、ハートの女王の法律、第九八条『ナインチンゲールの歌』! ナインチンゲールなんだ! よりにもよって! このハレの日に! ナインチンゲールの規則を破った!!」
これはとても見逃せない重罪だよ。
リドルは睨み付けながら云う。
「年単位に及ぶ規則を破っただけではなく、当てつけのように『何でもない日』のパーティに足を踏み入れた! 今すぐこいつらを摘み出せ!!」
「そんな……」自分は皆で作ったマロンタルトを見た。内容はともかく友達と一緒の共同作業は楽しいものだったのだ。「ハートの女王ハートの女王、そんな規則に縛られて、バッカみたい!」
「……何だって?」
リドルの怒声は止まった。
だがしかし怒りが収まっているというわけではなく、自分の発言がしっかり耳に入ったのか、鋭敏さを兼ね備えたヒステリーがそれを聞き逃すことなかった。
まるで、いつ爆発するか分からない腫物だ。
そう思いながら自分は同じ言葉を繰り返す。出鱈目な規則で相手を縛り付けるのは馬鹿みたいだ、と。
「――~~っ! きみは、魔法の使えない、本来ここにいるべきではない人間だったね。場違いだけじゃなく、どこまで非常識なんだか……そうだ、馬鹿なんだ。相手が馬鹿なんだから、理解が得られないのは仕方のないことなんだ。非魔法士だけでなく、ルールを守らない奴もそう……馬鹿だから、こうなるんだ……」
さすがに暴君のような人とは云えども、魔法が使えない相手に首輪を付けることは躊躇われるのか、彼なりに独自の理屈を出してどうにか落ち着こうとしていた。
「全部お母さまの云う通りだ。ルールを、規則を守らないと馬鹿になる。馬鹿は豊かな人生を送れない。乏しい頭でネズミのように地を這い回り、卑しい心で他人を貶める。そんな人間にならないために、ルールを守る必要があるんだ。だって、ルールは皆で決めたものなんだから……皆の同意があるものなのだから……総意だ……総意に相違があってはならない……」
「監督生に同意だね!」地に落ちてグチャグチャになったマロンタルトを悔しそうな表情で見ていたエースは立ち上がり叫ぶ。「ハートの女王だか何だか知らねえけど、そんなふざけたルールで恐怖政治して楽しいか……ふざけんなよ!」
「俺もエースと監督生に同意します」これまで黙っていたデュースは云う。「ルールはある程度守らなくちゃいけないものですが、それが絶対的なものではない。今の寮長は、寮生たちを理不尽で雁字搦めにしているだけです」
「――僕に口答えとはいい度胸がおありだね! ……いいかい、他人にとって些細な問題でも当人にとって大きな問題に繋がる。ハートの女王の規則のすべては卒業生たちが残していった大切な思い出なんだよ。他者からみたら些細な規約だが、当人にとっては何事にも代えがたい……ウミガメのスープ理論のようにね!」
「卒業生? それはいつの? どの時代のものなんですか? まさか数百年前の学生のルールだとは云いませんよね?」
学園長から聞いたところ、この学園ナイトレイブンカレッジは相当長い歴史を持つ学び舎である。だが、リドルの云う卒業生の思い出たる規則を――その当時においては重要だったかもしれない古びたルールを出されても、数百年経過した今を生きる人たちにとっては煩わしいものでしかないのだ。
人々は現代を生きる時に生じた様々な問題を対処するために、新しい決まり事を作る。眉をそるな、運動時は水分を摂取するな、風邪をひいても無理して学校に来い。
今の時代、そのようなものは認められない。
規則とは厳格的なものでありながらも、流動的なものなのだ。リドルが罰する立場であるならば、彼に今一番必要なのは柔軟さだ。彼は現在、規則があるからと何も考えず脳死で処罰を下しているだけに過ぎない。
「これは杓子定規でもなんでもない! 寮生に情状酌量の余地は、ないんですか?」
「ふな、そうなんだゾ! 心が狭すぎるんだゾ!」
グリムは台無しになったマロンタルトを一瞥した後、自分に追従する形で抗議の声をあげる。
「ごちゃごちゃと口答えするな! 意見があるなら、僕と同じ学年トップの成績を持ち、優秀な魔法士になってからだ! 対等の立場になってから云え! 僕はお母さまが云った通りに、規則を守っている。だから、誰よりも秀でて強い。対して君たちは……云うまでもないね」
可哀想に。
侮蔑の込められた憐憫に、冷せら笑い。
それがエースとデュースの火を点けた。
「ほんと、ふざけるなよ。お前はただ、過去のルールを勝手に持ち出して独裁政治をする癇癪持ちのガキじゃねえか!」
「今の……ではなく、この寮長には従えません!」
「首を刎ねろ(オフ・ウィズ・ユアヘッド)―――!!」
首が刎ねられた。
エースとデュースの二人が、リドルに従うことなく抗議の声あげる。すると数秒もしないうちに、デュースの首が刎ねられたのであった。
「寮長――いくらなんでもこれは! 俺は自分の意見を云っただけじゃないですか!」
規則を破ったわけではない。
これは感情任せの私刑だとデュースは唱えるが、「奴らを摘まみ出せ!」と顔を真っ赤にして怒鳴るリドルに従ったトレイが、皆を宥めながらパーティ会場の中心から離れさせようとする。自分は背中を押される中、背後を振り返るとリドルの足元に黒い蜘蛛がいるのを視認した。
リドルの姿に、少し黒い靄のようなものが掛かっていたように見えたのは気の所為だろうか……。




